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嵐が吹きあれて

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 ニュースによると台風は銚子の横を走っているようです。これからまだ雨風が強くなるとのことです。朝は自転車で走るくらいの速度だとのことでしたが、昼頃から時々シャー、ヒューと横なぐリの雨風です。銀杏の青い実が木の下一面に落ちていました。
 昨日に続けて、朝から棚卸しと掃除、特に本棚の後の方、高い所のほこりはいつもは掃除ができないので、棚卸しの時には欠かせません。今日は決算のための作業ですが、店の性格上一年に3回この作業があります。8月末の税務上の決算、12月末の一年の終わり、そして3月の年度末、いつもバタバタとせわしない日を迎えます。
 今日は作業が終わりましたが、これから決算の帳簿の締めです。今年度も赤字のよう、やりたい仕事をしているので、そんなに儲けようとはおもいませんが、生活していけるだけの状態でありたいね、と仲間の人たちと話します。
 選挙の結果が少しは生活にプラスになりますように!
 明日から学校もはじまり、元気な子どもたちの声が聞こえますように!読書には良い気候にもなるので、おもしろい本をせっせと紹介したいと思っています。

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8月も終わり近く

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朝すこしづつ降り始めた雨は、台風らしく時々激しく降ります。夜半からひどく降るとのこと、今回の選挙の日らしく荒れ模様です。選挙の投票会場を横目で見ながら店にむかいました。その側の千葉高校の裏の薮に白い花が楚々と咲いています。はじめのうちはよく見ないまま、「からすうり」の花のように思っていましたが、昼も咲いているのでそうではありません。昨夜少し折って家で調べてみたら「センニンソウ」のようです。花からのびているのが仙人の白いヒゲのようなので、ついた名前とのことと書いてあります。夫のあだ名は仙人でした。白いヒゲをはやしていたわけではなく、飄々として、つかみどころのない人だったからです。いま、ラジオでは選挙開票のニュースがながれています。仙人の夫は笑っているだけでなにもいいません。
 今日、明日、店では決算棚卸し+おそうじです。スタッフはみんな期日前投票をしたようで、あの期日前の投票場で、誓約書を書かせられるのはどういうことなんだろうなどと言いながら作業です。
 台風が過ぎるときっとすっかり涼しくなってしまうことでしょう。秋も冬も駆け足でやってきます。

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かんぺきな人なんていない

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「かんぺきな人なんていない」
マーリー・マトリン作
日当陽子 訳
矢島真澄・絵
フレーベル館 本体1400円


 耳の聞こえない子どもミーガンのお話「耳の聞こえない子がわたります。」の続編になります。
 ミーガンのクラスに転校生がありました。名前はアレクシス、かわいくて美人、それだけでなく勉強もすごくできるし、またたくまにクラスの注目のまとになってしまいます。でもアレクシスはあまりみんなと仲良くしようとはしません。アレクシスには秘密がありました。アレクシスの弟は自閉症で、なかなか周りの人の理解が得られません。アレクシスはその弟のことを知られたくありません。かんぺきでないと気がすまないアレクシスは、弟がそばにいると落ちつかない。自分はかんぺきでないように思ってしまうのではないだろうかとミーガンのパパはいいます。耳の聞こえない自分もかんぺきではないかというミーガンにパパはこういいます。”ミーガンはミーガンだ。パパたちはそのままでいてほしい。ミーガンはかんぺきであってほしくない。ミーガンらしいミーガンが好きなんだ。耳が聞こえないということはミーガンの個性のひとつだ。ある意味では、耳が聞こえないということが、ミーガンを特別な人間にしているのだよ”P141。誕生会の招待をことわってきたアレクシスにどうしてか?とつめよるミーガン、それに正直に真剣に自分の気持ちをはなすアレクシス、二人の話し合う場面は、読む人たちにみんなと同じでないことはどういうことかと問いかけます。
 この物語に描かれている学校生活は外国の話なので、日本の実情とはずいぶんとちがいますが、学ぶということについても、興味深いことがたくさん書かれています。サイエンス・フェア(おもしろそうです)、1〜3位までの科学的にすばらしいプロジェクトには賞がでるしくみ、賞もいろいろあって、楽しい賞もあります。協力しあって研究発表をするやり方、耳の聞こえないミーガンの勉強の仕方はいろいろと参考になります。それだけでなく、話すということはかならずしも口で話すだけではないこと、自閉症のアレクシスの弟に手話が有効だったということ、ものごとは決して決めつけてはならないことなど、そしていつもユーモアを忘れないようになど、ミーガンの家族から教えられることがたくさんある内容の濃い本でした。矢島眞澄さんの絵もこのさわやかな楽しい物語に良くあっています。
 *昨夜ちょっと気分が悪くなって、良く見直さないままにUPしてしまいましたが、大変間違いが多くて後で直しました。すでに読んでくださいました方にはお詫び致します。

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ジェミーと走る夏

ちがうけれどお互いに認めあうこと

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「ジェミーと走る夏」
エイドリアン・フォゲリン作
千葉茂樹・訳
ポフラ社  1400円

 キャスは12歳、よく遊びにいっていたお隣の家は主を失ったまま荒れるにまかせてありました。いよいよ新しい家族が引越して来ることが解り、キャスのお父さんは隣との境にフェンスで壁をつくります。もちろん自由にお隣と行き来することはできなくなります。フェンスを作ったのは、その隣に引越して来る家族はアフリカ系の黒人の家族と知ったためです。キャスは父親に抗議しますが聞き入れてもらえません。そこで、フェンスの僅かばかりのほころびから、そこにイスを置き声に出して本を読むことにします。おとなりに引越してきた家族はおばあさん、お母さん、キャスと同い年の少女ジェミー、その幼い妹の4人家族ですが、キャスの父親と同様に貧しいなかで育ち、加えて白人によって差別され、そのなかから苦労し猛勉強をして看護士になった人なので、白人を快く思っていません。父親は死んでしまっていません。
 フェンスの切れ目の穴からキャスとジェミーは友だちになります。ふたりとも非常に走るのが早いことを知り、一緒に朝早く走る練習をしたり、今は亡きミス・リズがくれた「ジェーン・エア」を交互に読みっこしたりして、友情を深めていきます。そして、二人で組んで鎌状赤血球貧血という病気の人たちに役立てる基金を集める為のレースにでることにし、そのためもあり二人のチームにチョコレート・ミルクという名前をつけ練習します。もちろんどちらの家族にも知られないようにします。特にキャスの父親とジェニーの母親には。けれどついに知られてしまうようなことがおき、禁止、そして、キャスの妹の熱中症をジェミーの母親が助けたことから、両方の家族の間に少しずつお互いを認めあうということが芽生えてきます。また、この物語にはジェミーのおばあちゃんがとても大切な役割をはたします。おばあちゃんがいつも歌ううた”ヨルダン川をわたって、ふるさとに帰ろう”それは奴隷制時代に自由になることを意味していて、”正しい道を歩んでいさえすれば、この世界だって天国なのよ”P213〜214と、ちゃんとめんどうをみないために熱中症にさせてしまい、すっかり落ち込んでしまうキャスの姉ルー・アンに話す場面があります。それは人種差別のなかで、自分を失わないように生きてきた人たちの意味を若い二人に語る場面でもあるのですが、おばあちゃんはお互いを許しあって、認めあわなければならない、もうこれらの悲劇は乗り越えなければならない、口先だけでなくほんとうに理解しあうことの大切さ、そして女の子が自立することの意味を若い世代に伝えています。毎日の生活をきちんとすること、おいしいものをつくり、食卓をかこんでおたがいを語り合うこと。このおばあちゃんの生き方というか、考え方には遥か遠い日本で、現代に生きている日本の若い人たちにも届けたいことです
 もうひとつ、本を読むことは自分の人生の中でどういう意味があるのかが語られています。なかなかそんじゃそこらでは人の考え方を変えてもらうことは難しい、「ジェーン・エア」を読みあう場面、2つを隔てる壁のところで本を読みあう場面、ミス・リズのお墓の場面、図書館で本を探す場面、などたくさんの本を読む場面がでてきます。
 走ることが物語を動かしているので、訳文もスピード感が良く表現されていて、対比される2つの生き方、前の持主ミス・リズとジェミーのグレースおばあちゃん、キャスとジェミーの母親の性格と生き方、おしゃれが大好きで好きな男の子の言いなりになってしまうキャスの姉(でも素直でやさしい)ルー・アン、キャスのボーイフレンドのベンなど脇役もしっかり描かれていて、作者がなにを若い世代に訴えたいかのかが、きちんと書かれているのでとても爽やかな、それでいて内容の濃い物語になっています。

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自然は不思議で美しい2

 今夜は七夕です。えっ!と言われる人もいるでしょうが、「伝統的七夕」というのです。笹に飾ったりして七夕祭りをするのはほとんどが新暦、梅雨の最中で星空は見えないことが多いのです。しかも、今年は星空は雲の切れ目からちょっぴり見えたのですが、満月でとても月がきれいでした。それで、国立天文台ではいわゆる旧暦7月7日、太陰太陽暦の7月7日を計算して決めています。今年は今日8月26日にあたります。くわしいことは世界天文年2009ホームページ をみてください。
夕方月を見ました。今日の月の入りは21時23分とのこと、暗くなって明かりを消して夜空を見上げました。おりひめぼし=こと座のベガ、ひこぼし=わし座のアルタイルが見えます。でも残念ながら天の川は千葉のここではあまり良く見えません。でも、しばし夜空をながめてちょっと感傷にひたりました。
 
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 左の写真は8月14日に撮ったものです。おとなりの物置にあって、クモの巣に葉っぱでも引っかかっているのだろうと思い、何の気なしに写真を撮っておきました。ところが今日の夕方、水やりにでてちょっと目にしたら!右の写真です。これはクモの卵の袋で、ちいさな、ほんとにちいさなクモの子どもがあふれでていました。おもしろいというか、やっぱり自然は不思議で美しい。昨夜仕事で半徹夜した疲れもどこかにいって、わくわくした日になりました。

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ステフィとネッリの物語

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ステフィとネッリの物語
1海の島
2睡蓮の池
3海の深み
4大海の光
アニカ・トール著
菱木晃子/訳
新宿書房 本体各2000円

 ナチスの支配のもと、スウェーデンは500人ものユダヤの子どもたちを受け入れました。この物語の主人公ステフィとネッリの姉妹もそのなかのひとりでした。1939年二人はスウェデンの西海岸の小さな島に別べつの家庭にひきとられます。父親は医師、母親は元オペラ歌手という家庭でなに不自由なく育った二人です。受け入れた家庭、ステフィはエヴェルトとメルタにネッリはリンドベルイとアルマ、どちらも漁師の家で、貧しくペンテコステ派の信者です。ステフィは厳格なメルタになかなか打ち解けることができませんが、けして、愛情がないわけでなく、亡くした娘の替わりのように思っている実直なメルタとやがて心をかよわせるようになります。ステフィは成績が優秀で自分でも父親のように医者になりたいと思い努力します。一方ネッリは母親譲りのすばらしい声をもっているかわいい子どもですが、ステフィのように成績が優秀でなく、幼くて父親のイメージもたしかでなく、自分はいらない子どもと思っています。ウィーンに残った両親はアメリカに渡ろうとしますが、病気になって機をのがし、テレジン収容所におくられてしまいます。3巻目でわかるのですが母親はチフスで命をおとし、父親も移送というだけで不明になって、消息はとだえてしまいます。ステフィは中学進学のためスウェーデン第二の都市イェーテポリで暮らします。けして良いことばかりではありませんでした。経済的な困難と差別のなかでなんども挫折しそうになります。ステフィのまわりの友人、同じユダヤ人、そうではないけれど貧しい労働者階級の人たち、豊かに家庭に育っているのに、この時代のなかで自分をみうしなってしまう人たちが描かれています。そして、ともすれば生きていくことの困難さに負けそうになるステフィに、具体的に提案し力をかしていくピョルク先生のような教師がいます。ネッリもまた、ステフィとちがう生きかた、それは決して悪いことでなく、自分らしく生きていくことを手探りで歩きだします。
 この物語はステフィとネッリの成長物語と読むこともできます。背景には戦争とその過酷な時代が描かれていますが、自分だけが生き残ってしまった、一体自分はその価値があるのか、私はだれになるつもりなのかと悩むステフィ。アメリカに生きていることがわかった父親に移住してくることをすすめられて悩むステフィに、養父のエヴェルトはこういいます。「人生は、なるようになるものさ。水平線のむこうには、常になにかあるんだ」ー4巻P292からー
 この物語を読んで、いまの日本の若い人たちにもこの言葉を贈りたいとおもいます。

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夏の冒険

 そろそろ夏休みもおしまいです。今年は湿気が多くて、暑いのにすっきりとした、そして、夏のチリチリという暑さというわけにはいきませんでした。お天気、地震、インフルエンザとでかけるにも大変、まして子どもだけで冒険することはできないことになってしまいました。蝉が元気に鳴いていますが、捕虫網を振り回している子どもも見かけなくなりました。それでも青葉の森公園などでお父さんと蝉やトンボとりをしているのを見かけます。昔は子どもだけでよく遊びました。ただ、そのことはともすると事故にもつながりました。それでも親たちは子どもたちが外遊びをするのをとめませんでしたし、子どもはそのなかから大きくなっていきました。
 つぎの絵本のかんたもおっきょちゃんも楽しい冒険をしましたが、ちゃんと無事に帰ってきました。
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「めっきらもっきらどおんどん」
長谷川摂子・文
降矢なな・絵
福音館書店 本体800円

 かんたは遊ぶともだちがいなくて、ひとりでお宮に来ていました。つまらなくて大きな声で、でたらめ”めっきらもっきらどおんどん”と言ってみたらなんと木の根元にあいていた穴に吸い込まれてしまいます。ここはどこでしょう。向こうからへんな人たちがやってきます。でもおもしろい人たちでした。遊んで!遊んで!でも、ちょっとつかれたなぁ。かえろうかなぁ。さあ、どうやってかえるのでしょうか。

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「おっきょちゃんとかっぱ」
長谷川摂子・文
降矢なな・絵
福音館書店 本体800円

 この絵本で主人公のおっきょちゃんは川をのぞいていて川の中へ、川底の世界はかっぱの街でした。はじめはなじめなかったのですが、やがて仲良くなってお祭りにもでかけます。でも、そのままいてはいけない、おっきょちゃんはかっぱの子どもになってはいけません。どうやって家に帰るのでしょうか。この絵本ではスイカがだいじな働きをします。
 同じ夏の冒険のおはなしでもつぎの絵本は少しちがいます。でかけた途中でおもいもかけないことがあってこわい思いもしますが、ちょろりんはがんばります。
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「ちょろりんととっけー」
降矢なな・作
福音館書店 本体800円

 この絵本でのちょろりんは偶然に大変なことにあうのではありません。地図も食料ももってでかける、準備はOK。でも、だめだといったのに弟とっけーがこっそりついてきます。旅には思いがけないことがつきものです。最後にはちょろりんはすこし大きくおにいさんになりました。
 3冊とも福音館書店の「こどものとも」でだされ、いまはハード版になっています。「めっきらもっきらどおんどん」はセンダックの「かいじゅたちのいるところ」にお話が良く似ていて、3、4歳のこどもたちにも人気の絵本、「おっきょちゃんとかっぱ」は日本の土俗的な世界が良く描かれています。「ちょろりんととっけー」は物語もすこし長いのですが1、2年生の子どもたちの気持ちにぴったりのおはなしで読み終わった子どもの満足そうな顔、夏休みが終わった元気な子どもたちの顔とかさなります。
 私は降矢ななの絵が大好きで、子どもになった気持ちで、いつも、なんども読むたびに楽しい気持ちになります。でも、おとなの心も絵にはしっかり描かれています。

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海からのおたより-2009年8月

    寒川神社の御浜下り

 街角で寒川神社のお祭りのポスターを見つけました。今年も20日にお神輿が海に入る「御浜下り」が行われることを知って見に行きました。
 寒川神社は旧千葉郡寒川村に古くからある海の神様です。寒川港は佐倉藩の年貢米を江戸に送るための御用港として、またハマグリなどの漁業で栄えた港でした。寒川の沖を通る船は帆を半ばまで下ろし「礼帆(れいはん)」といって敬い、馬で神社の前を通行するものは馬を下り「下馬の礼」をとったと伝えられています。白砂青松の出洲海岸にお神輿が下りるさまは漁師町・寒川の誇りだったそうですが戦後、海岸はすっかり埋め立てられてしまいました。現在はいちばん近くの浜である千葉ポートパークまでお神輿を車で運んで御浜下りをします。今年は御浜下り復活10周年、千葉市の無形文化財に登録されました。
 千葉ポートパークはふだんから自然観察やゴミ拾いでたびたび訪れているところですがこの日はお神輿の担ぎ手や観客でいつもとはかなり雰囲気が違っていました。夕方6時、すでにお神輿は海岸に到着しており、海岸には笹で囲った舞台が作られ、巫女の「豊栄の舞」・「浦安の舞」が奉納されていました。

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 舞の間にあたりはだんだん日が暮れて暗くなっていきます。寒川船業協同組合の紅白の餅投げのあといよいよ御浜下りです。担ぎ手が手締めをして海に向かいます。この手締めがちょっと変わっていて普通の三本締めではなくて「シャンシャンシャン、シャシャシャン、シャン・シャン」これを3回繰り返します。

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 (寒川神社HPによると「寒川〆」というそうです。)あたりはすっかり暗くなりました。以前見たとき(8年前)は膝ほどの深さまでしか海に入りませんでしたが今年は胸のあたりまで海に入り高くお神輿をかかげていたので勇壮で見ごたえがありました。派手なお祭りではありませんが古くから寒川の海を見守ってきた神様を大切にしていきたいと思いました。涼しい風が心地よく、秋の気配を感じました。千葉は妙見祭り(だらだらまつり)、登渡神社のお祭りとお祭りが続きます。
 
      どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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Eggs夜明けなんて見たくない

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「Eggs 93夜明けなんてみたくない」
ジエリー・スピネッリ
千葉茂樹・訳
理論社 本体1500円




 デイビットは9歳、母親を亡くして祖母と一緒に暮らしています。母親の死は父親を悲しみから仕事人間にし、ディビットは殻に閉じこもり心を閉ざしてしまいます。イースターのお祭り、卵探しにいったけれどいじわるされたデイビッドは一つも見つけることができませんでした。それどころか、公園の奥まで入っていって、落ち葉のかげに卵と一緒に死体を見つけたと思い逃げ帰ってしまいます。死体とおもったのはプリムローズ、彼女は自称占い師の、でも少し精神に変調があって娘のことを考えもしない母親と暮らしています。。差別といじめ、その中からプリムローズはなんとか自分の居場所を見つけたいと思い、廃車を使った家にぶつけられた卵をぬぐいとり、家らしくなかを飾ろうとします。その資金稼ぎにデイビッドはプリムローズの手伝いに誘われ、一緒に夜の街を彷徨します。その二人を静かに見守っているおとながいます。冷蔵庫ジョン、生まれつき足に障害があり、廃品のなかから自分でリサイクルをして作った家「屋敷」に住んでいて、二人の廃品を買うだけでなく話を聞いてくれます。
 卵のからで心をとざしているデイビットと、投げつけられた卵をぬぐいとることで、自分をたもとうとするプリムローズだけでなく、都会のなかで必死に生きていながらともすれば自分を見失ってしまいそうになるおとなたちも孤独です。デイビットとプリムローズはけんかをし、時にはおたがいをずたずたにするほど傷つけあい、でも、そのなかからふたりは少しずつ心を通わせていきます。
 最後の冒険のシーン、二人を迎えるおとなたちの場面はとても感動的です。デイビッドには母親の声だけでなくほかの人たちの声も聞こえてくるようになります。その人たちの声は母親が亡くなってしまったあとの大きな穴を「埋める」ことはできないけれど、デイビッドが穴の中に「落ちてしまう」のを防ぐことはできると作者は書いています。

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父と子のものがたり

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「大きな大きな船」
長谷川集平
ポプラ社 本体1200円




 作者はこれまでも父と息子との物語を絵本にしてきました。この絵本に登場する父親はまわりによくいそうです。いわゆる企業戦士、いまは不況なのでサービス残業も含めて、仕事に明け暮れている父親はたくさんいます。ふと気がついたら子どもたちは何を悩み考えているかわからない、たまにの休暇にそんなこと知り愕然とします。
 息子にいわれます。無理をして母親の役割をしなくともいい、と。この家族の今に母親はいません。”母さんは泣いていた。””よく口笛をふいていた。”息子にそう言われて思い出しますが、母親は死んでしまったのか、家を出ていってしまったのか、この絵本の中では「〜だった」という存在です。思わず涙してしまう父親、”無理をしなくてもいい”とクールに言う息子です。息子はやさしい、というか息子もまた、日本の男です。2人でおもいきりかっこよく港通りを歩きます。
 見返しにはボート=小舟に乗って海に漕ぎだしていく父子が描かれています。カバーのそでのところにはシャンソン「ラ・メール(海)」を口笛で吹く、この絵本は青=父さん、黄=母さん、赤=子どもの3色で描いてあることの作者のコメントが載っています。

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肝っ玉かあさんにはかなわない

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「ふくろのなかにはなにがある?」
ポール・ガルドン再話・絵
こだまともこ訳
ほるぷ出版 本体1400円

 きつねが大きな袋を担いでいます。その袋のなかにはふとったハチが入れてあります。まず、ちっちゃなちっちゃなおばさんのところにいって、袋をあずかってくれるようたのみます。でも、ぜったいのぞいたらだめ!気のいいおばさんはひきうけます。気のいいおばさん、だめと言われればのぞきたくなるのが当たり前、のぞいたとたんハチは逃げ出し、しかも、おばさんのニワトリがそのハチを飲み込み食べてしまいます。そこへ帰ってきたきつねは約束を破ったと、ハチのかわりにそのニワトリを袋に入れて持っていってしまいます。そうです、これはきつねの悪だくみです。でも、そう簡単にいきませんでした。最後には肝っ玉母さん大活躍。
 昔話のいわゆるぐるぐる話です。でも、アメリカの絵本らしくスピード感いっぱいに描かれています。そして、訳もそれをそこなわないように楽しくおもしろくなっています。紙の違いでしょうか、いままで出版されていた作者の絵本とくらべて、絵はとても鮮明になっています。
 9月になって学校がはじまりますが、なかなか調子がもどらない子どもたちに読むのもお薦めです。

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もう秋の空

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 たのまれた原稿に取りかかるのが少し遅れてしまったから、一日家でこもって作業をした。今年は体調があまり良くなくて、なにをするにも時間がかかってしまう。このお休みのはじめの頃にお墓参りに行って、熱中症にならないように充分気をつけたつもりなのに、やっぱり途中で気分が悪くなり、早々と帰ってきてしまった。それで、すっかり予定が変わってしまった。
 今日の空はもう秋のようす。夏雲のかわりに真綿をひいたような雲が、空いっぱいにひろがっている。明日からは普通の生活がはじまる人たちも多いので、電車も混むことだし、取次ぎに行くはずだったけれど少し延ばすことにした。
 「本屋からみた、子どもの本事情」を書き上げる予定、うまくまとめられるかな?

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8月15日に

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 ひどく暑い一日になった。夜中、月が明るくて流星を数えることができなかったけれど、輝く星を見ながらある人のことを思った。記号にするのは不本意だけれど、あまりあきらかにしたくないとのご家族の意向もあって、仮にAさんとしておこう。
 先月Aさんはひっそりと亡くなったと、しばらくいろいろなお手伝いをしていた人から連絡があった。ひと月ちかく前にたおれて意識のないまま亡くなったとのことだった。
 Aさんとはどれ位前からのおつきあいだっただろうか。20年以上も前、店で2歳くらいからの幼い子どもたちと母親に「おはなし」をしたり本を読んだり、その時の主力のメンバーだった。その後、近くの保育園に「おはなし」の出前に行くようになった時も、中心になっていただいた。Aさんの「おはなし」は風貌に似合わず骨太で、特に中国の昔話が楽しかった。自宅でも毎日文庫をしていたとのことで、毎日?と驚いて聞いたとき、娘さんが3歳の時の高熱が原因で知的障害があり、その娘さんと遊びに来る友だちのために、”毎日文庫なのよ”。その後、子どもたちの自立のため、千葉市でグループホームをつくる運動をして第一号になった行動力のある人だった。
 Aさんはたくさん本を読む、ファンタジー的なものが好きで、よく安房直子の本の話などもした。その他、戦争に関した児童文学もかならず読んでいた。できるだけ買って、けれどそれらの本は惜しげも無く他の人にまわしたりあげたりする、その理由はAさんの少女時代に体験したことからだった。
 ある日、店の作業スペースでおはなし会の打ち合わせをしていたとき雷がひどかったことがある。私も雷は嫌いだけれど、その時のAさんの顔は恐怖でいっぱい、驚いた私に”雷の音は焼夷弾の音なの”
 Aさんは私にとっては歳の離れたお姉さんの世代で、私は戦争のことは知らないけれど、Aさんは女子学生として工場で勤労奉仕をしていた。そして空襲、大森で焼夷弾がふるなかを逃げ回り、”焼夷弾の音は雷の音、バリバリってね”。男手のない所帯のなかでの生活と苦労の話。
 最近は緑内障でほとんど見えなくなっていても本を手放さなかった。いよいよ読むことが難しくなって、”でも、持っているだけでも嬉しいから”と「たそかれ」(朽木祥・作)を贈った時のお礼の電話が最後になってしまった。
 私も家族を次々に見送ったりしてできなかったことなのだけれど、Aさんにあの大森での体験の「聞き書き」をしておけばよかったのに、それがいまはとても残念に思う。
 

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ニセモノ食品作り最前線

  食品添加物は善か?悪か?うまく付き合うには?

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「ニセモノ食品作り」最前線
ー激安の裏に「添加物」!!
別冊宝島1519ノンフィクション
宝島社 定価980円

 安い食品の代表といえば、即席麺やコンビニのおにぎりでしょう。助かりますし、その値段と品質は「企業努力」で維持されています。そのために「食品添加物」が使われているのは当然でしょう。だいいち添加物なしの食品では、常温下でたちまち腐敗してしまいます。添加物な 別冊宝島では「食品のカラクリ」をシリーズで出しており、その11に『「ニセモノ食品」作り最前線』があります。この本の特徴は、理科の実験さながらに、食品を実際に添加物で加工し、図解までしていることです。監修は「ドクターくられ」となっており、薬理凶室のメンバーです。薬理凶室は「第一線の先端技術を民生品で代用する方法を数多く編み出したり、そういった技術を分かりやすく伝えることで定評があり」数々のアブナイ実験を手掛けているグループです。                        
 この本に紹介されている加工食品は、誰でも作ることができます。こういった実験は学校教育でも取り入れられ、NHKの高校講座の家庭科でもやってました。それこそラーメンスープ、ジュースから、しょうゆ、おにぎりごはんまで載ってますし、功罪も解説してます。驚くのが、ジュースの糖分の量です。 500mlに47gペットボトルの1〜2割が砂糖か、それより安い果糖ブドウ糖液糖です。そのままでは甘すぎて飲めませんが、実験でクエン酸かリンゴ酸や酒石酸を加えると、おいしいジュースになるのだそうです。即席麺スープで驚くのは塩分の量です。 100mlに2.5g〜3gで塩辛くて飲めないが、グルタミン酸を 0.03%加えると、塩味がマスキングされてマイルドになるのだそうです。塩酸にも触れています「強酸でありながら揮発し…加熱すれば除去」できるので、缶詰用のみかんを投入するとセルロースが加水分解し甘皮が溶ける。加圧すると粒と粒をつなぐセルロースも分解でき、ツブツブみかんができる。「因みに胃袋の胃液も、塩酸である」
 「化学調味料不使用」食品には「たんぱく加水分解物」が入ってます。アミノ酸が長く繋がったたんぱく質を、塩酸と高圧で加水分解すれば、羽毛からでもチキンエキスが作れる。SF映画の食品工場が可能なのです。しかし「塩酸で処理をすると、一体どれだけの塩素化合物が出来ているのかよく分からず」「なにせ加工食品のほとんどに<たんぱく加水分解物>は使われてるので…ちりも積もればけっこうな量となる」「むしろ化学調味料のほうが安全性が明確にされてる」まったく、うかうかできません。
 「ならばどうすればいいのか?」「あとがき」には「逃れられないのであれば、知識を付けて、適度にうまく付き合っていくという他にありません」とありました。  
         高橋峰夫

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この子 なんの子?魚の子

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「この子 なんの子?魚の子」
たくさんのふしぎ 2009年9月号
吉野雄輔 文・写真
福音館書店 本体667円


 
 まるでほおかむりをしているような魚が”ねぇ、ねぇ、遊ぼうよ!”というように向かってきます。
クマノミの成魚とのことです。水中カメラマンが魚の不思議のひとつを教えてくれました。子どもの魚と成魚が似ても似つかぬということ、この魚の親はどれ?と写真が載っています。なんとなくそれらしく思えるものもありますが、驚くくらい違うのもあります。色はもちろんのこと姿、形まですっかり違ってしまっている魚もいます。ふしぎ、ふしぎ!この本にはそれがどうしてなのか、どんな海の中に住んでいるのかは書かれていません。著者はこれからもキャンピングカーで日本中の海の魚を撮ってあるくのだそうです。

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 家の近くにユリが咲いているのを見つけました。雨と雷とおまけに地震、昨日は出かけなかったので、今朝見つけました。塀の際に咲いています。種がとんだりして時にびっくりするようなところに花が咲いていたりしますが、ユリは球根、どこからか飛んでくるわけないし、どうみても植えたとは考えられません。とてもきれいに咲いています。
 今夜は「ペルセウス座流星群」が見えるとのこと。空は雲も多いけれど、星も見えます。うまくいけば何個か見ることができそうです。
 わたしたちのまわりには不思議がいっぱいです。

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どうしてちがでるの?

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「どうしてちがでるの?」
ソ・ボヒョン文
田島征三絵
おおたけきよみ訳
光村教育出版 本体1500円

 韓国からの科学の絵本2冊目です。田島征三の絵はすっきりとしていて、かわらずユーモアがいっぱいです。
 男の子がころんで”うわあ あ あ!”ひじとひざから血がでます。血はどうしてでるのでしょう。息を吸ったり吐いたり、心臓のはたらきで体に酸素が取り込まれます。食べ物を食べることで体に栄養が取り込まれます。その酸素や栄養を体中に運ぶはたらきをしているのが血です。また、血は健康なら固まってかさぶたを作りばい菌が入らないようにして、そのうち新しい皮膚ができると、かさぶたははがれ落ちます。ちょっとしたきりきずなら、絆創膏などをきりきりと貼らないで、空気にさらした方が早く治るといいます。そういえば、手術をした後も、いまはできるだけ早く歩いたり、体を動かすようにするほうが治りが良いといわれます。気分的にもケガをしたときなど、はやく血が流れないないほうが良いです。血がタラタラとでるのをみると痛さも増すように思います。
 男の子はかさぶたも剥がれてルンルン気分で自転車に乗っています。でも、ちゃんと前をみないと、ほら!ころんだ。”うわ あ あ あ!

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ダーウィン

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「ダーウィン」
文/アリス・B・マクギンティ
絵/メアリー・アゼアリアン
訳/千葉茂樹
BL出版 本体1600円


 チャールズ・ダーウィン生誕200年の今年、また、新しい伝記の絵本がでました。この絵本には「日記と手紙にかくされた偉大な科学者の努力と夢」という副題が記されています。絵は「雪の写真家ベントレー」でコルデコット賞を受賞した、版画で絵本の形のダーウィンの伝記です。
 ダーウンは落ちこぼれというより、自分が何をすべきか良くわからず、厳格な医者の父親になかなか認めてもらえなかった少年時代をおくりました。ただ、いろいろのものを収集するのが大好きででした。そして、植物学のヘンズロー教授と親しくなり、父親の反対を押し切ってビーグル号での航海にでかけます。ガラパガス諸島で集めた鳥についての研究、そして田舎の家「ダウン・ハウス」で綴った秘密のノートから<すべての種は変化するという進化論>を発表します。いまこそ、神の存在ということとは別に人間はサルから進化したという考えかたにはあまり抵抗がありませんが、その頃はは大変な抵抗がありました。
 壮大な自然のなかの人類の存在に思いをはせながら、暖かみのある木版画で描かれたこのダーウィンの伝記絵本をゆっくり読んでみましょう。


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64年目の8月6日に

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「ひろしまのピカ」
丸木俊 文・絵
丸木位里 協力
小峰書店 本体1500円


 平凡であることを悲しんではいけない
 平凡であることを笑ってはいけない

 一日がまわる
 顔を洗って、食事をして
 急いで部屋の鍵を閉めたり、開けたり
 ついでに心の鍵も
 いつもの電車 いつもの時間
 帰るところがあって、行くところがある毎日の繰り返し
 平凡であることを嘆いてはいけない

 一瞬の閃光と熱風に
 黒い風が吹き上げ、黒い雨が降りそそぐ
 
 平凡であることを忘れてはいけない
 平凡な未来を人々から奪ってはならない
 

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夏の夜明け

 8月に入り、そろそろ人も動き出しました。駅は人でごったがえしていますし、特に子どもたちを連れてお出かけの人たち、部活などでしょうか10代の子どもたちがあつまっています。自然の中で、体験することも多い夏です。
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「よあけ」
ユリー・シュルヴィッツ作・絵
瀬田貞二・訳
福音館書店 本体1200円

 自然と接することが少なくなってしまった現代、しばしそのなかに身をおくことはとても大切なことのように思います。この間のように太陽を追いかける「動」の経験も良いのですが、夜空の月と星、そして夜明けの静けさ、自然がゆっくりと目覚めていく「静」の経験も大切だと思います。
 静かな湖に繰り広げられる自然のドラマ、おじいさんとまごがその湖にくりだしていく、くろぐろとしていた山並みに陽が昇り湖に光があたるようすは息をのむほど美しく、簡素な瀬田貞二さんの訳はその様子を味わい深く語っています。
 子どもだった頃父につれられて山の頂上で夜明けを迎えたことがあります。ご来迎で遠くの山々に赤紫の雲がたなびき、一生忘れられない経験をしました。その時はあまり意味がわからなかったけれど、静謐ななかに身をおいてみたこの経験は、それからの私を強くしてくれたように思います。
 作者の思い出が描かれている絵本「おとうさんのちず」(ユリ・シュルヴィッツ作/さくまゆみこ訳/あすなろ書房)も昨年の秋に出版されています。

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夏はいそがしい

 クモのはなし
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「クモのいと」
新開孝 写真・文
ボブラ社 本体1200円




 朝水をやりに裏庭に行ったら、お隣の物置にみごとなクモが活動している最中でした。前には家の中に小さなクモはもちろんのこと、大きなクモがいました。去年家の外壁塗りでいろいろな生き物がいなくなってしまい、気にかけていました。ヤモリやカマキリなどは今年も見かけてひと安心していたのですが、クモだけはあらわれません。久しぶりに大きなクモをみて、しかも食事中、ということは活発に活動しているということです。ただ、このクモは家にいたクモではありません。
 「クモのいと」の見返しに載っている種類をみると、家の中にいたのは「イオウイロハシリグモ」みたいな地味なクモで、これは「ヌサオニグモ」のよう、きれいな模様があります。写真をとったらびっくりしてせっかくの獲物を落としてしまいました。気の毒してしまいました。あとでまた、行って見たらそのままじっと、次の獲物を待っていました。
 今年は裏庭に小さな生き物がたくさん訪れます。草取りをしないで、雑草でボウボウにしたままにしておいてあるからのように思います。当然草花やハーブなどは虫食いだらけです。この方がなんか楽しいように思いますが、それは草取りをさぼっている言い訳かもしれません。

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ルルと魔法のぼうし

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「ルルと魔法のぼうし」
スーザン・メドー作
おおつかのりこ訳
こやまこいこ絵
徳間書店 本体1400円


 ルルが一緒に住んでいる家族は手品師たちで、この一族には同じ代でほんものの魔法使いがひとり生まれるといわれています。もちろんこの手品師の家族に拾われ育てられたルルは、ほんものの魔法使いのわけがありません。ある日不思議なぼうしをみつけました。どうもそのぼうしは魔法のぼうしらしく、ルルかがそれをつかって手品をするとなぜか大成功、大人気ものになりました。ところが犬のコッチョがぼうしのなかからでてきません。コッチョはぼうしのなかからいろいろのもの追い出し、また集めてぼうしの中に戻すことができるのです。いろんなものがでてくるルルの手品はコッチョの手伝いがなくてはできないのです。ルルはコッチョを探しにぼうしのなかにはいっていきました。
 ストーリーはとっても単純でちょっと冒険もあり楽しく読むことができます。いたずら好きのアールという男の子が話をおもしろくしています。ただ残念なのは表紙の絵は女の子のルルなので男の子は手にしない、いたずらっ子アールも描いてあったらなぁと思います。(3年生位から)

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反戦詞華集

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「詞華集 生きていてほしいんです」
ー戦争と平和
田中和雄・編
童話屋 本体1250円




 あたらしい詩文庫の一冊はタイトルどおり41編の反戦詩がはいっています。トップは谷川俊太郎の書き下ろし詩「戦争と平和」です。やめられない自分にうんざりしている夫の戦争、妻の平和は今日もそんな夫と暮らしていて、私を大切にしてくれないと夫の戦争に腹をたてています。爆撃機がそばをよこぎりながらもつづく日常。夫は心のなかでは、生まれて来る子どもは母親似であってほしいと思います。作者特有の皮肉と静かな怒りををこめて書かれた反戦詩は現代の日本、そしてわたしたち自身をあらわしているのでしょうか。<水ヲ下さい 水ヲ・・・・>あの日からずっと渇きつづけているのです(「渇き」谷川俊太郎)より。
 夏がくると「戦争と平和」に関したことが湧き出てきて溢れます。私は以前はそんな世の中を嫌になり、嫌になっている自分自身が嫌になっていたけれど、近年、そんな気持ちをきちんと意識しようと思っています。いつもは毎日の生活に取り込まれてバタバタとしている、せめて夏がきたときには、いま自分はどんなところにいるのか確認しようとおもいます。

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