募金にご協力ください。

  • 募金にご協力ください
    いつもアジアの子どもたちに絵本を贈る運動に会留府も参加している団体。公益社団法人シャンティ国際ボランティア会へ。http://www.sva.or.jp *郵便振替口座 00170-8-397994 口座名 SVA緊急救援募金 東日本大震災募金」と記入 (青い用紙が郵便局にあります)一口1000円から  みんなの小さな気持ちを!!

キボウのカケラ

クリック募金

一般書籍

2017年6月21日 (水)

子どもの心の育て方

Photo
「子どもの心の育て方」
佐々木正美
河出書房新社 本体1300円


店をはじめて40年からたつと子どもをとりまく環境はひどくかわったと思う。いつ頃から変わったのか私のなかでは、はっきりと線引きできない。子どもの本を売る仕事をしているのだけれど、店を始めた頃はまず親たち、それもほとんどは母親だった。父親はプレゼント本が動く頃(クリスマスなど)など来店されることはあっても、普通は車を運転して店の前で車にのったまま待っていることが多かった。だから本選びはほとんど母親、後は教師や図書館に務めている人、保育士などだった。今は若い父親が土曜日などにカンガルー抱っこをして店に入ってくる。父親の場合はほとんどが自分で見てちょっと読んで選ぶ。母親は本選びというより実際に育児に繋がることの相談受けることが多い。母親以上に相談を受けるのはじじ、ばば世代、孫の面倒を見ている人がとても多い。千葉の場合ともかく子どもが1歳になるのをまって働きだす若い母親が多くなった。
 この本は「こどもへのまなざし」福音館書店刊があたらしい育児書として多くの人、特に母親に読まれたのだけれど、また、あたらしい装丁で出版された。まえよりずっとこぶりで読みやすい。前とくらべると呼びかけるような形式と文体であらためて新鮮に読み返した。私はこの本を自分が子育てをしてときとあまりにもちがってしまってとまどっている祖父母世代、それと若い親にすすめたい。
ー「なんでもひとりでできるようになること」が自立ではありません。他人との調和のなかで主体性を発揮して暮らしていくことが本当の自立です。ー
ー子どもは、親の社会性を見て、自ら社会性を身につけます。家庭が孤立せず「社会化」することはとても大切です。ーなどの記述は子育てだけでなく自分育てにも学ぶことが多い本だからだ。

2017年5月 8日 (月)

太陽と月の大地


   かわらない世界の悲劇
Photo
「太陽と月の大地」
コンチャ・ロペス=ナルバエス
宇野和美 訳
松本里見 画
福音館書店 本体1600円


物語は16世紀スペイン南部、アンダルシア地方のこと、私からは想像もできないほどの遠くの昔のお話です。(「アルハンブラ宮殿」という名前だけがわずかに知っていることです。)作者あとがきにはモリスコ(キリスト教徒に改宗したイスラム教徒のこと)の農夫の息子エルナンドと、キリスト教徒の伯爵の娘マリアの悲恋の物語と記してありますが、私には悲恋の物語というより、民族と宗教に翻弄された人びとの悲劇の物語と思われました。それはやはりマスコミでしか知らないパレスチナなどの悲劇と同じものです。充分に今日的な事柄ですし、いまでも、階級などのちがいはあるものも、このようなことは繰り返し、繰り返しおきています。でも、わたしには想像するしかありません。こういう物語の力を借りて、イメージ化するしかありません。そして、未来への生きる力もこういう物語を読むことによって、私たちは前にむかっていくことができると思っています。
 装丁、挿絵ともたいへん美しい本で書物と読書の醍醐味が感じられます。この物語を成功させていることのひとつです。若い人にぜひ勧めたい一冊です。

2017年3月10日 (金)

リクと白の王国

Photo
「リクと白の王国」
田口ランディ
キノブックス 本体1500円


宇都宮に住んでいたリクは突然父親と一緒に福島に行く事になった。リクの母親は既に死んでしまってリクは父親と暮らしている。リク父子が福島にいくと決まった時はまだ大震災はおきていなかった。リクの父親は精神科の医者だ。原発の事故以来、廻りの大人たちは大混乱している福島に行く事に大反対だけれど、もともと春から転勤が決まっていた父親は医者がいなくなった福島にいかざるえなかった。リクを連れて行くか置いていく(おばさんのところへ)かしかない、リクはおばさんがにがてだ。それくらいなら福島に一緒に行った方が良いと判断した。けれど思っていた以上に福島で生活するのはたいへんだった。インフラも完全ではないし不安がいっぱい。一番リクが嫌なのは住んでいるみんなの気持ちがバラバラでいがみあっているからだ。出ていった人、そのまま留まっている人、もちろん津波でたくさんの人が死んだ。破壊つくされただけでなく、放射能で住む事ができない人たちの気持ち、子どもたちは思いきって外で遊んだり出かけたりもできない。けれどそんな子どもたちを支えたいとおもっているおとなもいる。子どもたちを自然体験がおもいっきりできるようにとプロジェクトをつくっているおとなたちが、北海道にでかけることになり、リクもなかまにいれてもらう。リクを受け入れてくれてふつうに扱ってくれたおとなたちに、自然のなかでリクは自分の意志で福島で暮らしていく決心をする。
 今日の夜仙台天文台が作ったプラネタリウムを見てきた。3.11の仙台の空は満天の星だった。あんなにきれいだったのは皮肉な事に震災で街のあかりが消えたからだ。あのころ節電で日本中が暗くなった。そして、原発が止まってしまってもなんとか暮らしていけるのではないかと人びとは思った。たくさんの流れ星があって、亡くなった人びとが星になってむこうの国にいくという、昔からのいい伝えに人びとは祈った。でも原発は再稼働、そして、福島から移り住んだ子どもたちへのいじめが次々と明らかになっている。責任をとろうとしないおとなといらだちがつのっている福島、いまなお原発の状態すらわからないままに6年経った現実だ。この物語のなかにでてくるゲンさん夫婦、野村さん、洋一くん、そしてリクのお父さんのように、これからわたしたちはどうしたら良いのだろうか。答えはでないけれど、自然に帰らない物を作り続けようとすることだけはやめなければならない。それだけはいいつづけなければならない。
 
 

2017年2月24日 (金)

さてさて、きょうのおはなしは・・・・・・

Photo
「さてさて、きょうのおはなしは」
日本と世界のむかしばなし
瀬田貞二 再話・訳
野見山響子・画
福音館書店 本体1100円


40年から昔、会留府が開店した時のこと、子どもの本の店である以上は「おはなし会」をしなければとの意見があった。いまこそ図書館などで「おはなし会」をするけれど、その頃児童書部門をサービスしている公共図書館も少なかったし、まして語る人も少なかった。千葉市では会留府が開店すると同じ位の時期に地域や家庭に文庫がひろがった。今までいた所で文庫活動等をしていた人たちが、引越してきてあまりにも本屋も図書館もなくびっくり?して自分たちの手で作りはじめた。そのなかで子どもたちにお話を語る事が必要と感じ勉強しはじめた。お客さんがそうなれば、当然会留府でも勉強会やおはなし会をもたなければと、いろいろな人に聞きながら活動をはじめた。今からはびっくりするくらい子どもたちが集まった。子どもたちに背中をおされるようにあちらこちらで勉強会がもたれおはなし会が開かれた。会留府ではおはなしの活動ははじめから夫の担当になっていた。それは夫のほうが私よりはるかに熱心だったし楽しそうにできたからだ。
 じつをいうと私はいわゆる昔話などをほとんど聞いていないまま育った。新潟のある城下町に育った私は、しかも祖父母と一緒に暮らしていたこともあったのに、わたしの育った家庭は昔話を聞くと言う環境になかった。父も祖父もひとりっこ、おまけに父は5歳位までいまの朝鮮の平壌で育っている。(父は瀬田さんと同い年、生きていれば100歳だ)母は大きなお寺の娘だったが父親は漱石の門下生、母親は結婚前は数学の教師だったとか。一家をあげて本を読む家庭だった(強制された事はない)地方の公務員の一家、つまりあまり地域との繋がりがない家庭だった。もちろん育った時代もあって、私が幼かった頃は絵本もほとんどなかった。街には藩の学問所がそのまま図書館になっていたけれど、子どもが出入りするような図書館ではない。わずかに祖母が伝説のような話をしてくれたのを覚えている。
 それにくらべて祖父母もいない親子だけの家庭だった夫は早くに父親が病気で仕事ができない、母親がひたすら働いていた家庭だったので地域の人や親戚とのつながりが強い。お話の世界はすんなりと彼の中にはいってきていた。ネコを相手にお酒を飲みながらよくお話を覚えていた。私たちの世代はテキストでお話を覚えてそれを自分のなかで語るようにしていく。彼がそのテキストに選んでいたのは瀬田貞二のものが多かった。覚えやすくて語りやすいといっていた。
 おはこだった「おんちょろちょろ」からはじまるこの本を手にしながら、覚えていた時のようすを思い出しながら本を開いてみた。日本のむかしばなし18話、世界のむかしばなし10話がはいっている。従来出版されていた本と重複しているお話が多いけれど、こぶりの装丁は手になじむので自分で読むのにも向いている。先日1年生の子どもが自分で読むといって買っていった。挿絵があまりないけれどひらがながたくさんなので大丈夫読めるといっていた。いっしょに来てお金を払ったお父さんが読んでやりたいと言っていたのが私はうれしかった。
 もし、幼い時に昔話をたくさん聞いて育っていたら、どうだったかな?でも、そうでなかったけれど充分本好きになったのは両親のおかげだと感謝している。

2017年2月17日 (金)

わたしたちが自由になるまえ

Photo
「わたしたちが自由になるまえ」
フーリア・アルバレス
訳/神戸万知
ゴブリン書房 本体1500円

ドミニカ共和国ってどこにあったっけ?ほとんどの人がそんな認識しかもっていないと思います。そしてかってあったことの真実をもとに書かれているとはいえ、あまり切実には思えないのが私たちの気持ちかもしれません。この物語は時代と状況はちがいますが、ドミニカ版アンネの日記のような物語といったらなんとなくわかるかもしれません。アンネの日記ではアンネは殺されましたが、この物語にでてくる主人公アニークのいとこがアメリカに渡っています。(圧政をのがれるために)作者はこのいとこと思われます。
 ドミニカでは1930年から1961年までトルヒーヨ大統領の独裁政治が続いていました。アニークは大統領を尊敬していましたがいとこたちが突然アメリカにいってしまい、それからも次々に親しい人がいなくなります。アニークは真実を知ります。そして、父たちが囚われアニークも母と乳母?も身を隠せずにはいられなくなります。物語の後半はクローゼットに隠れた生活のなかで日記を書くことがが生きていくことの支えになるアニークです。それはアンネの日記がいまなお若い人たちに読まれていると同じ、その中にはアニークの瑞々しい情感があふれているからだと思います。
 私たちは未来を考える時にやはり過去を振り返ります。それはなにも国家ということではなくとも、日常のなかで自分の生き方を思うとき、困難なことに突き当たったとき、身近な人が亡くなったりしたとき、新しい命の誕生を迎えたとき、全てにあてはまることです。
 でも、国家によって命があぶなくなるなんてありえないとおもうかもしれませんが、おこりうることです。(いまメディアでとりあげられている共謀罪などもそんな視点から考えなければならないことだとおもいます。)今はそうではないけれどあまり遠くない未来に私たちもアニークのようなことがおこるかもしれない、それは私の心配しすぎなことなのでしょうか。
 「わたしはただ日記をつけたいだけで、世界をすくいたいわけじゃないって、ママにいった」「手かふるえてしかたがないーだけど、世界の人に知ってもらうために、この記録を残したいー」アニータの日記より。12歳の少女の物語です。


2017年1月31日 (火)

スマート

Photo
「スマート」
ーキーラン・ウッズの事件簿ー
キム・スレイター作
武富博子 訳
評論社 本体1400円

ぼくは母さんと父さん?と兄さん?と住んでいる。父さんにも兄さんにも?をつけたのはほんとうの父さん。兄さんではないからだ。ほんとうの父さん、兄さんでないからといって嫌っているということにはならない。けれどトニーはぼくにも母さんにも気に入らない事があると暴力を振るう。兄さんのライアンはトニーの子どもで一日中ゲームをしている。どっちもぼくは嫌いだ。ぼくは中等学校の9年生(日本でいると中学2年生くらい)学校へいくのは好きだけれど、嫌いな先生もいるし、嫌いな勉強もある。ただぼくは将来イブニング・ポスト新聞の記者になるつもりだ。だからなんでもノートに書いている。将来記事を書く能力を認めてもらうために、なんでも書き留めておくことにしている。 
 ジーンさんがベンチで泣いていた。ジーンさんはホームレスのおばあさんだ。声をかけたらジーンさんは川に浮かんでいるぼろきれを指差した。けれど、ぼろきれと思って川をのぞきこんだらそれはぼろきれでなく人だった。昔、消防隊で活躍したコリン、けれど英雄になったコリンは大やけどと心に傷をおってやっぱりホームレスになってしまった。警察はあやまって川に落ちて死んだといったけれど、ぼくは殺人だと思う。ぼくはなんでもノートに書いていたけれど、文だけでなく絵も描く。コリンさんは殺されたのだ。ぼくは犯人をみつけようとおもった。
 この物語には場所や人の固有名詞がたくさんでてきて、この物語に厚みをあたえています。事件の始まりの川、ノッティンガムの街の様子、人気のテレビドラマ、なによりもキーランが尊敬している画家ラウリーとその絵のこと。登場人物もキーランの学校のクレーン先生、ウガンダからの転校生カーワナ、そしておばあちゃん、どの人も個性的で魅力的だ。
 トニーにおびえてキーランのことをちゃんと考えられなかった母さんにおばあちゃんは言う。「人間って、誰かといっしょにいないと生きていけなって思う事もあるんだよ」「でも、覚えておくんだよ。本当はいつもたよりにできるたったひとりの人間は、自分自身なんだってね」P294より
 読者はキーランに特定の固有名詞はつけられていないけれど、たぶんアスペルガー症候群とよばれる少年なのだと思うかもしれない。そのことについて、作者は学校で長く働いていて、キーマンのような個性的なものの見方をする子どもたちをたくさん見ていたにちがいない。読者がそれをどうとらえるか、社会のやっかいもの、困った人、かわいそうな人。私はとても興味深くこの本を読む事ができた。そして、この人たちが絵を描くことがすぐれているという特質を考える。豊かなイメージ=絵、これは私の課題にしたい。

2017年1月29日 (日)

紅のトキの空

Photo
「紅のトキの空」
ジル・ルイス=作
さくまゆみこ=訳
評論社 本体1600円


物語の始めから最後まで文から立ちのぼる熱気にあてられっぱなしになって読んだ。その熱気というのはこの物語の主人公スカーレットだったり、母親だったり、スカレットの里親になったルネやその夫のシーオだったり(この家族が一番あたりまえにある家族のかたちか)、魔女といわれているマダム・ポペスク、どの人をとっても尋常ではないように思える。主人公スカーレットは12歳で肌は褐色、会った事のない父さんと同じだ。弟のレッドは実年齢は8歳だけれど4歳位にしかみえない。肌の色は白、オレンジ色の髪の色をしている。母さんも白い肌、薬とタバコが片時も離せない、もちろん子どもたちの世話もできなく一日中タバコを手に家の中にいる。幼くて自閉症でアスペルガーのレッドは鳥にしか興味を示さない。だからこの家の主婦はスカーレットだ。家をきれいにして、食事をつくり、レッドのめんどうをみて学校に行く、尋常ではない生活だけれどスカーレットにはなにものにも変え難い生活だった。それは3人でいられるということが理由だ。ベランダの隙間にリトルレッドが巣をつくり卵を産んだ。レッドのためだけでなく、スカーレットはこの卵から孵るヒナを守る事が家族を守る事だと思っている。それは自分自身の存在にかかわることだ。けれど、母親のタバコの不始末から火事になり、3人は別べつに、母親は入院、レッドは保護施設、そして、スカーレットはルネとシーオ一家のもとに一時ひきとられることになる。このままではレッドといっしょに暮らす事にはならないとレッドをひっさらって逃げる決心をして、魔女といわれながらも傷ついた鳥の世話をしているマダム・ポペスクにかくまってもらうように頼み連れて行く。スカレットはルネとシーオ一家と暮らすなかで、自分の渇望だけでなく、少しづつ客観的に考えることができるようになる。
 登場人物のどの人をとっても描写がしっかり描かれているので、読む人は引き込まれてしまう。「家族」この深くて心を包み込むもの、でも深く傷つけあうものでもある。この物語のなかにはいろいろの家族の形がでてくるので、読む人は自分と置き換えて読む事ができる。スカレットの絶望感と渇望と望みが熱気のなかに胸にせまってくる。
 ありきたりの疑問、家族ってなんだろう。血の繋がりだけが家族ではない、とすると!

2017年1月18日 (水)

スピニー通りの秘密の絵

Photo
「スピニー通りの秘密の絵」
L.M.フィッツジェラルド
千葉茂樹 訳
あすなろ書房 本体1500円


美術品の贋作、そして歴史、それからナチがおこなった略奪のこと、これまでにも印象に残った本はいくつかあった。この本は読みたかったけれど暮れの忙しさに読む事ができず、少しイライラしながらお正月休みを迎え、丸一日なにもしないで夢中になって読んだ。やはりおもしろかった。
 主人公セオは13歳、祖父と母とグリニッジビレッジのスピニー通りで暮らしていた。ところが祖父が事故で突然死んでしまう。「卵の下を探せ」という謎の言葉を残して。倹約家だった祖父が残した言葉には自分たちを救うものが隠されているに違いないとセオはその謎の意味を追求する。「卵」の意味はわかったけれどその下にあるもの?物語はセオの謎解きだけでなく、歴史の暗部をさぐりだしていく。それだけでなく堅実家の祖父に育てられたしっかり者のセオ、一人なんてへいちゃらとおもっていたれけれど、このことからセオと違う個性派のボーディと知り合って友情を育てていく、その意味ではこの物語は青春物語、読んでいてまぶしいくらいにおもった。
 美術と歴史の謎、そういえば以前やはりおもしろく夢中に読んだ本があったと思い出し、探して再読。その本はカニグズバーグの「ムーンレディの記憶」という本だ。セオが祖父の言葉の謎をといた、卵の下に描かれていたのはラファエロの母子像だった。歴史の暗部、強制収容所にまつわることで、「ムーンレディの記憶」も同じように子どもたちがムーンレディの秘密を探り当てる物語だった。莫大な美術品を略奪したナチ、それが戦争返還されるドサクサにまた、秘密を持つ。この本では最後の祖父からセオあてに残された手紙という形式でそのことが書かれている。
 もうひとつその繋がりでやはり買って積んだままになっていた原田マハの「暗幕のゲルニカ」を一気に読んだ。この本の絵はピカソの有名な「ゲルニカ」、ナチが台頭してきたなかでピカソがそれを描いていたときのパリと現代のNY、スペインが交錯して物語はすすんでいく。主人公で活躍するのは日本人瑶子。「ゲルニカ」をナチの手から逃れるためにアメリカへ運んで隠す。その後国連本部のロビーに飾られていたタスペリーがまたしても忽然と姿を消す。一体誰が何のためにそんなことをしたのか。「ゲルニカ」はどこにいったのか。ミステリーを読むように興奮をおさえながら読んだ。
 これらの本を読んで絵なんか何の役にたつのかと思っている若い人にぜひ読んでほしいとおもう。しかもその意味を後世に伝えるのはその若い人の感性だとおもう。そして、文学の力とも強くおもった。


2016年10月29日 (土)

ホイッパーウイル川の伝説

Jpg
「ホイッパーウイル川の伝説」
キャシー・アッペルト&アリスン・マギー
訳=吉井知代子
あすなろ書房 本体1400円


昔、ある兄弟がいた。二人は同じ娘を好きになった。どちらと結婚するか決まらなくて娘に選んでもらうこともできなくて、川に選んでもらうことにした。地下の空洞を流れる川を泳ぎきって先に池に出た方が娘と結婚するという伝説がある。兄が娘と結婚する、けれどそのことには大きな秘密があった。サムはこの伝説を思っている。サムの兄さんエルクは親友とジークとアフガニスタンへ行った。サムはエルクが帰って来るまで願い石を川になげるだろう。もし、帰ってこれなかったらジュールズに「石の洞窟」に行ってこの石を置いて来て欲しいとエルクは言って出発していった。ジュールズはサムときょうだいのように仲良く育った石少女だ。4歳のころから石を集め石のことならなんでも知っている。二個の瑪瑙をあずかったジュールズ、でも「石の洞窟」がどこにあるかは知らない。そして、エルクはアフガニスタンから帰って来たけれどジークは戻っては来なかった。ジュールズにはママがいない。ママは死んでしまった。ねえさんのシルヴィとパパの3人暮らし、願い石を投げる川の側、奈落の渕に行ってはいけないと固く言われている。ママが死んでからシルヴィは突然走り出した。ともかく早く、ジュールズはとてもついていけない早さで。どうしてそんなに早く走って行ってしまうのかジュールズにはわからない。ママが死んだとき、その前におこった小さな出来事も幼かったジュールズは何も理解できなかった。ある雪の降った日の朝、シルヴィたちは小さな雪だるまを作った。そして、シルヴィはジュールズがとめるのも聞かずに奈落の渕へ向ってやっぱり走っていってしまった。ジュールズにはおいつけない。シルヴィはとうとう帰ってこなかった。
 森の中ではキツネが生まれていた。3匹のうちの1匹は雌、セナと名付けられた小さなキツネは自分を呼んでいる者を知っている。それは人間の女の子だ。セナはその子に渡さなければならないものをもってる。それは洞窟の中にあり、ある日やっとジュールズを連れて行く事ができた。そのために生まれて来たといっても良いセナ、ジュールズはシルヴィの秘密と願いを知る事ができた。
 この物語は大切なものを失ったものたちの魂と再生がいくつも交差しながら描かれている。森や川、クマやピューマン(これは実際にいるのかわからない)そして、母ギツネと3匹の子ギツネたち、特にエマと兄さんギツネがつないでいく。
 この物語は二人で書かれているそうです。この物語を読んでいる私にはその事についての違和感はありませんでした。おそらく二人で交互に呼び合って書かれたからだと思います。それはジュールズとシルヴィ、エルクとジーク、その生者と死者の間でサムがいて、パパがいて、セナはもう帰って来なかったけれど、セナを語るものは残った。こうやって魂はつながっていくと思うからです。
 
 

2016年10月28日 (金)

いのる

Jpg
「いのる」
長倉洋海
アリス館 本体1400円


久しぶりに長倉さんの写真をみた。「いのり」この写真集のなかにはたくさんの人の「いのり」の写真がおさめられている。ひとりもあれば集団だったり、部族の人たちがたくさん集まって祈りの儀式をあげている写真もある。長倉さんは世界の紛争地帯の庶民の人たちを写真に収めて私たちに見せてくれた。日常的に戦争がうずまいているなかで暮らしている人々、特に子どもたちの様子を知らせてくれた。決して悲惨なことばかりではない、死と隣り合わせのなかで子どもたちは精一杯毎日を過ごしている。
 この写真集のなかにいる人たちも「いのり」という形はとっているがそこには死と隣り合わせの生のなかの人たちだ。どのページのなかにも長い戦いのなかで傷ついた人々の「いのり」がある。ある人は子どもが争いにまきこまれないようにと、ある人は亡くなった人がいいところにいくようにと、ある人たちは平和のため、自分をみつめ心に平安をたもつため、忘れないで欲しい、昔の人とも未来とも「いのり」でつながっていたい、人々はいのり続け、たくさんの「いのり」が繋がったとき、希望をすてないかぎり、人々の「いのり」は繋がっていく。
 なにをいのっているのだろうか。少女の目から静かに涙がこぼれていく。たくさんの「いのり」が灯された河原、森では小さな祈りの炎がゆれている。

より以前の記事一覧

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

8月の営業とお休み

  • 8月のお休み
    ご希望の時は前日までご連絡ください。お休みのときでもご希望の時間に合わせることができます      *8月は不定期です/お休み・13日(日)・14日(月)・ 15(火)19(土)/30(水)31(木)は棚卸し    *5日(土)6日(日)20(日)26(土)27(日)は1:00〜6:00         *28日(月)29日(火)は10:30〜6:00                   *その他は夏時間1:00〜7:00               

お仲間にどうぞ

  • ー元気になる集まりいろいろー
       8月・9月の予定          *グループ学ぼう・話そう 定例会第1月曜日9月は未定           *ボランティア講座 定例会9月25日(月)10:00〜             *憲法カフェ臨時8月29日(火)ミニ講演会マイナンバーと個人情報(図書利用カードをめぐって)講師白石孝さん 誰でも・予約制          *グループ放課後(公共図書員・関係のある人) 定例会9月20日(水)7:00〜読書会              *YAの本を読む会+のんき〜ず学校図書館司書  定例会9月14日(木)7:00〜読書会          *よいこ連盟・絵本の会(保育士たち)定例会9月8日(金)7:00〜    *絵本の会9月15日(金)7:00〜おとなの絵本の魅力            *羊毛ちくちくの会8月17日(木)10:30〜制作                                                                                                           

これからの会

  • 子どもと本これからの会
    読書は知識や楽しみも含めて心の栄養を与えてくれます。そして考える力になります。 被災地の子どもたちに本を届けたい、身の回りの子どもたちの環境を考えていこうという、二本の柱をたててボランティア活動をすることで出発しました。 いろいろの方たちの希望と力を持ち寄って、すばやく、やわらかく、活動を続けていきたいと思います。参加される方は参加登録してください。 世話人 坂上・宮田・大山   

できることから

無料ブログはココログ