児童書(Y・A)

2017年9月21日 (木)

わたしがいどんだ戦い1939年

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「わたしがいどんだ戦い1939年」
キンバリー・ブルベイカーブラッドリー作
大作道子 訳
評論社 本体1600円


1939年第2次世界大戦がはじまった。主人公のエイダは母親と弟ジェイミーと暮らしています。エイダは生まれつき足が悪くて、10歳までアパートに閉じ込められて一歩も外にでることを許されませんでした。いうことをきかないと台所の下の戸棚に閉じ込められます。ゴキブリがはいまわっている不潔なところに押し込まれます。これはいまでいう幼児虐待なのですが、母親はもちろんそんなことを思ってはいません。父親は事故で死亡、母親ひとりで子どものめんどうをみなければならないとか理由はつけられますが、ジェイミーの出生届ももちろんエイダの学校へいくことも、母親はそのことがどんなに重要なことだとは思っていません。エイダの不自由な足は足首のさきから内側に曲がっている内反足というので生まれた時に手当をすれば歩けるようになるのですが母親は無知と思い込みで適当な処置をしなかったためエイダは歩くことができない状態になっていました。都市は爆撃されるおそれがあるために子どもたちの疎開がはじまりました。当然母親は疎開など少しも考えていません。
 エイダは自分の足で歩けるように血のにじむ努力をします。それはこの物語の背景にながれているナチに対しての市民の抵抗と自分を離さない母親への抵抗とエイダ自身の自由になりたいという要求に対してあきらめてしまおうとする自分自身の戦いです。弟をつれて家を出たエイダたちは運良く?疎開の子どもたちにまぎれ、行き着いたところはケント州イギリス海峡に面した村です。そこでこれも行き違いだったのですが親友を亡くして生きる希望を失っているスーザンに引き取られます。ヨーロッパ大陸が目の前にひろがっている安全といわれた所は、今では空中戦の舞台になりつつあります。ヒットラーひきいるドイツ軍の侵攻はもうすぐそこでした。この物語にはもうひとつイギリスらしい馬に関してのことがエイダの生き方に重要な意味をもつことがらがあります。エイダは歩けるように訓練を自分でしとげますが、どうしても長距離には無理、そこで馬に乗ることを思いつきます。馬がきっかけでエイダと違う裕福な名家の娘だけれども、これもまた、家にしばられそこから自由になりたいと思っているマギーという親友ができます。これらの物語の背景にエイダとジェイミーをはじめはしかたなしにうけいれたスーザン、そして、エイダたちにきちんと生きていかれるように手を貸す村の個性豊かな人たちが描かれていて物語に厚みをもたせています。最後にスーザンの愛と母親の愛にしっかりむきあって、本当の意味で自立をしていくエイダの成長で物語は終わります。(続編があるとのこと、翻訳されることをねがいます。)
 私たちというか私は何でもある程度かもしれませんがそろえてもらった子ども時代のなかに生きてきました。そして、それがあたりまえのようにおもっている。もうそういう生活はゆるされなくなっているにもかかわらず、なんとかなりそうな錯覚をもっている。いそがしいとか、ひとりではできないとか、いろいろと言い訳しながら生きている。子どもたちというより、おとなが自分がなにを願っているのかしっかりと考えなければならないと思います。

2017年8月17日 (木)

ファニー 13歳の指揮官

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「ファニー 13歳の指揮官」
ファニー・ベン=アミ
ガリラ・ロンフェデル・アミット編
伏見操 訳
岩波書店 本体1500円


はじめは小説だとばかりおもっていたので、不謹慎な言い方だろうか、冒険小説のように読んでいてとても事実とは信じられなかった。あとがきなどによると映画化された時のインタビューで、今はイスラエルで暮らすファニーはこの話はメッセージだといっている。誰に対してか。それはいまなお世界中で苦しんでいる子どもたちへと言っている。今なお戦いのなかで傷つき、苦しんでいる子どもたちが後を絶たないからです。
 主人公ファニーは13歳、フランスに両親と妹で住んでいたユダヤ人です。時は第2次世界大戦時代、ヒットラーはドイツの優秀さを守るためとユダヤ人、障碍者、反政府運動者などを収容所送りにして虐殺したことはあまりにも有名です。ドイツでそのことを心配してフランスに移り暮らしていたファニー一家は隣人の密告によりつかまってしまいます。パパの逮捕後児童救済協会によりファニーと妹はスイスにむかいます。ところがリーダー役だった青年が重荷にたえきれなく逃げてしまい、リーダーの役はファニーが担うことになります。それからの危険な逃避行は続き、最後には24人のこどもたちをひきいて緩衝地帯を走り抜ける役目をファニーは決心。あぁ!助かった。
 助かったのは子どもたちが信頼をよせる特別の才能がファニーにはあったと書かれていますが、その才能とは?どうしてファニーがもっていたか、つまりどういう育てられ方をされたのかくわしくは書かれていませんが、ともかく前向きで困難をなんとか乗り切って行こうとする力が、子どもたちや手を差し伸べた一部のおとなたちを動かしていったということがはこの本のなかで充分に書かれています。もう一つ子どもたちに手を差し伸ばしてくれるおとなたちが困難な中でいつでもかならずいたということです。密告するおとながいたけれど、反面ナチに知られれば自分の命があぶない、とんでもないということを充分知りながら子どもたちをかくまった村の人たち、村ごとということすらある、このことは日本児童文学のなかにはあまり描かれていない、たとえば集団の学童疎開に関した本を読む時などに際立って違うことに気がつきます。戦争孤児に対しての人たちの行為や中国人や特に朝鮮人にたいしての仕打ち、助けるというより排斥したことの方が多く描かれている。これは運としてかたずけられる問題ではないと考えます。
 最後には、想像力をもつこと、それを力としてほかの人たちの苦しみや悲しみ(喜びも含まれるでしょう)を察することだと、それが生きていくことの困難さに立ち向かっていくことだと書かれています。
 13歳の少女ファニーの冒険小説としてもじゅうぶん読むことができるが、その冒険の意味をいま、まだ世界中でおきていることや、そんな危険な状態であることを、物語をとおして再認識しなければならない。想像力を働かせたいと思う。
 映画は「少女ファニーと運命の旅」という題名で全国ロードショーがはじまっています。
 

2017年8月 4日 (金)

タイガー・ボーイ

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「タイガーボーイ」
みたり・パーキンス作
ジェイミー・ホーガン絵
永瀬比奈 訳
すずき出版 本体1500円


インド半島の東側にあるシュンドルボン国立公園が舞台です。インドには絶滅動物のベンガルトラがいます。しかもこの地方はサイクロンや自然災害があり、ここだけの話ではありませんが人びとの生活は貧しく、野生のベンガルトラと人間の共存は難しい、しかも差別なども強く残っています。(主人公のねえさんルパは勉強したくとも女ではゆるされません)ニールは5年生、成績がよく奨学金をもらって中学校にすすむことの期待をいっぱいうけています。ところがニールは英語やベンガル語は良くできますが算数が苦手です。それになんといっても勉強をして都会にでていくことがあまりうれしくない、できたらこの地で父親のような優秀な大工として生きていきたいと考えています。それであまり勉強に身が入らないで、アジェイとヴィジュという幼い時からの親友と遊んでばかりいます。そんな時子どものトラが保護区から逃げ出したことを知ります。密猟者が捕まえようとしています。その密猟者は村の貧しい人たちの生活もにぎっています。たてつくことは生きていかれないことでもあり、誰も反抗できません。(ニールの父親以外は)
 とても気持ちの良い物語です。元気な少年がいて、家族の暖かい結束があり、ニールを理解し応援する教育者(校長)がいて、悪者はニールと姉のルパの力に破れて国外に退去してしまいます。夢と冒険と家族の愛情がいっぱいの物語は、気持ちよくこの物語にひたることができます。それだけにものたりないところもありますが、素直にこの物語を読みたいとおもいます。

2017年6月29日 (木)

青空のかけら

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「青空のかけら」
S・E・デュラント作
杉田七重 訳
すずき出版 本体1600円


カバーにもカバーをはずした表紙にも青空の中を2羽のツバメがとんでいます。2羽のつばめはこの本の主人公姉弟かもしれません。物語の舞台は1980年代のイギリスのスキリー・ハウスです。スキリー・ハウスは日本でいうと養護施設にあたります。私のブログで毎月1回コラムを書いている(の)さんはその児童養護施設の職員です。いま、(の)さんは里親キャンペーンに力をいれています。この物語の姉はミラ、弟はザックといい両親のことは何一つ知りません。いくつかのところを転々としてきました。前に引き受けてくれた人が年をとり、突然このスキリー・ハウスにやってきました。とても古めかしい建物、階段を上って行くと天国にいけるのだと想像力豊かなミラは思います。ザックは元気というか他の思惑なんかすこしも考えなく、とんでもないことなどをしてしまうこともあります。ミラは自分が守ってやらなければならないと必死のおもいです。近いうちに自分たちを引き取ってくれる人が見つからないと、明日はないと思うくらいあせっています。(スキリーハウスにいる子どもは同じように思っています。)二人いっしょに引き取ってくれる人などいるのでしょうか。
ある日ミラは自分たちに割り当てられた部屋のベットの脇の床下から手紙をみつけます。グレンダと署名された手紙、1947年に書かれた手紙です。グレンダはスキリーハウスに暮らしている女の子で、もちろん昔の話なので、いまグレンダってだれ?ミラはグレンダに返事を書きます。
 この物語には魅力的な女の人がでてきます。とくにスキリーハウスの経営者ミセス・クランクスと一時ミラとザックを受け入れてくれた画家のマーサは二人の、とくにミラにとってはつらい状況のなかで見つけた青空をもっているおとなです。二人もこの姉弟をかわいそうという気持ちだけではありません。各々のつらい中でも自立してきた女性です。だからこそミラの気持ちもザックの行動にも寄り添えるおとななのです。
 もうひとつこの物語にはスキリーハウスの自然がすばらしく描かれています。そして、マーサの家に行った時の自然も。冬の景色そのなかでマーサの犬と遊ぶようすや新年を迎える人びとや施設の子どもたちの声が本のなかから聞こえてきそうです。
 家族とはなんだろうか。自分の意志ではなく運命にもみくちゃにされながら、必死で自分の居場所を探すこどもたち。いまでもその物語は物語だけでなく続いています。

2017年5月 8日 (月)

太陽と月の大地


   かわらない世界の悲劇
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「太陽と月の大地」
コンチャ・ロペス=ナルバエス
宇野和美 訳
松本里見 画
福音館書店 本体1600円


物語は16世紀スペイン南部、アンダルシア地方のこと、私からは想像もできないほどの遠くの昔のお話です。(「アルハンブラ宮殿」という名前だけがわずかに知っていることです。)作者あとがきにはモリスコ(キリスト教徒に改宗したイスラム教徒のこと)の農夫の息子エルナンドと、キリスト教徒の伯爵の娘マリアの悲恋の物語と記してありますが、私には悲恋の物語というより、民族と宗教に翻弄された人びとの悲劇の物語と思われました。それはやはりマスコミでしか知らないパレスチナなどの悲劇と同じものです。充分に今日的な事柄ですし、いまでも、階級などのちがいはあるものも、このようなことは繰り返し、繰り返しおきています。でも、わたしには想像するしかありません。こういう物語の力を借りて、イメージ化するしかありません。そして、未来への生きる力もこういう物語を読むことによって、私たちは前にむかっていくことができると思っています。
 装丁、挿絵ともたいへん美しい本で書物と読書の醍醐味が感じられます。この物語を成功させていることのひとつです。若い人にぜひ勧めたい一冊です。

2017年3月10日 (金)

リクと白の王国

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「リクと白の王国」
田口ランディ
キノブックス 本体1500円


宇都宮に住んでいたリクは突然父親と一緒に福島に行く事になった。リクの母親は既に死んでしまってリクは父親と暮らしている。リク父子が福島にいくと決まった時はまだ大震災はおきていなかった。リクの父親は精神科の医者だ。原発の事故以来、廻りの大人たちは大混乱している福島に行く事に大反対だけれど、もともと春から転勤が決まっていた父親は医者がいなくなった福島にいかざるえなかった。リクを連れて行くか置いていく(おばさんのところへ)かしかない、リクはおばさんがにがてだ。それくらいなら福島に一緒に行った方が良いと判断した。けれど思っていた以上に福島で生活するのはたいへんだった。インフラも完全ではないし不安がいっぱい。一番リクが嫌なのは住んでいるみんなの気持ちがバラバラでいがみあっているからだ。出ていった人、そのまま留まっている人、もちろん津波でたくさんの人が死んだ。破壊つくされただけでなく、放射能で住む事ができない人たちの気持ち、子どもたちは思いきって外で遊んだり出かけたりもできない。けれどそんな子どもたちを支えたいとおもっているおとなもいる。子どもたちを自然体験がおもいっきりできるようにとプロジェクトをつくっているおとなたちが、北海道にでかけることになり、リクもなかまにいれてもらう。リクを受け入れてくれてふつうに扱ってくれたおとなたちに、自然のなかでリクは自分の意志で福島で暮らしていく決心をする。
 今日の夜仙台天文台が作ったプラネタリウムを見てきた。3.11の仙台の空は満天の星だった。あんなにきれいだったのは皮肉な事に震災で街のあかりが消えたからだ。あのころ節電で日本中が暗くなった。そして、原発が止まってしまってもなんとか暮らしていけるのではないかと人びとは思った。たくさんの流れ星があって、亡くなった人びとが星になってむこうの国にいくという、昔からのいい伝えに人びとは祈った。でも原発は再稼働、そして、福島から移り住んだ子どもたちへのいじめが次々と明らかになっている。責任をとろうとしないおとなといらだちがつのっている福島、いまなお原発の状態すらわからないままに6年経った現実だ。この物語のなかにでてくるゲンさん夫婦、野村さん、洋一くん、そしてリクのお父さんのように、これからわたしたちはどうしたら良いのだろうか。答えはでないけれど、自然に帰らない物を作り続けようとすることだけはやめなければならない。それだけはいいつづけなければならない。
 
 

2017年2月17日 (金)

わたしたちが自由になるまえ

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「わたしたちが自由になるまえ」
フーリア・アルバレス
訳/神戸万知
ゴブリン書房 本体1500円

ドミニカ共和国ってどこにあったっけ?ほとんどの人がそんな認識しかもっていないと思います。そしてかってあったことの真実をもとに書かれているとはいえ、あまり切実には思えないのが私たちの気持ちかもしれません。この物語は時代と状況はちがいますが、ドミニカ版アンネの日記のような物語といったらなんとなくわかるかもしれません。アンネの日記ではアンネは殺されましたが、この物語にでてくる主人公アニークのいとこがアメリカに渡っています。(圧政をのがれるために)作者はこのいとこと思われます。
 ドミニカでは1930年から1961年までトルヒーヨ大統領の独裁政治が続いていました。アニークは大統領を尊敬していましたがいとこたちが突然アメリカにいってしまい、それからも次々に親しい人がいなくなります。アニークは真実を知ります。そして、父たちが囚われアニークも母と乳母?も身を隠せずにはいられなくなります。物語の後半はクローゼットに隠れた生活のなかで日記を書くことがが生きていくことの支えになるアニークです。それはアンネの日記がいまなお若い人たちに読まれていると同じ、その中にはアニークの瑞々しい情感があふれているからだと思います。
 私たちは未来を考える時にやはり過去を振り返ります。それはなにも国家ということではなくとも、日常のなかで自分の生き方を思うとき、困難なことに突き当たったとき、身近な人が亡くなったりしたとき、新しい命の誕生を迎えたとき、全てにあてはまることです。
 でも、国家によって命があぶなくなるなんてありえないとおもうかもしれませんが、おこりうることです。(いまメディアでとりあげられている共謀罪などもそんな視点から考えなければならないことだとおもいます。)今はそうではないけれどあまり遠くない未来に私たちもアニークのようなことがおこるかもしれない、それは私の心配しすぎなことなのでしょうか。
 「わたしはただ日記をつけたいだけで、世界をすくいたいわけじゃないって、ママにいった」「手かふるえてしかたがないーだけど、世界の人に知ってもらうために、この記録を残したいー」アニータの日記より。12歳の少女の物語です。


2017年1月31日 (火)

スマート

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「スマート」
ーキーラン・ウッズの事件簿ー
キム・スレイター作
武富博子 訳
評論社 本体1400円

ぼくは母さんと父さん?と兄さん?と住んでいる。父さんにも兄さんにも?をつけたのはほんとうの父さん。兄さんではないからだ。ほんとうの父さん、兄さんでないからといって嫌っているということにはならない。けれどトニーはぼくにも母さんにも気に入らない事があると暴力を振るう。兄さんのライアンはトニーの子どもで一日中ゲームをしている。どっちもぼくは嫌いだ。ぼくは中等学校の9年生(日本でいると中学2年生くらい)学校へいくのは好きだけれど、嫌いな先生もいるし、嫌いな勉強もある。ただぼくは将来イブニング・ポスト新聞の記者になるつもりだ。だからなんでもノートに書いている。将来記事を書く能力を認めてもらうために、なんでも書き留めておくことにしている。 
 ジーンさんがベンチで泣いていた。ジーンさんはホームレスのおばあさんだ。声をかけたらジーンさんは川に浮かんでいるぼろきれを指差した。けれど、ぼろきれと思って川をのぞきこんだらそれはぼろきれでなく人だった。昔、消防隊で活躍したコリン、けれど英雄になったコリンは大やけどと心に傷をおってやっぱりホームレスになってしまった。警察はあやまって川に落ちて死んだといったけれど、ぼくは殺人だと思う。ぼくはなんでもノートに書いていたけれど、文だけでなく絵も描く。コリンさんは殺されたのだ。ぼくは犯人をみつけようとおもった。
 この物語には場所や人の固有名詞がたくさんでてきて、この物語に厚みをあたえています。事件の始まりの川、ノッティンガムの街の様子、人気のテレビドラマ、なによりもキーランが尊敬している画家ラウリーとその絵のこと。登場人物もキーランの学校のクレーン先生、ウガンダからの転校生カーワナ、そしておばあちゃん、どの人も個性的で魅力的だ。
 トニーにおびえてキーランのことをちゃんと考えられなかった母さんにおばあちゃんは言う。「人間って、誰かといっしょにいないと生きていけなって思う事もあるんだよ」「でも、覚えておくんだよ。本当はいつもたよりにできるたったひとりの人間は、自分自身なんだってね」P294より
 読者はキーランに特定の固有名詞はつけられていないけれど、たぶんアスペルガー症候群とよばれる少年なのだと思うかもしれない。そのことについて、作者は学校で長く働いていて、キーマンのような個性的なものの見方をする子どもたちをたくさん見ていたにちがいない。読者がそれをどうとらえるか、社会のやっかいもの、困った人、かわいそうな人。私はとても興味深くこの本を読む事ができた。そして、この人たちが絵を描くことがすぐれているという特質を考える。豊かなイメージ=絵、これは私の課題にしたい。

2017年1月29日 (日)

紅のトキの空

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「紅のトキの空」
ジル・ルイス=作
さくまゆみこ=訳
評論社 本体1600円


物語の始めから最後まで文から立ちのぼる熱気にあてられっぱなしになって読んだ。その熱気というのはこの物語の主人公スカーレットだったり、母親だったり、スカレットの里親になったルネやその夫のシーオだったり(この家族が一番あたりまえにある家族のかたちか)、魔女といわれているマダム・ポペスク、どの人をとっても尋常ではないように思える。主人公スカーレットは12歳で肌は褐色、会った事のない父さんと同じだ。弟のレッドは実年齢は8歳だけれど4歳位にしかみえない。肌の色は白、オレンジ色の髪の色をしている。母さんも白い肌、薬とタバコが片時も離せない、もちろん子どもたちの世話もできなく一日中タバコを手に家の中にいる。幼くて自閉症でアスペルガーのレッドは鳥にしか興味を示さない。だからこの家の主婦はスカーレットだ。家をきれいにして、食事をつくり、レッドのめんどうをみて学校に行く、尋常ではない生活だけれどスカーレットにはなにものにも変え難い生活だった。それは3人でいられるということが理由だ。ベランダの隙間にリトルレッドが巣をつくり卵を産んだ。レッドのためだけでなく、スカーレットはこの卵から孵るヒナを守る事が家族を守る事だと思っている。それは自分自身の存在にかかわることだ。けれど、母親のタバコの不始末から火事になり、3人は別べつに、母親は入院、レッドは保護施設、そして、スカーレットはルネとシーオ一家のもとに一時ひきとられることになる。このままではレッドといっしょに暮らす事にはならないとレッドをひっさらって逃げる決心をして、魔女といわれながらも傷ついた鳥の世話をしているマダム・ポペスクにかくまってもらうように頼み連れて行く。スカレットはルネとシーオ一家と暮らすなかで、自分の渇望だけでなく、少しづつ客観的に考えることができるようになる。
 登場人物のどの人をとっても描写がしっかり描かれているので、読む人は引き込まれてしまう。「家族」この深くて心を包み込むもの、でも深く傷つけあうものでもある。この物語のなかにはいろいろの家族の形がでてくるので、読む人は自分と置き換えて読む事ができる。スカレットの絶望感と渇望と望みが熱気のなかに胸にせまってくる。
 ありきたりの疑問、家族ってなんだろう。血の繋がりだけが家族ではない、とすると!

2017年1月18日 (水)

スピニー通りの秘密の絵

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「スピニー通りの秘密の絵」
L.M.フィッツジェラルド
千葉茂樹 訳
あすなろ書房 本体1500円


美術品の贋作、そして歴史、それからナチがおこなった略奪のこと、これまでにも印象に残った本はいくつかあった。この本は読みたかったけれど暮れの忙しさに読む事ができず、少しイライラしながらお正月休みを迎え、丸一日なにもしないで夢中になって読んだ。やはりおもしろかった。
 主人公セオは13歳、祖父と母とグリニッジビレッジのスピニー通りで暮らしていた。ところが祖父が事故で突然死んでしまう。「卵の下を探せ」という謎の言葉を残して。倹約家だった祖父が残した言葉には自分たちを救うものが隠されているに違いないとセオはその謎の意味を追求する。「卵」の意味はわかったけれどその下にあるもの?物語はセオの謎解きだけでなく、歴史の暗部をさぐりだしていく。それだけでなく堅実家の祖父に育てられたしっかり者のセオ、一人なんてへいちゃらとおもっていたれけれど、このことからセオと違う個性派のボーディと知り合って友情を育てていく、その意味ではこの物語は青春物語、読んでいてまぶしいくらいにおもった。
 美術と歴史の謎、そういえば以前やはりおもしろく夢中に読んだ本があったと思い出し、探して再読。その本はカニグズバーグの「ムーンレディの記憶」という本だ。セオが祖父の言葉の謎をといた、卵の下に描かれていたのはラファエロの母子像だった。歴史の暗部、強制収容所にまつわることで、「ムーンレディの記憶」も同じように子どもたちがムーンレディの秘密を探り当てる物語だった。莫大な美術品を略奪したナチ、それが戦争返還されるドサクサにまた、秘密を持つ。この本では最後の祖父からセオあてに残された手紙という形式でそのことが書かれている。
 もうひとつその繋がりでやはり買って積んだままになっていた原田マハの「暗幕のゲルニカ」を一気に読んだ。この本の絵はピカソの有名な「ゲルニカ」、ナチが台頭してきたなかでピカソがそれを描いていたときのパリと現代のNY、スペインが交錯して物語はすすんでいく。主人公で活躍するのは日本人瑶子。「ゲルニカ」をナチの手から逃れるためにアメリカへ運んで隠す。その後国連本部のロビーに飾られていたタスペリーがまたしても忽然と姿を消す。一体誰が何のためにそんなことをしたのか。「ゲルニカ」はどこにいったのか。ミステリーを読むように興奮をおさえながら読んだ。
 これらの本を読んで絵なんか何の役にたつのかと思っている若い人にぜひ読んでほしいとおもう。しかもその意味を後世に伝えるのはその若い人の感性だとおもう。そして、文学の力とも強くおもった。


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