映画「硫黄島からの手紙」ー高橋
ハリウッドからのメッセージ〜『硫黄島からの手紙』
これほど評価の分かれる映画も珍しい。クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』である。朝日新聞は割と好意的である。12月13日に半藤一利氏の「反戦映画」との評を載せている。批判的な記事の代表は日刊ゲンダイだろう。同日の紙面で「戦争映画にも値しない」と酷評している。
そもそも私はなぜこの映画を観に行ったのだろう。私は最近の日本の戦争映画に飽き飽きしている(ほとんど観に行かないが)。国を守る価値観を押しつけ、しかも敵国の人の顔が見えない。私達が第二次大戦で学んだのは、「軍隊は国民を守ってくれない」事ではないか。軍隊は国民でなく、国を守るものである。では国民は何のためにいるのか。国を守るためである。国は国民ではない。国体である。つまり国民は体制(政治家)を守るためにいる。私達はその考えに反対だったのではないか。さて同監督が、硫黄島を米軍の側から描くというので『父親達の星条旗』を観に行った。「敵国」の側から見るのは初体験である。そしたら日本軍の人の顔が見えなかった。敵の顔が見えないから怖いので、娯楽映画としては当然の作りかもしれない。もう1本『硫黄島からの手紙』も観に行った。前作と対になっていて、立体的に描くのかと思った。観た結果は、対にはなっていなかった。前作は硫黄島攻防は導入部で、その後を描いているのだが、その事ではない。前作には、戦争への皮肉があった。もちろんマイケル・ムーア監督ほどではないが、「国を守る」一本槍ではアメリカの観客に受けないからである。ところが『硫黄島から〜』に皮肉はない。そもそも監督が、何の為にこれを作ったのかがわからない。この映画がアメリカで受けるとは思えない。とするとこれは始めから、日本向けの映画ではないのか。
アメリカ人は、自分達が戦争で死ぬのは避けたいが、外国人は別である。特に日本人は、自分達の敵にならない限り、優秀な軍隊になる。朝日新聞では、生井英考氏が遠慮がちに「いまや米国にとって、世界中で日本だけがわかり合える相手、わかり合いたい相手なんだなあ」と書いているが、日刊ゲンダイではフルフォード氏がはっきりと「米国民に対しては『日本人は憎むべき存在ではない』『だから軍事パートナーとして仲良くしよう』と言っているようにも見える』と書いている。つまりこれはアメリカから日本人へのメッセージである。身勝手なメッセージが映画として、前作よりも駄作なのは当然だ。 日刊ゲンダイは「そもそも、この時期になぜ、こんな映画が出てきたのか」と書いているが、新教育基本法が成立したドンピシャリでの公開だと言ったら、深読みしすぎだろうか。
高橋峰夫











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