映画「歓喜の歌」
立川志の輔を見直す〜映画『歓喜の歌』

落語が映画になるとは思いませんでした。創作落語で活躍する立川志の輔、彼の『ダブル・ブッキング』が、映画『歓喜の歌』になりました。
ママさんコーラス2グループが、某市民ホールでの発表会を申し込みます。半年前の受付、希望日は大晦日、ところが市民ホールの主任が、大晦日同時刻で2グループ入れてしまいます。それに気付いたのは、暮れも押しせまった頃、チケット購入者に早く来い、遅く来いと言えるわけがないのは、両者も同じ。時刻が譲れないなら、唯一の手段は、合同発表会。そこに至るまでのドタバタ喜劇、そして最後は大成功・大感動の発表会。
主役は主任です。これがいかにも公民館などに、いそうなタイプ。やなヤツ(民間会社にも、私達のまわりにもいますが)。落語だと、志の輔ひとりの顔を見続けているので、よけい感情移入して憎らしく見えます。とても映画の主役にはならないと思っていました。ところが映画だと、意外と愛嬌が出てきます。ひとり芸と群衆劇の違いでしょうか。
映画では、ママさんひとりひとりの日常生活が、ていねいに描かれています。サークルにはサークルの苦労があります。でも、大変な練習もそれなりに楽しいし、人前でやると緊張しても、観客の反応は嬉しいものです。コーラスも、おはなし会も同じですね。もっと言えば、演劇でもコーラスでも、観客にまわるよりも、演じるほうが面白いのです。
あの落語を2時間の映画にして、破綻しません。かえって厚みが出ます。と言うことは、落語の骨格がよほどしっかりしているのです。落語でのアクの強さ説教くささが、映画では俳優それぞれのコクになっています。落語のオチでは、主任の無神経さを遺憾なく発揮していますが、映画では、腹立たしさをなだめられます。
それにしても、映画のママさんコーラスの、歌のうまいこと(もっとも、ママさんなのかプロなのかはわかりませんが)。 題名の歌をはじめ、みんなの知っている歌がたくさん歌われます。その中のひとつ、『竹田の子守歌』は名曲です。ただ、悲しい『守り子歌』を、病気の子に歌ってやるのは、そぐわない気はしました。 (高橋峰夫)
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