児童書(Y・A)

マルベリーボーイズ

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「マルベリーボーイズ」
ドナ・ジョー・ナポリ
相山夏奏=訳
偕成社 本体1600円


 本の扉を開くとこの物語の舞台、1890年代のニューヨーク・マンハッタンの地図がのっています。本の表紙には下町の裏道の建物のところで並んでいる少年たちの写真がつかわれていて、そのなかには主人公のペニアミーノがいるかもしれません。もっともそこではペニアミーノでなくドムという名前です。ペニアミーノはナポリ生まれのユダヤ人で父親は知りません。母親の家族10人もが一緒に暮らしています。貧しく近所の繕い物をしたり、現業についたりしていますが、毎日の食事も充分でありません。でも、母親はなんとか事務の仕事をしたいと思いますが難しく、祖母の怒りをかっています。ある日、母親はぺニアミーノに新しい靴を買い密かに家を出て、ペニアミーノをアメリカ行きの船に乗せようとします。でも、だまされていたことに気がついた母親はペニアミーノだけを船に乗せます。「なによりも生きのびること、まわりをよく見て、そこでうまくやっていくためには頭をつかいなさい。あなたは特別の子ども、できるだけ早く学校にいって、自分の商売をはじめなさい」そういわれわけもわからず、たった一人で、何度か命を救うもとになる新しい靴をはいてアメリカに渡ります。その時のペニアミーノは9歳でした。はじめはなんとかナポリに帰ろうとしますが、イタリア移民がたくさん暮らす、ニューヨーク最大のスラム街の一角マルベリーストリートで生きていくしか方法がないと決心します。ペニアミーノはドムとして生きていきます。
 この物語は作者の家族の物語を題材にしている、(直接話を聞いたわけではない)母方父方の祖父たちがこの物語の人々だったことがあとがきに書かれています。さまざまな人種、人々の歴史があるアメリカ、困難なそのなかで、未来を自ら切り開き生きてきた人々、たくさんの名も無いドムがいまのアメリカを築いてきたのでしょう。けれど、この物語は自分の証明書さえもたない貧乏なイタリア系ユダヤ人の少年の成功物語だけではありません。私たちの前に生きてきた人たちの歴史、その上にいまがあるということが書かれているように思います。それが、日本からは遠い国のことでも。
 人々の生活が綿密に書かれていて、物語の間から街の匂いまでが立ちのぼってきます。ドムと仲間の少年たち、イタリアからの移民たちを誘い込んで働かせてお金を巻き上げる、そのためには暴力も殺人もいとわないパドローネとの戦い、一方少年たちの自立に手を貸す青果店の主人や、はじめは強欲のようだけれど部屋を貸してくれる女の人の意外な面など、脇役の人物描写も確かで、読後心にしっかり残る物語でした。YA向きの小説で今年のNO3にはいるおすすめの本です。

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父さんと、キャッチボール

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「父さんと、キャッチボール」
もう、ジョーイったら!2
ジャック・ギャントス作
前沢明枝 訳
徳間書店 本体1500円


 前作ではジョーイは自分をコントロールできなくて問題児になっていました。やがて、自分でコントロールをするようになるまでが描かれていました。その方法の一つは貼り薬を使うこと、でもなんといってもまわりの人たちがジョーイに手を貸すことです。その理解が落ちついて考えたり行動したりできるようなジョーイにするのです。この2巻目を読むとそのことがよくわかります。
 ジョーイはもうすぐ5年生になります。夏休みはもうずっと会っていない父さんとおばあちゃんが暮らしている所に、チワワのパブロをつれて出かけ、しばらく一緒に過ごすことになります。父さんは少年野球のコーチもしていて、ジョーイも参加でき、うまく過ごせるかとも思うのですが、母さんたちが心配していたことが起こってしまいます。その心配とは父さんがジョーイと同じく、それ以上に問題がある人だということです。そして、とうとう父さんはこんなことを言います。「じぁ、ちょっと考えてみろ、おれがなんでこういう人間なのか。原因のひとつは、こうだ。おれは理想が高すぎるんだ。いつだって、理想的な人生ばかり考えちまう。でも、現実の世界では、なんでもかんでも理想どおりにできるわけがない」P221から。そして、自分はできないけれど、ジョーイならその夢をかなえてくれるといいます。ジョーイの貼り薬も必要ないと捨ててしまいます。いよいよ、野球の決戦試合、一応勝ったのですが、貼り薬もない状況にパニック状態になり、ともかく母さんに迎えにきてもらおうと思いますが、何かあったら連絡するようにと持たせてくれたお金はおばあちゃんのタバコ代になってしまっていました。
 子どもが成長していくのに、どんなに大人の力が必要か、それは決して自分の夢や考えを押し付けていくことでなく、手助けが必要なのだと思います。もし、親がそれができない時は、誰かがそれに気がついて手を差し伸べないといけない、いま、親の期待をしょい過ぎてしまっている子どもたちをたくさん見るにつけ、この物語は単なる特別の外国の子どもの物語と思えません。また、ジョーイは父親から逃げ出すわけですし、おばあちゃんの描き方なども気持ちの良い終わり方をしていませんが、決して暗い物語ではありません。それは、ジョーイが何が自分に必要かを認識できるようになった成長の物語だからと思います。

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ふしぎな家族

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「ふしぎな家族」
ペーター・シュタム作
ユッタ・バウアー絵
まつなが みほ訳
長崎出版 本体1600円


 この本は誰に薦めようかな?と仕事柄つい思ってしまいます。絵本のかたちはしていますが、子どもにはなに?ということになりそうです。と、いうのはこの絵本の物語はある意味では子どもの思考そのものに感じられるからです。それを絵本にすることが子どもには不思議に感じられるでしよう。
 一組の家族がいます。おじいちゃん、おばあちゃん、パパとママ、ぼく、妹。それに描かれている家族をみるとねこが一ぴきいます。一家は青い電灯のある家に住んでいます。みんななにかしらすることがあったけれど妹は淋しそう、それで一家はトロリーバスのなかへ引越します。引っ越しを繰り返すたびに元気がなくなり、16回目「ぼくたちが毎晩違う橋の下で寝ていたとき」おじいちゃんは死んでしまいます。そんな調子で18回目、町の郊外に住んで一家はやっと元気になってきます。「ぼくたちの家には四つの角がある。ぼくたちの一年には四つの季節がある」
 一家は夢と現実の中を放浪して歩きます。絵は少しもシュール的ではなく、一家の日常そのものです。色はおさえてはありますがとても澄んできれいです。最後の鉛筆画、小さな家にひとすじの煙が煙突から風にたなびいています。ふしぎな家族はおわりでしょうか。

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少年少女飛行倶楽部

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「少年少女飛行倶楽部」
加納明子
文藝春秋 本体1667円




くーちゃんこと佐田海月(みずき)は友だち大森樹絵里にたのまれて、不思議な飛行倶楽部に入るはめになってしまいます。この二人は親たちがいわゆる公園デビューからの仲良しです。穏やかで気の良い海月は対照的ともいえる樹絵里にいつも振り回されます。今度も樹絵里が好きになった相手がいる倶楽部ということで拝み倒されて不思議な倶楽部に一緒に入ることになりました。名前のとおり空を飛ぶのが目的、でも部員は偉そうな態度の部長と、いいかげんな指導教師、そして、樹絵里が好きになった中村くん(彼は野球部員でもある、)あとから入ってきた餅田くん、どの子をとってもどこかちょっとかわっている部員たちの一年間の物語です。じつをいうとみんなそこそこに問題をかかえています。たとえば、尊大な態度をとる部長の斎藤くんには体の不自由な姉がいます。彼は自分の存在はその姉のためと思っています。確かに両親は自分たちが死んでしまったら一人残ってしまう子どもがかわいそうでそのためだけにもうひとり生んだと公言してはばかりません。また、そのことにたいして不満も不平も疑問も持たない持とうとしないのです。
 どちらかというと中学生の物語というより高校生たちのようにもおもえるけれど、でも、そんな細かいことはいい!と言いたくなる程明るい学園物語、現実の暗い中学生時代を知っているにもかかわらず、あまり違和感なく楽しく読んでしまうのは、作者の文章力なのでしょう。さぁ!空を飛ぶことができたでしょうか?ちょっぴりせつない青春小説?です。

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天の鹿

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「天の鹿」
安房直子 作
スズキコージ 絵
ブッキング 本体1800円

 朝晩すっかり涼しくなって、秋がはじまっています。この物語はもう少し秋が深くなってのお話です。
 3人の娘がいる猟師の清十さんは鉄砲がうまいだけでなく、鹿笛も上手に吹きましたからその笛の音で鹿をおびき出すのです。鹿笛を吹くとやがてススキをわけて鹿が姿を見せます。そして、しとめた鹿は高い値段で売れました。
 ある秋の晩予感どおりみごとな牡鹿がやってきました。この晩は笛を吹いたわけでありません。やってきた鹿が清十さんに、ここを通してくれるならすばらしい品物をあげようといいます。その品物はむこうの鹿の市で買える、そして、金貨一枚をくれました。
 次に鹿の背に乗って鹿の市へ行ったのは、3人の娘たちでした。最後に乗った末娘みゆきは、昔、病気をした時に鹿の肝を食べて元気になった娘でした。そのかわり肝を食べられた鹿は天の鹿になれなかった、清十さんと娘たちが乗った鹿はその鹿だったのです。鹿は3番目の娘みゆきが肝を食べた娘だとやっと探し当てます。みゆきは鹿に乗って市に行き、半分ずつ飲み、食べ、白い花の中でねむりにはいります。清十さんは初雪の降った日、みゆきが乗った鹿が天を駆けいくのを見ました。
 作者の作品には天や風、降る雪と一緒にむこうの世界に駆けていくこどもや若い人がよくでてきます。それは賢治ほど激しくはなく、自然のなかにはいっていってしまう。むこうの世界にいくこと、現実の欲や不安から解き放されていき、自然に包まれて死を迎える安堵感、そんな思いを感じます。
 

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反撃

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「反撃」
草野たき
ポプラ社 本体1300円



 中学生から高校生への女の子5人の物語、短篇集です。5人の女の子は格別同じ場所を共有しているわけではありません。ただ物語を読み進んでいると、この広い世界=日本の中でいつの間にか、ある人とある人が繋がっている、人の出会いは不思議です。
 最初の物語は森田真奈美の話、小さい時から喘息で弱かった体質は引っ越しがプラスになったのか、運動できるまでになり、バトミントン部にはいれるまでになります。目標を2年生の秋の新人戦でレギュラー入りをめざしてがんばります。けれど次の段階、2月の冬の大会でのレギュラー入りはできませんでした。しかも、たいしたことがないと思っていた1年生に追い抜かれてしまいます。そして、バトミントンはあきらめて、懇願されて演劇部入り、自分が出せたと喜んだのもつかの間、仲間にはいったと思ったのは思い違いでたんなる役をうめるだけだった、勝手に自分が思い込んでいただけだということを知らされます。けれど真奈美は負けていません。このことで身につけた度胸で受験はみごと合格します。中学生活3年間で真奈美が知ったことは人生はなかなか思ったようにはいかないということでした。真奈美は次のステージにシンガーソングライターになるべく路上ライブをはじめます。家族の誰もが反対、ファンなんかつかないと思っていたのに、聞いてくれる女の子があらわれます。次の物語はその女の子里美です。里美は自分を犠牲にしてでも、クラスを平和で良いクラスにしようとした先生の意志をついで教師になろうと思っています。
 物語はこんなふうに5人の女の子へと続いていきます。生きていくことはいろいろのことがあり、おとなではない、かといってもう幼い子どもではありません。表にあらわれることだけでなく、がまんをしたり、悲しんだり、怒ったり、決してかっこ悪くならないように、でも時にはもうだめだと思ったり、なんて人はややっこしいのでしょうか。そして、その時は気がつかないかもしれませんが、そのかげには励ましてくれる人がいたり、支えてくれる人がいます。作者はこの年代の子どもたちの繊細な気持ちを描くのがとても上手です。この物語の女の子はどこにでもいる、それだけでなくその廻りにいるおとなもごく普通にいる人ばかりです。
 作者は悩みながらも、「反撃」をこころみる、つまずいてもそこから次に向かっていく人たちを書く、それは大きな希望、明るい未来への第一歩とあとがきに記しています。

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トレッリおばあちゃんのスペシャル・メニュー

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「トレッリおばあちゃんのスペシャル・メニュー」
シャロン・クリーチ作
せなあいこ訳
評論集 本体1400円

 ロージーとベイリーは12歳、ほんとに小さい時からの仲良しです。仲良しというより親友、きょうだい以上の関係かもしれないくらいです。それなのに今日のベイリーは”もう帰りなよ”と冷たくいい、ロージーがまるで邪魔のようにドアをピタリと締めてしまいます。どうしてベイリーがこんなに冷たいのかロージーには理解できません。
 ロージーは家に帰っておばあちゃんに聞きます。”どうしてベイリーはあんなにつめたいの?”トレッリおばあちゃんはいつものようにスープをつくりはじめます。”まずセロリ(緑色)ニンジン(オレンジ色)タマネギとマッシュルーム(白色)がいるね””ロージーなにがそんなに悲しいの”スープを作りながらおばあちゃんと話すなかで、ベイリーは目がみえないこと、ロージーはいつもベイリーの役にたちたいと思っている、それくらいベイリーのことが大好きに思っていること。けれどベイリーは前ほどロージーといることが嬉しそうではない、時々とてもつれない態度をとるし、他の女の子が好きになったのではないかとロージーは思ってしまいます。おばあちゃんは故郷の料理をつくりながらロージーの気持ちを聞いてくれ、自分の昔の経験を話してくれます。おばあちゃんは16歳で故郷イタリアをあとにしてアメリカにきました。そして、たくさんの嬉しいことや悲しいことを経験して生きてきたのでしょう。ロージーがベイリーとの関係に悩む物語のなかに、そのおばあちゃんのたくさんの経験が料理をとおして描かれています。そして、ロージーとベイリーのみずみずしい感性におばあちゃんの話がぴりっとした香辛料になり、まろやかな豊かな味の料理、物語になっています。
 クリーチの作品は「めぐりめぐる月」から最近の「あの犬が好き」「ハートビート」と、10代の子どもの心理がとても良く書かれていて、しかもどの作品にもその子どもたちに寄り添うおとながきちんと描かれています。


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ジェミーと走る夏

ちがうけれどお互いに認めあうこと

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「ジェミーと走る夏」
エイドリアン・フォゲリン作
千葉茂樹・訳
ポフラ社  1400円

 キャスは12歳、よく遊びにいっていたお隣の家は主を失ったまま荒れるにまかせてありました。いよいよ新しい家族が引越して来ることが解り、キャスのお父さんは隣との境にフェンスで壁をつくります。もちろん自由にお隣と行き来することはできなくなります。フェンスを作ったのは、その隣に引越して来る家族はアフリカ系の黒人の家族と知ったためです。キャスは父親に抗議しますが聞き入れてもらえません。そこで、フェンスの僅かばかりのほころびから、そこにイスを置き声に出して本を読むことにします。おとなりに引越してきた家族はおばあさん、お母さん、キャスと同い年の少女ジェミー、その幼い妹の4人家族ですが、キャスの父親と同様に貧しいなかで育ち、加えて白人によって差別され、そのなかから苦労し猛勉強をして看護士になった人なので、白人を快く思っていません。父親は死んでしまっていません。
 フェンスの切れ目の穴からキャスとジェミーは友だちになります。ふたりとも非常に走るのが早いことを知り、一緒に朝早く走る練習をしたり、今は亡きミス・リズがくれた「ジェーン・エア」を交互に読みっこしたりして、友情を深めていきます。そして、二人で組んで鎌状赤血球貧血という病気の人たちに役立てる基金を集める為のレースにでることにし、そのためもあり二人のチームにチョコレート・ミルクという名前をつけ練習します。もちろんどちらの家族にも知られないようにします。特にキャスの父親とジェニーの母親には。けれどついに知られてしまうようなことがおき、禁止、そして、キャスの妹の熱中症をジェミーの母親が助けたことから、両方の家族の間に少しずつお互いを認めあうということが芽生えてきます。また、この物語にはジェミーのおばあちゃんがとても大切な役割をはたします。おばあちゃんがいつも歌ううた”ヨルダン川をわたって、ふるさとに帰ろう”それは奴隷制時代に自由になることを意味していて、”正しい道を歩んでいさえすれば、この世界だって天国なのよ”P213〜214と、ちゃんとめんどうをみないために熱中症にさせてしまい、すっかり落ち込んでしまうキャスの姉ルー・アンに話す場面があります。それは人種差別のなかで、自分を失わないように生きてきた人たちの意味を若い二人に語る場面でもあるのですが、おばあちゃんはお互いを許しあって、認めあわなければならない、もうこれらの悲劇は乗り越えなければならない、口先だけでなくほんとうに理解しあうことの大切さ、そして女の子が自立することの意味を若い世代に伝えています。毎日の生活をきちんとすること、おいしいものをつくり、食卓をかこんでおたがいを語り合うこと。このおばあちゃんの生き方というか、考え方には遥か遠い日本で、現代に生きている日本の若い人たちにも届けたいことです
 もうひとつ、本を読むことは自分の人生の中でどういう意味があるのかが語られています。なかなかそんじゃそこらでは人の考え方を変えてもらうことは難しい、「ジェーン・エア」を読みあう場面、2つを隔てる壁のところで本を読みあう場面、ミス・リズのお墓の場面、図書館で本を探す場面、などたくさんの本を読む場面がでてきます。
 走ることが物語を動かしているので、訳文もスピード感が良く表現されていて、対比される2つの生き方、前の持主ミス・リズとジェミーのグレースおばあちゃん、キャスとジェミーの母親の性格と生き方、おしゃれが大好きで好きな男の子の言いなりになってしまうキャスの姉(でも素直でやさしい)ルー・アン、キャスのボーイフレンドのベンなど脇役もしっかり描かれていて、作者がなにを若い世代に訴えたいかのかが、きちんと書かれているのでとても爽やかな、それでいて内容の濃い物語になっています。

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ステフィとネッリの物語

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ステフィとネッリの物語
1海の島
2睡蓮の池
3海の深み
4大海の光
アニカ・トール著
菱木晃子/訳
新宿書房 本体各2000円

 ナチスの支配のもと、スウェーデンは500人ものユダヤの子どもたちを受け入れました。この物語の主人公ステフィとネッリの姉妹もそのなかのひとりでした。1939年二人はスウェデンの西海岸の小さな島に別べつの家庭にひきとられます。父親は医師、母親は元オペラ歌手という家庭でなに不自由なく育った二人です。受け入れた家庭、ステフィはエヴェルトとメルタにネッリはリンドベルイとアルマ、どちらも漁師の家で、貧しくペンテコステ派の信者です。ステフィは厳格なメルタになかなか打ち解けることができませんが、けして、愛情がないわけでなく、亡くした娘の替わりのように思っている実直なメルタとやがて心をかよわせるようになります。ステフィは成績が優秀で自分でも父親のように医者になりたいと思い努力します。一方ネッリは母親譲りのすばらしい声をもっているかわいい子どもですが、ステフィのように成績が優秀でなく、幼くて父親のイメージもたしかでなく、自分はいらない子どもと思っています。ウィーンに残った両親はアメリカに渡ろうとしますが、病気になって機をのがし、テレジン収容所におくられてしまいます。3巻目でわかるのですが母親はチフスで命をおとし、父親も移送というだけで不明になって、消息はとだえてしまいます。ステフィは中学進学のためスウェーデン第二の都市イェーテポリで暮らします。けして良いことばかりではありませんでした。経済的な困難と差別のなかでなんども挫折しそうになります。ステフィのまわりの友人、同じユダヤ人、そうではないけれど貧しい労働者階級の人たち、豊かに家庭に育っているのに、この時代のなかで自分をみうしなってしまう人たちが描かれています。そして、ともすれば生きていくことの困難さに負けそうになるステフィに、具体的に提案し力をかしていくピョルク先生のような教師がいます。ネッリもまた、ステフィとちがう生きかた、それは決して悪いことでなく、自分らしく生きていくことを手探りで歩きだします。
 この物語はステフィとネッリの成長物語と読むこともできます。背景には戦争とその過酷な時代が描かれていますが、自分だけが生き残ってしまった、一体自分はその価値があるのか、私はだれになるつもりなのかと悩むステフィ。アメリカに生きていることがわかった父親に移住してくることをすすめられて悩むステフィに、養父のエヴェルトはこういいます。「人生は、なるようになるものさ。水平線のむこうには、常になにかあるんだ」ー4巻P292からー
 この物語を読んで、いまの日本の若い人たちにもこの言葉を贈りたいとおもいます。

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Eggs夜明けなんて見たくない

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「Eggs 93夜明けなんてみたくない」
ジエリー・スピネッリ
千葉茂樹・訳
理論社 本体1500円




 デイビットは9歳、母親を亡くして祖母と一緒に暮らしています。母親の死は父親を悲しみから仕事人間にし、ディビットは殻に閉じこもり心を閉ざしてしまいます。イースターのお祭り、卵探しにいったけれどいじわるされたデイビッドは一つも見つけることができませんでした。それどころか、公園の奥まで入っていって、落ち葉のかげに卵と一緒に死体を見つけたと思い逃げ帰ってしまいます。死体とおもったのはプリムローズ、彼女は自称占い師の、でも少し精神に変調があって娘のことを考えもしない母親と暮らしています。。差別といじめ、その中からプリムローズはなんとか自分の居場所を見つけたいと思い、廃車を使った家にぶつけられた卵をぬぐいとり、家らしくなかを飾ろうとします。その資金稼ぎにデイビッドはプリムローズの手伝いに誘われ、一緒に夜の街を彷徨します。その二人を静かに見守っているおとながいます。冷蔵庫ジョン、生まれつき足に障害があり、廃品のなかから自分でリサイクルをして作った家「屋敷」に住んでいて、二人の廃品を買うだけでなく話を聞いてくれます。
 卵のからで心をとざしているデイビットと、投げつけられた卵をぬぐいとることで、自分をたもとうとするプリムローズだけでなく、都会のなかで必死に生きていながらともすれば自分を見失ってしまいそうになるおとなたちも孤独です。デイビットとプリムローズはけんかをし、時にはおたがいをずたずたにするほど傷つけあい、でも、そのなかからふたりは少しずつ心を通わせていきます。
 最後の冒険のシーン、二人を迎えるおとなたちの場面はとても感動的です。デイビッドには母親の声だけでなくほかの人たちの声も聞こえてくるようになります。その人たちの声は母親が亡くなってしまったあとの大きな穴を「埋める」ことはできないけれど、デイビッドが穴の中に「落ちてしまう」のを防ぐことはできると作者は書いています。

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