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2016年6月30日 (木)

ぼくのいちにち どんなおと?

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「ぼくのいちにち なんのおと?」
山下洋輔 文
むろまいこ絵
福音館書店 本体1400円


ぼくの一日、この絵本ではこうちゃんというようちえんに行っている男の子の一日です。朝大アクビをしてめをさましたこうちゃん、幼稚園に行きます。途中犬と猫がケンカをしていたり、犬や猫だけでなく幼稚園でどんちゃんとおもちゃをめぐってケンカ、先生に叱られましたが仲良く”じゃあ、あした!”家に帰って水浴び?水遊び!やりすぎておかあさんに叱られます。家のなかに入ってジュースを飲みます。そして、お父さんが帰ってきてお夕飯、お父さんはビールを飲みます。そして、さぁ、寝る時間になるとこうちゃんは歯磨き、そして、おやすみなさい。この一日の音を絵で表現したのがこの絵本です。作者の山下洋輔はジャズピアニストなので音はこんなふうに想像するのかな?そして、形になるとこんな風な絵になるのでしょうか?だからこの絵本は文を書いた人と絵を描いた人との合作です。音=文も絵=形もずいぶんバラィティーに富んでいます。それは、こうちゃんが元気な男の子だからです。あなただったらどんな音が形や色になるでしょうか。少なくとも歯磨きはもっと静かにする?顔を洗うのも・・・最後の夢は?それにお話を聞くということもその人の頭のなかではこんなふうに形や色がついているのかもしれません。
 ワークショップのようにみんなで遊んでみるとおもしろいでしょう。

2016年6月29日 (水)

ふたばからのおたより -6月―

      
             とと姉ちゃん

 「暮らしの手帳」を創刊した大橋鎮子さんと花森安治さんがモデルと聞いていたので
始まる前から、ちょっと楽しみにしていた。NHKの朝の連ドラである。ほぼ毎朝、出勤前に欠かさず見ている。
 うちの母は5人姉弟の下から二番目、早くに父親(つまり私の祖父)を亡くしたからといって、結びつきの強い伯母や叔父たちだった。一番上の姉であった伯母が教師になって稼ぎ、家計をずっと支え続けたという。90の半ば頃まで背筋を伸ばして、タッタと歩く伯母の姿を記憶している。
 自分の家庭を持たなかったその伯母は、いつまでもいつまでも妹や弟の面倒を見続け、私たち姪っ子や甥っ子もずい分世話になった。家に風呂のなかった時代には、学校の休み時間に駆けつけて、赤ん坊だった私を銭湯に抱いていっては泣かれていた、と何度か聞いたことがある。「家族は、本当にいいものよ」「寄り添い合って生きていく、それが家族なのよ」そうした伯母の言葉は、中学高校時代の私には、申し訳ないけど重苦しく、いくつになっても、どこか君臨してくるような空気に、一番敏感な年頃だったからかもしれない。
 それでも皆が集まった折々に聞く昔話は甘酸っぱかった。貧しく暗かった戦前の時代、若い伯母たちや母の四姉妹の道行く姿は、想像の中でも華やかだ。写真館に飾られたという伯母の話、若草物語を真似て、金持ちの隣の家と窓越しに手紙のやり取りをしたこと、集まってはしゃいだ闇鍋やかるた会、それぞれがペンネームまで持って、作った雑誌。「貧しかったけどね、みんなで手を取り合い助け合って生きてきたの。家族って、そういうものなの。」 
 本当に、本当に、そうなのですか? 中学高校時代をはるかに過ぎた今でも、私には、やはり息苦しく思う時がある。甥っ子姪っ子世代である私たちは、もっと自信なく、逃げ出したいという思いと逃げ出せないという思いの間をうろうろしながら、家族を、親を、親たち世代を背負っている。その気持ち、わかりますか? 問いかけたいけど、問いかけられない。
祖父は、出張中に琵琶湖の近くで亡くなったと聞く。いつもの出張から帰ってくる時の習慣で、玄関のポストを開ける音がコトンとした。女学生だった伯母が覗きに行ってみると、誰もいない。おかしいな、お父さんじゃなかったのかな? それから間もなく、死んだという知らせが届いた。
その日から、伯母は「とと姉ちゃん」として生き、今年3月、104歳になった。

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 写真は昔々、伯母の家の縁側での私。            (の)

2016年6月26日 (日)

講演会ーちっちゃいさんが生まれるまで

       講演会「ちっちゃいさんが」生まれるまで
         宇野和美さんー翻訳と子育てとー
         
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今年度、「グループ学ぼう〜話そう」という会が始まりました。子育てから憲法や介護まで、月1回第2月曜日10時から11時30分まで、こどもの本の広場会留府に集まってみんなでいっぱい話します。その会の第1回講演会の講師に翻訳家の宇野和美さんをお招きし、スペイン語圏の児童文学の紹介(最新作「ちっちゃいさん」イソール作・宇野和美訳・講談社刊)など、また3人の子どもをつれてスペイン留学をされたお話や子ども観の違いなどをお聞きします。

宇野和美さん
スペイン語専攻、出版社勤務後翻訳家。3人の子どもを連れてスペイン留学。在日中南米国籍の子どもたちへの支援活動にも取り組む。
ネット洋書店「ミランフ洋書店」店主
翻訳作品「フォスターさんの郵便配達」エリアセル・カンシーノ作 偕成社
     「ふたりは世界一」     アンドレス・バルバ作  偕成社
     「日ざかり村に戦争がくる  フアン・ファリアス作  福音館書店
     「かぞくのヒミツ」     エイアールディー    他多数

日時:2016年7月16日(土)2:00〜4:00
会場:千葉市ハーモニープラザ男女共同参画センター2F研修A2
    (千葉市中央区千葉寺町1208)
定員:27名(予約制)資料代1080円
申し込み・問い合わせ mail 左上メール送信をクリック 
           
           坂上 090-5432-3070
           阿部 043-227-9192 

2016年6月23日 (木)

おめでたこぶた その3サムのおしごと

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「おめでたこぶた その3サムのおしごと」
アリソン・アトリー作
すがはらひろくに訳
やまわきゆりこ画
福音館書店 本体1300円


時々雨がしゃーっと降ります、九州ほどの豪雨ではないけれど。昔のように梅雨の小糠雨という空ではありません。ここ毎日きびしい話ばかりで気持ちのゆとりがないのはわたしだけかなぁと”いけない いけない”と時々我に返ります。そのキッカケ、おめでたサムに出会ったのはとても良いチャンスでした。しばらくぶりにサムに出会いました。その3には6つのお話がはいっています。この本のサムは仕事をします。市に行ったり、かかしになったり、農場で石ひろいをしたり、身寄りのないおばあさんのおてつだい、いまにもたおれそうなおなかのすいた手回しオルガンひきを助けたりおおいそがしです。サムは幼い子どもの原型、かって子どもだったおとなにとっては、なつかしくもうれしくもある存在です。たとえば、毎日仕事に自分の身を切り売りしているようにおもっているおとなにとって、ひたすら人を喜ばせようと仕事をするサムの存在を感ずる物語を読むことで静かな楽しいく心満たされるように感じます。そして、風のにおいやおひさまの暖かさが感じられて、樹々も草花が咲いている土手や石垣に足をブラブラさせながら遊んだ事を思い出す、そんな幸せ感にひたることができるのは、子どもの本の一番のうれしいことかもしれません。だからサムの物語はもちろん幼い子どもたちにとっても楽しいものですが(まして、読んでもらったりするのは一番です)おとなにとってもうれしい本です。しかもおとなににおまけがついています。訳注=「昔話とわらべうたの雑記帳」でこの物語の背景が述べられています。

2016年6月20日 (月)

小さなサンと天の竜

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「小さなサンと天の竜」
チェン・ジャンホン絵
平岡敦 訳
徳間書店 本体2000円


むかしむかしのお話です。谷間の小さな村が豪雨で山が崩れ土砂に埋まりました。村人たちは諦めてこの地を離れて行きましたが一軒だけとどまった一家がありました。山の向こうに畑があるのとまもなく子どもが産まれる予定だったからです。崖崩れの三日後子どもが生まれサンという名前をつけました。サンは産声をあげなかったどころか笑いながら産まれて来たので、おばあさんも父親も心配したりちょっと気味悪く思ったりしましたが、母親はサンをかわいがりました。毎日サンを背負って山をこえて畑に行き、帰ってくるので大変です。6歳のたんじょうびにサンは母親に竜の形をした枕を買ってもらいました。その夜山を背負って空を飛ぶ夢をみました。疲れて仕事ができなくなった母親のためにサンは山を崩すといい、みんなは絶対できないと言いましたが、母親を元気にするために、サンは岩や石をしょって捨てにいきます。でもそんなに簡単にできるわけではありません。
 表紙の三びきの竜のみならず、山や谷の様子、人々の顔の表情等ワイドでリアルな描き方です。仙人のようなおじいさんも日本の老人とはちょっと違います。もっと神に近い存在で、竜を呼びサンの偉業を助けます。サンが毎日ひたすら岩をしょって捨てに行く、高く積み上げられた岩山の奥に不思議なきのこがはえていて、老人はそのキノコでお茶をつくりサンの拾って来た石から三つ選び、お茶を注いで祈りなさいと薦めます。サンの祈りの言葉は竜を呼ぶ言葉になり、三頭の竜があらわれて岩をとりのぞいてくれます。
 中国では竜は川ともいわれます。川を制したものは国を制するともいわれています。この絵本の物語はそんなことを思い出してくれました。壮大な物語絵本です。
作者は中国の水墨画の技法を取り入れていますが、パリに移住しています。構成の仕方、書き割りの手法等日本の劇画やアニメに通ずるように思うのはわたしだけかもしれませんが、気持ちを元気に奮い立たせてくれる力があります。

2016年6月19日 (日)

カエルくんのだいはっけん!

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「カエルくんのだいはっけん!」
松岡達英
小学館 本体1600円


池でうまれたあまがえるくん、はじめて池の外にでます。おなかがすいたのでまず食べるものをさがそう!でも、うっかりしていたら食べられそうになってウシガエルのおじさんが助けてくれます。池から川や森やどこが住み良いか訪ね回ってみます。作者は画面いっぱいにたくさんの生き物を描いています。どこも食べたり食べられたり、生き物たちは生きていくのに一生懸命、カエルくんもたくさんのことを見たり経験したり、自分のこれから生きていくのには産まれた池が一番という事を知ります。よく見ていくとこの画面に描かれている生き物は私が子どもだった頃にはまわりに普通にみられたようすです。だんだん身の回りから水辺もなくなり、コンクリートの道や建物がおおくなりました。でも、でかけてみましょう。近くの森や池にはこうやってまだたくさんの生き物がいます。
 本格的な梅雨空、雨のにおいがします。大雨が降るとか、九州は地震と大雨と、自然破壊されたあちこちは災害のはどめがきかなくなりました。
”ねえ、カエルくん、そこは住みやすいかい?!”

2016年6月18日 (土)

みみずくのナイトとプードルのデイ

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「みみずくのナイトとプードルのデイ」
ロジャー・デュボアザンさく
安藤紀子 やく
ロクリン社 本体1500円


おおきなかしの木をねぐらにナイトというみみずくがいました。ナイトはみみずくなので夜獲物をとって活動します。そのそばにペニーフェザーさんの家にデイというプードルがいました。デイはイヌなので昼間元気に遊び、夜はベニーフェザーさんの台所でねむります。ある日ナイトはいつもよりはやくねぐらを出て獲物をさがそうと思いましたが、早すぎて明るかったからでしょうか、大木に頭を打って気絶してしまいました。それをみていたきつねが”ごちそうだ”と飛びかかろうとすると丁度とおりかかったデイがそれを見つけて、ナイトの命を救いました。それ以来友だちになったのですが、昼活動するデイと飛び回るナイトがいっしょに過す時がありません。家に入ってしまったデイと窓越しに大声で話をかわします。それを知ったむすこのボブが良い事を思いつきます。それはなんでしようか!
 デュボアザンの絵本の展開の仕方、カラーと墨のページが交互に展開していくなかで、物語はおもしろくなっていきます。全体にゆったりした感じ。「がちょうのペチュニア」シリーズ、「ごきげんなライオン」
そして、静かな詩「しろいゆきあかるいゆき」などの作品があります。
 今夜のような月夜の日はナイトとデイは月の下で昼間あったことや夜の森のようすをはなしあっていることでしょう。

2016年6月13日 (月)

とびきりおいしいデザート

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「とびきりおいしいデザート」
300年まえから伝わる
エミリー・ジェンキンス文
ソフィー・ブラッコール絵
あすなろ書房 本体1600円

ブラックベリー・フールをめぐっての4つの時代、4つの家族の物語です。あとがきによるとフルーツ・フールは16世紀ころからある西欧文明の最古のデザートといわれているとのことです。300年位前、イギリスのライムで母子がブルーベリーを摘んでフールをつくりました。ベリーを摘んで潰し、手で搾乳した牛の乳を小枝でつくった泡立て器でシャカシャカとクリームを泡立てつくります。冷やすのは岡にある穴蔵、一家の夕食のようすがわかります。それから100年位あと、舞台はアメリカのサウスカロライナにあるチャールストン、母子は庭の家庭菜園でつくられたブラックベリーをつかいました。泡立て器はブリキでできていて、冷やすのは地下室です。デザートを食べているのは農場主一家です。そうですこの母子は黒人の奴隷です。それからまた、100年位たちました。アメリカのマサチューセッツ州のボストンで母子はブラックベリーを買いました。生クリームは配達されます。泡立て器は鉄のハンドルをまわすもので冷やすのは木でできた冷蔵庫、氷が毎日配達されます。食卓に配るのは母親と女の子の役目です。そして、現代アメリカのカルフォルニア州サンディゴでは男の子と父親が作ります。インターネットでつくりかたを調べて、泡立て器は電動式です。みんながあつまってきました。いろいろな人たちです。父親と母親と子ども、かならずしもそんなペアだけではなさそうです。
 後片付けの前にいつの時代でも子どもはボウルやスプーンについたブラックベリー・フールをなめてもしかられません。とってもおいしい!!裏表紙にはボールをもった子どもが歩いていきます。未来はどんなようになるでしょうか。少なくとも1810年の奴隷が領主につかえることはなくなりましたが、そのかわり貧富の差がでてきます。でも、すこしずつ未来にむかって進んでいって、それを担うのは子どもたちだということ、この絵本の”あぁ!おいしい”読者にもうれしさ、おいしさが伝わってきます。


2016年6月12日 (日)

子どもの目ー見ることと視ること

6月10日「よいこ連盟・えほんの会」の定例会は子どもと目の勉強会でした。「よいこ連盟・えほんの会」は保育士・かっての人やいま少し関係のある人たちの勉強会です。月1回の集まりはほとんどが第3(時には第2)火曜か水曜日夜7時からはじまります。人手不足でほとんど研修ができない、ないという現実で自分たちで集まろうということから始まった会です。現役の保育所の保育士、幼稚園の先生。そして元という人、学童保育所の先生と10名くらいの人たちで絵本を読みあったり、わらべうたを教えあったり、お話を聞いたり。その中に昨年は子どもの「歯」のことを歯科医師に聞きました。今年は眼科医に来ていただいて子どもの目の話をお聞きしました。「目は、心の鏡、脳の窓」という臼井愛子さんという歯科医が中学生にした講演をもとにまとめられた冊子を参加者で輪読することからはじまりました。
 子どもと目のことは少し前は読書・そしてテレビ・現代はスマホとずっとなにかと話題になります。「読書」については暗い所で読まないようにというくらいで近視が話題になりました。けれど「テレビ」と「スマホ」は目だけでなく、脳との関係や電磁波のことなど複雑になっています。子どもに限らず、おとなも、私自身もパソコンを使っての仕事が多くなり、また、加齢のこともあり少なからず「目」のことではトラブルがよくあります。「ドライアイ」や頭が痛くなることや、酷使するために良く見えない事があったりします。(パソコンに向って仕事をするとすぐ眠くなるのは関係ないか?)そして、これは個人的なことなのですが母は網膜色素変性という病気で歳をとってからほとんどよく見えない状態だったようです。この病気は完全に失明するわけではないのと、50代になってから他の難病にもかかっていたので、本を読むことなどはあきらめていました。この病気は劣性遺伝なので、私も弟も気にして暮らしてきました。けれどそのわりには目の事はきちんと理解していないことを今回お話をお聞きして、あらためて感じました。
 子どもの視力は6歳位にきちんと見えるようになることや、近視は矯正ができるけれど、遠視のほうが問題が多いことなど、そして、脳との関係、つまり心との関係などがとてもわかりやすくお話いただいたとのみんなの感想でした。
 子どもと接するなかで、ハウツウ的な話は多々聞く事はあっても、もっと基本的な勉強する事はとても大切です。子どもをとりまく状況がすごいスピードでかわっていくなかで、ぶれないように子どもと接すること、なにか問題がでたときにいっしょに学べる仲間とチャンスが必要だということを改めて思いました。

2016年6月11日 (土)

夜間中学へようこそ

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「夜間中学へどうぞ」
山本悦子
岩崎書店 本体1500円


優菜は両親とおばあちゃんと暮らしています。春から中学生、ほとんどの子がそのまま近くの中学校へ進学するのでそんなに大きく変わってしまうとはおもわないけれど、今までの仲良し友だちと一緒というわけではないので、友だち関係がうまくいくかちょっと心配、それから中くらいの成績の優菜はどんな順位がつくのか落ちこぼれはしないかも少し心配だ。お母さんは美容師なので、入学前に髪をきってちゃんとしようと言っていたら、そばからおばあちゃんも髪を切って整えようといい、私も学校へ行くからと言い出します。学校というのは中学校、夜間中学のことでした。そして、夜間中学校へ通い出したおばあちゃんが足を捻挫したために、サポートしなければならなくなって、優菜もいっしょに夜間中学校へ通います。
 この物語は先日紹介した「七十二歳の卒業制作」とおなじように子どもの時教育をうけられなくて成人してから、というよりずっと高齢になってから学校へ通い出した人の話です。どちらもおばあさん、子どもの時家庭が貧困だったために義務教育すら受けられなかった人の話です。ただこの「夜間中学へどうぞ」は入学したおばあちゃん、沢田幸さんの話なのだけれど、孫の優菜が主人公で優菜が夜間中学をとおして、いろいろの人の人生があり、ほとんどが貧困などで学校へ行く事ができなかったのだけれど学びたいと思っている、そして、その人たちの手助けをする先生たちや、はげましあう友だちがいることを知っていくことが書かれています。それは学ぶということはどういうことなのか、なぜ学ぶ場所と仲間が必要なのか、それは学校のもつ意味を物語のなかで優菜をとおして読者に考えてもらうことになります。家が貧しくて子どものときから一家の働き手として生きてきて学校へ行く事ができなかったおばあちゃんや高齢の松本さんのほかに、学校でいじめにあって、夜間中学にきている和真のような存在、そして、日本にいるけれどさまざまな外国人たちのなかで一緒に勉強する人たち、優菜はいま自分がしようとおもっていること、したいと思っていることをみつけていこうとします。まず、友だちに夜間中学のこと、おばあちゃんが字が読めない人だったことを卑屈にならないで話そうとします。
 おばあちゃんはケガが治ってまた、ひとりで中学へいきます。自分なりに選択していこうと決心します。さあ!スタートです。
 母親が字が読めなかったのが知られるとこまるという気持ちで、夜間中学へ行って欲しくないという父親と、嫁の立場だけれどおばあちゃんが学校へいくことに大賛成の優菜の母親の考え方がもう少し掘り下げて書かれていたら、まとまりと深みがでたのに思われます。これは決して遠い昔のことでもなく、特別な人の話でもなく、日本の歴史としての面ととらえても大切なことだと思われます。

2016年6月 8日 (水)

七十二歳の卒業制作

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「七十二歳の卒業制作」
学ぶこと・書くこと・生きること
田村せい子 作
岡本よしろう 画
福音館書店 本体1300円

作者は1942年生まれというのは私とほぼ同時代です。本のなかでは君子となっていますが作者のことと思って良いとおもわれます。この本を読むとすごいスピードで変わってしまった、いまもまだ変わりつづけている毎日を感じながら、あらためて冷静に自分をみつめなければならないとおもいました。貧乏なために義務教育は絵に書いたもちのようでしかなかった、学ぶということはどういうことなのかとあらためておもいます。
 この本は昭和20年大阪の八尾からはじまります。父親は戦地へ、母親と姉と空襲の大阪から母親の長姉を頼って疎開して行きます。そして、終戦父親が戦地から帰って来ます。帰って来ただけ良かった、戦死したり空襲や原爆や栄養失調でたくさんの普通の人たちが亡くなってしまいます。「貧乏人の子だくさん」といわれたように、子どもだけは元気でいました。君子はほとんど学校にいかれないままに一家の担い手になって暮らしていました。そして、夜間中学から定時制高校、そして大学へと学びの生活を自分の力で歩いて行きます。じつをいうと同時代の私には考えられない状況のなかでの生き方です。そして、これは大学での先生富安陽子さんからの指導といっしょに学んでいた同級生(年齢はいろいろです)のはげましです。小さなうそがあると作者はいっていますし卒業制作なのですがまぎれもなくある女の人の自分史です。こうやっていさぎよく自分の判断と力で生きていた人がいる、特に有名な人ではなくて私の身の回りにもいるのだとあらためて感じいりました。そして、ある女の人を思い出しました。
 阪神大震災のおきた前年のこと、私の母は難病で病院に入院したままでした。私は先が見えない母のそばにいるために一週間おきに新幹線にのって通っていました。私が千葉にいる時に母の側にいて介護をしてくれた人はそのころ「家政婦」さんと呼ばれていましたが、私とやはりほぼ同時代の女の人でした。私が育った地方都市から入った山奥の集落で育ったその人は、一家の稼ぎ手でほとんど学校に行かなかったと、母のところに来た時に記録のための小さなノートを渡すと、じつはほとんど読み書きができない、最近になってやっとすこしわかるようにになったとすまなそうに私に話しました。タバコの葉をまとめる仕事や雇われの農作業、15歳からはお金になったので男にまじって船の掃除をする仕事をしていたため、文字を学ぶ時間がなかったとのことでした。けれど孫が肝臓を悪くして、必死になって読み書きをおぼえたとのこと、肝臓移植のお金をためなければならないと言っていました。母が入院していた病院へ時々熱をだしてそのお孫さんの女の子も入院します。(小学1年生だった)いつもは背の高い、体格の良い彼女が女の子に身体をかがめて小さな声で話している姿が印象的でした。父に話したら私がまわりの人たちをちゃんと見ていないからだといわれました。そうなのです。人をちゃんと観察していなかった、私のまわりにはいろいろの人がいたはずなのです。そして、この作者のように良い意味で楽天的で生きていくことに肯定的な人たちです。文字を知る、読む、書く、ということは生きていくことのエネルギーになり、人を繋ぐものなのです。
 田村さん読みました。良かったです。これからもまだまだ書いてください。もう少し若い人たちに伝えることがありますよね!

2016年6月 7日 (火)

四万年の絵

表紙の絵、手をレントゲンで表したような、これは左手でしょうか不思議な絵です。
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四万年の絵
ーたくさんのふしぎ7月号ー
山田英春 文・写真
福音館書店 本体667円


南半球にある日本の20倍以上もある大陸オーストラリア、近年観光に訪れる人も多くなりましたが、とぼしい私の知識ではともかく大きな島?それにカンガルーとかコアラだとかを思い浮かべます。それとこれもまたまた乏しい知識ですがダーウィンのこと、この国の先住民アボリジニのこと、250年位前ヨーロッパとくにオランダからの移住民との悲しい歴史のことだけです。少し知っているのはそれらは児童文学のなかにあって読んだことがあるからです。特にこの本の後半に描かれている精霊のことなどにはとても興味があります。
 たくさんの絵、「岩絵」と呼ばれているものですが一体何のために描かれたのでしょうか。特別の知識の裏付けがあるわけではないのですが、私は精霊と関係があるのではないかとおもっています。人はアボリジニ自身のことかもしれません。とても背が高くて手、足が長い人たち、そしてその廻りのものたち。それは生き物であり自然であり、太陽や月や宇宙的空間のことだとおもわれます。いつの時代にも願われたこと、命を生き継いでいくということに対しての願いと祈りだとおもいます。人々を繋ぐものに音(音楽)と絵、そして、踊りのような身体表現、何年もの重ねて描かれた「岩絵」のなかに見る事ができます。いまは岩に描かれることではなくなったけれど木の皮やキャンバスに描かれる民族独特の表現は、民族はちがっているけれどはるか昔に繋がっていた記憶を私たちの声を呼び覚まします。

2016年6月 6日 (月)

すずめくんどこでごはんたべるの?

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「すずめくんどこでごはんたべるの?」
 マルシャークの詩より
たしろちさと ぶん・え
福音館書店 本体900円

ーぼくはね、みんなと動物園にいったんだ。ーこの絵本を読んでいるうちに、この絵本のなかのぼくは「ぼく」と「すずめ」の両方だという事に気がつきます。表紙に男の子が描かれていて、頭のぼうしの上にすずめがいます。そして、めくるとなか表紙には<どうぶつえん>の表示の上にすずめがいて、ぼくはそのすずめを見上げています。男の子はみんなとどうぶつたちを見て歩くのですが、その動物たちはみんな食事の最中、そばではすずめがお相伴にあずかっています。入り口はかば、次の1ページのなかにはこれからみる動物たちの檻が描かれています。なかなか工夫された構図と展開のしかたです。動物たちの食事のようすは科学の視点、こどもたちの楽しそうなようすは物語の視点、二つの視点はこの絵本がマルシャークの詩を子どもたち向けに翻案したものだというコメントがうらのなか表紙に書かれていて納得。そして、最後にぼくはすずめにごはんをちょっとわけています。裏表紙には最後のページに描かれている女の子のおべんとうのなかのひとつのオレンジをすずめが食べています。なかなか工夫された小さな子のための絵本です。これは余談ですがすずめの食べるもの=穀物、お米というイメージ=したきりすずめの世界ですが、お米を食べるのは成鳥ちかくなってです。あかんぼうのすずめは虫を食べます。昔、ねこが捕まえてきたあかちゃんすずめを3年育てたことがありました。野に離すのを失敗して、籠のなかで寿命が終わったちょっとにがい思い出があります。一時すずめがいなくなって心配しましたが、この頃また見かける事が多くなりました。日本のすずめはあまり人になつきませんんが、身近に見られる鳥なので、少なくなるのはやっぱり不安です。

2016年6月 5日 (日)

ちいさなあかいにわとり

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「ちいさなあかいにわとり」
ーアイルランドの昔話ー
こどものとも年中向き
大塚勇三 再話
日紫喜洋子 絵
福音館書店 本体389円

アイルランドのお話です。小さな家にこねことこねずみとちいさなあかいにわとりが住んでいました。ちいさなあかいにわとりはとても働き者です。それにくらべてこねこもこねずみもなまけもの、あかいにわとりが働き者なのをいいことになにもしません。そこへきつねがやってきました。背中をかいてくれといいます。こねこもこねずみも”いや”それであかいにわとりがかいてやると、きつねにまんまと捕まえられてしまいます。こねこもこねずみも逃れられなくていっしょに袋のなかです。帰り道とても暑くてきつねはひと休みでひと眠りです。ねている間に働き者のちいさあかいにわとりははさみで袋をチョキン。さすがにこんどはこねこもこねずみもいっしょに働きました。そして、外にでるとかわりに袋に石を入れたので、家に帰ったきつねはおばさんにお仕置きされます。絵がとっても動きがあります。動物たちのいきいきとした動作と表情がお話をもりあげます。お話については折り込みのふろくに大塚勇三さんが背景を書いています。
 語る人はちょっと自分の語り口にした方が良いかもしれません。たとえば<ふたりをかんべんしてやって>という言葉は私のまわりの子どもはつかわないかな?ところできつねのおばさんは元気!ユーモラスです。そして、こねこもこねずみもお手伝いをするようになりました。めでたし!めでたし!


2016年6月 4日 (土)

しーっ あれはなんのおと

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「しーっ あれはなんのおと」
-ちいさなかがくのとも 7月号-
小野寺悦子 ぶん
城芽ハヤト え
福音館書店 本体389円

女の子が目をいっぱい開いて”しーつっ!ゆびを立てているのはアンテナの替わりでしょうか。庭にでてきたら何かの音がします。ハチの音でない!カナブン?ちがう、なんだろう。庭に出てみます。小さいけれどたしかに聞こえます。そして、見つけたのは良いけれどなんだかわかりません。そっと耳を澄ましてみましょう。そっと触ってみましょうか?わぁ!なんだ なんだ!

2016年6月 1日 (水)

赤羽末吉スケッチ写真 モンゴル・1943年

 赤羽末吉スケッチ写真 モンゴル・1943年

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 ーアカハ大王府ー

1943年といえば戦争のさなかでした。(ちょっと余談ですがこの年アメリカではマリー・ホール・エッツの「もりのなか」が出版されています。)赤羽末吉さんは満州に渡り、満州電信電話株式会社で広報の仕事についていました。同僚に森繁久彌さんがいます。彼はアナウンサー、むろん赤羽さんは絵を描いていた、宣伝ポスターの絵を描いていたそうです。壁画制作のグループにはいり内蒙古(内モンゴル自治区)を取材してスケッチ画と写真を残しています。それは引き揚げの時ひそかに持ち帰り、今回の写真展になりました。名作「スーホの白い馬」の原点になった写真の展覧会です。
 私の店では1980年のアンデルセン賞をもらう前年講演会に来ていただいて、終った後少しお酒を飲みながらいろいろとお話をお聞きしたこと、そのなかにこの時の話があったことを思い出しました。戦争のなかの庶民のしたたかさがわかりびっくりした、それと、赤羽末吉さんは大変な勉強家で絵本ができるまで資料を集める事、本を読む事はもちろんですが、それを時間をかけて自分のなかで発酵させる話、馬の話など赤羽さんの本を読むたびにその時お聞きした話をおもいだします。モンゴルは広い、日本の北の雪国で育った私には想像が難しいところです。
 この写真展は2016.5.31〜6.26
JCII PHOTO SALON で開催されてます。 

 

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10月の営業とお休み

  • 10月のお休み
    *お休み 2日(月)・9日(月)・16日(月)23日(月)30日(月) *営業時間 10:30〜6:00 日曜日は1:30〜6:00

お仲間にどうぞ

  • ー元気になる集まりいろいろー
    *よいこ連盟(保育士・なろう とする人)13日(金)7:00〜  「絵本をみる」        *Y・Aの会 読書会(どなたで も)12日7:00〜 「とりあげ る本 赤川次郎の本を読む」   *絵本の会 「絵本づくりの現場から」講師光村教育図書編集・吉崎さん 20日7:00〜(誰でも)           *グループ放課後 読書会「蜜蜂と遠雷」(公共図書館司書・その他)18日(水)7:00〜                  *ボランティア講座 非公開 16日(月)10:00〜       *憲法カフェ26日(火)「教育と憲法2」講師千葉県若手弁護士の会・中島弁護士 9月31日(火)7:00〜         *羊毛チクチクの会ハロウィーンのカボチャをつくる 19日(木)10:30〜                                                                                                                         

これからの会

  • 子どもと本これからの会
    読書は知識や楽しみも含めて心の栄養を与えてくれます。そして考える力になります。 被災地の子どもたちに本を届けたい、身の回りの子どもたちの環境を考えていこうという、二本の柱をたててボランティア活動をすることで出発しました。 いろいろの方たちの希望と力を持ち寄って、すばやく、やわらかく、活動を続けていきたいと思います。参加される方は参加登録してください。 世話人 坂上・宮田・大山