2008年3月20日 (木)

映画「歓喜の歌」

立川志の輔を見直す〜映画『歓喜の歌』
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 落語が映画になるとは思いませんでした。創作落語で活躍する立川志の輔、彼の『ダブル・ブッキング』が、映画『歓喜の歌』になりました。                    
 ママさんコーラス2グループが、某市民ホールでの発表会を申し込みます。半年前の受付、希望日は大晦日、ところが市民ホールの主任が、大晦日同時刻で2グループ入れてしまいます。それに気付いたのは、暮れも押しせまった頃、チケット購入者に早く来い、遅く来いと言えるわけがないのは、両者も同じ。時刻が譲れないなら、唯一の手段は、合同発表会。そこに至るまでのドタバタ喜劇、そして最後は大成功・大感動の発表会。
 主役は主任です。これがいかにも公民館などに、いそうなタイプ。やなヤツ(民間会社にも、私達のまわりにもいますが)。落語だと、志の輔ひとりの顔を見続けているので、よけい感情移入して憎らしく見えます。とても映画の主役にはならないと思っていました。ところが映画だと、意外と愛嬌が出てきます。ひとり芸と群衆劇の違いでしょうか。
 映画では、ママさんひとりひとりの日常生活が、ていねいに描かれています。サークルにはサークルの苦労があります。でも、大変な練習もそれなりに楽しいし、人前でやると緊張しても、観客の反応は嬉しいものです。コーラスも、おはなし会も同じですね。もっと言えば、演劇でもコーラスでも、観客にまわるよりも、演じるほうが面白いのです。
 あの落語を2時間の映画にして、破綻しません。かえって厚みが出ます。と言うことは、落語の骨格がよほどしっかりしているのです。落語でのアクの強さ説教くささが、映画では俳優それぞれのコクになっています。落語のオチでは、主任の無神経さを遺憾なく発揮していますが、映画では、腹立たしさをなだめられます。
 それにしても、映画のママさんコーラスの、歌のうまいこと(もっとも、ママさんなのかプロなのかはわかりませんが)。 題名の歌をはじめ、みんなの知っている歌がたくさん歌われます。その中のひとつ、『竹田の子守歌』は名曲です。ただ、悲しい『守り子歌』を、病気の子に歌ってやるのは、そぐわない気はしました。 (高橋峰夫)

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2008年1月15日 (火)

映画「アース」を見て

 宇宙の視点から見た『アース』
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 記録映画『アース』を見てきました。「地球」の自然と動物を撮影したドキュメンタリーです。北極の白クマに始まり、ツンドラ、タイガ、熱帯、ヒマラヤの鳥たち、サバンナの象、南極のペンギン、そして海のクジラまで出てくる本当にきれいな映画です。こういう画面を見ていると、どうやって撮ったのか気になります。フィクションやCGならどんな画面でも作れるでしょうが、実際の映像となるとカメラマンの視点(立ち位置)がいります。どの動物ひとつをとっても、それぞれの映画を作れるくらいの大変な手間ひまが掛かっているのでしょう。それの総出演ですから、テレビの総集編のような感じです。貴重な映像もたくさんあります。ただし初見ではありません。どこかで見た場面が結構あります。と思ったら、やはりBBCの制作でした。考えてみれば、映画1本を作るためだけに、これだけのフィルムを撮り溜めるのは不可能です。その都度テレビ番組として放送できたから、手間を掛けられたのでしょう。ですからこの映画の観客は、大型テレビを持っている世代、つまり定年後の人達が(しかも夫婦で来てるのが)多いようでした。
 さて、その都度の放送や、シリーズ放送なら、1回ごとのテーマやメッセージを出せますが、この(総集編)映画では、どんなメッセージが出せるでしょうか。地球を“大切に”というメッセージは出ていますが(我々は神か!?)
 この映画の象徴となった(氷が早く溶けたため)海を泳いでいる白クマの映像には「地球温暖化がこのまま進めば白クマは早晩、絶滅する」という渡辺謙のナレーションがかぶさります。しかし気候の変動は過去に何度もありました。しかも今は氷河期(間氷期ですが)ですから、恐竜の時代よりずっと寒冷です。間氷期の中でさえ、縄文時代は今より数度暖かく、縄文海進で日本沿岸は水没してました。もちろん縄文海進であれ、その後の海退であれ、当時の人間や動物には甚大な被害があったでしょう。しかし(人間への被害はおいといて)それが即動物の絶滅につながったとは限りません。それは環境適応力の問題です。白クマでいえば、絶滅以前に、すでに絶対数が減りすぎてます。ですから温暖化の影響をもろに受けるのです。
 といっても元に戻らないのであれば、白クマを助けるには、温暖化を止めるしかないのも事実でしょう。ただ私は、温暖化の影響は、人間と動物では区別する必要があると思います。この映画の魅力はなんといっても、動物の生態であり、自然の美しさです。監督が、この映画が地球温暖化を考える第一歩になれば、と願うのはわかりますが、観客がそこまで行くでしょうか。なんでも温暖化が悪いで解決するのでしょうか。観客がもう一歩進むには、もっと詳しいメッセージと、情報収集の観客の努力が必要でしょう。(テレビ番組では、やってるのでしょうが)
 とにかく、観客が神の視座から降り、我が身に引きつけて考える、その一歩にすべきだと(自戒を込めて)私も思います。(高橋峰夫)

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2007年11月 8日 (木)

大人向けのファンタジー映画 その2

「 スターダスト」
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 さてもう1本は『スターダスト』。楽しい映画です。主人公は、18歳の青年、ラブロマンスの大人向けファンタジーです。実は私は映画の前に、原作を角川文庫で読みました。映画の公開に合わせて出版されたのですが、訳者が金原瑞人・野沢佳織なので手に取りました。原作者はニール・ゲイマンで、アメリカ漫画『サンドマン』の原作者だそうです。私は見てないので、どんなコミックか知りません。ともかく訳者はゲイマンの他の作品も訳してるらしく、金原の惹句は「『ハリー・ポッター』は子供向けだけど、大人も楽しめる。『スターダスト』は大人向けだけど、子供も楽しめる。この違いは大きい!」です。
 原作が好きか、映画が好きかは、好みの別れる所ですが、私は原作です。イギリスの昔話や伝説を巧みに取り入れ、『ハリー・ポッター』などより正統的なイギリス・ファンタジーに仕上がっています。映画は、長い原作の前半を大胆にカットし、すぐ核心に入ります。空から落ちてきた流れ星(実は女の子)を、恋人のために、無理やり鎖につないで連れて行く身勝手な主人公、女の子の心臓をえぐって不死の命を手に入れようとする魔女2組、女の子の持つ宝石を追いかける7人の王子(と言っても、追いかけるのは生きている王子で、死んでいる王子達は幽霊になってついて行くのだが)と、4方向から集まってくる人達の、追い追われつのストーリーが最後は見事に収束します(原作とはまた違った収束の仕方です)。CGの使い方のユーモアとウイット、幽霊の王子の狂言回しの台詞と、笑いどころも満載です。途中で飛行船が出てきます。原作では冒険家ふうに描かれていますが、映画ではもっとふくらませて、海賊の集団になっています。飛行シーンなども、まるで『天空の城ラピュタ』のドーラ一家です。 ニール・ゲイマンは『もののけ姫』全米公開版の英語脚本を担当したそうで、『スターダスト』の宣伝で来日した時は、スタジオ・ジブリも訪問してるそうです。原作者も監督も宮崎駿のファンだそうで、「宮崎映画の実写版」という(アメリカでの)評もうなずける面があります。                            
   高橋峰夫

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2007年11月 7日 (水)

大人向けのファンタジー映画 その1

  「パンズ・ラビリンス」
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 最近やたらとファンタジー映画が増えました。どれを観るか迷いますが、大人向けのを2本。まず『パンズ・ラビリンス』。ただ、これをファンタジーと呼んでいいのかどうか。というのは、主人公の女の子は、魔法の国に行きません。行く前の3つの試練の最中に死んでしまうのです。現実世界は苛酷です。舞台はスペイン。フランコの軍事政権に人民戦線は破れ、ゲリラの残党狩りの渦中。映画の描写はリアルです。残酷描写がバンバン出て来ます。はっきり言ってこれは子供向けの映画ではありません。でも子供も見に来ています。きっと夜中にうなされてるでしょう。責任は映画の宣伝と映画評論家にあります。評論はベタ褒めです。大人の観賞に堪えるからでしょう。でも子供には残酷すぎるとはどこにも書いてません。さすがに途中からPG−12の指定が入りましたが。でも映画館の入り口には書いてありませんから、何も知らない親子づれが入っています。
 スペインではこの映画は、どのように受け入れられているのでしょう。映画で描いているのは、スペインのどこにでもあった現実です。日本の原爆の映画や、『はだしのゲン』や丸木夫妻の『原爆の図』のようなものでしょうか。『はだしのゲン』や『原爆の図』をこわがる子は、たくさんいます。でも現実にあった事ですから、子供たちに見せています。とにかく『パンズ・ラビリンス』は、どこの国の何の戦争か知らない子供に見せるのは無理です。     
 スペインでは内戦の映画はたくさん作られています。それとファンタジーをつなげた新しい完成度の高い映画ですが、でもファンタジーの必然性は?
 『ナルニア国物語』が映画になった時、私は原作を読み直しました。子供の頃『ナルニア』の新刊が出る度に、わくわくして読んだ事、ついに最終巻が終わって寂しくなった事は覚えています。でも最後の場面はすっかり忘れていたのを、思い出しました。「最後の審判」で神の国に入る主人公の家族は、現実世界では交通事故で死んでいるのです。日本にも極楽往生の考えはありますが、イギリス人はもっと積極的・現代的に生きてるものと子供心に思っていました。作者は神学者ですし、イギリス人はキリスト教が精神的支柱なのでしょうが、でも子供の私は気持ちの整理がつかず、居心地の悪い気分だった事まで思い出しました。
 『パンズ・ラビリンス』の主人公は、死んでから魔法の国に行けたのです。現実世界が苛酷なのでしょうが、でも何も知らないで映画を見た子供たちは、私の子供の時のような居心地の悪い気分になったでしょう。運悪く映画を見た日本の子供たち。でも私のように、大人になってから、何かの拍子に思い出すかもしれません。その時には少しは気持ちの整理がつくでしょう。そうすれば、あの時映画を見てよかったと思えるかもしれませんネ。
      高橋峰夫

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