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FMラジオで話してきました

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 雲の多い一日、でも時々きれいな青空が見え桜の花が揺れています。それなのに、陽のなかに雨がぽつりと降ったり、変な一日でした。
 1ヶ月ほど前NHK千葉支局のアナウンサーの方が店に見えて、FM「まるごと千葉60分」で絵本の話をして欲しいといわれました。千葉支局は店の近くにあって、時々店の前を通り気になっていたとの依頼でした。ラジオに出るのは2度目ですが、前はやはりNHKラジオ全国放送、店のことが載った新聞記事を見て声がかかったようです。主として児童書専門店としての話で、準備も何もなくあっという間のできごとでした。突然のことだったのですが、ちょうど時間帯が朝の食事だったり通勤の車のなかだったりで、思ったよりたくさんのかたが聞いていらっしゃいました。今度は少し時間があったのですが、年度末でいろいろとバタバタしていて、皆さんに聞いていただくようにはほとんどしないまま今日になってしまいました。絵本はなんといっても見てもらわないとならないもので、それをどうやって放送のなかで話せるかだいぶ悩みました。絵本を読もうと思ったのですが、著作権の問題がありちょっと難しい、さぁ!どうやってとアナウンサーの方と話し合ったのですが、まあ、ともかくわたしの好きな絵本(新刊からとのご希望でした)を紹介しながらなんとかやってみようと思いました。
 若いアナウンサーの方のリードで子どもにとってどんなに絵本が大切なものになるのか、読んでもらうことはどういう意味があるのかということをなんとか話すことができました。
取り上げた絵本はトミー・ウンゲラー作「あたらしいともだち」、日野十成・再話/斎藤隆夫・絵「かえるをのんだととさん」トレイス・シーモア文/ハルパリン・絵「白い牛をおいかけて」です。どれもブログでとりあげた私の好きな絵本です。放送を聞いた人がどこかでこの本をみてくれるといいなぁと思っています。忙しいければ忙しいほど絵本を読んで欲しいと言ったのですが、ちょっとでも関心をもってもらえたらいいなぁと思います。

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おばけのジョージーてじなをする

おばけのジョージーまたまた大活躍です。

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「おばけのジョージーてじなをする」
ロバート・ブライト作・絵
なかがわちひろ訳
徳間書店 本体1200円




このシリーズも4冊目になりました。そのなかでもおおてがらをする巻に人気があります。いつも話すことですが、この本の型が少しなまいき?さんになってきた子ども、一人で文字を読みたい気持ちの年齢の子どもにちょうど良いのです。絵本でもなく、しいていえば絵物語とでもいったら良いでしょうか。各ページに絵が大きくあって、しかも文もしっかりあるのだけれど、行間があいていて読み易い、内容もちょっとドキドキしたりユーモアがあってと、1年生前後の子どもたちの注文です。
 ところで、この巻のおはなしは村の牛小屋が火事で焼けてしまい、新しく建てることになります。ジョージーが住んでいる家のホイッティカーさんは手品をすることになるのですが、いくら練習してもできません。そこで、ジョージーが手助けをします。なんといってもジョージーはおばけなので大丈夫、なかよしの友だちと協力して大成功です。かわいいおばけのお話です。
いま、福音館書店では、このジョージーの絵本が復刊されています。


9784834007251

「おばけのジョージー」
ロバート・ブライト作/絵
光吉夏弥 訳 本体1100円

地味な色の絵本ですが、素朴でいかにもおばけらしくて私はなかなか捨て難い絵本です。子どもたちはギィーとなるところが好きです。限定復刊なのでお求めは早めに。

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作家朽木祥さんのお話

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朝は少し寒かったけれど、とても春らしい良いお天気になりました。足踏みをしていた桜も開いてきれいです。桜は春の青空に映えます。
 今日は朽木祥さんのお話をお聞きする日にしていました。昨年からの念願の日でした。あまり大きな講演会でなく、少人数でお互いの顔が見える集まりを計画していました。昼間仕事がある方がいる定例の勉強会では、時々編集者や出版社の営業の方や作家や画家の方のお話を聞くことを計画します。けれど、夜はお出でいただくのに限度があり、今年はなんとかお休みの日に計画したいとおもっています。
 朽木さんは「かはたれ」「たそかれ」「彼岸花はきつねのかんざし」で小さな者、かっぱやきつねを主人公にして、物語を書いていらっしゃいます。(妖精物語もあります。)
 「かはたれ」のもうひとりの主人公、母親を亡くした麻という少女の”自分はこうみえているのに、人はちがうふうにみえている”という子どもとして自分がたっていることのあやうさについて話されました。また、”人の命のもつさみしさ””人を恋する気持ち”はもうひとつのモチーフです。朽木さんが育った広島での原爆(朽木さんのお母様は原爆が落ちたとき13歳だったとのこと)のこと、戦争のことは声高でなく、静かにしつこく語らねばならないと考えていらっしゃるということなども話されました。
 とはいうものの、お話はとてもユーモアいっぱいで時々笑いにつつまれました。そして、ご専門のアイルランド文学と詩、おすきな森鴎外の作品について、たくさんの書名をあげてのお話でした。”一冊の本はつぎの本の道案内、だから本のなかの注に力をいれる”とのお話にはおおいにうなずけます。キーツの詩から、”耳に聞こえる音楽は美しいけれど、聞こえない音楽はもっと美しい”というお話も私はとても印象的でした。
 本を読むことではいろいろなことに出会えるうれしさと、そのことをめぐっていろいろの人と交流できる楽しみがあります。今日の集まりはとても楽しい会になりました。
 28日に出版された海が舞台の「風の靴」については、近いうちにブログに載せる予定です。

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アンデスの少女の夢

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「アンデスの少女ミア」
希望や夢のスケッチブック
マイケル・フォアマン作
長田弘 訳
BL出版 本体1500円


 アンデスの小さな村にミアは住んでいます。近くには大きな街があって、ミアのおとうさんや村の人たちは街へ行ってゴミを持って来て、それを再生して暮らしをたてています。いつかはレンガ造りの家を建てたいとおもっています。ある日街から帰って来たおとうさんが子犬を連れてきました。子犬は家族の一員になりました。けれど、ある日子犬がいなくなって探しにいったミアは、今まで行ったこともない所に迷い込んでしまいました。そこでは一面に白い花が咲いていて、ミアは夢のように思い、苗を持って来て家で育てました。ミアの育てた花はみごと咲いてゴミの村をきれいにします。そして、ミアはおとうさんが街に行く時に一緒に連れて行ってもらいました。花を売るためです。
 ミアと家族の夢を描いたこの絵本は、読む人の心に希望の灯をともします。山の尾根から街をみるミア、雪の中で愛馬サンチョところげて遊ぶ場面、粗大ゴミがミアの植えた白い花で一面におおわれる場面、ミアの希望と夢のとてもうつくしい場面です。

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ベルおばさんが消えた朝

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「ベルおばさんが消えた朝」
ルース・ホワイト作
光野多恵子・訳
徳間書店 本体1500円


 50年代のアメリカの小さな町、12歳のジプシーの家と同じ敷地にあるおじいちゃんの家にいとこウッドローが引き取られて引越して来ました。ウッドローも12歳、母親同士が姉妹だけれど、二人の育った家はとても対象的です。ウッドローの家はジプシーの家から離れた山の際にあり、父親は貧しい炭坑夫、母親はある朝起きたままの姿でいなくなってしまいます。ようとして行方がわからないまま、父親はアルコールにおぼれウッドローは母親の姉にあたるジプシーの家に引き取られます。一方ジプシーの家はお金持ちで、母親もジプシーも大変な美人、なにひとつ不自由がないようですが、ジプシーの父親はすでに死んでいない、義理の父親にはなかなか心を開くことができません。そして、時々みる悪夢に苦しめられています。
 ウッドローは斜視です。本が好きで母親に良くお話を語ってもらっていました。そのためかウッドローは目に見えない世界を感じたり想像することができるといいます。
 ジプシーもウッドローも心に傷をもっていて、それには、二人のみならず母親同士から続いてきた確執がありました。二人はその物語を確かめながらお互いの絆を強くしていきます。
 ジプシーの義理の父親はさりげなく、けれどしっかりと描かれています。”きみがきみらしく生きていれば、いつだってだれよりも輝いていられるはずだ。”とはげます言葉(P192)それと、とてもきれいな声で歌う眼球のない浮浪者のようなペニーさんが、見かけだけにまどわされず、見えないだけにほんとうをみていることを知るなかで、ジプシーもウッドローもパパやベルおばさんが二人を捨てたのではない、”ただ、苦しみが愛より大きかっただけなのだ”(P262)と思えるようになります。ジプシーが死んだパパが大切にした長い髪を切る場面、ウッドローが空を見上げながら母親と語りあったことを話す場面など、二人の気持ちが良く描かれています。
 とかく、幼い時のトラウマから逃れられない、一生癒えない心の傷とか、現代も事件があったりするとよくいわれます。でも、こういう物語を読むと、その中にも人が人らしく生きていこうとする力、魂の力があり、それに信頼していくことが最善のことだ、それが物語の力なのだとおもいます。

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海からのおたより 2009年3月

 最近の千葉ポートパーク

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千葉ポートパークは千葉の中心部からいちばん近い海です。人工の干潟ですが潮干狩りができ、意外にたくさんのいきものがすんでいます。
 久しぶりに大潮で潮が引いたポートパークの干潟を歩いてきました。潮干狩りをする人を何人か見かけましたがほとんど採れていないようでした。わたしも砂を掘ってみましたが、どぶのようなにおいがしてアサリなどの貝は見つかりませんでした。高潮対策の工事のせいなのか昨年夏の青潮のせいなのかわかりませんがすっかり泥っぽくなってしまいました。
 そのかわり大量に発生していたのがカサネカンザシというゴカイのなかまです。コンクリートの護岸にびっしりとついています。白い管状の殻の中にゴカイ(ミミズのようないきもの)がすんでいるのです。これは異常発生です。いろいろ調べてみましたが船の底に着いて害をおよぼす外来種、としかわかりませんでした。カサネカンザシがびっしりついた石の間に黄色いアメフラシのたまご(海ぞうめん)が産みつけられていました。
 「えるふ」で観察会をやって5年たちました。その間、海水面は徐々に上がり、干潟は泥がだんだんと積もってだいぶ海のようすが変わりました。
これからも観察を続けていきたいとおもっています。

        どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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トビー・ロルネスの冒険

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「トビー・ロルネスシリーズ」
1空に浮かんだ世界
2逃亡者
3エリーシャの瞳
4最後の戦い

ティモテ・ド・フォンベル=作
フランソワ・プラス=画

伏見操=訳
岩崎書店 本体各900円

 1.5ミリの小さな人トビー・ロルネスの冒険物語が完結しました。少し時間をおきながら出版されたので、”もう!前は忘れちゃうよ”と子どもたちにはいわれてしまいましたが、楽しみに待っていた読者がいました。(08年9月13日のブログに紹介)1巻の始まりのトビーは7歳で大きな木の世界に住んでいました。父親シムは学者であたらしいエネルギーを発見していました。そのため、木の世界の支配を目論む者たちに追われる身になります。しかも親友のレオもどうしたことかトビーの命をねらいます。でも、最後までトビーは両親を助け出すことと、冒険の途中で行き会ったエリーシャの愛を信じて大きな木の世界を救おうとします。何度も捕まり、脱出、そして草原の民に助けられ勇気をふりしぼって生きていきます。ジョー・ミッチとの対決、親友だったレオとの決闘、木の命がつきかけた時、トビーの冒険はやっと実を結びます。
 たくさんの登場人物がめまぐるしく活躍し、あっちこっちへの移動と、そのなかでおとなになっていくトビーと仲間たち、できれば4巻一気に読みたい物語です。また、大きな木という舞台のなかの物語なので、読みながら映像にしたらおもしろいだろうなぁとも思いました。正と悪という二元論の物語なので、10歳位から冒険物語として読み楽しむことができます。この春休み、5月の連休など緑も豊かになる長い休暇におすすめの本です。

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大きな木のような人

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「大きな木のような人」
いせひでこ
講談社 本体1600円


深い感動をあたえた「ルリユールおじさん」の続編のような絵本です。パリの植物園、日本人の女の子さえらはひとりの植物学者に出会います。さえらはおじいちゃんへのプレゼントにひまわりが欲しくて取ろうとしますが、もちろんいけないこと、見つけられかわりにひまわりのタネをもらい育てます。それからのさえらは植物園に居場所を見つけ、働いている人と仲良くなり、見学者の案内までするようになります。一年が過ぎ日本に帰る時がきました。心の中に大きな木をもって。木は誰もの心にあってそれを育てていくことで自分も大きくなっていきます。この本の大きな木は「プラタナスの木」ですが、250年もの間根を張って、人々を見守り支えてきた木です。
 夫のいないはじめての5月3日、私は一人で日比谷公園の憲法集会にでていました。五月晴れのきれいな青空の日、スズカケ(わたしにとっては実はプラタナスというよりスズカケの名前の方がしっくりします。)のちいさな実が風にゆれていました。そして、小鳥が木のうろに巣を作っていたらしく出入りしていました。しばらくぼんやりと眺めていて、はっと思いたちました。”あぁ!私は生きているんだ”と。近くの千葉高校にも青葉の森公園にも、うれしいことに大きな木が何本もあります。時々、私はただ立ち止まって仰ぎ見ます。

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ことりのゆうびんやさん

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「ことりのゆうびんやさん」
ニコライ・スラトコフ原作
松谷さやか ぶん
はたこうしろう え
福音館書店 本体800円


 ぼくのうちの郵便受けは木でできているので、鳥が巣箱にしました。キツツキが穴をあけたけれど、それをセキレイが自分の家にしてしまいました。郵便ポストになりません。小鳥の声もするようになりました。”のぞいてはいけませんよ!”もちろんネコもだめです。やがて小鳥も飛び立ち、巣だけが残りました。木の実や枝やいろいろのもので作られていた巣、また来年もきてね!
 この絵本はニコライ・スラトコフの「セキレイの手紙」を日本に置き換えて絵本にしたのだそうです。幼い人たちのかがくの本です。
 セキレイはわたしたちの身の回りでも良く見る鳥です。また、戸袋にムクドリがよく巣をつくります。一方屋根の構造が変わってしまったのでしようか、雀の巣をあまりみなくなりました。(雀そのものがあまりいなくなったようにおもいます。)
 わが家では春になったので、パンくずの入ったかごを木に吊るすのはやめました。また、寒くなるまでお休みです。でも、ヒヨドリがギャギャとベランダの物干竿に止まりねだってさわぎます。”もう桜も咲くのだから自分で餌を探しなさい!”と知らん顔をしていますが。
 でも、この気候の変動に鳥たちはどう感じているのでしょうか。

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春の嵐

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 大変な春の嵐の一日でした。朝、千葉高校のこぶしの花が風に大きく揺れて、青空の中とてもきれいでした。門のところのまだあまり大きくない桜は満開です。はじめこの樹は梅の花も咲くし、散ってしまうとすぐに今度は桜の花が咲くのでびっくりしました。そんなことはありません。2本の樹がくっついて、枝が交差してあるのでそんなふうに見えるのです。その樹の上の方には大きな桜の枝がはりだしています。こちらのほうも、もう蕾が開きかかっています。明日には花が咲くのではないでしょうか。
でも、お天気は悪くなるとか、雨にうたれたお花見になりそうです。
 強風に飛ばされそうになりながら、T図書館まで行ってきました。
福音館書店の限定復刊絵本の話をしたり、来年度の話をして帰ってきました。
 夜の暗がりのなかで、こぶしも桜の花も大きく揺れていました。いまもまだ、外では風の音が春の訪れをうなりながら告げています。

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生きることの意味とは

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「殺人者の涙」
アン=ロール・ボンドゥ
伏見操/訳
小峰書店 本体1500円

 この本は昨年末には手に入ったのに、今まで延ばしつつ読むことがためらわれました。暮れから新年にかけての気持ちの落ちつかない時に読むべき?本ではないと思えたからです。書名といい表紙の絵といい暗い物語か、しかも涙などと私にはちょっと苦手なタイトルなのに、なぜか気になり、とうとう本に呼ばれて読みました。
 チリの最南端の荒れ果てた荒野に一軒の農家があり、そこではポロヴェルド夫婦とパオロという一人の子ども住んでいました。パオロは両親と住んでいるとはいっても、自分の年齢も知らない、つまり愛情のこれっぽちも与えられたことがない子どもでした。もちろん毎日自然相手に蛇と遊ぶしかなく、友だちなどもいません。この農場にもほんとにたまに旅人が寄ることがあります。ある日訪れた旅人は天使と歓喜という名前アンヘル・アレグリアという殺人者でした。アンヘルはすぐにポロヴェルド夫婦を殺してパオロに穴を掘らせ、そのままその農場に住みついてしまいます。アンヘルはパオロを殺すことをしない、できずに二人は一緒に暮らし始めます。そこへ、一人の旅人が立寄ります。そのルイスは自分の居場所を探していて、この場所の近くに小屋を建てて住みたいといいます。
 パウロは生きて行く為にはアンヘルが必要なことがわかっています。それがたとえ自分の両親を殺した男だとしても。奇妙なことにアンヘルはパウロと暮らすうちに人間らしい感情が芽生えてきます。一方パウロにとってルイスは未知の世界をみせてくれる男でした。ルイスは本をもっていて詩を書き、パウロに本を読んでくれます。パウロは文字を習いたいと言いだします。
 物語は本と手紙と音楽、そして孤独と絶望と希望がその間を波のように繰り返し綴られていきます。アンヘルは処刑され、パウロは自由になったはずなのに、両親がうまっているあの荒野の農場へ帰ってきて生活していきます。荒野はかわりませんが、パウロが住んでいる家は本と音楽ときちんとした部屋と生活、やがて月日がたって結婚し女の子が生まれ、名前はアンヘリーナと名づけました。
 アンヘルはパウロのためにいくたびも涙を流す、読者はおもわず一緒になって涙を流している自分に気がつくでしよう。でもその涙は哀れみと絶望の涙ではありません。
 静かな、生きていくことの意味を考えさせる物語でした。

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プーカはなにもの

 「プーカと最後の大王」について伊東良徳の超乱読読書日記さんから読後感文が送られてきました。
たしかにプーカは何者かよくわからない、それにJJの子どもっぽいこと同感です。もしかしたら作者は続編を考えているのではないでしょうか?時間のない国へいってしまったその後とか!
JJは親としては自分勝手ですよね。自分の音楽、楽器のことしか考えていないというか。でもまあゆるしてあげましよう。ちょっと、ドキドキした楽しい物語でした。

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この絵本が好き!2009年版

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「この絵本が好き!」
2009年度版
別冊太陽編集部=編
平凡社 本体1143円


 毎年暮れの忙しい時にアンケートの依頼があります。こんな時にと言いながらも投稿する理由は、こういうものはデーター的な面もあるので、積み重ねが必要だと思うからです。2003年からはじまって7年目になります。2008年の絵本ベスト24冊、(国内11、海外13)今年は107名のアンケートが載っています。あの人がこんな絵本を推薦していた!とか、こんな絵本がベスト24冊にはいつているのだ!とつらつら見ているとおもしろいです。もちろんそれだけでなく、特集があって「五味太郎」「エリック・カール」「大道あや」「丸木スマ」そして、「初山滋と茂田井武」の作家たちのことが掲載されています。その他、出版界や絵本界の動向等、作品論などなかなか読み応えのあるのも、この本の特色です。それにしても、これらの絵本が5年後にはどんなふうに読まれているか、最後に発表「過去6年のこの絵本が好きーベスト1」を見て考えました。


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学校物語ーターザンロープがこわいー

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「ターザンロープがこわい」
ポークストリート小学校のなかまたち8
パトリシア・ラリー・ギフ作
もりうちすみこ訳
矢島眞澄 絵
さ・え・ら書房 本体1300円




 低学年向きの学校物語がこんなに続くのはとてもめずらしいことです。それに、シリーズものはだんだん読まれなくなっていくのですが、この本は愛読者がついていて、楽しみにしてくれます。登場人物が普通の子どもたちというより、時には落ちこぼれてしまうような子どもたちだから等身大に感じられるからでしょう。この8巻目もターザンロープに登るのがこわくてできないリチャード、けれど幼いながらもプライドがあってこわくて登れないとは言いたくない、そしていつもイライラと怒る怖い先生に知られるのはとても耐えられないと思っている、その子どもの気持ちが良く書かれています。はじめのうちはママが登ってはだめだといっているとママのせいにしてなんとかごまかそうとします。
 教室ではトカゲを飼うことになりました。ターザンロープに登るのは平気だけれどトカゲは恐い、えさのコウロギが怖くて触れない友だち、リチャードはみんなそれぞれに、にがてのことがあるのを知ります。そして、怖い先生の一声でターザンロープに挑戦し、半分は登れるようになります。
 嫌なこと、恐れ、などに対してこの物語に登場する子どもたちは元気でからっとしていますし、登場する先生も重く書かれていません。だから読んでいて、気持ちが軽く明るくなります。こんなところが
読まれる秘密なのでしょう。

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春だ!春だ!

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 一日とても暖かい日になった。久しぶりに窓をあけて掃除、何日ぶりだろうか!春らしい日のこと?それとも掃除のこと?もちろん掃除のことです。毎日の生活のなかで掃除が一番あとまわしになる。広い住まいでもなく、そっと歩けば良いしなどといいながら、ついつい先延ばしになる。読む予定の本が積み上げられて、隙間にはほこりがたまり、あっちのものをこっちへ動かしての生活だ。時々どうしょうもなくなると掃除機をだして、さぁ〜て!台所やトイレは汚れていてほしくないからまめに掃除をするのだけれど、床やテーブルは紙類と本がひたすら置いてある。だいいち私は猫と同じで掃除機が嫌いときている。でも、家の構造上、帚で掃除というわけにはいかない。
 いろいろの誘惑に負けずに今日は掃除ができた。開け放された窓から木いちごの白い花が春風に揺れていた。今日は気持ちの良い一日でした。

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生まれでる命と老いていく命

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「ハートビート」
シャロン・クリーチ作
もきかずこ訳
偕成社 本体1400円




タッタッ、タッタッ 12歳のアニーの走る音です。アニーは走ることと絵を描くことが大好きです。この物語は散文詩で書かれています。全編アニーの走る音、タッタッタッタッが聞こえてきます。そして、アニーの母親が体の調子が悪いようす、でもそれは、悪いのではなく赤ちゃんがおなかにいるためだとわかります。物語がはじまります。タッタッ、タッタッ 一方一緒に暮らしているおじいちゃんは日に日に物忘れがひどくなり、確実に老いていきます。アニーはおじいちゃんが大好きです。アニーの幼なじみのマックスも時にはいっしょに走りますが、マックスは気分屋でタッタッとは走りません。
 ある日週に2度の美術の授業の時のフリーリィ先生からの宿題はリンゴを毎日描くとのこと、なんと100日間毎日描く、たったひとつのりんごを毎日描くのです。タッタッ、タッタッ 先生はきっとおもしろいことに気がつくといいます。
 あかちゃんを超音波で見ました。そして、トクトク、トクトクと心音も聞きました。ワシャワシャという心臓の鼓動、あかちゃんもがんばっています。みんな、おとうさんもおかあさんも、わたしもあかちゃんもおじいちゃんもわたしたちはみんなチームです。
 一章ごとにアニーは前に前に走っています。一度きりの12歳の日々、タッタッ、タッタッという足音と一緒にアニーの考えていること、思っていること、不安も喜びも、読者の心に新鮮に響きます。声をだして1章ずつ読みあうのもいいなぁと思う青春の本です。

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春がやってきた「フローラのにわ」

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「フローラのにわ」
クリスティーナ・ディーグマン
ひしきあきらこ 訳
福音館書店 本体1200円




 今日の千葉は風が強く、冷たかったけれどきれいな青空でした。寒くてもやはり春になっているのだと感じられます。私は雪国で育ったので、春には陽や光の輝きだけでなく、土や風の香り、そして水の音がします。それはやはり湿気の多い日本的感覚のように思います。
 この絵本はスウェーデンの絵本です。スウェーデンの絵本といえば、やはり好きなベスコフの絵本があります。同じ国でもベスコフの絵本はもっと土臭く、でてくるものたちも土の精そのものです。
 フローラの庭にも春がきました。フローラはあちらこちら、花や虫たちと遊びます。でも、なにかたりない、そうです友だちがいない、ひとりぽっちなのです。でも、ある日フローラの家の門の前に女の子がいました。名前はリネア、二人は手をつないで小径を歩き、大きな木に登ったりしました。どうぶつたちも一緒です。風が気持ちよく吹いています。
 ベスコフの絵本とくらべるとテキストに物語性がうすいので詩の絵本のようです。絵もすこし現代的でデザイン的です。でも、とても明るく透明感があってきれいな絵本です。画家の描く妖精のような子どもは少したれ目のやさしい小さな人です。生き物は顔がついていてちょっとおかしく、笑ってしまいます。季節が背景の樹々や草花はやさしく風に葉を揺らしています。
 やっぱりゆっくりと楽しむ絵本です。

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歴史の見方

『日本に古代はあったのか』

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 主題そのものが、本のタイトルになっています。著者は、井上章一(角川選書)です。専門は、風俗史・意匠論で、歴史学の専門家でないのに「史学史」の本を書いたのだそうです。
 古代や中世は、西洋史の区分です。西ローマ帝国の崩壊後が、(476年)中世です。中国では、3世紀初頭の漢帝国の崩壊で、古代が終わる。三国時代や唐が中世で、10世紀後半の宋から近世になるそうです。ところが日本では、平安時代の院政期(11世紀末)から中世を始めるのが主流だそうです。教科書では、まだ鎌倉時代(1192)から中世を始めています。
 そうすると、中世の唐へ、遣唐使を遣る日本は、古代だという事になる。それはおかしい。西洋史でも、ローマ帝国の周辺、ドイツやロシアでは中世史から始まる。日本でも、もう一歩進めて、古代史を取り払ったらどうか、というのが著者の主張です。つまり三国時代の「魏史倭人伝」に出てくる邪馬台国は、中世になります。それで腑に落ちる面もあります。西洋史とも合います。邪馬台国の人々も、古代の粗末な生活をしていたんじゃなくて、中世の、中国人と変わらない生活や服装をしていたんじゃないか、と私も想像します。
 ではなぜ日本に、古代を導入したのか。明治時代に、日本史を西洋や中国なみに立派なものにしたかった欲求や、東大と京大の学閥から、著者は原因を探ります。私は「史学史」があるのも知らなかったし、興味もありません。ではなぜこの本を読んだのか。歴史ってそんないい加減なものなんだ、というのが目からウロコだったからです。
 もちろん歴史は、事実そのものではありません。中国では昔から事実よりも、歴史書に書かれた事を真実としてきました。正史と稗史の区別もあります。日本も大義名分論で歴史を書いてきましたし、西洋の歴史書も事実とは違います。でも今の歴史学は、事実を追及するものだと思ってました。そうなのですが、歴史の大枠をつかむところに、学者の願望や思惑が、こんなに入っているとは思いませんでした。逆に言えば、歴史の大つかみや視点によって、まったく違った歴史に見えてしまう。歴史の見直しや、教科書の訂正が急務であるし、特定の意志に教科書が縛られる危険もある。自由で流動的な教科書や歴史観を保障できないと、未来を見誤る可能性がある。
 金子勝やデウイットといった経済学者や政治経済学者の本を読んでも、同じ事を感じます。          (高橋峰夫)

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「ボクラノエスエフ」シリーズはじまる

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「海竜めざめる」
ジョン・ウインダム
星新一 訳 長新太 画
福音館書店 本体1800円


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「闘技場」
ーフレドリック・ブラウンコレクションー
フレドリック・ブラウン
星新一 訳 島田虎之介 画
福音館書店 本体1800円




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「秒読み」
 筒井康隆コレクション
筒井康隆 
加藤伸吉 画
福音館書店 本体1700円



 少し前から出版されるのを楽しみにしていました。福音館書店がSFを!?実際手にとってみないとなぁ!という気持ちでした。私のところではわずかですが学校図書館に納品しています。授業の関係の本は別として、子どもたちが読む文学関係の本のなかで時々疑問に思うことがあります。特に現代文学ではなかなか選書が難しい、子どもたちが選んでくる本はテレビ化されたものが圧倒的に多く、予算がないこともあって文庫になっているものがほとんどです。当然範囲が限られます。そして、テレビものなので刺激も強くかたよっています。先生はいそがしくて本を読んで選書ができないし、学校には専任の司書がいないこともあって、例えばノンフィクションなどがあまり選書されません。
 自分で本を読み始める年齢の子どもたちの幼年童話とYA対象の本が大変少ないので、このシリーズに関心がありました。手に取るのにちょっとおしゃれで読もうかなと気持ちがそそられます。それは装丁の斬新さがおおきいと感じました。店のお客様(おとな)は福音館の本!とほとんどの人が驚きます。たしかにいままでの刊行された本と、すっかりイメージがちがうのは、いわゆる福音館書店が児童書の専門出版社ということだったのでなおのことなのでしょう。ちなみに東京のある大型書店では児童書の売り場になく、一般書のなかに置いてあって、ベストセラーにうもれて目につきにくくなっていました。
 SFなのであまり内容は書けないのですが、私は昔、早川書店版で読んでいたのがあって、今回読んで懐かしく思い出しました。やっぱり最初に手をだしたのは「海竜めざめる」です。長新太の絵が好きなのがその理由です。(今回読んでおもわず「ゴジラ」の映画を思い出しました。)「闘技場」に入っている「星ねずみ」や「不死鳥への手紙」も同じ、昔好きだった話です。じつは筒井康隆は芝居はおもしろのですが、本は自分の読むスピードがあわなくてちょっと苦手です。
 このシリーズをYAの人たちはどう読むでしょうか?中学生の男の子がふたり(ふたりとも良く本を読む子です。)買っていきましたが、どうだったかこんど会ったら聞いてみようと思っています。
 福音館書店にとっては大英断だったと思いますが、私はこれからの刊行が楽しみです。時間をかけてでも、読み応えのある本を刊行して欲しいと期待しています。

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キップコップどこにいるの?

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「キップコップどこにいるの?」
文と絵 マレーク・ベロニカ
訳 羽仁協子
風濤社 本体1300円



 シリーズ7册目の新刊です。キップコップは「せいようとちの木の実」から生まれました。この実は食べられませんが、この実でお人形や動物を作って遊びます。キップコップはテイップトップとキピコピと森に住んでいます。朝起きて食事をして、しばらく雨が降らなかったので水を汲んで小さな松の木にあげたり、その後みんなで遊んだりして毎日楽しく暮らしていました。ところがある日大風が吹いて雨が降り、みんななんとか家の中に入れましたがはっぱちゃんだけがいません。大雨のなかキップコップははっぱちゃんを探しに嵐の中に出かけていきました。やがて嵐は止み、はっぱちゃんは見つかりましたが、探しに行ったキップコップが帰ってきません。みんなで探したのですが、なかなかみつからなかったところこうもりが教えてくれました。キップコップは穴に落っこちてしまったのです・・・。
 この絵物語はとても色がきれいです。作者はハンガリーの国立人形劇場で働いた後絵本作家になった人です。日本では「ラチとライオン」が子どもたちに人気があります。見返しにはキップコップたちの住んでいる森のマップ、そしてこの物語のイラストが描かれています。見開きの左側には文が書かれているのですが、各ページにきれいな色紙が使われています。右側は白に絵が描かれています。その色のバランスが良くて、しかもハンガリーなどの東欧的な色づかいがされています。(「ラチとライオン」は墨の中に命のシンボルのリンゴの赤が印象的ですが)
 シリーズのどの本もちょっとした冒険と遊びのようすが描かれていて、ひらがなが主なので、一人で本を読む子どもにも読みやすいのはうれしいことです。

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講演会のお知らせー子どもはみんな本がすき!

  子どもはみんな本がすき!
ー学校図書館で、公共図書館で、そして私たちのできることー

講師 赤木かん子氏 児童文学評論家

日時  4月19日(日)13:00〜15:00
資料費 500円(会員無料)
会場  千葉市生涯学習センター・メディアエッグ
主催  千葉市の図書館を考える会
     問い合わせ・申し込み先 石倉043-274-0187 
                     額田043-273-2262

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「子どもに本を買ってあげる前に読む本」
ー現代子どもの本事情ー
赤木かん子 著
ポプラ社 本体1400円




 私たち大人は次代を担う子どもたちに本を読んでもらいたいと思っています。そして子どもたちはみんな本が好きです。この子どもたちに本を用意するのは大人の責任です。では、大人がこの責任を果たすには・・・。学校図書館や公共図書館でできることは何か?
 1984年「本の探偵」を出版して25年、この間児童文学の書評や紹介、翻訳など多くの本を出版し、子どもと本について発信している千葉育ちの赤木かん子氏をお招きし、こどもと本を結ぶ<学校図書館>と<公共図書館>について話していただきます。

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すりばちの底にあるというボタン

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「すりばちの底にあるというボタン」
大島真寿美
講談社 本体1300円


 すりばち状の敷地にたっている団地、名前は「すりばち団地」、晴人はいまはこの団地でおばあさんとおじさんと暮らしています。晴人は母親を知りません。父親と大きなマンションにすんでいて、遠くの私立の学校へ通い、身の回りのことはお手伝いさんがめんどうみてくれて、友だちはネットのなかになんでも話す?二人の友だちがいます。けれども、ある日突然父親はいなくなり、施設に預けられ、それから父親の弟のおじさんが迎えにきてくれて、いまの生活になったのです。おじさんは中国語の翻訳家、中国人の奥さんとは離婚、子どもをつれて奥さんは中国に行ってしまいます。おばあさんは晴人をかわいがってくれ、あいさつなどにはきびしいけれど、わりあいにほおってくれ、孤独だけれど穏やかな生活が続いていました。ある日おじさんから父親との子どものときの話を聞いていたとき、この団地に伝わっている、<すりばち団地の敷地の底にあるボタンをおすと夢がかなう>という言い伝えを聞きます。晴人の願いは父親に会いたいということでした。ところがそのボタンをなんとなく探しているうちに同級生の雪乃と薫子にあい、その言い伝えのことをはなすと、雪乃と薫子はそれは違うといいだします。夢がかなうのでなく、すりばち団地が消えてしまうのだといいます。
三人は本当をさがそうとします。いろいろ調べてみるとこの二つの言い伝えがあり、おとなたちもまた、真相を探しています。雪乃の兄邦彦もこのはなしに加わります。邦彦が知っているのは沈んでいく団地を救った英雄、少年のはなしでした。
 いま、あちらこちらでいわれている地域社会の崩壊と希薄な人間関係と不安をよぶ都市伝説、そのなかで希望や未来はいったいあるのか、各々の家庭状況や生き方をからめて、子どもたちが考えていこうとする、それに大人との関わり、ときにはユーモアを交えて物語っています。子どもたちの学校生活はほとんどでてこない、各々ちがった家庭形態をもっている子どもたち、地域という土俵をすえている所に、作者の思いがあるのでしょう。その意味ではやや、大人よりの土俵になっているかもしれません。
 この物語はweb上で連載されていたものですが、こうやって本の形になると、いろいろ考えながら読み込むことができること、PCと本の違いを再認識しました。

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きようはなんだかねむれない

 特別な悩みがあるわけではないけれど、今夜はなんだかねむれない、ということがあります。

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「よぞらをみあげて」
ジョナサン・ビーン作
さくまゆみこ訳
ほるぷ出版 本体1200円



 毎日お天気が悪くて、時々驚くような青空の見える日があります。今日もそんな一日でした。でも、また明日から雨ということで、すでに夜空には月も星もみえません。あまり空気は冷たくありません。どうやらこの本を読んでもうんうん!といえる日になりました。
 ある夜、考え事をしていると気がたってきたのか、目が冴えて眠れなくなってしまった女の子、しかたがないので、忍び足で屋上にあがっていきました。屋上は昼間お母さんが洗濯物を干しているときそばで花に水をやったり、本を読んだりしていた所です。
 お母さんが女の子の足音に気がつきました。女の子は掛布をもちこんで夜空を眺めていました。夜空はどこまでもつながっていて、不思議、しばらく静かに呼吸をしていると落ちつきました。女の子はだんだんねむくなってきました。あとをついてきたおかあさん、女の子のそばでおちゃを飲みながら夜空を眺めています。こんなことは久しぶりです。屋上から見た街のうえ、穏やかな時がながれています。

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ドーナツだいこうしん

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「ドーナツだいこうしん」
レベッカ・ボンドさく
さくまゆみこ やく
偕成社 本体1400円

 毎日お天気が悪くて憂鬱です。こんなお天気なのに花粉症の人はつらいと言っています。じつは昨日の雪情報、ひそかに楽しみにしていたのですが、あぁーという結果になってしまいました。でも、雪が降ったらほんとうは困るのです。雪で交通機関が混乱するからです。でも、やっぱり”雪よ降れ降れ!
 この絵本はあまり気分が晴れないとき、今みたいなときにぴったりです。表紙を見ただけで楽しくなります。話はビリーが腰につけたドーナツからはじまります。そのドーナツをニワトリが追っかけています。そのニワトリの後はネコです。次から次とどんどんふえて大騒ぎ、しかもみんなとても楽しそう、お祭りです。そして、いかにも英語圏の本らしく、追いかけるもののなかには、マザーグースなどの登場人物がしっかり描かれています。ところで、こういう本で難しいのはテキスト、英語のリズムを日本語のなかに活かしていくのはなかなか難しい。成功しているのは、もしかしたらさくまゆみこさん唄いながら訳していたのではないでしょうか!スプーンをトントンとたたいてリズムを取っていたりして???ビリーのドーナツはとってもおいしそう、私も食べたくなりました。

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おひなさま

店のひなまつり

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ともかくやっと陽がさしました。風は強かったし、寒かったけれどとても良いお天気で朝から光がキラキラしていて嬉しくなりました。8日間も陽がささなかったとか、暖冬のわりには春の感じがおそく感じられます。
 店のおひなさまです。どれも手づくり、もちろん!?いただきものですがすてきでしょう!

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せかいをみにいったアヒル

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「せかいをみにいったアヒル」
マーガレット・ワイズ・ブラウン文
イーラ写真
ふしみみさを 訳
徳間書店 本体1400円


「ねむいねむいちいさなライオン」に続いて、イーラの写真絵本の2冊目です。お話からアヒルらしいといえば、ほんとにアヒルらしい。世界を見に行きたいとおもうだけならまあ、ありきたりですが(つまりアヒルはとても好奇心の強い生き物ですから)なんとみんなにもアヒルをみせてやろうと旅に出かけるのです。最初に出会ったのはイヌです。とてもこのイヌは気が良いイヌにちがいありません。アヒルは動物園のことを教えてもらいます。そして、そこへ行ってアヒル、(自分をですよ)みせてやろうと思います。イヌにはまっていてね!とカメに乗って出かけます。そして、いろいろの動物に出会います。ライオンやトラの前はただ通り過ぎ、子ジカや子ヤギ、カバやゾウにはとくいになって歌ったり踊ったり、おしまいにはニワトリといっしょに合唱です。イーラの写真は元気なちょっぴりなまいきなアヒルと相手をする動物たちの表情がとてもコミカルでおもしろい。アヒルは檻やガラスばかりでいやになって帰ります。そして、待っていた犬とノビノビと暮らしたそうです。アヒルと他の動物が一緒なのはどうやって写真に撮ったのでしょうか、びっくりです。
 私は幼かったときアヒルを飼っていました。わたしに卵を食べさせようと考えたことのようです。でも、卵は生まなかった、農業高校へ返したとたんに卵を産んだとか。その私の飼ったアヒルもなまいきなアヒルでした。それからすぐにうさぎを飼いました。うさぎの方が楽しかったけれど、アヒルはなぜか忘れられない生き物でした。

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プーカと最後の大王

 「時間のない国で」の続編
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「プーカと最後の大王」
ケイト・トンプソン
渡辺庸子=訳
東京創元社 本体2600円



 前作では人間界からティル・ナ・ノグに時間が流れはじめ、そのもとをつきとめた15歳のJJが一方の妖精世界の青年アンガスと力をあわせて解決するという話でした。物語は各章すべてにアイルランド音楽の楽譜がついているという念のいれかたになっていました。
 この本の物語の舞台はそれから25年以上も一挙にとびます。JJはプロの演奏家になっていて、結婚して、4人の子どもがいます。その次女ジェニーが主人公です。ジェニーはいつも薄着で裸足で野山を駆け回り、もちろん学校にいきたがらない、とても不思議な野性的な子どもです。もちろん長女のヘイゼルも長男のドナルも隣人のミッキーやナンシーも重要な役割をもっています。それだけでなく、今回の物語にはジェニーのそばにいつもいるプーカ(前作でもちょっとでてくるヤギの姿をしている神獣)、ジェニーがいつも行く砦あとにいる幽霊、そして、アイルランド民話「取り替えっこ」が物語の芯になっています。JJがアンガスとした約束、物語は複雑にからみあい、後半で驚くような展開をみせます。一家はとても愉快な音楽家族として描かれていて、JJはかなりドタバタで自分勝手なおとなに描かれていますが、なかなか憎めません。アイルランドの自然と伝説と音楽いっぱいの物語です。

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