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子ども

2015年2月21日 (土)

子どもたちが選んだ本

ちょっと早春らしいお天気になったので千葉高校のカワズザクラが咲き始めました。コブシの芽も大きくふくらんでいます。まだ、公立高校の後期試験があるので落ちつきません。すでに決まった子どもたちもいますが、決まらない友だちに遠慮して静かにしています。
小学生が3、4人ずつ、少しずつ時間をずらして3グループ大学生と一緒に来てくれました。会留府のほかに花屋さんなどにも訪問したとのことです。
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子どもたちは高学年、4年生が一番多く、一緒の学生は千葉大・淑徳大・植草学園大から、将来教師になりたい希望が多いようです。「てらこやちば」の訪問は今年がはじめてではありません。何を選んで良いかわからない子どもの相談を受けながら感じたのは今年はちょっとみんなおとなしかったように思いました。幼かった時に絵本を読んでいる子どもがほとんどなのですが今はあまり読んでいない、週に4日も塾に行っていて時間がないといっている子どももいました。一人っ子だったり、子どもたちで放課後遊ぶということもあまりない今の子どもたちは、このような場を意識してつくってやらないと、一人でゲームなどをして子ども時代を送る、やっぱり良くないとおもいます。児童館のない千葉市、事故がないように見てくれる人がいて、後は自分たちで好きに遊べる場所がともかく必要と、いつもいつも思います。迷いながらも自分で選んだ本を持って記念の写真をとりました。(ちょっとへたくそでごめんなさいね!)

2015年2月18日 (水)

アイちゃんのいる教室

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「アイちゃんのいる教室3年1組」
ぶん・しゃしん 高倉正樹
偕成社 本体1200円
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「アイちゃんのいる教室」




アイちゃんはダウン症の子どもです。小さいしなかなかできないことも多いけれど、アイちゃんはなんでも一生懸命です。前作では1年生になったアイちゃんとクラスの友だちとの毎日が描かれていました。
そのアイちゃんは3年生になりました。1組の友だち35人、先生は佐々木先生いつも元気な女の先生です。アイちゃんはなんでもやりたがります。太白山での自然観察授業に虫を掴むのだって平気です。佐々木先生は皆で助けあう事は大事だけれどアイちゃんだけ特別はだめですといいます。アイちゃんだけは特別だけれど他のなかなかできない友だちをからかうのはいけないといいます。どうしてでしょう?みんなで話し合う事にしました。そして、みんなで力を出し合って秋の学芸会をしようと提案します。やさしいことってなんだろう?いいクラスってどんなクラスだろう、3年1組のみんなは劇づくりすることで考えていきます。
 なによりもアイちゃんとクラスの子どもたちの表情が活き活きとしています。いま、アイちゃんたちは5年1組、やっぱりみんなで、仲間とは?いいクラスとは?どうしたら良いのか考え続けているとのこと、これは佐々木先生のあとがきです。
作者は読売新聞記者、東北総局のときに宮城県版に連載されたものです。

2014年10月31日 (金)

ふたばからのおたより ―10月―

     
           10月は里親月間です

 10月の里親月間、11月の虐待防止月間に合わせて、今年もまたいくつかのパネル展示やイベントを行う。毎年のことながら、いったい何ができるのだろうか。何を伝えようと思うのか・・、そんな思いがグルグル頭の中を駆けめぐる。
 私が仕事を通じて里親制度について考えるようになって、最初にショックを受けたのは、世界の里親委託率比較グラフを見た時だった。ネットで世界中が瞬時に繋がる時代に、何故日本だけは里親委託がこんなにも低いままなのだろう。素朴な疑問だった。平成24年、国は国連からの勧告も受け、「里親委託優先の原則」を打ち出した。事情あって家庭で育つことのできない子どもには、できるだけそれに替わる別の「家庭」を保障していこうという原則である。
 施設が職員集団である安心感は大きい。実際、職員たちはよく勉強していて、きついローテーションにも拘わらず一生懸命子どもたちに関わっている。硬かった子どもの顔に表情が戻り、あんなに傷ついてやってきた子がよくここまで育ったな、と感心することも多い。それでも「施設」ではなく「里親」に、と言うのは、いったい何を「里親」に期待してのことなのだろう。
 毎年卒園していく何人かの子どもたちを見送りながら、これから先の長い長い人生の上に、ささやかでいい、彼ら自身の「家庭」が待っていてほしいと願ってしまう。それは、寝坊して、ただグダグダと過ごす日曜日だったり、冷蔵庫を開けてありあわせで作る夕食だったり、「またカレーかよ」と文句を言いながら食べる光景や、いつも変わらず元気で一生懸命でいるわけではない人たちが織りなしていく日々の暮らし。そう思うと、ああ、子どもたちの「今」も本当は、そんな「家庭」の中で育まれていけたらいいのに、と考える。「施設」か「里親」かでなく、例えば「施設」のプロの養育力を「里親」のサポート役として生かしていけたら、たとえ事情あって実の親と暮らせなくなった子どもたちも、住み慣れた地域での暮らしを続けていくことが、もっとできるようになるだろう。

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<パネル展示> 
11月2~3日 淑徳大学大学祭会場にて 小さな展示
11月17~28日 市役所ロビーにて 小さな展示
12月16~21日 きぼーるアトリウムにて 大きな展示
 まだまだ未熟なパネル展示ですが、足を止めて、少しでも「里親」について知っていただければ、と思います。そして、自分にも何かできることはないかな、とか、あるいは家族って何だろうと、ふと考える、そんな機会になっていただければ、とても嬉しいのです。写真の1枚は委託率比較のグラフ、1枚は児童書の中の里子たちの紹介パネルで今年作ったものです。   
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2014年7月29日 (火)

浮世絵に描かれた子どもたちー千葉市美術館で

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千葉市美術館では2期にわけて「浮世絵に描かれた子どもたち」というタイトルでの展覧会が開催されています。前から行きたいと思っていたのですが前期が今週の日曜までなので大急ぎで行ってきました。千葉市美術館は浮世絵の所蔵でかなり名が知られています。今回は様々の子どもたちの様子が描かれている浮世絵の出展です。約300点鈴木春信・歌川広重・鳥居清長・歌川国貞・喜多川歌麿・歌川国芳、公文教育研究所蔵からです。子どもへの愛情・成長の願い・江戸の教育・遊び・見立て絵など・お話と6つの分野にわけています。
 まず最初が鈴木春信の絵でした。(じつは鈴木春信は夫の好きな浮世絵師で、描かれている美人画は楚々として良いといつもうれしそうにいっていました。浮世絵の本もほとんどが春信です)どの浮世絵にも描かれている子どもたちがエネルギーに満ち満ちていて、明るく元気です。寺子屋での勉強も、野原、河原=隅田川、家や町中、子どもたちがあふれて遊んでいて、それを見守る親、母親や兄弟たちが時には一緒になって遊びに興じています。そして、諸芸、稽古、そして教育熱心なようすが描かれています。よく江戸は世界でも識字率が高いといわれています。この浮世絵に描かれている様子をみると、それは確かなのだと思います。本を読んだり、書の絵もあります。一方これは町人の町江戸の様子、農村部に生きていた子どもたちはどうだったのか。いくつくらいまで子どもといわれていたのだろうか。識字率のたかさというのは、つまり読み書きそろばんができないと社会の一員にはなれなかったのではないか?つまり、江戸時代の子どもたちはきたるべき生産人として、寺子屋での識字教育だけでなく、この時代は遊びをとおして道具のつかい方を覚え、つくりかたを知り、友だちとの関係を学び成長していった、だから絵のなかの子どもたちは元気だったのではないかと思います。現代の子どもは生産人でなく消費人、いつからか?いつか自分なりに子ども観を考えてみたいと思いました。
ぜひ見に行って下さい。(よけいなこと?美術館はひどく寒いのでそのつもりで、私はちょっと風邪気味だったのでガチガチに帰って来ました)後期も忘れずに行こうと思います。
 


2014年6月25日 (水)

ふたばからのおたより -6月―

       
              物語を紡ぐこと

 今日はこれから近隣の保育所で、月1回のおはなし会。年中組の子どもたちに「こすずめのぼうけん」を語る。最後の場面、「それから、こすずめは、おかあさんのあたたかいつばさの下で眠りました」と言って、物語は終わる。そのほっとした終わり方がとてもいいのだけど、それでも語りながら、心の奥の方がチクリと痛む。
 ホームドラマの一場面に、ふと寂しさを感じてしまう子どもがいる。ごく、わずかだけど。折りたたんで奥底にしまい込んだ、ずっと昔の家族が幸せだった時間を心の基地にして生きている子どももいる。年齢に関係なく、人間の孤独とは、とてつもなく深いものだと思う。
 少し前から、日本の児童養護施設にも「ライフストーリーワーク」というプログラムが取り入れられるようになってきた。私は勉強をしたわけでないので詳しいことはわからないが、アメリカやイギリスで行われてきたプログラムで、児童福祉の保護のもとにある子どもたちが、信頼できる大人に手助けを受けながら、絵や言葉、写真や出来事を追って、自身の生い立ちを「ライフストーリーブック」に作り上げていく作業だという。途切れ途切れの記録や中断された思い出しか持たない子どもたちも多い。生まれたばかりの僕、初めて歩いた私を知る大人が近くにいない。誰かに支えられ、自分の物語を紡いでいく作業を通して、生まれてきたこと、今ここで生きていることを肯定的にとらえ直す目的があると聞く。
 けれど、こうしたプログラムを通さなくても、以前関わっていた施設出身の青年たちや、その後出会ってきた子どもたちは、自分の物語を聞いてもらいたくて聞いてもらいたくて仕方なかったように感じる。決して楽しかったことばかりではなかったはずなのに、「あのさ、おれさあ・・」と話しかけてくる顔は妙にあどけなく、私はそんな彼らの小さい頃の話を聞くのがとても好きだった。何でもない台所で、部屋の片隅で、ふいに始まるそれぞれの物語は、「むかしむかし、あるところに・・」と語り継がれてきた物語に似て、日常と永遠の間を揺らいでいたように思う。
 物語の持つ不思議さには、とても触れきれないが、でも私は、どこかで、生きていくことは物語を紡ぐこと、そんな風に感じてしまう時がある。
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写真は、何日か前の早朝見に行った千葉公園の大賀ハス。朝6時過ぎなのに写真機を持った人々でごった返していました。          (の)


2014年5月28日 (水)

 ふたばからのおたより  ―5月―

      

             運動会の季節

 いつ頃からか、運動会は春というのが定番になってきた。近隣の小学校からも毎週のように賑やかなマーチや歓声が聞こえてくる。
うちの子どもたちの時代から、もう春の運動会だったな、と思い出す。そう、上の子の初めての運動会が近づいたある朝、子どもが起きてこない。おなかが痛いとべそをかいている。熱はなし、共稼ぎ夫婦でそう簡単に仕事は休めない。それに長男は、保育園時代から嫌いなプールがある朝は、おなかが痛くなったりしていたので、とにかく送り出して泣きながら登校する後姿を見送った。
原因がわかったのは、しばらくたってから。その日は運動会の総練習の日だったという。長男は、ある競技の先頭で歩くことになっていて、音楽に合わせての歩き出しのタイミングが自分で掴めなかったらしい。朝学校に行ってからも「頭が痛い」と保健室に行ったりして、流れる音楽と踏み出す一歩の重圧が彼の中で抱えきれないほど大きくなって、でも何とか総練習にも参加でき、「それでいいんだよ。」と先生から言われてほっとする様子をクラス便りで初めて知った。ひどい親だ。
子どもは、意外に大切なことは親に言わない。自分自身を振り返っても、そうだったと思う。とても大切なことを呑みこんで呑みこんで、体の不調として出してしまったりする。長男の登校前の腹痛は、このことでケロリと終わったわけでなく、夏にかけて繰り返されるようになった。結局私はこの子の初めての夏休みに合わせて1か月半、頭を下げて仕事を完全に休ませてもらうことになる。
「子どもを育てる」なんておこがましいと思いながら、一人の人間として育っていく過程で大きな影響を与える存在だったことは事実なわけで、楽しさだけでなく、きつさや苦さだけでなく、その両方があったからこそ、もう丸ごと愛おしい時間だったとしか言いようがない時を過ごさせてもらってきた。自分の子どもだとか、社会の子どもだとかいうことを超え、命そのものが持つ震えるようないじらしさに、時おり心動かされてきた。それが、たからものだった。
今の若い人たちに伝えられるだろうか。伝わるだろうか。迷いながら書いている。
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写真は、父が丹精込めて育てていたサツキ(ツツジでなく、サツキだと思います)、父が死んでからほとんど咲かなかったのに、建て替えて2年目、陽があたるようになった今年は、こんなに咲きました。          (の)                      


2014年3月26日 (水)

ふたばからのおたよりー3月


            ここではない どこか

 「メアリー・ポピンズ」の原作者P.L.トラヴァースと映画化したウォルト・ディズニーのやり取りが映画になったと聞いて、ちょっと楽しみにしている。まだ見てはいない。メアリー・ポピンズは、本で読んだのが先で、それから映画を見たと思う。小学生の時だった。読み終わるのがもったいなくてもったいなくて、残りのページを指で測りながら、わざとゆっくり読んだ記憶がある。バンクス家の子どもになったつもりで、一人近くの公園まで散歩したりした。「ほら、ちゃんと歩いて。お茶の時間に遅れますよ。」というメアリー・ポピンズの不機嫌な声を夢想しながら。
 ここではないどこか、私ではないだれか、をキュンとするほど求めているような子どもだった。学校の教室や住んでいた公務員宿舎、私である毎日に蓋をして、一人ぼーっと空想の世界に浸る一時は、やはり幸福な子どもの時間だったと、今思う。
 今年も3月に、卒園式が行われた。家庭に帰る子もいるが、たいていが高校を卒業して施設から社会に一人立ちしていく。式の中で一人ひとり、みなの前に立ちマイクを手に挨拶する。あれだけ不平不満でブチ切れそうだった日々が過ぎて、選びながら正直にまっすぐに語られる言葉は感謝だったり不安だったり寂しさだったり希望だったり、聞く者の心にストンと落ちる。その中で、一足先一週間前からアパートで暮らしを始めた女の子が言った。「私さ、一人で暮らし始めてさ、今までずーっとやりたくてたまらなかったことをやってみたんだよね。髪を染めた。夜友達のうちに泊まりに行った。するとね、あんなに、やりたくてたまらなかったことだったのに、やってみると、こんなちっぽけなことだったのか、そう思った・・・。」
 ここではないどこか、私ではないだれかを求めて、おずおずと生きている子どもや若者や、そして大人たちがいる。
今年もまた、いのちが愛おしく感じられる春が来た。          
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写真は、降り積もった雪の下で何日も埋もれていたクロッカス。庭の花壇だけがいつまでも雪が溶けずに残ったままでした。多分もう駄目だろうと思っていたら、芽を出し、可憐な花を咲かせてくれました。
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2014年2月27日 (木)

 ふたばからのおたより -2月―

      
          何でもない言葉

 ずい分昔のこと、関わっていた女の子が仕事先の機械に腕を巻き込まれた。救急病院、労災、義手、リハビリ・・・、初めて知る世界にオロオロと走り回ったことがある。
 その小さな工場の社長夫婦は、静かな方たちだった。奥さんは、病院の診察にも何度か付き添ってくださった。長い待ち時間に、いろいろな話をした。こんな時に身内の話をして申し訳ないけど、とある時、奥さんは言い出した。先日親戚の娘が亡くなったの。重い障害を負って、ただ生きているだけだった。生まれたばかりの頃にお風呂に入れていて、ちょっと手がすべったか湯船に落ちてしまった。それからずっと眠ったまま十何年、もし誰かがワーッと叫んだら、それですべてが崩れてしまうような長い年月だったと思うの。その親戚の娘を、先日皆で静かに見送ることができた・・。
 慌ただしく事態が進む中、病院の片隅に座ってボソボソと語られるのに耳を傾けた。それだけの話だった。なぜか今も心の底にシーンと残っている。人生について教えてくれるのは、そんな小さな、片隅で聞いた話ばかりだった気がする。
 怪我をした女の子もそうだったが、その頃私は、養護施設を卒園して社会で働く子どもたちの寮で働いていた。15、6歳の子が製本会社、パン屋さん、大工塗装屋、昔だからそんな仕事が多かった。私が結婚して妊娠した時、何人かの男の子が真顔で言ってきた。「子どもが生まれたら、預けて働いちゃいけないよ。預けたら、俺たちみたいになっちゃうよ。」『俺たちみたいに』という表現の仕方をした。この子たちの前で子どもを産んで育てたいと思った。誰も産休なぞ取ったこともなかったその現場で、満員電車に赤子を庇いながら乗せて通う嵐のような日々へと後押したのは、あの時の製本会社や印刷会社に通い、時にサボっては怒られていた男の子たちの何でもない言葉だった。
 大切なことって、どうしてボソッと伝えられるのだろう。こんな小さな、何でもない言葉が人生を動かすキリリとした力に変わっていくのは何故なのだろう。
 「私が中学生になった時さ、○○ちゃんはもう小学校に通ってる?」女の子が聞いてきた。これは今の職場での話だ。お勝手で水仕事をしている私の周りにまとわりつきながら、女の子は話し続ける。たわいもない会話。「どうかなあ・・」と指折りして数えてみせた。そうしたらふいに、本当に不意に、この子が中学生になるのを見届けたい、との思いが突き上げてきた。○○ちゃんのランドセル姿をこの目で見てみたい、きゅうんと込み上げてきて、困って、ただ困って・・・、だから今も細々と働いているのだと思う。    

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写真は、一緒に暮らす母の91歳のお祝い。何と大雪の翌日でした。大変な思いをして皆が集まり、忘れられない誕生日になりました。            (の)


2014年1月30日 (木)

ふたばからのおたより -1月―


          こうた とうま つうしん

 今年の年賀状にずっと昔、20年も昔の東北旅行のことを書いた。妙な癖があって昔はよく旅先の切符とかパンフレットとか宿の領収書とかをノートに張り付け、電車代や食べた食事メニューまで書き残したりした。年賀状を書くのに、その古いノートを引っ張り出して、へえ、こんなルートで旅行したんだっけ? と懐かしく思い出した。
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 同じ箱の中に、「こうた とうま つうしん」がまとめて入れてある。子どもたちが小さかった頃、手書きでしこしこと作って、友人や親せきに送っていた家族通信だ。二人の息子の名前を入れた。上の子が2歳くらいだったろうか、初めて夜行列車に乗せて津和野、尾道に行った手書きの旅行記をコピーして、焼き増しした写真を1冊1冊に張り付けた。1ページにいくつもあるへたくそなカット一つひとつを色鉛筆で塗って、何であんな手間のかかることを始めたのだろう。最初は30人くらいの友人に送っていたのだが、だんだん人数が増えて、年に一度くらいのペースでもコピー代、郵送代、その手間もバカにならなかった。
 子どもたちの保育園や学童保育の連絡帳をもとにした、何でもない日常の記録だ。子どもの心がわからなくて悩み自信をなくした時のこと。ふとした言葉に子どもの感性を感じてほろりとしたり、大笑いしたり、そうして過ぎていった日々のこと。どこにでもあるような小さな家族の記録だ。我ながら未熟な親だった、と思う。自身の親との葛藤も抱えたまま本当に未熟な人間だった、と思う。仕事でも躓いて、これでいいのかと探しものをしてばかりで、ああ、何だか今も変わらない。それでも、思えば楽しかった。もう、どんと来い、とも思ったり、そうした日々の気持ちを私は誰かに伝えたくて、切手を貼って出し続けてきたのかもしれない。
 みんなが寝静まった夜や明け方、文章を書き、へたな絵をつける。コピーしたB4の紙を半分に折る。ホッチキスで止める。手を動かしながら、いろいろなことを考えた。襖を隔てて寝息が聞こえる。外では新聞配達だろうか、バイクの音がする。
 息子たちが結婚する時には、この通信を1冊にまとめてプレゼントしたいと思ってきた。そろそろそれが現実的な年齢になってきたから、今年くらいにまとめられたらいいな、と秘かに思う。息子たちだけでなく、今バタバタと子どもを育てている若い人たち、これから家庭を作っていこうという若い人たちにもプレゼントできたら、ちっちゃな勇気も一緒にプレゼントできそうな気もする。
 写真は、7号と最終号になってしまった13号の表紙です。    (の)


2014年1月 6日 (月)

小さなかがやき

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「小さなかがやき」
長倉洋海 谷川俊太郎
偕成社 本体1300円


この本はなぜか12月に出版されたのに、しかも皆にも薦め買っていただいたのにブログにつけないままになってしまいました。写真集のようでもあり、詩集でもあるこの本の主人公は子どもです。日本の子どもはいませんが中国からアフガニスタン、アフリカ、レバノン、コソボ、こう上げてみるとどこも紛争地帯です。長倉さんが被写体の子どもたちにカメラをむけます。一方この写真に詩をつけている谷川さんはかならずしも写真の子どもに向けて詩を詠んでいるわけではありません。むしろ関係なく詩として独立しています。ただしすべて子どもに関した詩です。つまり詩人は自分のなかの子どもを詠んでいるのだとおもいます。そして、詩と写真のコラボで新しいものが生まれてきます。これはすこしも不思議なことではありません。「絵本」がそうだからです。従来の絵本は字を読むことのできないこどものものでした。文があってそれをわかりやすく絵で説明してあったのが絵本でした。いまもそういう傾向の絵本が多いのですが、(なんといっても売れます)けれど、それが最近デザイナーの人たちが表現するようになって少しちがってきました。この本はだから写真集でもあり、詩集でもあり、絵本でもあります。
 表紙の子どもたち、はにかんだような表情におとなはおもわずニッコリとします。でもページをあけると写っているのは教会のなかの子どもです。この子どもはの背後には十字架、1982年のエルサルバドルの子どもです。そして、つぎページをひらくと赤ちゃんをたくさんの子どもたちがとりかこんでいます。谷川さんの詩は「君たちだってこんな赤んぼだった おとなに守られて君たちは大きくなった」ではじまっています。やはり1982年のエルサルバドルの子どもたちです。
 私たちはこの二人のメッセージをしっかり受けとめたいとおもいます。子どもたちはあなたの私の内なる子どもを見つめています。その「小さなかがやき」で。

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