児童書(Y・A)

2017年5月 8日 (月)

太陽と月の大地


   かわらない世界の悲劇
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「太陽と月の大地」
コンチャ・ロペス=ナルバエス
宇野和美 訳
松本里見 画
福音館書店 本体1600円


物語は16世紀スペイン南部、アンダルシア地方のこと、私からは想像もできないほどの遠くの昔のお話です。(「アルハンブラ宮殿」という名前だけがわずかに知っていることです。)作者あとがきにはモリスコ(キリスト教徒に改宗したイスラム教徒のこと)の農夫の息子エルナンドと、キリスト教徒の伯爵の娘マリアの悲恋の物語と記してありますが、私には悲恋の物語というより、民族と宗教に翻弄された人びとの悲劇の物語と思われました。それはやはりマスコミでしか知らないパレスチナなどの悲劇と同じものです。充分に今日的な事柄ですし、いまでも、階級などのちがいはあるものも、このようなことは繰り返し、繰り返しおきています。でも、わたしには想像するしかありません。こういう物語の力を借りて、イメージ化するしかありません。そして、未来への生きる力もこういう物語を読むことによって、私たちは前にむかっていくことができると思っています。
 装丁、挿絵ともたいへん美しい本で書物と読書の醍醐味が感じられます。この物語を成功させていることのひとつです。若い人にぜひ勧めたい一冊です。

2017年3月10日 (金)

リクと白の王国

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「リクと白の王国」
田口ランディ
キノブックス 本体1500円


宇都宮に住んでいたリクは突然父親と一緒に福島に行く事になった。リクの母親は既に死んでしまってリクは父親と暮らしている。リク父子が福島にいくと決まった時はまだ大震災はおきていなかった。リクの父親は精神科の医者だ。原発の事故以来、廻りの大人たちは大混乱している福島に行く事に大反対だけれど、もともと春から転勤が決まっていた父親は医者がいなくなった福島にいかざるえなかった。リクを連れて行くか置いていく(おばさんのところへ)かしかない、リクはおばさんがにがてだ。それくらいなら福島に一緒に行った方が良いと判断した。けれど思っていた以上に福島で生活するのはたいへんだった。インフラも完全ではないし不安がいっぱい。一番リクが嫌なのは住んでいるみんなの気持ちがバラバラでいがみあっているからだ。出ていった人、そのまま留まっている人、もちろん津波でたくさんの人が死んだ。破壊つくされただけでなく、放射能で住む事ができない人たちの気持ち、子どもたちは思いきって外で遊んだり出かけたりもできない。けれどそんな子どもたちを支えたいとおもっているおとなもいる。子どもたちを自然体験がおもいっきりできるようにとプロジェクトをつくっているおとなたちが、北海道にでかけることになり、リクもなかまにいれてもらう。リクを受け入れてくれてふつうに扱ってくれたおとなたちに、自然のなかでリクは自分の意志で福島で暮らしていく決心をする。
 今日の夜仙台天文台が作ったプラネタリウムを見てきた。3.11の仙台の空は満天の星だった。あんなにきれいだったのは皮肉な事に震災で街のあかりが消えたからだ。あのころ節電で日本中が暗くなった。そして、原発が止まってしまってもなんとか暮らしていけるのではないかと人びとは思った。たくさんの流れ星があって、亡くなった人びとが星になってむこうの国にいくという、昔からのいい伝えに人びとは祈った。でも原発は再稼働、そして、福島から移り住んだ子どもたちへのいじめが次々と明らかになっている。責任をとろうとしないおとなといらだちがつのっている福島、いまなお原発の状態すらわからないままに6年経った現実だ。この物語のなかにでてくるゲンさん夫婦、野村さん、洋一くん、そしてリクのお父さんのように、これからわたしたちはどうしたら良いのだろうか。答えはでないけれど、自然に帰らない物を作り続けようとすることだけはやめなければならない。それだけはいいつづけなければならない。
 
 

2017年2月17日 (金)

わたしたちが自由になるまえ

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「わたしたちが自由になるまえ」
フーリア・アルバレス
訳/神戸万知
ゴブリン書房 本体1500円

ドミニカ共和国ってどこにあったっけ?ほとんどの人がそんな認識しかもっていないと思います。そしてかってあったことの真実をもとに書かれているとはいえ、あまり切実には思えないのが私たちの気持ちかもしれません。この物語は時代と状況はちがいますが、ドミニカ版アンネの日記のような物語といったらなんとなくわかるかもしれません。アンネの日記ではアンネは殺されましたが、この物語にでてくる主人公アニークのいとこがアメリカに渡っています。(圧政をのがれるために)作者はこのいとこと思われます。
 ドミニカでは1930年から1961年までトルヒーヨ大統領の独裁政治が続いていました。アニークは大統領を尊敬していましたがいとこたちが突然アメリカにいってしまい、それからも次々に親しい人がいなくなります。アニークは真実を知ります。そして、父たちが囚われアニークも母と乳母?も身を隠せずにはいられなくなります。物語の後半はクローゼットに隠れた生活のなかで日記を書くことがが生きていくことの支えになるアニークです。それはアンネの日記がいまなお若い人たちに読まれていると同じ、その中にはアニークの瑞々しい情感があふれているからだと思います。
 私たちは未来を考える時にやはり過去を振り返ります。それはなにも国家ということではなくとも、日常のなかで自分の生き方を思うとき、困難なことに突き当たったとき、身近な人が亡くなったりしたとき、新しい命の誕生を迎えたとき、全てにあてはまることです。
 でも、国家によって命があぶなくなるなんてありえないとおもうかもしれませんが、おこりうることです。(いまメディアでとりあげられている共謀罪などもそんな視点から考えなければならないことだとおもいます。)今はそうではないけれどあまり遠くない未来に私たちもアニークのようなことがおこるかもしれない、それは私の心配しすぎなことなのでしょうか。
 「わたしはただ日記をつけたいだけで、世界をすくいたいわけじゃないって、ママにいった」「手かふるえてしかたがないーだけど、世界の人に知ってもらうために、この記録を残したいー」アニータの日記より。12歳の少女の物語です。


2017年1月31日 (火)

スマート

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「スマート」
ーキーラン・ウッズの事件簿ー
キム・スレイター作
武富博子 訳
評論社 本体1400円

ぼくは母さんと父さん?と兄さん?と住んでいる。父さんにも兄さんにも?をつけたのはほんとうの父さん。兄さんではないからだ。ほんとうの父さん、兄さんでないからといって嫌っているということにはならない。けれどトニーはぼくにも母さんにも気に入らない事があると暴力を振るう。兄さんのライアンはトニーの子どもで一日中ゲームをしている。どっちもぼくは嫌いだ。ぼくは中等学校の9年生(日本でいると中学2年生くらい)学校へいくのは好きだけれど、嫌いな先生もいるし、嫌いな勉強もある。ただぼくは将来イブニング・ポスト新聞の記者になるつもりだ。だからなんでもノートに書いている。将来記事を書く能力を認めてもらうために、なんでも書き留めておくことにしている。 
 ジーンさんがベンチで泣いていた。ジーンさんはホームレスのおばあさんだ。声をかけたらジーンさんは川に浮かんでいるぼろきれを指差した。けれど、ぼろきれと思って川をのぞきこんだらそれはぼろきれでなく人だった。昔、消防隊で活躍したコリン、けれど英雄になったコリンは大やけどと心に傷をおってやっぱりホームレスになってしまった。警察はあやまって川に落ちて死んだといったけれど、ぼくは殺人だと思う。ぼくはなんでもノートに書いていたけれど、文だけでなく絵も描く。コリンさんは殺されたのだ。ぼくは犯人をみつけようとおもった。
 この物語には場所や人の固有名詞がたくさんでてきて、この物語に厚みをあたえています。事件の始まりの川、ノッティンガムの街の様子、人気のテレビドラマ、なによりもキーランが尊敬している画家ラウリーとその絵のこと。登場人物もキーランの学校のクレーン先生、ウガンダからの転校生カーワナ、そしておばあちゃん、どの人も個性的で魅力的だ。
 トニーにおびえてキーランのことをちゃんと考えられなかった母さんにおばあちゃんは言う。「人間って、誰かといっしょにいないと生きていけなって思う事もあるんだよ」「でも、覚えておくんだよ。本当はいつもたよりにできるたったひとりの人間は、自分自身なんだってね」P294より
 読者はキーランに特定の固有名詞はつけられていないけれど、たぶんアスペルガー症候群とよばれる少年なのだと思うかもしれない。そのことについて、作者は学校で長く働いていて、キーマンのような個性的なものの見方をする子どもたちをたくさん見ていたにちがいない。読者がそれをどうとらえるか、社会のやっかいもの、困った人、かわいそうな人。私はとても興味深くこの本を読む事ができた。そして、この人たちが絵を描くことがすぐれているという特質を考える。豊かなイメージ=絵、これは私の課題にしたい。

2017年1月29日 (日)

紅のトキの空

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「紅のトキの空」
ジル・ルイス=作
さくまゆみこ=訳
評論社 本体1600円


物語の始めから最後まで文から立ちのぼる熱気にあてられっぱなしになって読んだ。その熱気というのはこの物語の主人公スカーレットだったり、母親だったり、スカレットの里親になったルネやその夫のシーオだったり(この家族が一番あたりまえにある家族のかたちか)、魔女といわれているマダム・ポペスク、どの人をとっても尋常ではないように思える。主人公スカーレットは12歳で肌は褐色、会った事のない父さんと同じだ。弟のレッドは実年齢は8歳だけれど4歳位にしかみえない。肌の色は白、オレンジ色の髪の色をしている。母さんも白い肌、薬とタバコが片時も離せない、もちろん子どもたちの世話もできなく一日中タバコを手に家の中にいる。幼くて自閉症でアスペルガーのレッドは鳥にしか興味を示さない。だからこの家の主婦はスカーレットだ。家をきれいにして、食事をつくり、レッドのめんどうをみて学校に行く、尋常ではない生活だけれどスカーレットにはなにものにも変え難い生活だった。それは3人でいられるということが理由だ。ベランダの隙間にリトルレッドが巣をつくり卵を産んだ。レッドのためだけでなく、スカーレットはこの卵から孵るヒナを守る事が家族を守る事だと思っている。それは自分自身の存在にかかわることだ。けれど、母親のタバコの不始末から火事になり、3人は別べつに、母親は入院、レッドは保護施設、そして、スカーレットはルネとシーオ一家のもとに一時ひきとられることになる。このままではレッドといっしょに暮らす事にはならないとレッドをひっさらって逃げる決心をして、魔女といわれながらも傷ついた鳥の世話をしているマダム・ポペスクにかくまってもらうように頼み連れて行く。スカレットはルネとシーオ一家と暮らすなかで、自分の渇望だけでなく、少しづつ客観的に考えることができるようになる。
 登場人物のどの人をとっても描写がしっかり描かれているので、読む人は引き込まれてしまう。「家族」この深くて心を包み込むもの、でも深く傷つけあうものでもある。この物語のなかにはいろいろの家族の形がでてくるので、読む人は自分と置き換えて読む事ができる。スカレットの絶望感と渇望と望みが熱気のなかに胸にせまってくる。
 ありきたりの疑問、家族ってなんだろう。血の繋がりだけが家族ではない、とすると!

2017年1月18日 (水)

スピニー通りの秘密の絵

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「スピニー通りの秘密の絵」
L.M.フィッツジェラルド
千葉茂樹 訳
あすなろ書房 本体1500円


美術品の贋作、そして歴史、それからナチがおこなった略奪のこと、これまでにも印象に残った本はいくつかあった。この本は読みたかったけれど暮れの忙しさに読む事ができず、少しイライラしながらお正月休みを迎え、丸一日なにもしないで夢中になって読んだ。やはりおもしろかった。
 主人公セオは13歳、祖父と母とグリニッジビレッジのスピニー通りで暮らしていた。ところが祖父が事故で突然死んでしまう。「卵の下を探せ」という謎の言葉を残して。倹約家だった祖父が残した言葉には自分たちを救うものが隠されているに違いないとセオはその謎の意味を追求する。「卵」の意味はわかったけれどその下にあるもの?物語はセオの謎解きだけでなく、歴史の暗部をさぐりだしていく。それだけでなく堅実家の祖父に育てられたしっかり者のセオ、一人なんてへいちゃらとおもっていたれけれど、このことからセオと違う個性派のボーディと知り合って友情を育てていく、その意味ではこの物語は青春物語、読んでいてまぶしいくらいにおもった。
 美術と歴史の謎、そういえば以前やはりおもしろく夢中に読んだ本があったと思い出し、探して再読。その本はカニグズバーグの「ムーンレディの記憶」という本だ。セオが祖父の言葉の謎をといた、卵の下に描かれていたのはラファエロの母子像だった。歴史の暗部、強制収容所にまつわることで、「ムーンレディの記憶」も同じように子どもたちがムーンレディの秘密を探り当てる物語だった。莫大な美術品を略奪したナチ、それが戦争返還されるドサクサにまた、秘密を持つ。この本では最後の祖父からセオあてに残された手紙という形式でそのことが書かれている。
 もうひとつその繋がりでやはり買って積んだままになっていた原田マハの「暗幕のゲルニカ」を一気に読んだ。この本の絵はピカソの有名な「ゲルニカ」、ナチが台頭してきたなかでピカソがそれを描いていたときのパリと現代のNY、スペインが交錯して物語はすすんでいく。主人公で活躍するのは日本人瑶子。「ゲルニカ」をナチの手から逃れるためにアメリカへ運んで隠す。その後国連本部のロビーに飾られていたタスペリーがまたしても忽然と姿を消す。一体誰が何のためにそんなことをしたのか。「ゲルニカ」はどこにいったのか。ミステリーを読むように興奮をおさえながら読んだ。
 これらの本を読んで絵なんか何の役にたつのかと思っている若い人にぜひ読んでほしいとおもう。しかもその意味を後世に伝えるのはその若い人の感性だとおもう。そして、文学の力とも強くおもった。


2016年8月28日 (日)

駅鈴

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「駅鈴(はゆまのすず)」
久保田香里
坂本ヒメミ・画
くもん出版 本体1600円


まず、この本は最後に書かれている奈良大学文学部史学科の寺崎教授の解説を読む事をすすめます。というのはこの本の表題が駅鈴と書かれていて読みは「はゆまのすず」となっているようにこの主題にかかわる用語がたくさんでてきて、物語の舞台奈良時代中期には当時の人がどう読んでいたかよくわからない、歴史学者は音読みにするのだけれど著者の意向をくんで訓読み(和語)に統一したと書かれていて、駅鈴:はゆまのすず 駅家:うまや 駅子:うまやのこ 駅使:はゆまづかい 駅長:うまやのおさ 駅路:はゆまじ等と書かれています。だからちょっとこの読みに慣れるまで時間がかかります。この本は歴史書ではなくあくまでフィクションだとのことですが、書かれている事柄はたっぷりとした歴史小説といえます。しかも今は歴史物というと漫画ばかりになっているので、文から読むのは難しいかもしれません。
 時代は奈良時代中期、律令国家とよばれている時代です。天皇を頂点として郡の役人がおかれていて、天皇からの命令はすみずみに速く正確に伝えることが大切にされていました。現代でいうと情報ですが、そのために整えられたシステムが「五畿七道制」と「駅伝制」だということです。「五畿七道制」のひとつ近江国府(滋賀県)に暮らしていた小里(こざと)という女の子が主人公です。小里の家はその駅伝東山道の駅家、篠原駅家で駅長は小里の祖父笠麻呂ですが高齢で足がわるいので実際はむすこではないけれど娘の婿にあたる父の広楯が取り仕切っています。文書などを運ぶ駅使は駅鈴(はゆまのすず)を持っていて(今でいうと身分証明証?)急使は飛駅といい命令などを伝えます。その馬子(うまのこ)は駅家で馬を乗り換えて駅鈴を鳴らしながら一日に十駅を飛ばすといい、小里は父たちののようにこの馬子になりたいと思っています。この物語の背景の時代、年表がありますが、疫病と地震などで天皇は大仏建立や遷都をしたり、これ等は昔歴史で習った事を思い出しました。
 小里は元気な女の子で祖父や父のような馬子になりたい願いだけでなく、馬の世話や駅家の手伝いもしっかりする、それだけでなくこの時代の政治(まつりごと)が書かれていてこの著者の前作「氷石」を思い出しました。「氷石」が天平九年が舞台だったのでその続きの時代の様子が良くわかります。馬と駅家のようすと小里の元気さがこの物語を非常にスピード感のある時代小説にしています。ただこの時代に生きていた庶民の生活はあまり書かれていません。それはたとえば大仏建立のかげでどれ位の庶民が犠牲になったかの記述はありません。いつか違う視点から書かれることがあっても良いとおもいます。
 絵がすごく良い、ちょっとモダンで天平時代の雰囲気が良く描かれているとおもいます。ひとつの事柄を短い章だてにしているので、読みが難しい割合には読みやすく思います。なれてくると小里の思いに引っぱられて一気に読む事ができました。

2016年8月24日 (水)

ゆめのはいたつにん

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「ゆめのはいたつにん」
教来石 小織
センジュ出版 本体1800円


カンボジアの子どもたちに機器を持ち込みながら日本のアニメーション映画を見せている団体、別名「映画配達人」のNPO団体を立ち上げた著者のノンフィクションです。両親の愛情に包まれたとても幸せな子ども時代をおくったという著者は、とくに5人家族で映画を観にいったときの楽しさが忘れられなくて映画を作る人、脚本家、などの道に進んでみました。けれど挫折、団体行動が苦手なのでひとりでケニアに映画を撮りにでかけます。子どもたちが将来の夢を話している映画をつくりたいと思い、実際に子どもたちに将来なりたい夢を聞きます。しかし子どもの反応ははかばかしくありません。それは知らない世界に夢は持てないという現実でした。カンボジアに映画館から移動映画館、映画配達人になることをこころざします。自称才能もお金もない30過ぎバツイチの女性の奮闘記です。語り口調の文体はよみやすく、気負わないありのままの活動を描いています。
 私も本屋というある意味の広場を運営してみる身として、とても参考になることが多く描かれていて、ある場ではうなずいてみたり、<そんなことに描かれているけど一番たいへんなのには現実にするためにはお金がいるんですよ><いろいろの人たちと行動するためのリーダーシップはとうてい私には持てないと同意してみたり>うなずきながら読む場面もたくさんありました。ちょっと壁にぶつかっている私としては作者のいう「子どもたちに夢」を!ただそれだけでなく自分自身の夢を忘れてしまわないよう、これが一番あたりまえであり現在の自分自身の心に響く言葉でした。


2016年8月17日 (水)

霧のなかの白い犬

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「霧のなかの白い犬」
アン・ブース/著
杉田七重/訳
橋 賢亀/絵
あかね書房 本体1400円

今年も8月がめぐってきました。昔から8月はお盆の行事など過去に思いをはせることが多い月です。そして、原爆(広島も長崎も)や戦争で亡くなった方の慰霊の行事がおこなわれます。今年は天皇の退位の話があったのでそのこともメディアではとりあげられています。(この場合第一次大戦に係わった人はもうすべて鬼籍にはいっているので)、戦争に限ってというと前回の戦争ですが、まずそれをどう呼んだ方が正しいのか、8月15日終戦なのか敗戦なのかもきちんと定義されていないように感じます。私自身の記憶のなかにも戦争に関した記憶はほとんどありません。戦火のなかに逃げまどったり、身近ななかには戦死した人もいません。(祖父も父も戦地に行った経験がありますがほとんど聞いていない)、農家の親戚がなかった我家では食糧を手に入れるのがたいへんだったということは聞かされて育ちました。広島にしろ長崎にしろいま、戦争でなにがあったのか継承しようとしている人が実際体験した人たち(もう高齢です)と高校生などの若い人たちなのに気になります。つまり直接かかわりがあった年代はそのとおりですが、その次の世代がぬけているように思うのは私だけでしょうか。
 この物語の主人公はジェシー・ジョーンズという女の子が先生の宿題「現代のおとぎばなしをかく」をはさんで考えたこと、感じた事が小説のかたちで書かれています。そもそも先生がなんの目的でそんな宿題をだしたか、第2次世界大戦、戦争でなにがおきたのかを考えることなのだということがわかります。ジョーンズの祖母は年をとり記憶が時々混乱するようになります。子犬をかうようになりますが、その子犬のせわがおぼつかなくなり、保護センターに戻さなければいけなくなってしまう、それでジョーンズに世話をたのみます。祖母はなぜ子犬を飼う事にしたのか、宛名不明の手紙、その謎は?舞台はイギリスですが、ショーンズがあこがれるベンの一家はユダヤ系で(物語のなかではベンの祖母が過去にかかわりがあった)ユダヤ人の強制収容所とナチスの時代におこなわれたことが明らかになってきます。いま、ジョーンズの父親はフランスへ仕事にいっていて、外国人労働者が低賃金で働き、そのためにジョーンズの父親は倒産のうきめにあいフランスへ働きにいっていると叔母は不満をいいます。でもフランス人からみれば父親もまた外国人労働者、文中イギリスのなかの外国人労働者に対する偏見について父親は”やめるんだ”と言います。それは不満が生み出した偏見でしかないことをジョーンズも知っていきますが、いとこのフランとの確執、車椅子の親友ケイトのことなどがおりこまれて、ナチスのやり方が決して過去のことではなく、今にもつながっていること、それだけに継承していく事の必要が書かれています。一番感じたのはその継承の仕方、学校における教育のあり方がとてもリアルに描かれていて、ベンの祖母が自分の体験を語る場面の迫力に圧倒されながら、やはり日本の現実と比較してしまいました。きちんと向き合ってはじめて許しもあることをこの物語の最後ふたりの老女がだきあう場面”こんどはとめられる””未来のこどもたちはナチスみたいにはならない”P217よりが印象的です。それは先日のイギリスのEU離脱の選挙やドイツの国家あげての反原発などもこの物語と共通の問題があります。日本では新聞等では現代の若い語り部たちのことがとりあげられますが今の50代、60代の人たちをとびこえてしまった若い世代たち、先日の選挙前の自民党の憲法草案に反対した若者たちのことをいろいろと思いました。現代に通ずる問題提起のある本の一冊です。

2016年6月11日 (土)

夜間中学へようこそ

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「夜間中学へどうぞ」
山本悦子
岩崎書店 本体1500円


優菜は両親とおばあちゃんと暮らしています。春から中学生、ほとんどの子がそのまま近くの中学校へ進学するのでそんなに大きく変わってしまうとはおもわないけれど、今までの仲良し友だちと一緒というわけではないので、友だち関係がうまくいくかちょっと心配、それから中くらいの成績の優菜はどんな順位がつくのか落ちこぼれはしないかも少し心配だ。お母さんは美容師なので、入学前に髪をきってちゃんとしようと言っていたら、そばからおばあちゃんも髪を切って整えようといい、私も学校へ行くからと言い出します。学校というのは中学校、夜間中学のことでした。そして、夜間中学校へ通い出したおばあちゃんが足を捻挫したために、サポートしなければならなくなって、優菜もいっしょに夜間中学校へ通います。
 この物語は先日紹介した「七十二歳の卒業制作」とおなじように子どもの時教育をうけられなくて成人してから、というよりずっと高齢になってから学校へ通い出した人の話です。どちらもおばあさん、子どもの時家庭が貧困だったために義務教育すら受けられなかった人の話です。ただこの「夜間中学へどうぞ」は入学したおばあちゃん、沢田幸さんの話なのだけれど、孫の優菜が主人公で優菜が夜間中学をとおして、いろいろの人の人生があり、ほとんどが貧困などで学校へ行く事ができなかったのだけれど学びたいと思っている、そして、その人たちの手助けをする先生たちや、はげましあう友だちがいることを知っていくことが書かれています。それは学ぶということはどういうことなのか、なぜ学ぶ場所と仲間が必要なのか、それは学校のもつ意味を物語のなかで優菜をとおして読者に考えてもらうことになります。家が貧しくて子どものときから一家の働き手として生きてきて学校へ行く事ができなかったおばあちゃんや高齢の松本さんのほかに、学校でいじめにあって、夜間中学にきている和真のような存在、そして、日本にいるけれどさまざまな外国人たちのなかで一緒に勉強する人たち、優菜はいま自分がしようとおもっていること、したいと思っていることをみつけていこうとします。まず、友だちに夜間中学のこと、おばあちゃんが字が読めない人だったことを卑屈にならないで話そうとします。
 おばあちゃんはケガが治ってまた、ひとりで中学へいきます。自分なりに選択していこうと決心します。さあ!スタートです。
 母親が字が読めなかったのが知られるとこまるという気持ちで、夜間中学へ行って欲しくないという父親と、嫁の立場だけれどおばあちゃんが学校へいくことに大賛成の優菜の母親の考え方がもう少し掘り下げて書かれていたら、まとまりと深みがでたのに思われます。これは決して遠い昔のことでもなく、特別な人の話でもなく、日本の歴史としての面ととらえても大切なことだと思われます。

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6月の営業とお休み

  • 6月のお休み
    *6月5日・12日・19日・26日の月曜日                    *6月4日・11日・18日・25日の日曜日は1:30〜6:00            *営業時間10:30〜6:00

お仲間にどうぞ

  • ー元気になる集まりいろいろー
    *グループ学ぼう・話そう 定例会第2月曜日12日(月)10:00〜話し合い  *ボランティア講座 定例会19日(月)10:00〜 テーマ「科学絵本を読む・非公開」              *憲法カフェ27日(火)3期・6月学習会「いま、福島は・報告と話し合い」誰でも・予約制             *グループ放課後(公共図書員・関係のある人) 定例会15日(木)7:00〜読書会・D・J・ハスケル著「ミクロの森」               *YAの本を読む会+のんき〜ず学校図書館司書  定例会8日(木)7:00〜読書会R・M・フイッツジェラルド著「スピニー通りの秘密の絵」   *よいこ連盟・絵本の会(保育士たち)定例会23日(金)7:00〜制作「絵本を読む」                *絵本の会16日(金)7:00〜方言で昔話を聞く・絵本で見る 語り手高橋峰夫さん                 *羊毛ちくちくの会22日(木)10:00〜制作                                                                                                           

これからの会

  • 子どもと本これからの会
    読書は知識や楽しみも含めて心の栄養を与えてくれます。そして考える力になります。 被災地の子どもたちに本を届けたい、身の回りの子どもたちの環境を考えていこうという、二本の柱をたててボランティア活動をすることで出発しました。 いろいろの方たちの希望と力を持ち寄って、すばやく、やわらかく、活動を続けていきたいと思います。参加される方は参加登録してください。 世話人 坂上・宮田・大山