お仲間にどうぞ

  • ー元気になる集まりいろいろー
    <2018年度の募集中!自主講座のグループ もありますが、くわしくは会留府にお問い合わせ下さい、 *ボランティア講座と絵本の会は5月からスタート 参加募集中> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     7月の予定・くわしくは7月のえるふ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 夏のえるふお話会 21日(土)7:00〜 お話と絵本を読んで+花火をして遊びます。 おとなといっしょです。参加はどなたでも/お申し込み受け付けています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     *学ぼう語ろう〜9日10:00〜読書会 参加自由  ・・・・・・・・・・・・・・・   *Y・Aの本を読む会 12日(木)7:00〜読書会 ・・・・・・・・・・・・・・・ *羊毛チクチクの会 19日(木)10:30  〜(事前参加申し込み受付)        ・・・・・・・・・・・・・・・       *グループ放課後 18日(水)7:00〜読書会(公共 図書館司書・その他) ・・・・・・・・・・・・・・・          *憲法カフェプラスのプラス2 31日(火)  7:00〜社会保障と憲法  お茶パン付き800円 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      *絵本の会 20日(金)7:00〜今絵本がおもしろい。ポーランドのおはなしと絵本 非会員800円                                                                                                                         

7月の営業とお休み

  • 7月のお休み
    *お休み 変則になります。 2(月)・9(月)・17(火)・22(日)・23(月)29(日)30(月) *営業時間 いつもと15(日)10:30〜6:00 /1(日)・8(日)16(月・海の日)は1:00〜6:00

これからの会

  • 子どもと本これからの会
    読書は知識や楽しみも含めて心の栄養を与えてくれます。そして考える力になります。 被災地の子どもたちに本を届けたい、身の回りの子どもたちの環境を考えていこうという、二本の柱をたててボランティア活動をすることで出発しました。 いろいろの方たちの希望と力を持ち寄って、すばやく、やわらかく、活動を続けていきたいと思います。参加される方は参加登録してください。 世話人 坂上・宮田・大山   
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2018年6月28日 (木)

ふたばからのおたより -6月―

         

            母が入院しました・・・

 発熱が続くけど原因がわからない。こんなことは今までも何回かあった。朝方ぐんと熱が出るのに、昼にはストンと下がり元気にテレビを見ている。熱がないと食欲もあって、お菓子もバリバリ食べていた。そんな日々が長く続いた。
 そのうち高熱の頻度が上がってきた。一日に何度も上がったり下がったりする。熱が高いと動けなくなった。歩行器を使っても足が出ない。それでもトイレに行こうとする。原因もわからないし、体力の消耗を避け解熱剤で対応してほしいと渡された薬を何度も飲ませた。
 夜中に母の出す物音に過敏になった。廊下で歩けなくなってガタガタ震えていた夜もあった。逆に静かだと、心配で寝息を確かめに行ったりした。
 先週初め、夕方からまたグングン高熱が出た日、とうとう救急車を呼んで、そのまま緊急入院になった。申し訳ないけれど、ほっとした。ああ、これでゆっくり眠れると思った。医療の管理下に渡せた安心感、本当に本当にほっとした。
 「家族」って何だろうと、ずっと思ってきた。一つ屋根の下で、親であることと、親の子であることが同居する息苦しさを感じてきて、いや、もっとずっと昔から、小さな小さな頃から、「人間」って何だろう。何故、生まれてきて、そしてどこへ行くのだろう・・・、そんなことが頭から離れず眠れない夜を過ごす子どもだった。
 それが現実には、生身の人間の重さにたじろいでいる。年老いて、手足もやせ細った母の重さにたじろいでいる。

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 写真は、職場で頼まれて作ったパペット人形。園の子ども達に「いのち」についての話をするのに使いたいとオーダーを受け、図書館で借りた本を見ながら初めて作ったパペット人形です。ちなみにカバの子どもで「わかばくん」と「ワカバちゃん」、服は着せ替えになってます。

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2018年5月30日 (水)

ふたばからのおたより  -5月―

         
            普通であること

 新しい年度が始まると、毎年必ず子ども達が通う地域の幼稚園、小学校中学校との連絡会を開催する。私は直接の関わりがあるわけではないが、施設の中の専門職としてできるだけ顔を出して挨拶させてもらっている。『里親支援専門相談員』という専門職が施設に配置されていること、子どもは『施設』ではなく、できるだけ家庭に近い『里親家庭』でという国全体の流れと実際にも確実に里親家庭で育つ子ども達が増えてきていることなどを先生方に知っていただくためである。
 施設が『機関』であることの強みの一つは、他機関との連携の取りやすさにあると感じている。子どもを真ん中に置いて、機関同士として対等に一緒に育てていきましょうという関係が作りやすい。里親家庭だと、なかなかこうはいかない。子ども達と生活の多くの時間を共にする先生方と良い信頼関係を築けることは、里親家庭にとってとても大きな力になると思う。連絡会では、たいていそんな話をさせていただく。
 学校・幼稚園の先生だけでなく、広く自然に、里親制度について知っていただくため、今年度は計画的に月1回のペースで里親制度説明会を開催する。5月にはその第1回があり、1組の里親さんに体験談を語っていただいた。自身の家庭に子どもを受け入れる、一歩を踏み出す時の覚悟や日々の当たり前の生活、そこから得るささやかな喜びや悩み・・・、自然体で語っていただくお話は参加者の心に響く。
 里親の登録にはさまざまな研修や実習が義務付けられ、その専門性というものが今後ますます求められていくだろうと思われる。でも、里親であることの難しさは、それでも一番求められているのが『普通』であること、『自然体』であること、何より一人の『人間』であること・・・。『普通』って何だ? そんな哲学的な問題も突きつけられる。家族って何だろうと思う。対象としての家族だけでなく、自分が育ってきた家族、今真っただ中の家族、これからの子ども達の代の家族、その中で営まれる命を繋いでいくという作業。そう、普通であることとは何なのだろうか。
 里親制度啓発活動が本当に根付いていくためには、そうした一人の人間としての言葉で伝えていくことが必要だなあ、しみじみと感じている。でも、そんなことが私にできるかなあ・・・。

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 写真は、制度説明会前期分のチラシです。本当にご都合がついたら、気軽に覗いていただければ、と思います。  
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2018年5月 2日 (水)

言っておきたいことー高畑勲さんの言葉

高畑勲さんが最後に私たちに残した言葉をそのまま転記します。5月を迎えて今も最も考えなければいけないことです。
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 憲法九条を基盤にした賢明でしたたかな外交努力、平和的国際貢献こそが最大の抑止力であり、世界の全ての 国との相互理解を前進させるのが日本の唯一の道です。七十年間、戦闘で一人も殺さず、殺されず、今なお戦後といえることがどんなに幸せなことか。この平和をさらに強固なものとするために、私たちは改めて日本国、憲法によって戦争をしない国、戦争することのできない国であることを誇り高く内外に宣言すべきです。
 抽象的であいまいな言葉でどんなまやかしの限定をつけようとも、一旦戦争のできる国になれば、どういう運命をたどことになるのか、私たちは歴史に学ばなければなません。戦争をできるのにしないのはひじょうに難しく、できると、ついしてしまうことになる危険性が極めて高いのです。ー後略
  ー「君が戦争を欲しないならば」岩波ブックレットNO.942よりー

2018年4月26日 (木)

ふたばからのおたより -4月―

       
        これ、おいしいねえ

私たちのような生活に関わる仕事では、食事作りが大きなウェイトを占める場合が多い。もちろん大きな施設だと、はっきりと職務分担されているのだろうが、小さな単位で暮らしを守る施設だと、職員は何でも屋さんになる。「かぼちゃコロッケは、どう作るんですかね?」若い男性職員が、エプロンをつけスマホ片手に聞いてくる。今の時代、調理方法は本からでなくスマホで調べるらしい。それにしても、初心者に「かぼちゃコロッケ」とは気の毒である。
「かぼちゃはレンジにかけてつぶすんですよね? 皮むくんですか? それから最後に卵をつけて、パン粉つけて揚げるんですよね?」「卵の前に小麦粉だよ。」「小麦粉ですか?」そんな会話の後、現代っ子が作った「かぼちゃコロッケ」をつまみ食いさせてもらうと、思いがけずクリーミーで、おいしかった。
 私が昔々、自立援助ホームという思春期の男の子ばかりの寮で働き始めた頃、20人もの食事作りは、もう涙なしには語れない。もともと家の手伝いなどせず本を読んだりして大人になったタイプで、コロッケは油の中で爆発するし、それを見て、手伝ってくれていた男の子は「俺知らない」と逃げ出すし、2升のご飯は、ふたを開けてみると水の量を間違えたか、真ん中に池ができているし・・・。それでも何とかなることを身体で覚えてしまい、そうして手伝ってくれると称して台所に入ってくる男の子たちとどれだけ話をしてきたかわからない。
 そして今、95歳になった母である。幸い嚥下に問題はなく、硬いものでなければたいてい食べられる。特別に配慮するわけではないが、季節のものには、ちょっと気を使いつつ、普通ご飯が毎日続く。母は、箸を動かす。好きなものだとがつがつ食べる。そうして「これ、おいしいねえ」と言う。「おうちのご飯が、一番おいしいねえ・・」
その言葉にほこっとしながら、私には本当はちょっと重たい。ううん、とてもとても重たい。

Photo

というわけで、写真は今日のうちごはんです。ひき肉が余ってしまっていたので、豆腐入り和風ハンバーグがメインディッシュ(?)でした。マカロニサラダは昨日の残り、オレンジは朝使った半分です。
そうそう、5月1日から7日まで、今年もそごうデパート地下通路で里親制度啓発のパネル展示を行います。                    (の)

      

2018年3月25日 (日)

 ふたばからのおたより  -3月―

       
             3月に想う
 
月並みな言い方だが、今年もまた巣立ちの季節がやってきた。
外で話す機会がある度に伝えるのだが、昔と違って、今児童養護施設や里親家庭で暮らす子ども達のほとんどに親がいる。親の抱える様々な事情で、親から離れて暮らさざるを得ない子ども達である。
小さい頃から他の兄弟を世話するのが当たり前だったり、どこか親を庇っていたり、背伸びして生きてきた子どもたちが施設の生活の中で、当たり前の「子どもの時間」を取り返していく。施設の役割はそこにあるのかな、と思ってしまう時もある。そして子ども達が施設で暮らしている間に、職員や児童相談所は親たちに働きかけ、親子の交流を続け、できるだけ早く実の家庭に帰っていけるよう努力する。それが今の施設の大きな仕事になってきている。
そういうわけで、この春も、新しい学年を迎える前にたくさんの子ども達が家庭に帰っていくことになった。家庭復帰を前にした子どもたちは、ちょっと不安定になる。そりゃあ、早く家族とおうちで暮らしたい。でも別々に暮らした空白の時間が埋められるだろうか。また家族になれるかな。施設での暮らしは、それなりに楽しかった。兄弟みたいな仲間がいた。毎日の食事と自分の部屋と話を聞いてくれる大人と、安心に包まれていた。おうちに帰ってやっていけるかな、新しい学校で友達できるかな・・・。期待と不安でもみくちゃになりながら、でも、そんな気持ちをじっと押し隠す。それは、家に帰ることのできない他の仲間たちへの遠慮でもある。
先日も小学生の男の子がお母さんと暮らすために施設を退所していった。退所時の恒例で、施設中の子どもや大人が玄関前に集まって見送った。同じ学年のやんちゃな男の子が下を向いて泣いた。この子も3月末には退所して親族と暮らす。2歳3歳から共に暮らしてきた仲だ。時に取っ組み合いの喧嘩をしてきた仲だ。泣きながら、いつ書いたのか手紙をそっと渡す。その子を乗せた車が動き出すと、若い職員が「行くぞ」と声をかける。それを合図に、幼児も小学生も、車を追って一斉に走り出す。角を曲がって見えなくなるまで走り続け、退所していく子は窓から身を乗り出して手を振ったりする。
毎年3月に繰り返される光景である。

Photo

写真手前は、思いがけず芽を出し花をつけたチューリップ。昨年秋は忙しくて忙しくて、何の球根も植えられぬまま春が来てしまったなと思っていたところ、あれ、去年掘り起こし残してしまったらしいチューリップが小さな赤い花をつけていたのです。なんだか、ひどくいじらしかった・・。明日の休みに花壇をいじるつもりです。 
                 (の)
                                  


2018年3月20日 (火)

熊谷守一と「はじまるよ」

 東京へ用事があって、ちょっとした時間ができたので「熊谷守一の展覧会」によってきた。前に小さい展覧会で見た絵はあるけれど、膨大な画をまとまって見たのははじめてだ。後半に展示されて、良く見ることがある猫、小さな虫、花などの自然のスケッチ以外の、有名な「轢死」についていろいろな角度から見ることができたのもはじめてだ。「轢死」は1908年明治36年の作品だ。作品は<闇と光>。ずっと作品が描かれた年代をおっていくと<闇>の意味するもの<光>の描くものについて多く感じられた。画家は父より一世代年上、近代日本の歴史の中に生きてきた。画家の<闇>は日本が国家として駆け足をしていた中の闇ではないのだろうか。では<光>は?1947年の「海」1951年「朝日」つまり第二次大戦後あたり、そして、花や小さな生きものが描かれるようになる。後年の画家の姿だ。
Photo
この作品のなかの「日輪」が絵本になっていて、えるふ通信2009年10月10日私はこんなふうにに紹介している。
 ーえぇ!熊谷守一ってあの「くまがいもりかず」、たしか100歳近くで亡くなったはず、確かにそうでした。一体だれがあかちゃん向けの月刊絵本に、この有名な画家の絵を使おうとおもったのでしょうか。この画家の絵はとても斬新です。折り込み付録によるとおかざき乾じろうさんのレイアウトとのことです。文をつけたのは活躍中の詩人ぱくさん。日本語以上の日本語、小さな生きものたちの鳴き声、擬音、擬態が的確に短くつけられています。おなじみのねこは「ねむたいねこ」”そっとしとこ”だって。空気はあくまで澄んで明るい!ー
 青がきれい、そして「闇と光」をくぎるものの赤が強い。
 展覧会は国立近代美術館で。今日21日までです。

2018年3月 2日 (金)

3月は光の月

 3月になりました。「春一番」のような強風でした。でも、そうではなかったとニュースでいっています。北はまだ雪が吹き荒ぶお天気とのこと、旭川で高校受験の子がいます。どうしているかなとちょっと息をつめています。夜空には大きな月が私を見下ろしています。つらいことが続いたけれど、静かに春を迎えたいと思います。「3月は光の月」といったのは倉嶋厚さんです。また、3月11日がやってきます。甲状腺癌が再発した子どもがいると、これもニュースが流れています。

2018年2月22日 (木)

ふたばからのおたより  -2月―

       

          小野妹子は男だったんだ・・・

 小学校6年生の社会のテストの時間だった。昔の学校のテストというのは、裏にちょっとしたおまけの文章があって、テストが終わった子は、裏の文章を読んだりしながら終わりの時間を待っていたように記憶している。その日のテストは、習いたての歴史、聖徳太子の時代あたりだった。裏を返すと遣隋使に関する話が書いてあって、文章の内容は忘れたが、挿絵には遣隋使に任命された小野妹子が朝廷の聖徳太子を訪れている場面が描かれていた。えっ、と思った。男の人だった。妹子という名前から、何の疑いもなく女性をイメージして授業を聞いてきたのに、小野妹子は男だった・・。クラクラと天井が揺れるほどに驚いたのを、今でも覚えている。
 不思議なことに、その瞬間、小野妹子という人物が一人の生身の人間としてドスンと私の中に落ちてきた。紙切れのような名前でなく、今の私と同じように生きて血の通った一人の人間が実在していたのだということを、そうした人間が脈々と繋がって今があるのだということを、私は自分で発見したのだと思う。
私が、学ぶことの意味を探し続ける入り口に立ったのは、きっと、あの時だった。

Photo

 今年も1月2月と、また受験の季節が巡ってきて、昨日は公立高校の合格発表日だった。再度チャレンジする子と決まってホッとする子と、落ち着かぬ日々は、もうしばらく続きそうだ。
「どの子にもね、変わっていく一つのタイミングがある気がするんです。」 つい先日、高齢児ホームの職員が言っていた。何故あんなにチョロチョロしてた子が突然、ぐんぐん勉強し始めたのだろうか。何があの子の目の色を変えたのだろうか。時々不思議に思い、時々スイッチの入った成長期の子ども達のエネルギーに圧倒されたりもする。何が、この子を変えたのかな・・。
 でも、でもね、もしかしたら、子どもが変わるタイミングとは、ほんの小さなささやかなものなのではないかしら。クスリと笑ってしまうような、例えば、小野妹子が男だったって気づいたような・・・。誰が教えてくれたのでもない、誰に与えられたのでもない、自分自身で発見したこと、なあんだ、そうなのか、そんな小さな発見が、もしかしたら、人を変えていくのではないかしら。

 施設の入口の梅の花がほころび始めた。春が来る。       (の)

2018年2月 1日 (木)

二月になった

 ご多分にもれず、あっという間に一月は終わって「さる」という二月になってしまった。おまけにドコモ系の携帯とうまく連絡がいかない。とどのつまり6年もつかってきたガラケーを手放すことにした。
 店のお客さまだけれど、私と広い一般書も含めて本の話ができた、それに学生時代の話ができた人があっという間に亡くなってしまった。六月「人生思いもかけないことがおきます・・・・」というFAXを残して逝ってしまった。
 一月の憲法カフェで、沖縄の話が聞けた。ニュースになる問題はそれとして、わたしたち本土の人たちがあまり知らない沖縄の人たちの話がきくことができた。かれらのエネルギーとおおらかさ?はどこからくるのか、私なりに少し納得?できたので、あとでもう少しまとめて報告したいとおもう。
  二月もよろしくお願いします。

2018年1月28日 (日)

ふたばからのおたより  -1月―

      
          ふたばっ子、社会にでる

 日曜日、卒園生にお願いして地域の方々に語る会を開催した。学園で育って巣立って行った子ども達の生の声を、見守ってきてくださった地域の方々に聞いてもらいたかったことと卒園生に堂々と語ってもらいたかったこと、両方の理由からの企画だった。50人以上が集まってくださって、温かいいい会になったと思う。
 4人の若者が話してくれた。今の仕事のこと、学園での生活のこと、これからの夢・・、本当に率直に正直にまっすぐに話してくれた。
 「聞かれるから、もう面倒くさくなって親はいないんです、施設で育ったんですって言うと、決まって、大変だったねえって言われる。そう言われるの何か嫌だな。別に大変じゃなかったし、施設でほんとに楽しく暮らしていたし、そんな風に言われたくない。」
 「仕事してて、きついなと思うこともある。まわり見ると、けっこうすぐ仕事をやめてく人も多い。親に車買ってもらったり、不自由なくもの買ってもらったりして、仕事がきついと辞めてしまう。思いたくないけど、甘ったれるなって思う時もあって、どんなに自分が幸せなのか気づいてほしいなって思ったこともある。」
 「自分で目標決めて、車が好きだから、この車買うまでは絶対仕事辞めないぞ、寮を出て引っ越しするまでは、絶対に仕事辞めないぞ、そうやって次の目標次の目標を見つけながら仕事を続けてきた。やっと、仕事のおもしろさも感じてきたかな。」
 「学園では中学から自分で洗濯したり、トイレ掃除したり、ほんと面倒だ、やだなと思ってたけど、一人で暮らしてみると、それが役に立ってるんだよね。」
 「学園の生活は、きびしいこともあったけど、思い出すの楽しいことばかりでね。私たち、他に帰る家がないから、やっぱりここが実家なんです。職員が変わって知ってる人は少なくなったけど、温かく迎えてほしいと思ってます。」
 そうして、最後に4人に聞いた、これからの夢。4人が口をそろえて言ったのは、
 「ごく普通の、あたたかい家庭を持ちたい。子どもが生まれたら、その子が安心して帰ってこれるような、温かい家庭を守っていきたい。」

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写真は、明日29日まで行っている、そごうデパート地下通路での里親制度啓発パネル展示。今回は、またまた里親家庭に協力していただき、子どもたちの絵と字の歌留多を作って展示しています。

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