2008年6月29日 (日)

短歌を読むこと

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「語りだすオブジェ」
いつも、そこに短歌
松村由利子・著
本阿弥書店 本体1700円



松村さんが2冊目の短歌エッセーを出版された。もちろん著者の短歌もはいっているけれど、前作同様、いろいろの短歌にたいしてのエッセー集だ。詩の本や短歌や俳句などに関した本は、物語の本を読むように始めから読まないで、その時の気分にまかせてひらいたところから読むことが多い。8章になっていてひとつひとつに扱うというか切り口がある。しかも家の中のようすだ。クローゼット、キッチン、居間、子ども部屋、水回り、戸棚、寝室、そして、玄関、家の中をひとまわりする。だからかもしれないが、男の人の短歌もたくさんとりあげられているのに、生活的な匂いがする。それはもしかしたら著者が新聞社を離れて、フリーになりそれなりに生活が落ちつかれたのかもしれないなどと思ってみる。著者の目をとおして、生活をいつもと違った目でみる。
著者のブログそらいろ短歌通信もどうぞ。
 5月の「YAの本を読む会」のとき、枡野浩一著の「ハッピーロンリーウォーリーソング」(角川文庫)を読みあってみた。

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この短歌は「ほぼ日刊イトイ新聞」に毎日1句づつ掲載したものを1冊にまとめたものとのことだ。本の装丁が”良いね”という話がでたが、なんか短歌というかつぶやきのよう、そういう意味でも若い人たちにおすすめだ。それと、私は時々仕事をしながらNHKラジオの「ケイタイ短歌を読む」という番組を聞くことが多い。若い人の投稿短歌が中心になって、歌人をかこみ若い人のトークがある番組でおもしろい。私にとって短歌は状況的だし、俳句は絵画、イメージ的だ。詩は思考的に読むことが多い。

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2008年6月16日 (月)

石垣りん詩集「レモンとねずみ」

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「レモンとねずみ」
石垣りん詩集
童話屋 本体1250円



 2004年12月に亡くなった石垣りんの未刊詩が40篇と、谷川俊太郎と茨木のり子のお別れの会での弔辞がはいっています。
 石垣りんは「表札など」で知られているように、強烈な自立の思想と思いをうたった詩人でした。それは、家族のために早くから一家の主として働いてきた人の、それを簡単に切り捨てたり、くくったりしてきた、家制度と社会に対して一生闘い続けた人の叫びです。けれど決して声高に戦いを叫んでいたわけではありません。つつましく、いとしく。ただ、安いパラソルに書かれているユーモアなど石垣りんの詩には苦みがあります。それが、詩を読む私の心を揺さぶります。もういなくなったけれど、片付けることはできません、石垣りんさん!

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2008年5月25日 (日)

「バルサ」の人気は

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「流れ行く者」
守り人短編集
上橋菜穂子=作
二木真希子=絵
偕成社 本体1500円



守り人シリーズが終わりとおもったら連作短編集がでた。このシリーズの一番最初の部分にあたるこのなかに4編の物語がはいっている。父を王に殺された少女バルサは父の親友ジグロに助け出されて、呪術師トロガイのもとに身をかくしている。いつ王に殺されるかわからない。ひとところに住む事はできず、バルサとジグロは流れ者として時々用心棒として雇われて暮らしている。そして、なによりも父親の敵をうつために、槍や刀を使い、危険な毎日の中をくぐりぬけている。その流れ者の生き方、ある時は賭博場の用心棒、ある時は蜜と偽って金を運び儲けようとする隊商の用心棒、それは過酷な生き方だ。もはやジグロもバルサが女だいうことを隠しはしないが、というよりすでに隠せない年齢になってきている。そして、ジグロの病気、バルサをもう連れて歩く事はできない、するべきでないとトロイガのもとに帰ることでこの4編の物語は終わっている。
 各々の物語の中にもうひとつ物語が隠されている。どれもが、貧しさと暴力の中に生きている人、愚かというのはやさしいが、そのなかから這い出せない名も無き人たち、一方ジグロのように義のために自分の人生を賭けている者、これだけの力と智恵があるのだから、もう少し楽な生き方ができないのだろうか?いや、それは生きていくことにならない、と、いうだろう。
 守り人シリーズのおもしろさは作者の巧みな物語の構成力、専門の文化人類学から発想されたことがふんだんに具体的につかわれ描かれている。そして、その物語に登場する人びとの喜びと哀しみが読者の心をゆさぶってはなさない。
 それにしても、人はなぜ生きているのだろう。日常のささやかな喜びがその力になるということを作者は描いてみせる。もし、その喜びが感じられない世界になったら、人は滅びるしかないのだろうか。

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2008年5月 8日 (木)

詩集「くさはらだより」

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「くさはらだより」
飯塚須磨子 詩
こいでやすこ 絵
リーブル 本体952円

わたしたちの仲間、児書連のメンバーであるグリムの飯塚さんがとてもかわいい詩集をだしました。のはらの小さな生き物たち(これは風のようなものもふくめて)の言葉を詩集にしたものには「のはらうた」(くどうなおこ作)があるけれど、この詩集は小さな生き物の言葉というより、語っているのは作者そのものです。作者が小さな生き物たちと心をかよわせて私たち読者に伝えている。だから、時には小さな生き物たちでなく、子どもたちがお母さんに話している詩が載っています。自然を描いている挿絵もやさしく、柔らかく、この詩集をひきたてています。
 作者は以前船橋市で子どもの本の専門店を開いていて、いまは居を館山に移して、ログハウスで原画展をひらいたり、トークを催したりしていて、最近ではティールームを新設して活躍しています。
小さな館グリム機会があったらぜひ寄って、この小さな生き物たちとお茶をどうぞ。

 

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チャペック童話「郵便屋さんの話」

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「郵便屋さんの話」
作=カレル・チャペック
訳=関沢明子
画=藤本将
フェリシモ出版 本体1333円



 私はこのお話の作者カレル・チャペックの作品も兄のヨセフ・チャペックの作品もひと頃良く読んだ。いまでも、「園芸家12ヶ月」は時々パラパラと読むことがある。うむ、うむ!と。
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 この作品は児童書としては岩波少年文庫にはいっている「長い長いお医者さんの話」が有名で、そのなかに「郵便屋さんの話」がある。私がはじめて読んだのはいつなのか良く覚えていない。訳は中野好夫、そして、挿絵は兄のヨセフ・チャペックだ。
 中野好夫訳とくらべると、やはり現代訳になっていて読みやすい。宛先の不明な迷子の手紙を郵便局に住んでいる妖精たちに読んでもらう。郵便配達の心やさしいコルババさんが一生懸命さがしてあるくその愛の手紙、無事に届いてめでたし、めでたし。その中の切手もはらず、宛名も書かないくせに返事がこないという悲しみの運転手にいう言葉”中野訳・バカだよ、アホウだよ、トンマだよ、ヌケサクだよ、オタンチンだよ、ほんとに、アッババババァだ。””関沢訳・ばかでまぬけであほなやつ、へたくそ、ぶきよう、うすのろで、どじでへまで、ぼんくらで、うっかりものの、わすれんぼだな。”また、妖精たちがトランプをするように手紙をもってどんな手紙か内容を読まずにあててしまうところなど、中野訳はていねいな文になっているのと比較すると、関沢訳はいくぶんテンポがはやい。ただ、そのゆったりとしたユーモアが絵で描かれているように思う。つまり、読むお話から絵本形式のお話になっている。
 ヨセフの挿絵はとても素朴でほのぼのとした絵だ。藤本画は挿絵というより紙の色から絵の占める割合から挿絵とはいえない。画風はこのお話に良くあっていると思う。(はじめ日本人が描いたと思わなかった)
 画本「郵便屋さんの話」というのがふさわしいのではないだろうか。
それにしても、こんなユーモアのあふれた楽しいお話をいつも、幾度も読む事のできる幸せをたいせつにしたい。

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2008年5月 6日 (火)

コミック「あぶな坂HOTEL」

 萩尾望都の新作コミック『あぶな坂HOTEL』
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やっぱり萩尾望都はうまい。構成がいい。昔からそうだった。竹宮恵子と始めたボーイズ・ラブ系には引いてしまうが、それでも読んでしまう。それほど構成がうまい。きっちり伏線を張り、無駄なシーンがなく、洒落た会話…さすがに『残酷な神が支配する』あたりから、ついていけなくなったが。
 ひさしぶりの新作『あぶな坂HOTEL』(集英社クイーンズコミックス)は持ち味を発揮している(多少デッサンが違ってるところはあるが)。萩尾望都の魅力の第一は時間の描写にある。そして悠久の時間を描写するために、家族(世代)を描く。これが第二の魅力となる。
 『あぶな坂』は、中島みゆきの曲から取ったらしい。生死の境をさまよう人が泊まるホテル。そこから帰る気があるのか、帰れるのか、死んでしまうのか。ホテルの中だけを舞台にした、一幕物の芝居を見てるようで、このままそっくり脚本にできる。 シリーズ4話で、時間のはなし、家族のはなしが入り、複雑な構成を助けるSF的な設定と(さすが設定や道具立ては、今風なのを取り入れてるが)なると、とにかくうまい。舌を巻く。
 そしてたぶん設定は日本。日本に設定をおいた名作では『小夜の縫うゆかた』『イグアナの娘』に続くものだろう。(ちなみにそれまでは外国の設定ばかりで、『小夜の縫うゆかた』を初めて読んだ時「エッ、日本のも描けるんだ」とびっくりした) おまけに入ってる短編『天使のはなし』もおもしろい。
   (高橋峰夫)

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2008年4月22日 (火)

エコバック

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「風呂敷」
監修・ふろしき研究会
文・森田知都子
文渓堂 本体1600円

 エコで店にいて気がつく事があります。本を買われて包装やカバーの必要をお聞きすると、かなりの方が必要ないとのお返事です。そして、鞄から持参されているものを出されます。統計を取ったわけではないのですが、若い人の方が必要ないとおっしゃって、マイバックをだされます。これはやはり教育のおかげなのではないでしょうか?若い人はプレゼントなどではきれいに包装ということも多く、生活を楽しむ事も上手です。でも、男の人はあまり持っていらっしゃいません。ひとつは持ってあるくものが近年多くなって、女の人はバックそのものが大きくなっているのも理由のひとつかもしれません。
 私自身ともかくポリ袋が多くなって困るので、布の袋をいつも持ち歩いていて原則として包装は断る事にしています。ところがその袋をつい買ってしまうことがあってこれではエコにならないと苦笑してしまうことがあります。それに、売っているエコバックはデザイン料なのでしょうが案外と高価だったりします。
 そう、少し前には風呂敷というものがありました。大きいもの、例えば布団のようなものは、唐草模様の大きな風呂敷がありました。ちりめんの上等な風呂敷は贈ったり、いただいたり、色も生地も模様もいろいろなものがありました。
 この本はその風呂敷の歴史からデザインから、包み方からたくさんの事が描かれています。実用書でもあり、デザインの本としても読んでもおもしろいです。
 どこかに眠っている風呂敷があるのではないでしょうか?取り出して使ってみましょう。一番のエコバックです。

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2008年4月20日 (日)

ふしぎな生き物

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「クラゲゆらゆら」
楚山いさむ 写真・文
ポプラ社 本体1200円



 これは何んだろう?きれい!クラゲです。こんなにたくさんのクラゲがあるのには驚きました。しかもとてもきれいです。なんといっても泳いでいる様子は優雅です。
 私は幼いとき海の近くで育ったのでクラゲは良く遊び道具になりました。そのクラゲはミズクラゲなので、特にきれいでもなく、(もっとも泳いでいるのはあまり知らなかったですが)、特に魅力的におもいませんでした。
 おぼんが過ぎると海で泳いではいけないといわれました。引き潮が強くなるから危ないといわれましたが、言われなくとも海に入りません。それはクラゲがおぼんを過ぎると多くなって刺されるからです。刺されると腫れて痛いのです。それで、見つけると暑い砂浜で投げたり埋めたりして遊びました。
暑い砂の上に放っておくと溶けてしまいます。白い透きとおったものが水のようになってしまいます。
 こうして写真をみると、とてもおもしろいものに見えます。それは泳いでいる姿がなんともユラユラと楽しく見えるからです。
 近年エチゼンクラゲが大発生して、漁業に被害が大きいとニュースになります。この本によるとまるいかさの直径は1メートル30センチもあるとのこと、私なんかいっぺんに取り込まれてしまいそう。
 でも、ミズクラゲのあかちゃんはとてもかわいい、落ち込んでいる時にいっしょにユラユラしたら、きっと気分がよくなりそうです。飼育している水族館も多いとか今度行ってみようかと思います。

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2008年4月14日 (月)

ある少年兵のこと

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「戦場から生きのびて」
ぼくは少年兵だった
イシメール・ベア
忠平美幸・訳
河出書房新社 本体1600円


 この本を購入して少し読み始めたもののそのままに閉じて、いつも気にかかっていた。どうしても読み進まなかった、あまりにもつらかったからだ。日曜日の朝日新聞の書評でみつけ、やはりこのままにしてはいけないと思った。
 リベリアの隣、西アフリカ<シエラレオネ>、私にとってはるか遠い国である。アフリカの少年兵のことが書かれている本は日本でも少し出版されるようになった。特に9・11がアフリカをはじめてとしての内乱も含めた部族の対立、戦争は私たちをそれらに近づけた。戦争を知らない日本人の世代、私はその年齢だから戦争は本の中にある。しかも、同じ国の同士の闘いや殺しあいは、アメリカ、ロシアなどの大国の介入もあり、なんだかどうなっているのかわけがわからない、テレビをとおしてなまなましいニュースははいってくるが(もっとも、私はテレビがないので、ニュースは新聞のみ)、気持ちはますます落ち込み暗くなるので、はるか離れたところなのをこれ幸い?に見なかった事に、知らなかった事にしてしまう。自分自身にむきあうこともしないで逃げているのだから、若い人に話をしたいと思わないのが本音だ。
 1980年主人公は12歳、ラップミュージックが大好きで、兄を中心にコンクールを見るためマトゥル・ジョングにでかける。お金がないから歩いて、次の日には帰ってくるつもりで「行ってきます」も行き先も言わずにでかける。二度と戻らない旅、その留守に反乱軍が街を襲う。逃げる、隠れる、飢えと危険にさらされて。友だちの死、そして、収監されて政府軍の少年兵士として前線に送られることになる。戦闘、収奪、殺人、マリファナで身も心もぼろぼになって。
 この本の他の少年兵の本とちがうところは、1996年国連のユニセフに助けられ、リハビリ・センターですこしづつ自分を取り戻していく様子が克明に記されていることだ。偏頭痛と悪夢、ドラッグ、暴力と時々人を殺したくなる、そんな絶望感のなかで少年を支えたのは、ラップ音楽、物語ること、たったひとつ残った伯父さん家族、センターのカウンセラーエスターの人間性、そして、時に絶望的になって暴れる少年にセンターの人たちはこういう。「いいかい、これはきみのせいじゃないんだ。本当さ。きみなら乗り越えられるよ」。いまでもどんなにたくさんの子どもたちがこの言葉を待っている事だろう。
 この本は一般書ででたが、中学生位からの若い人に広く読まれる事を願う。

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2008年3月13日 (木)

この絵本が好き!2008年版

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「この絵本が好き!」2008年版
別冊太陽編集部=編
平凡社 本体1000円




 毎年本当にたくさんの絵本が出版されます。それを一堂にみることはなかなかできません。実際意識して自分のなかに蓄えていかないと、次々に出版される絵本を手にとって見る機会もなくなってしまうほど、今はテンポも早く目の前をどんどんと通り過ぎていきます。そんな中でこの本は私にとって自分の仕事をチェックするために最良のガイド・ブックになります。3月にだされるのも嬉しいです。絵本は別に子どもだけのものではありませんが、子ども抜きには語れませんし、子どもという読者ぬきには語れません。このガイド・ブックはたくさんの人のアンケート(今回は106名)が掲載されていて、これからの選書にとても役にたちます。
 2008年版の特集は「石井桃子の作品世界」と30年を迎える「ちひろ美術館の歩み」で、この記事も日本の絵本界というか、児童文学の世界の一端がわかり、文化を次の世代に継承していく意味を感じました。
 この本の原稿依頼が来るのはいつも暮れの忙しい時ですが、こうやって本になって選書を通して、いろいろの人たちの感じ方、考え方を知る事ができ、最後についている2007年に出版された「絵本リスト」も含めて、意義のある企画だとあらためて思います。

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2008年3月10日 (月)

里山の一日「春の日」

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「里山の一日 春の日」
今森光彦
アリス館 本体1400円




 このシリーズ、これで四季すべてがそろいました。なんとなく季節は春からはじまるものと思い込んでいましたが、活動的な「夏」からはじまり、出発の「春」が最後なのも意味があるのだろうか思っています。
 昨夜の雨は朝10時頃にあがりました。たっぷりの雨で樹々も霞がかかったような感じです。まだ、新芽はでないので、木の芽は緋色かかった茶色です。樹々の幹のなかには、もう樹液が流れているにちがいありません。幹に耳をつけてみるとサラサラとそんな音が聞こえます。凛と咲き始めた梅の花はまあるくなりました。めじろが夢中になって顔をつっこんでいます。あと、少しすれば桜が咲いて、空までが華やかになります。律儀な配達夫のことを詩ったのは茨木のり子さんですが、そろそろ眼をさます彼らは、これからおおいそがしになります。

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ところで、この本カバーの色も素敵なのですが、カバーの下の絵を知っていますか。カバーを取ってみると思わず感歎の声があがります。

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2008年2月26日 (火)

和菓子のほん

 日本の美
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「和菓子のほん」
中山圭子 文
阿部真由美 絵
福音館書店 本体1300円




この本は2004年「たくさんのふしぎ」で出版された本をハード版にしたものです。あえて一般書籍の分類にしたのは「たくさんのふしぎ」が小学校中級からの読者を対象にしているのですが、私の店ではほとんどおとなの人たちが愛読しているからです。内容はとても充実していて、扱う分野も広く人気があります。
ハード版になって前より色が良くでています。紙のちがいもあるとおもいますが、淡い色が澄んできれいです。つくづく日本の美を感じます。色に関して日本人はたいへんたくさんの色をもっているといわれています。それは、やはり日本の自然の美しさ、多様さにあるとおもいます。(そのわりに、街の景観というか、色は統一されていなくて、あまりきれいでないのは不思議ですが)日常に食べるお菓子のなかに日本の美が残っているのはとても興味深いことです。この本にはお菓子のことだけではなく、着物、染め付けや器、絵巻なども関係深く描かれています。
 春一番がふいて、気のせいか樹々も春めいてきました。梅の花が満開で通りかかると春の匂いがします。もう一月もすれば桜の季節、桜餅やうぐいす餅をめでる時になります。ちょっとした一時、お茶といっしょに穏やかな気持ちで過ごせそうです。

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2008年2月 4日 (月)

ペチカは、ぼうぼう猫はまんまる

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「ペチカは、ぼうぼう猫はまんまる」
作・やえがしなおこ
絵・篠崎三朗
ポプラ社 本体1200円



ロシアの昔話風の内容とこれもまた、お話にぴったりのイラスト、ちいさなかわいい本です。ロシア昔話風は”ペチカはぼうぼう 猫はまんまる おなべの豆は、ぱちんとはじけた”という唱えごとからはじまるからにもよります。お話は5話、どれも北の大地に伝わっているようなお話です。作者はチェルノブイリ原発事故で汚染されたベラルーシの村を舞台に作られた映画「アレクセイと泉」をみて、泉の物語を書こうと思い、第一話「猫と犬と馬が泉をさがす旅に出た話」ができたとあとがきに書かれています。そして、それをキッカケとして大好きなロシアの昔話風の連作を書いたとのこと、どの物語の主人公もなにかを求め、喜びや幸せをさがしている、人は希望なしでは生きてはいけないのです。そんな祈りを込めての連作です。
 昨日は千葉にも少し雪が積もりました。雪が降る時は音がしません。昨日は静かに本を読んで過ごしました。私が幼い時聞いた祖母の話の終わりは”えちゃぽん”でした。幸せな幼い頃のひとときでした。

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2008年1月18日 (金)

壮大な物語「神なるオオカミ」

 今年の新年の休みに一気に読んだ本だ。その壮大な物語にしばらくボーっとしてしまった。読んだ動機はオオカミに興味があることと、訳者が以前1時間半もお話を聞く事ができた唐さんだったので、広告をみてすぐに予約して、新年の時間に読む事ができた。唐亜明さんは「貝の子プチキュー」(茨木のり子作・山内ふじ江 画・福音館書店)が出版された時に原画の話をしてくださった編集者だった。そのほかにも「絵本 西遊記」(偕成社版)の文を書いていらっしゃるのと、昔、読んだ「ビートルズを知らなかった紅衛兵」(岩波書店)の著者でもある。

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「神なるオオカミ上・下」
姜戎 著
唐亜明・関野喜久子 訳
講談社 本体各1900円


 主人公は中国文化大革命の時、北京の知識青年として内モンゴルのオロン草原に下放された陳陣、ボリグ牧場の古老ビリグのもとで羊飼いをはじめる。同級生にはやはり羊飼いになった揚克、馬飼いになっ張継原、牛飼いになった高建中がいる。天の教えを守り、草原のなかで生きている遊牧民にひかれ、過酷な生活を送るうちに遊牧民の最大の敵オオカミを知り、遊牧民が敵としながらも崇拝していることの意味を知るために、自分の手でオオカミの子を捕え飼ってみようとする。ビリグをはじめ皆が反対するが、時の政府が馬を守るオオカミの血をもつ優秀な犬をつくれないかとのおもわくもあり、陳陣はオオカミの子を捕まえ飼い始める。オオカミの子は小狼と名ずけられ大きくなり、やっと少し心の交流が芽生えるが、草原に押し寄せた近代化と農耕文化への変化は小狼を死なせてしまう。小狼は最後まで狼としての尊厳を失う事なく人間に抵抗していく。
 この物語のあらすじだけ読むと一種の動物物語かともおもうが、背景になる遊牧民たちの生活と考え、その延長上のオオカミと神話、農耕民族と遊牧民の歴史と近代化をめざした中国の歴史など下巻の解説を含めて、たくさんのものを示唆している小説になっている。小説というより著者の自伝的小説と書かれているとおり、むしろノンフィクションにちかいかもしれない。そして、この連続した35編のオオカミの物語は人類の地球の未来の物語でもある。
 血一滴もむだにしない獣の殺し方、そのことも含めて男と同じように働き、それでいて女としてもとても魅力的なビリグの息子の妻バヤル、天葬のことなど心に残るシーンだ。
 下巻の最後5章からなるー知的探索< オオカミ・トーテムについての講座と対話1〜5>は、30年後ある大学の研究所で国情や体制改革の研究をしている陳陣と北京で弁護士事務所をひらいている揚克がやっとオロン草原を訪れ、陳陣が揚克にファイルにまとめた論文、遊牧民族がいかに中華文明を救ってきたかについて語る形式になっている。中華民族の歴史が語られ、中国を知るためにはとても良い。(年表がついているとなお良かったが)
 日本は魚を捕る民族、農耕民族でなく狩猟民族と書かれているのは、私にとってはとても興味深い。日本オオカミは絶滅したといわれている。田や畑をあらす獣をたいじしてくれたオオカミ、日本でもオオカミは神であったことを思い出した。
 食べる=生きるということの思いを深めた本でもある。
 

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2007年12月19日 (水)

「海峡を渡るバイオリン」を読む


         体験することと、読むこと

 陳昌鉉の『海峡を渡るバイオリン』が河出文庫に入りました。日本におけるバイオリン制作の第一人者で、在日韓国人です。単行本は、同社から5年前に出ましたが、今回文庫化で読むことができました。
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鬼塚忠・岡山徹が聞き書きで書いていますが、とにかく面白い。一気に読めます。単行本は韓国でも翻訳され、また日本で漫画化もされました。山本おさむの『天上の弦』全10巻(小学館ビッグコミックス)です。実は私は先にコミックを読んでました。もちろんコミックですから実話とは違います。今回文庫本を読んで逆にコミックの作り方がわかりました。何をテーマに持ってくるかです。
 山本は前にビッグコミックスで『聖』(さとし)を書いています。膀胱ガンで夭逝した棋士・村山聖の生涯を描いたのですが、当然ながらテーマはいろいろあります。将棋の勝負や持病の、ネフローゼの闘病生活も描いてありますが、山本のテーマは「師弟愛」でした。 エンターテインメントですから何でも書き込めるのですが、だからこそ一本テーマが通ってないと散漫になるのでしょう。
『天上の弦』のテーマは「母の愛」です。陳が生まれ育った韓国の日韓併合時代、儒教と生活、陳の在日生活、母と妹の朝鮮戦争体験、と激動の時代の家族の物語です。感動作です。だがやっぱり重くもありました。
今回読んだ『海峡を渡るバイオリン』は聞き書きなので、話題は多岐にわたります。『天上の弦』で使われた話題もありますが、意外とおかしい、楽しい話もありました。『天上の弦』は、実話を基にしたフィクションなのであり、陳昌鉉はもっと多彩な実在の人物だと当たり前のことを感じました。陳は妹から聞いた朝鮮戦争の話もしています。妹が生き延びるために結婚した韓国軍人の夫は、母と妹を連れて転戦していました。これを読んで、映画『パンズ・ラビリンス』の描写は、まだ抑えてるんだと納得しました。空想の世界に逃げなければ、子供なら気が狂ってしまうでしょう。
 私が見聞きしていた世界はごく一部でした。隣国のことも国内のことも見えてませんでした。陳昌鉉の体験をこの本で読むだけでも、世界が少し広がった気がします。
  (高橋峰夫)

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2007年12月18日 (火)

タンタンの冒険旅行、完結!

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「タンタンの冒険旅行」完結
23 タンタンとピカロたち
24 タンタンとアルファート
エルジェ作 川口恵子 訳
福音館書店 本体各1600円




 1983年今から24年前、会留府は稲毛にあった頃です。ある日福音館書店のMさんが、”会留府さんでましたよ”と連絡をくださいました。”ちゃんと読むと30分位かかりますよ”との話でした。あとがきや「タンタンタイムズ」によると最初は5巻くらいの刊行予定だったとのことです。小学生からおとなまであれよあれよとフアンがついて、刊行が待たれるようになりました。ベルギーの新聞記者が描いたこの作品は単純な冒険の話からかなり社会的、歴史上のことが背景になっていて、ちょっと難しい作品もあります。単なる漫画とかたずけられない、店でイスに座り込んで読んでいた(彼は残念ながら家の人に買ってもらえなかった)Kくんや、お父さんが夢中になってしまったH家など、今回の最後の巻まで買われた人がいます。途中書き文字が変わったり、なかなか出ないこともあって気をもみました。それと、始めの頃夫がタンタンに似ていて、おまけにわが家にはスノーウィそっくりの犬がいました。(名前はリヤ)今になってみると楽しい思い出です。これで完結となると、ちょっぴりさびしいですが、完結を機会にこの冬休み全巻読んでみませんか。くわしくは福音館書店に掲載されています。また、折り込みの「タンタンタイムス」もおもしろく、登場人物は23巻「タンタンとピカロたち」に勢揃いしています。

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2007年10月24日 (水)

わたしの絵本、わたしの人生

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「ジョン・バーニンガム
わたしの絵本、わたしの人生」
灰島かり・訳
ほるぷ出版 本体2800円




バーニンガムといえば、こどもたちが大好きな絵本「ガンピーさんのふなあそび」や「ねえ、どれがいい?」そして、あれこれとたくさんの絵本が浮かぶ作家です。子どもだけでなく「おじいちゃん」や「くものこどもたち」を心に残っている絵本として語るおとなの人を私は何人も知っています。イギリスの作家、そして、彼の妻であるオクセンバリーも絵本を描いている夫婦共に現役の作家です。
この本はバーニンガムの自伝にあたるものです。絵本を読む子どもにとって、それを描いた作家がどんな人かは関係なく、ただ、純粋に絵本そのものを楽しみます。けれど、おとなにとってその作品がどんな人によって、いつ頃描かれたものかを知ることは、その作品を何倍にも楽しくしてくれます。 
 バーニンガムの最初の作品である「ボルガ はねなしガチョウのぼうけん」(日本版 ほるぷ出版刊)は1963年に描かれたものです。その年はやはり子どもたちに人気の「かいじゅうたちのいるところ」(モーリス・センダック 作 冨山房刊)がアメリカで描かれた時代でもあり、グラフィック・アートの新しい時代だったということなどは、この本の最初にセンダックが<親愛なるジョンへ>とよせている文のなかに描かれています。時代がこの人たちを呼んだのです。バーニンガムは文も絵もひとりで描いている数少ない画家ですが、ポスターを描いたこともあり、動物と人間のきずなを描いた作品が多く、シンプルな文の力など、バーニンガムの作品の魅力を語っていて、彼の生き方でもあり、それが表現された背景をみながら物語を読むように楽しむことができます。
 写真や絵もふんだんに入っていて、それなのに定価が安いのもうれしい。

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2007年10月22日 (月)

多賀城 焼けた瓦の謎

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「多賀城 焼けた瓦の謎」
石森愛彦・絵
工藤雅樹・監修
文藝春秋 本体1429円




 送られてくるメルマガでとても興味がそそられる本の紹介があり読んでみました。それがこの本です。一般書の扱いなので、児童書ではなかなか目にしません。本の帯に〜小学生から大人まで〜となっています。内容は小学生高学年で読むことができます。たくさんの写真とイラストが入っていて、とても読みやすい装丁になっています。宮城県多賀城、35年程前の発掘調査でたくさんの瓦がでてきました。しかもそれは白っぽく変色していて、明らかに高熱にさらされたものでした。その模様から1300年ほど前に作られたものだということでした。
 この本は担当編集者の子どもが小学5年生の夏休み自由研究のため、祖父と一緒に訪れた多賀城の話がもとになっているので、内容もつながりが順序だてて書かれていて、ひとつの物語を読むような構成になっています。多賀城の瓦は何をいみするのか?それは遠く離れた地の「大化の改新」「奈良の大仏の金箔」「桓武天皇」「律令国家」「蛦夷討伐」「坂上田村麻呂」から、現代流行の「怨霊や霊」まで、古代から現代までのつながりとして描かれています。また、蛦夷はなぜ敗れたのでしょうか?それは蛦夷は言葉は持っていたけれど、文字を持たなかったからとしています。文字は国家をつくり、国家をささえたのです。時代は変わってもこのことは現代にも生きています。
こんなふうに歴史を学ぶことができたら、現代の選挙の投票率の低さも解決できるのではないかと、ふと思ってみました。

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2007年10月17日 (水)

「カラマーゾフの兄弟」を読む

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「カラマーゾフの兄弟」1
古典新訳文庫
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー
亀山郁夫・訳
光文社 本体724円



 10月の「Y・Aの本を読む会」で取り上げた。あまりにも有名(古典としても話題性としても)なので、取り上げてみようということになった。ストーリーはここではあえて書かないが、7名全員が以前読んだことがある、もしくは挑戦したことがある本だった。この新訳は忙しくて読めなかった1人と、読む気がしない(こういう本は好きでない)1人をのぞいて、おもしろかった、こんなにおもしろい本だと思わなかったという全体の感想だった。とりあえず1巻が課題だったのだが、全巻再度読みあうことにした。確かに新訳はわかりやすい。それでいて平坦になってもいない。(登場人物が立体的に描かれている、それは訳の力だけでなく原作そのものが持っている力なのだろうが。)大学で強制的に読まさせられたというYさんはしっかり読んだようだけれど、TさんもSさんもかって読んだというだけであまりちゃんと読めていないと言う。わたしは高校生になったばかりの時、ともかく長い小説に挑戦してと、なんといっても長いロシア文学に片っ端から手をだしたが、読めていない。だから正直あまり心に残っていなかった。
ところで みんなの感想
*おもしろかった。人物がいきいきと動く。
*栞の登場人物のコメントが書かれているのは、本を読む助けになった。グッドアイディアだ。
*人物をいきいきとさせているのは、時代の背景などがしっかり描かれているので、つかみやすい。
*宗教的なところはわかりにくい。
*高校生や大学生の若い人にすすめたい。
*5巻がすごくおもしろい、必読!
そして、メンバーのなかの一番若いKさんが<文学には感ずる文学と考える文学があるのではないかと思う。この小説は考える文学だ。>という感想が私は印象的だった。

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2007年10月 2日 (火)

秋の日

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「秋の日」 里山の一日
今森光彦
アリス館 本体1400円




 «秋は、終わりではなく、春への準備がはじまる季節»と詩う著者、雪国生まれの私にはそうとばかりはいえない。過酷な冬に向い、つかの間の狂乱の月日、たがらあんなに自然は染まり輝くのだ。
 ページをめくるたびに懐かしい風景が蘇って来る。稲の干しかた、いまはは乾燥機をつかうので見られなくなってきたけれど、立木に竿を渡して干す、ハゼに干すという。コスモスが日本の花でなく、元は中南米からの帰化植物とか、その花々も散って果実が鳥たちを夢中にさせる。柿が鰯雲の空に映える。その渋柿の皮をむいて南側の軒下に吊るすと(干し柿は父の大好物だった)秋も深まって来る。
 もう一カ月もすると冷たい雨は霙にかわり、長い冬がはじまる。最後の最後まで鳥たちや動物たちの命を繋ぐ秋は静かに暮れていく。


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2007年9月20日 (木)

ヴォイスー西のはての年代記Ⅱ

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「ヴォイス」
西のはての年代記Ⅱ
ル=グウィン
谷垣暁美・訳
河出書房新社本体1600円



西のはての年代記第一巻から20年後、アンサル国の首都アンサルに住んでいる17歳の少女メマーが主人公です。オレックとグライが訪れた街アンサルは古くから交通の要所で、交易のさかんな美しい都市です。学問も芸術も盛んだった、というのは、今はオルド人の侵略にあい街は破壊され、オルド人の支配下にありました。人々は自分たちの文化を絶やすまいと、ガルヴァ館に本を密かに隠し、この部屋はこの館の当主である道の長とメマーしか知らない、他の人は入ることの出来ない部屋でした。メマーのギフトに気がついた道の長が自分の後継者にメマーを考え教育しているところでした。メマーの母親はこの地の名家ガルヴァ一族の者でしたが、オルド人の兵士に襲われメマーを生んだのでした。メマーは亡き母のこともあり、激しくオルド人を憎み復讐を誓っています。オレックが語る詩や物語とライオンをつれているグレイとの出会いはメマーの心を大きく揺さぶります。メマーもオレックのようにギフト(声=ヴォイス)を持っていました。そして、それはアンサルとオルド人との戦いと破壊から人々を救う力になりました。
 この物語にはオレックやグレイはもちろんのこと、とても魅力的な人々が描かれています。メマーは大変活発な(時には男の子になってオルド人のなかに入って使命をはたします。)聡明な、いきいきとした少女ですし、オルド人の王の奴隷であり、愛人になり、妻になったティリオの冷静さ、人々のために精一杯の腕をふるう料理人イスタなど、特に描かれている女たちの、立場はちがうけれど日々の営みを大切にし、ユーモアがあり、喜びを見いだす人たちの生きることへの讃歌は作者の考えそのものに思われます。
 自然の描写も読む者を引きつけます。特に、泉とか噴水とか水への描写は心を清々しくしてくれます。
また、この物語ははるか昔の物語になっていますが、とても現代的です。議会や選挙のこと、寛容と許容、戦いと平和、物語はおもわず現代のある国を想像してしまいますし、わたしたちが今なお乗り越えられない大きな課題でもあります。それらにも作者の思想が良く現れています。
 物語を読む喜びと書物の持つギフトをしっかりと手にすることのできる一冊です。

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2007年9月 9日 (日)

川の光

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「川の光」
松浦寿輝
中央公論新社 本体1700円




読売新聞に連載されていた時から、単行本になる時はソフトカバーの児童書、またはY・A向きの書籍として出版されたら良いのにとは思っていたが、やはりそれはかなわなかった。川辺で暮らしていたネズミ一家が開発で住処をおわれ、次の家を得るまでの物語、充分に子どもにも読むことの出来る物語だ。むしろ小さな生き物の冒険物語として10代の子どもたちに読んで欲しいと思う作品だ。
 話は夏の終わり、きっと今のような季節に違いない。2才児?のタータと1才にならないチッチのネズミの兄弟、母ネズミは春チッチを生んですぐに死んでしまい、父親と3匹で川岸の巣穴に住んでいる。そこは暗渠工事がはじまり、かれらは新しい住処をもとめて旅にでる。かれらが始めにであったのはイタチ、なんとか逃げおおせたけれど、次には人間、そして、執拗にねらわれるのはドブネズミ軍団、そこを通っていかなければ工事のない川の上流までいくことができない。台風が来て水しぶきのなかで助けてくれた正体不明のネズミ、グレンは市立図書館で駆除をのがれて一匹で暮らしている。グレンに一緒に暮らすように誘われるが3匹は断って旅を続ける。グレンが歌う声は3匹を誘う川の光の歌、3匹は川辺で暮らすネズミなのだ。
 物語の中にはハラハラするような街のようす、ドキドキするような戦いも描かれていたり、スズメの一家の元気さなどユーモアもいっぱいあり、とても楽しい場面も多い。
 それに、同じネズミ(ドブネズミだが)と戦って、異種の鳥や犬、そして、人間の子どもなどがこの一家を襲う、窮地から助け出す役割をするのはちょっとおもしろい視点だと思う。つまりいろいろともっている能力がこのネズミ一家を救い出すことになるのだ。人間は自分のつごうだけを考えているが、自然との共生がないかぎり生き続けることはできない。まあ、こんな深読みをしなくとも、ネズミ一家の冒険物語だけでも十分楽しい。
 もうひとつ読んでいて思ったのは川は匂いをもっていること、それは海もそうだけれど、その匂いと輝きが私たちを生へと導いているのだと思う。

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2007年9月 6日 (木)

「もの」の運び方、利根川をめぐって

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「河岸」
ものと人間の文化史139
川名登・著
法政大学出版局




 「河岸」とは何か?
 「河岸」と書いて「かし」と読みます。「河岸を変える」や「魚河岸」の「かし」です。しかし河岸は魚河岸だけでありません。米河岸・塩河岸・材木河岸もありました。また日本橋魚河岸は、江戸市中の謂ですが、河岸は江戸時代は、全国にありました。川名登『河岸』によると、関東だけでも利根川を中心に80余、幕末には 300余の河岸があったそうです。添付の地図を見ると、それこそJRの駅の数ほどの河岸が載っています。この場合の河岸には地名が付き、行徳河岸・小見川河岸などと呼ばれました。伊能忠敬は佐原河岸の出身です。つまり河岸は川の港なのです。港の運輸機構や集落を含めて河岸と呼びます。
 アナウンサーでもまちがえる?
 夏休みに NHKのニュースで、高瀬船の利根川下りを報じていました。森鴎外の小説の小船ではありません。米千俵も積める復元船です。アナウンサーは「米を積んで利根川を下り、江戸まで運んだ昔を偲び子供たちは…」と言っていました。内陸部の米を積んで銚子まで下り、江戸へ運んだと思うのは、自然なことです。しかし事実は逆でした。東廻り海運で運ばれた東北諸藩の米は、銚子湊に入り、高瀬船に積み替えて利根川を逆上り、関宿から江戸川を下って、江戸に入ったのです。
 のちに、江戸湾の入り口に位置する伊豆大島に波浮湊が築かれます。地図を見た時、江戸湾に近い島の北側でなく、南側にあるのが不思議でした。東廻り船は一旦、波浮湊に入り、風が逆になったら、江戸湾に入ったのです。波浮湊を築いたのは、平六という小糸川の船頭だそうです。いまは絶版ですが、来栖良夫の童話『波浮の平六』に築港の様子が描かれていたのを思い出します。
 奇妙な利根川の地図                  
 私は小学校で利根川の地図を見て以来、ずっと不思議に思ってきました。日本最大の川が、銚子まで流れているのです。こんな川は、他にありません。普通の川は、もっと近い湾に流れ込みます。外海に流れ込むにしても、河口で氾濫して広がります。よりによって銚子の端っこまで流れる必要はないでしょう。 しかし今はわかります。銚子の河口は、もともと内海の開口部だったのです。霞ヶ浦はもっと大きく外海に開いていました。それが河川の土砂と砂州で、閉じ込められてきたのです。いっぽう利根川は江戸湾に流れていました。それを幕府が渡良瀬川につなぎ、常陸川につなぎして、銚子までつないだのです。余りにも大工事だったため、その目的を巡って、明治以来、論争になっていました。しかし川名氏の緻密な論文により、その目的が水運だった事が証明されています。諸藩が江戸へ米を送るには、全国の河川を下って、まず海へ運びます。もちろん戻り荷も重要な流通です。 関東諸藩も利根川を下って米を輸送しますが、利根川のもうひとつの役目は海運の米を、利根川を逆上って、江戸まで送る事だったのです。
 さて、近世史の魅力は、第一次資料が豊富だという事です。中世史以上にリアルな、当時の人の暮らしが見えてきます。『河岸』の魅力は、そこにあります。めんどくさい所は飛ばして、そこだけ読んでください。本に出てくる登場人物はすべて(庶民まで)固有名詞入りです。実際にある文書にのっている実在の庶民です。登場人物の説明のために、著者が経済的背景を述べ、必要なら推理も交えているのです。第一級のノンフィクションです。
    (高橋峰夫)

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2007年9月 4日 (火)

この夏読んだ本の一冊

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「野生の樹木」
マーリオ・リゴーニ・ステルン
志村啓子・訳
みすず書房 本体2400円




 最近いつもは日常におわれてしまい、一般書やもう一度読み返してみたい本がつん読になり、少しまとまった休みが取れた時に一気に読むことが多くなった。ともかく朝から一切何もしないで読む。そうしないと積まれた本を横目にして、気持ちが落ち着かなくなってくるからだ。
 というわけで、この夏に読んだ本の一冊がこの本だ。以前「ニゴーニ・ステルンの動物記」(福音館書店2006年刊)が心に残っていて、ブログでもとりあげたことがあり、新聞書評に出た時から気になっていた本だ。「動物記」の方は「北イタリアの森から」と副題がついていて、動物と人の物語なのだが、この本はやはりタイトルのように木をめぐってのエッセイだ。木のエッセイではやはり以前読んだ小塩節著の「木々を渡る風」が、私には印象深かったがこの本もとても良かった。
 戦いの舞台になった北イタリア、土を掘り起こしただけで、数々の手榴弾や銃弾の残骸、人骨までが出てくる土地にヨーロッパアカマツ、カバノキ、ブナ、モミの苗木を植え、サクランボやリンゴが加わっていく。1989年にそれらの樹々のことを書いてみようと思ったと、まえがきに述べられている。この本に書かれている20種の木はオリーブ以外は比較的私も知っている、目にしたことのある樹々だ。例えば、最後のサクラは遅い雪で心配するサクランボのことからはじまっている。著者にとってのサクランボは、ロシアの強制収容所のなかで夢見たサクランボであり、少年時代に読んだチェーホフの「桜の園」であり、1940年6月兵舎暮らしのなかに農家の地下で見つけた乾燥サクランボである。そして、サクラの木、植物学としての話、サクラの材の話、100歳を越えてなお花を咲かせる老木も、いずれは切り倒されて避暑客のための住宅の駐車場になるであろう運命、サクラの木にまつわる物語が書かれている。
 本をゆっくりと時間やもろもろのことを忘れて読む。私にとってすばらしく幸せな時だ。

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2007年7月 4日 (水)

「それでもボクはやっていない」

  映画の面白さとストーリー〜『それでもボクはやってない』

  映画で最も重要なのはストーリー、つまり脚本です。周防正行監督の『それでもボクはやってない』は、地味な映画ですが、緻密な脚本に舌を巻きました。その脚本がめずらしいことに、出版されています。
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『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!』(周防正行・幻冬舎)です。そして、この本の第2部「自作解説−なぜこのシーンをカットしたのか−」を読むと、緻密な脚本から、どのように映画が出来上がってくるかが、わかって興味深い。
 この映画は、痴漢冤罪裁判となっていますが、面白い事に、主人公以外の視点で見ると、冤罪かどうかわからない様にできています。そして撮影もそのように撮っている。それが編集段階で、主人公の視点からの映画になっています。そのほうが観客が感情移入しやすく、むずかしい映画にならないそうです。また、実際の裁判はもっとひどいが、現実どおりに描くと「どうせ映画だから大袈裟に描いてるんだろう」と嘘だと思われてしまうので、抑えて描いている。そういう苦労もあるそうです。
 「裁判員制度」の実施前に、この映画が公開されたのはタイムリーでした。私は、新暴力団法つまり「組織犯罪対策法」という劇薬の施行前に、伊丹十三監督の『ミンボーの女』が公開されたのを思い出します。あの映画が証明したのは、劇薬を使わなくても、在来の法律で、組織犯罪は取り締まれると言うことでした。
 この本の第3部は「徹底対談−日本の刑事裁判はどうなっているのか−」として、元裁判官の木谷明と監督の対談になっています。まず問題になるのが「現行犯逮捕」です。主人公は、電車の中でもホームでも身柄を拘束されていない。主人公は、被害者や警察官に同行して、任意に警察署に行っている。つまり、話せばわかると、善意で同行したのであって、被害者に逮捕されたのではないのです。それなのに警察署で手錠を掛けている。つまり現場を見ていない警察官が手錠を掛けた時点で、現行犯と言えるのかという大問題が出てきます。駅事務室に同行せず、毅然として立ち去っていれば、この事件はなかったのです。
 次に「裁判員制度」に関して、一般人に「あなたは被告人を裁けますか」と宣伝するのは無理じゃないかと言ってます。「検察官の有罪立証に、なるほどその通りだと思えば有罪。ひとつでも有罪立証に疑問があれば無罪」つまり実際に裁判で裁かなければならないのは、「検察官の有罪立証」である、ということです。
 また「陪審員制度」なら、陪審が「無罪」としたものをもういっぺんやり直す事はできないが、「裁判員制度」では「検察官控訴」ができる。そして高裁では、職業裁判官だけで裁くとなれば、何のための「裁判員」なのか。私には、いまいちわかりません。でもできれば「裁判員」になってみたい。そして「違法でも」ルポルタージュを書いてみたいと思ってます。
 周防監督の映画は11年ぶりだそうです。忘れられそうですが、この映画ために、傍聴 200回以上、脚本、撮影と4年かかったそうです。そんなに手間が掛かるとは思いませんでした。じゃあその前は何をやってたのか。映画の企画以外には、前作の海外売り込みがあったそうです。
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「『Shallweダンス?』アメリカを行く」(周防正行・太田出版・文春文庫)を読むと、抱腹絶倒、その大変さがわかります。でもそれが、ハリウッドのリメイクに結び付いたのです。図書館で捜してみてください。 
   
   高橋峰夫

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2007年7月 3日 (火)

里山の一日   夏の日

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「里山の一日   夏の日」
今森光彦
アリス館 本体1400円



 おさめられている写真は著者が住んでいる琵琶湖周辺の里山、その一日の新しい写真集がでた。ダンゴムシですっかり人気者になった今森さん。というのは以前店でお呼びしてお話を聞いたことがある。写真家だとばかりおもっていたら、すらすらとボードにダンゴムシの絵を描かれ、それがとっても上手で、楽しく、子どもたちもおとなまでもが歓声をあげた。その