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2008年も終わり

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「子午線を求めて」堀江敏幸・著を読みながら新しい年を迎えようとしています。現代の子午線は1884年北緯1度28分38、に定められた標柱のグリニッジ子午線が世界の標準時を決めています。作者が書いているように「グリニッジという固有名詞は、たんなる地理学や天文学の領域を超えて、精神活動に波及する一種の象徴としても機能しつづけている P12」と私も思います。私がそんな事を思うのは、子どもたちと話していて、生まれた時からあらゆるIT機器があって、それを享受できるかできないかが生涯を決めてしまう、すべてボタンひとつで決まってしまうなかで生きていくことの大変さを感ずるからです。いつの間にかアメリカの国という基準に合わせて豊かさを求めてきた、私の、日本人の、日本の国の豊かさでなく、アメリカという世界の標準時にあわせなければと、子どもたちに求めてきたのではないかと思います。一瞬のうちに紙っぺらになる価値に、私たちは何を見いだそうとしているのでしょうか。
 今年もいろいろなことがほんとに小さな会留府にもありました。新しい年2009年はもっといろいろなことが起こる事と予測されます。何を自分のなかで大切に思うか、何を自分のなかで守らなければならないかと冷静に判断するかを、新しい年の心すべきこととしたいとおもいます。
 いろいろな方にお力と励ましをいただきました。2009年も子どもたちとたくさん本を読みあいたいと思っています。どれくらいみなさんに本を手渡しできるでしょうか。そのためには平和でなければならないのはいうまでもありません。

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映画「そして、私たちは愛に帰る」

 昨日は一日店で残務整理をして、今日は朝から台所を磨こうと?張り切ったものの、お昼過ぎにには疲れてやめてしまった。後は明日にしょう!それで、思い立って映画をみにいった。

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 「そして、私たちは愛に帰る」フェティ・アキン監督の映画だ。タイトルはあまり良いとは思わないけれど、人と人を繋ぐものは一体なんだろう、私にとって今年は特に親子の愛情にいろいろ考えさせられることが多い一年だった。
 ドイツで暮らしている初老の男が売春婦を買う事から物語ははじまる。彼はそばにいてくれることとセックスをする事を条件にお金を払うから一緒に暮らして欲しいと女にいう。男には息子がいて、女には娘がいて、2人とも子どもには教育を受けさせて恵まれた生活をして欲しいと思っているが、男の息子ネジャットは大学の教授になったが、粗野で売春婦を買うような父親を理解できないし、娘を教師にしたいとおもっている(そのためにウソをいって体を売ってお金をかせぐ)のに、娘アイテンはトルコの反政府運動の活動家になっている。捕まりそうになり逃げ、ドイツに不法入国して食べることも寝る所もないのを救ったのはいきずりのドイツの大学生ロッテだった。2人は女同士の恋におちる。ロッテの母親スザンナはアイテンのことを快く思っていないし、ロッテの気持ちをわかろうとしない。ロッテは不注意からトルコに強制送還されたアイテンを救うべく、イスタンブールに行き偶然ネジャットの部屋をかりることになる。奔走しやっと会えたのもつかの間、ロッテはアイテンの組織にまきこまれて命を落としてしまう。ロッテが生前手を貸して欲しいと懇願したのに拒否してしまった母親スザンヌは、娘の意思をついでアイテンを救うためにイスタンブールにしばらくいたいとネジャットに申し出る。そして、スザンヌと語り合ううちネジャットは父親の愛情に気づき会いにでかける。
 愛を分かち合うこと、逆に隔てるもの、国、思想、言語、宗教、そして死、3組の親子を通じて、トルコとドイツを舞台に運命的な出会いと別れがくりかえされ、最後の海辺でじっとすわって父親と会うことを待ち続けるシーンは多くのことを無言でうったえている。
 今年はいつにもまして、映画を見る機会があった。芝居をみたり音楽会にはとうとう一回も行くことがなかった。細切れの時間しかとれない私には映画は貴重な場になっている。2009年もそんな時間は大切にしたい。
 

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青いトラ

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「青いトラ」
テレザ・ホルヴァートヴァー文
ユライ・フルヴァート絵
関沢明子 訳
求龍堂 本体2000円




 とても不思議な本です。帯には物語絵本となっていますが、確かに絵がたくさん入ってはいるものの絵本というより物語の本でしょう。絵は版画、2色で描かれています。挿絵のいれかたも見開きの左右に短い文がついて入っていたり、小さな物語になっているのもあります。妻が文、夫が絵、2人は2000年にできたチェコで注目されている出版社、バオバオ出版のメンバーとのことです。
 ある日突然街に小さな青いトラがあらわれ、追われてヨハンカとマチアーシの親が仕事をしている古い植物園に逃げ込みます。ヨハンカの母親とマチアーシの父親は隣同士で仕事をしているのにヨハンカの父親が家をでていってからほとんど口も聞きません。でも、ヨハンカとマチアーシは兄妹のように仲良しです。ヨハンカは物語をノートに書いていて、その物語が全体の物語の中に入っています。植物園をつぶしてショッピングセンターをつくり、しかもどこからともなく現れた青いトラを、捕まえて儲けようとする市長とその友人の悪人、その悪人たちに捕えられている生き物たちは、翼竜や双頭のワシ、人間の言葉を話す黒鳥など風変わりなものばかりです。最後には植物園の植物が異常に成長して、大洪水がおこり、植物園は島のようになり、ヨハンカとマチアーシ、母親も父親ももちろん青いトラも流されてどこかに行ってしまいます。現代の寓話とも読む事ができるし、ヨハンカとマチアーシの冒険物語として読むこともできます。
 あとがきで訳者が作者のこんな言葉を紹介しています。「善はいつも、悪にうち勝つとはかぎらない。しかし悪がいっとき勝利しようとも、善はいつも人知の及びがたい、不思議な力でつづくものである」

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馬の涙

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「この世でいちばんすばらしい馬」
チェン・ジャンホン作・絵
平岡敦 訳
徳間書店 本体1900円




 才能を認められて絵師になったハン・ガンの描く馬はほんものの馬になるといううわさがたっていました。ある日ハン・ガンに馬を描いて欲しいと武将が訪れます。そして、ハン・ガンの描いた馬に火があたるとうわさのとおりほんとうの馬になります。どの馬よりも速く、どの馬よりも強いその馬に乗って、武将は戦場をかけまわります。けれど、戦場の惨事を見た馬は涙をながし、ある日駆け去ってしまいます。探しまわった武将がハン・ガンを訪れると”私がもともと描いた馬は5頭だったのに、今朝はそれが6頭になっています”そして、”その馬は私の絵のなかで静かに暮らしている”とハン・ガンは答えたのでした。
 ハン・ガンという絵師は8世紀の中国に実在していた人で、この絵師の馬の絵から啓発され作者はこの絵本を描いたとのことです。伝統的な中国の墨絵という技法をつかって、中国らしい作品になっていて、なによりもみごとな馬のいきいきとした絵、戦場の惨事を見た馬が鼻の穴をひらき、歯をむきだして、大粒の涙を流す場面は読者の胸にせまってきます。前作「ウェン王子とトラ」についで、大変迫力のある大型絵本です。


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今年のクリスマス

 クリスマスの夜を迎えました。家族で楽しんで、幼い子どもたちはサンタさんをまっていることでしょう。今年のサンタさんは本をもっていったところも多いとおもいます。子どもにだけでなく、恋人へ、ここまでは毎年あることですが、今年は妻へという若い男性と”もうこれが最後かな”と言いながら娘へという50代の男性と本選びをしました。(成人している娘さんだそうです)どちらも絵本です。ちょっとてれくさそうに、真剣に選んでいかれました。もちろんクリスマスの包装、リボンもつけます。

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 千葉高校のイチョウもすっかり葉を落としました。今日は千葉中学校の合格発表で、私が通った頃にはそれを見に来ている人がたくさんいましたが、高校の発表の時とちがいなぜか静かです。店に良くいらっしゃる方の子どもも何人か受験されましがどうだったでしょうか?塾へ行っていないと解けない問題も多かったとか、新聞に書かれていました。

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 道の下の駐車場では雀が群れてえさをさがしていました。木の葉が散って梢が高く冬空に伸びる頃になると鳥の声が響いて良く聞こえます。冬の到来で生き物たちは餌を探し蓄えます。わが家の庭にもそろそろ鳥の餌をおいてやらなければとおもいました。
 やっぱりすこし疲れたとおもいながら、新年を迎える準備のことを考えながら静かなイブを過ごします。

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あたしが部屋から出ないわけ

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「あたしが部屋からでないわけ」
アメリー・クーテュール作
末松氷海子 訳
小泉るみ子 絵
文研出版 本体1200円




 リュシーは9歳の女の子、おとうさんと新しいおかあさんのイザベルとその間にうまれた小さな弟ルカと暮らしている。リュシーを生んですぐに死んでしまった母親のお母さん、リュシーのおばあちゃんが、すっかり生きる力がなくなってしまったおとうさんからリュシーをひきとって育ててくれた。けれど、そのおばあちゃんも死んでしまい、リュシーは田舎のおばあちゃんの家から引越してきた。おばあちゃんが恋しい、なにもかも腹立たしくてつまらない、おばあちゃんの家からつれてきた小鳥「サクランボちゃん」だけがリュシーの慰めだった。サマーキャンプのことからリュシーは自分の部屋に閉じこもるストライキをはじめる。けれどはじめきらいだったルカが「サクランボちゃん」と仲良しになるのをみて、ルカにおばあちゃんの家のまわりや小鳥たちをみせようと思い、家をでるが途中で保護されてしまう。
 悲しみのあまりに心を開かなくなり、閉じこもってしまう子どもの声にならない叫びと、誰も解ってくれないとおもう怒りを抱え込んでしまう子どもの心が、とても良く書けている。特に小鳥と弟ルカと義理の母親のイザベルが、リュシーの心に寄り添い、語りかける最後の場面が印象的だ。おばあちゃんが死んだとき流さなかった涙が、イザベルの言葉を聞く事で大泣きしてしまう場面におもわず、そんなに泣くことができるのだからリュシーはもう大丈夫と思ってしまった。
 子どもだけでなく、おとなでもどうにもならないくらい悲しい事がある。ただ、泣くしかないとおもうこともある。あるおとなに”泣いたらいいのですよ、ご主人とやっぱり話し合って!”とつい最近言った事を思い出した。

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ウィロービー・チェースのオオカミ

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「ウィロビー・チェースのオオカミ」
ジョーン・エイキン作
こだまともこ訳
冨山房 本体1619円


 クリスマスのプレゼントを求めにいらっしゃる方で賑やかな毎日です。少しでも子どもたちに楽しい本を、と探しに来店される方々のお話を聞きながら本を選ぶのはとても嬉しいことです。一年にこの時期だけいらっしゃる方、幼い子どものサンタさんになるご両親、一昨日は半年にもならない初めての子どもと妻のためにといらっしゃった若いお父さん、すぐその後には娘のために(成人している)といらっしゃった50代のおとうさん、閉店間際だったのでゆっりと本を選んでいただけました。
 10代の子どもといっしょの方は、クリスマスプレゼントというより、冬休みに読む本を買いにいらっしゃいます。このお休みのお天気はどうでしょうか?不況のことでもあり、あまり遠出をしないでゆっくり読書ができるお休みになるかもしれません。そんな人たちにお薦めです。しばらく出版されていなかったエイキンの「ダイドーの冒険シリーズ」の第一巻にあたるこの本は装丁、訳者があらたに出版されました。勇敢で元気なポニーとロンドンからきたいとこのおとなしいシルヴィアの冒険物語です。エイキンのこのシリーズはファンタジーとはちょっとちがって歴史上の事件が背景にでてきたり、ちょっとかおをだしたり、かといってリアリズムな物語でもなく、すこし不思議な作品です。どれもドキドキする冒険物語。きっと冬休みのたのしい読書になること請け合います。
 はやくつづけて続刊がでるといいと待たれます。


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フィンランドの神々のおはなし

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「カレワラ物語」
フィンランドの神々
小泉保 編訳
岩波少年文庫 本体640円


フィンランドの天地創造からはじまって、18章のお話がはいっています。私が北ヨーロッパ、日本からはるか離れた国に興味をもったのは、やはり「指輪物語」を読んでからでした。ほぼ日本と同じ面積の小さな北の国、オーロラと森と湖の国、そこに伝わっている叙事詩をあつめたのが「カレワラ」というタイトルで出版されて、この本はその翻訳本の岩波文庫「フィンランド叙事詩 カレワラ」からとりだされています。1935年に医師のエリアス・リョンロートが農村を尋ね歩き記録したものです。くわしくは「カレワという部族の勇士たちの国」という意味とのことです。すべて韻をふんでいます。叙事詩なので当然うたわれます。呪術の力、英雄たちの活躍が描かれています。
 この本のなかの17章「月と太陽の誘惑」のおはなしはバーバラ・クーニが美しい絵本にしています。


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「北の魔女ロウヒ」
バーバラ・クーニーえ
トニ・デ・ゲレツ原文
さくまゆみこ 編訳
あすなろ書房


 歌の名人のワイナミョイネンがカンテレをひいて歌うとすべての生き物がその魅力にとらわれます。魔女ロウヒはそれをやっかんで月と太陽をひとりじめして隠してしまいます。ワイナミョイネンは鍛冶やのイルマリネンの力をかりて月と太陽をとりもどします。

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また、シベリアを舞台にM・ミトゥーリチが絵本を描いています。(福音館書店刊)春がきてみんなが喜んでいるとお日さまが突然かくれてしまいます。この絵本ではかくしてしまうのはフクロウ、それをたすけにいくのはクマとウサギ、シベリアの昔話がもとになっている、水彩の輝くばかりの明るい絵本です。
 フィンランドはキリスト教をひろめようとするスウェーデンに占領され、またスウェーデンはロシアに戦い敗れた為にフィンランドがロシア領になったという歴史があります。自分の国の言葉と文化を守ろうとするフィンランド人の心が「カレワラ」を伝えているのです。

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きずついた鳥を見つけたら

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「きずついたつばさをなおすには」
ボブ・グラハムさく
まつかわまゆみ やく
評論社 本体1300円



 今日は朝から冷たい雨が降りました。一日中取次ぎに行って本を抜いていました。街はクリスマスで賑やかです。こんな日は鳥たちはどこにいるのでしょうか?晴れた日はビルの窓ガラスが輝いてみえますが、この絵本の鳥もビルの窓にぶつかって、街かどにおちてしまいました。誰も気がつきません。ウィルをのぞいては。ウィルは鳥を見つけて手当をします。そして、元気になった鳥は飛びたっていきます。言葉は少なく、ウィルの気持ちとしたことが描かれています。最後の大空に飛んでった鳥の姿がとてもきれいです。
 鳥には私にもつらい思い出があります。一回は私が入院してしまった時に、餌不足と寒さで死なしてしまった事、もう一回は本を立てかけておいた時に、本の紐をひっぱってその下になりあっというまに死んでしまったことです。この本に描かれているように、足の折れた鳥を直した事もあります。そのとき獣医さんは鳥は添え木をしておくしか方法はないといっていました。
 いまは鳥は飼いません。もうすこしたって冬もきびしくなると、庭の木にパンくずやくだものをぶらさげます。鳥が来て賑やかです。これは春までの楽しみです。
 

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空との語らい

 12月も半ばというのに、まだあちこちに秋の名残りがあります。さすがに今日は寒く、朝晩の空気は澄んでヒリヒリとしていました。


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 大原の天徳寺ではもう水仙が咲き始めていました。

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 ヤマボウシは葉が散って春を待っての小さな芽がついています。しばらくあちこちと歩き回っていたらアザミの花が咲いているのをみつけました。そのまわりには野菊の花ががひとかたまりになって咲いています。

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 そばの沢では火をたいていて、煙が立ちのぼっています。まるで空になにかを伝えているようです。裏の杉山を整理して雑木林にするのだということです。雑木林にすれば鳥もくるし(いまでもたくさんの鳥がきます)獣もあつまってくるだろうけれど、いまでもイノシシは夜現れるそうですが。いま燃やしているのは竹、時々はぜる音がします。街なかではみることができない情景でしばらくボンヤリとながめてきました。
 千葉について帰り道、大きな満月が夜空にあがっていました。どんなイルミネーションよりも素朴で美しいと思いました。

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ケンケンとムンムン

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「ケンケンとムンムン」
ぶん なんぶかずや
え  たしませいぞう
福音館書店 本体1600円


 小学校1年生位からの子どもたちに人気がある「ネコのタクシー」の作者の新刊です。ネコのお医者さんである作者は、今回は自然のなかの小さな妖精の兄弟たちのお話をかきました。南の海=沖縄の方?で小さな妖精ケンケンとムンムン、父親はケンムンといって毎日太陽を東の海からひっぱりあげて、夕方には西の海に沈めるのが役割です。母親はミンミン、日が沈むと月を呼ぶ役割があります。その子どもケンケンとムンムンのお話が5話はいっています。ケンケンとムンムンはごたぶんにもれず、元気で好奇心がいっぱい。たとえば、自分たちに仕事が与えられるまで成長するのがまちきれないケンケンとムンムンは太陽を早くに海から引っ張り上げてしまい、まわりを混乱させてしまいます。怒る父親を年寄りの妖精磯じいが間に入って父親をなだめて、ケンケンとムンムンにはちゃんと仕事をするという責任感を教えます。早々と父親のいうことをきかないで、家を出て行ってしまったケンケンとムンムンのお兄さんが冬にかえってきたときも、間にはいって父親に取りなしてくれます。
 でも、こんな話が説教くさくないのは、挿絵というより絵本のようにいっぱい絵が入っていて、画家ののびやかな楽しい絵の力だとおもいます。画家の田島さんは大病後、とてものびのびした明るい絵、自然の絵が多くなりました。この絵も南の海の感じ、小さな妖精のこどもとその他の生き物がかわいい、父親のちょっと子どもっぽい描き方なども充分に描かれています。
 お話も絵もユーモアいっぱいです。この本を楽しめる子どもたちの年齢は自然が大好き、親子で楽しむ事ができます。

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夕焼けにびっくり

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 朝から冷たい雨が降っていました。12月に入っても暖かい日が続いて、気持ちだけは気ぜわしい毎日ですが、なんだか冬らしくありません。クリスマス前の日曜日なので、普段来店されないお客様にお会いします。クリスマスの贈り物に本を選んでくださる方々です。午後には雨もあがりました。夕方になって、何の気なしに外を見たら燃えるような夕焼けです。亥鼻城が炎上?していました。

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えんぴつくん

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「えんぴつくん」
アラン・アルバーグ作
ブルース・イングマン絵
福本友美子 訳
小学館 本体1500円


 むかし、といってももしかしたら今の話かもしれません。小さな一本のえんぴつがありました。むっくりとおきあがったそのえんぴつは男の子を描きました。男の子は名前をつけて欲しいと言います。名前はバンジョー。そして、バンジョーは犬を描いて欲しいと言います。えんぴつは描きます。名前もつけます。ねこも描くといぬはねこをおいかけ物語ははじまります。えんぴつはどんどん描いてお話はひろがりますが、みんなが気に入らないと文句を言います。そこで、えんぴつに消しゴムを描いてもらって気に入らないのは消してしまいますが、消しゴムはどんどんなんでも消してしまいます。さあ!たいへん、どうしたら良いでしょうか。
 想像をふくらませていく楽しさがいっぱいですが、でもちょっと怖いお話です。つごうの悪いものは消してしまえ!とばかり消しゴムがあっというまに消しまくり世界は無なんて、でも大丈夫ちゃんと考えられています。動きのある線に色がついて、内容ができるという発想はおもしろい。(たとえば、食べ物が白黒で描かれて色がついておいしそうになるのです。)
そして、おはなしは無事おしまいです。
 

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学校物語ーライオンの風にのって

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「ライオンの風にのって」
ポークストリート小学校のなかまたち6
パトリシア・ライリー・ギフ作
もりうちすみこ訳
矢島眞澄 絵
さ・え・ら書房 本体1300円


 この物語はアメリカの学校が舞台です。だから落第があります。この6巻目に登場するビーストは1巻目ですっかりおなじみ。成績がわるいと、また、落第してしまいそうな子どもです。それなのに一番にがてな作文が宿題にでてしまいます。しかも<じっさいに生きていた人について、ほんとうのことを書く作文です>と先生はいいます。さぁ、ピートとポークストリート小学校3年生のみんなの物語、元気で愉快な学校物語です。
 店にこのシリーズの本を楽しみに1冊づつ買いに来る子どもがいます。図書の先生がその子にすすめてくれたのだそうです。あの子はきっと本が好きになると話を聞いて嬉しくなりました。子どもにとって先生の影響はとても大きい、この本のなかにもタコづくりのじょうずな校長先生をはじめ、学校が楽しくなる先生がでてきます。

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なぜ戦争はよくないか

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「なぜ戦争はよくないか」
アリス・ウォーカー文
ステファーノ・ヴィタール絵
長田弘 訳
偕成社 本体1200円

 以前「なぜ人を殺してはいけないか」という若い人の問いかけや、戦争待望論の発言があっておとなたちにショックを与えたことがあった。戦争は気がつかないうち忍び寄って来る。また、装いをかえて人々の前にあらわれてくる。日本では戦争を経験したことのない世代が多くなってきた。かくいう私も知らないが、でもまわりには多少とも戦争をかいくぐってきた人たちがいた。その人たちの悲惨な状況を聞く機会がまるでないわけではなかった。でも、もうそれも難しい時代になってきている。
 戦争はなぜいけないのだろう。この絵本は日常の生活やありようを描く事によってなぜ戦争はよくないのかといっている。

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 窓の側の母子、子どもを抱いている若い母親の喜び、そして、赤ん坊はおっぱいを飲みながら母親の巻き毛をいじっている、こういうことが人の幸せだと作者はいう。失ってはじめてわかる小さな幸せ。
 表紙はほとんど真っ黒だけれど、ページを開くと世界の伝統絵画を研究した画家らしく、場面によっていろいろな描き方がされている現代絵画的な絵本だ。戦争が人格化されていて一人称で淡々と語られ、訴えられている。

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読書フェスティバルのお知らせ

 あいかわらず案内がおそいけれど、ごつごうつけて参加おすすめです。
 なかなか魅力的なプログラム(会留府では以前工藤さんに来ていただいたことがあります。とても楽しい時間でした。)子どもも可とのこと、ご家族でどうぞ!
Chiba1

 「読書フェスティバル インちば」
 2009.1.10(土)10時から15時30分
*読み聞かせライブー小原乃梨子
         (のび太の声で有名)
*私の読書体験ー高校生によるパネル・ディスカッション
*小・中学生による詩の朗読
*記念講演ー工藤直子(詩人)
 千葉県文化会館 大ホール
 無料
 主催・申し込み 千葉県教育庁生涯学習課
        ℡043-223-4071
 

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しあわせの子犬たち

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「しあわせの子犬たち」
M・ラバット作
若林千鶴 訳
むかいながまさ絵
文研出版 本体1200円


 夏休みの話ですし、クリスマスには関係ありませんが、冬休みに読む本を探しにいらっしゃる方もあるので紹介します。
 エリザベスは夏休みにいつものようにおばあちゃんの農場へやってきました。今年の夏はちょっといつもと違う事がおこりそうです。と、いうのはおばあちゃんといっしょに暮らしている犬のエルシーがあかちゃんを生むからです。子犬は6匹生まれました。おばあちゃんは、子犬も生きていくのに子犬を必要としている人も、どちらも幸せにならなければいけないといいます。物語は犬のエリザベスが出産する様子をしっかり順序をおって描いています。そして、子犬を必要とする人、子犬がもらわれていくまでのようすも愛情たっぷりに、けれど淡々と描かれています。それと、最後に残った子犬のアナベルと、老いたおばあちゃんの1人暮らしのことも。おばあちゃんも子犬を必要としているということに、エリザベスは気がつくのでした。エリザベスの両親は思い出だけでは暮らせないから、この農場を離れて一緒に暮らそうといいますが、おばあちゃんは承知しません。そのおばあちゃんの気持ちをエリザベスは理解しようとします。
 犬の大好きな子どもたちはこの物語を充分楽しむとおもいますが、いのちの不思議や大切さもこめられているので、(出産の場面はとてもリアルです。)中学生などが読んでも良いのではないかと思います。

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男の子の教育

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空と樹々の語らい

子どもの事件があるたび、なんとなく重苦しい雰囲気が漂います。それが遠くの事件であろうとも、マスコミの影響でまるで隣でおこったように思われます。事件はどこにでも起こりうる、”あなたの子どももあぶない”のように伝えられます。
 今回の事件のあった東金は、千葉から高速バスで30分もあれば行くことのできる距離です。幼い子どもの殺人事件がおき、若い男の人がつかまりました。まだ、犯人と決まったわけではありませんが、連日ニュースにも新聞にもこの事件が報道されています。そして、犯人ではないかと調べられている人が障害をもっている人というニュースも、親たちを重苦しい気持ちにさせています。女の子を持った親はますます外に遊びにだすことを警戒しています。いつ自分の子どもがこのような事に巻き込まれるかわからないから。福音館書店刊「はじめてのおつかい」は夢、また夢、子どもをひとりでおつかいにだすなどできない世の中になりました。
 もうひとつは男の子の性教育を誰がどこでするか、とくに障害をもっている子どもをどうやって教育するのかが問題になっています。父親の育児参加、家庭教育の係わり方はとても重要だとおもいますが、現実にはほとんどないといっても良いのではないでしょうか。
 残念ながら障害を持った子ども、特に男の子や男の人に対して警戒心を強めている母親たち、逆に自分の子どもがいわゆる知的障害があるといわれた母親はじっと息をこらしている、とても不幸なことだと思いながら、どうしてみようもないという思いでいっぱいだと、多くの人が思っているのが現実です。
 マスコミはあまり報道しない方が、もっとどういうことかはっきりしたかたちがわかったら、記事のかたちできちんと書く、そしてどうすれば性犯罪がなくなるのか、差別意識と興味本位でなく、きちんと教育上の問題点と理論が位置づけられることを願います。
 

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漢字の構造ーその2

漢字の構造ー続き

 ここから戦後教育の問題になります。戦後どさくさ紛れの日本語改悪問題です。当用漢字の登場です。当用は当座の使用です。つまり暫定です。そのあとは漢字廃止を狙ってたらしい。これは大陸中国も朝鮮半島も同じ流れです。でも中国も日本も失敗しました。その意味では台湾は偉い。傷跡は大きすぎました。日本では、新聞と教育漢字に残ってます。字体の簡略と漢字制限で、漢字かな混ぜ熟語や、漢字の置き換えが頻発します。置き換えとは、黴雨を梅雨とするようなものです。ジメジメとした黴が生えるような雨を、実も蓋もない言葉にしてしまった。
 最後の例に「障害」を上げます。熟語は同じ意味の字の重なりで出来てると言いました。戦後の改悪はそれを無視しています。障害者に害はありません。文字にも意味にも「害」は含まれません。正しくは障碍です。碍子の碍ですね。つまりブロックです。阻碍も阻害と変えられましたが、動詞として使う分には誤解は少ない。でも「障害児」は違います。結局「ハンデのある子」と言っています。
 ここで冒頭に戻ります。漢字の構造がわかってない首相は、「障害」の間違いもわからないでしょう。下々の話ではないのです。差別語にも差別の構造にも鈍感な宰相に福祉をゆだねるのは無理です。一国の宰相に求められる教養は、政治思想に直結するのです。               
 (高橋峰夫)

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漢字の構造ーその1

  漢字の構造ーその1

 一国の首相が、漢字が読めないと評判だそうです。踏襲を、ふしゅうと読むとは相当なものです。ほかの間違いを見ても、彼は音と訓の区別が付いてないようです。江戸時代まではもっぱら、訓し読みでしたが、明治政府は反動からか、音読みを推奨しました。ですから政治用語や、わからない熟語は音読みすれば大丈夫ですが、音と訓の区別が付かないのではしょうがない。
 そもそも踏襲の意味がわかってないのかも。これは学校で、漢字の構造を教えてないのと関係します。踏も襲も、同じ意味です。中国語には、この構造が多い。
 漢字は表音文字で、その時代ごとに1字1音です。ただアルファベットと違って、同じ音の漢字が複数あります。その意味では表意文字です。また踏襲の2字は、日本語だと開口音でto-u-syu-uと4音ですが、中国語だとtu-syuと2音です。つまり漢字は1音で1語が作れてしまう。ただ聞き逃しやすい欠点があります。そこで同じ意味の語を2つ重ねます。ただ娘娘(じょうじょう・にゃんにゃん)のように同じ音を重ねると幼児語風になるので、同じ意味の違う音を重ねます。踏と襲は厳密には、違う意味です。でも同じ意味もある。意味の範囲が違うと言ってもいい。数学の集合と同じですね。
 Aの範囲とBの範囲は違うが、重なる部分がABの範囲です。踏と襲の重なる部分が、踏襲の意味です。同じく、舞と踏、襲と撃の重なる部分が、それぞれ舞踏、襲撃の意味となります。
(ちなみに、1字1音式の漢字から、1字1音式のかな文字ができたのですが、もしアルファベット式の音素文字ができてたら、日本語はどうなってたでしょう。日本人も音素文字は知ってました。梵字(サンスクリット)はアルファベットです。空海あたりが専門家ですね。)・・・ 明日につづく
  高橋峰夫

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月あかりのおはなし集 続

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「続 月あかりのおはなし集」
アリソン・アトリー作
こだまともこ訳
いたやさとし絵
小学館 本体1100円



 前の「月あかりのおはなし集」の続がでました。本の装丁もふくめ、全体の雰囲気はほとんどかわりありません。続編には5つの物語がはいっています。たとえば、最初のお話。町の一角にある貧しい家族の子どもたちにもサンタさんはやってきました。薪が売れなくてがっかりしている父親を励ましながら精一杯のプレゼントを準備する母親、そしてそれをみつけて喜び、両親のために森から柊を切って飾ろうとする幼い3人の兄弟、町一番のおいしいパイを焼くバンティングの店のおかみさん、このお話を読むと、クリスマスはこういうやさしい人びとのためにあるのだと思います。
 作者アトリーの物語にでてくるのは、貧しいけれどまっとうに生きている人たちの夢や願いです。アトリーが子どもの頃過ごした生活と自然は、厳しいけれど不思議がいっぱい、それが物語のなかいっぱいにひろがっています。土くさく、ユーモアもあり、暖かいお話をぜひ子どもたちといっしょにどうぞ。

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十二の月たち

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「十二の月たち」
ボジェナ・ニェムツォヴァー再話
出久根育 文・絵
偕成社 本体1600円



 スラブ民話です。ロシアなどにも同じようなお話があります。有名なお話にはマルシャークの「森は生きている」があり、本だけでなく劇にもなっています。12月の冬のおはなし会やクリスマスのおはなし会に子どもたちに語ることも多いお話です。
 この絵本はスラブの雰囲気がとても良くでています。少女マルシュカも十二の月の表情も体つきもスラブの人たちそのもののように感じます。森の中のようす、樹々のたたずまい、母なる大地の言葉にふさわしく土臭く、やはり日本の自然とは少し違います。
 自然を慈しむ人びとに幸せがあり、奢り、自然を敬わない乱暴な人には幸せは決して訪れない、昔話だけでなく、現代にも通ずるお話です。

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海からのおたより-2008年12月ーその3

 貝紫のはなしー その3
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海女のお守り


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 イボニシ


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アカニシ

日本では吉野ヶ里遺跡から貝紫で染めた繊維が出土しましたが冠位十二階で定められたのは植物の紫で貝紫ではありませんでした。貝紫は以後表立ったところでは使われていません。伊勢の海女にはおもしろいことに貝紫が伝わっています。海女はいまでも頭にかぶる手ぬぐいにセーマン、ドーマンという印を貝紫で描いておまじないにしているそうです。セーマンとは平安時代の陰陽師の阿部清明とそのライバル芦屋道満の印であり、それぞれもとのところに戻る(一筆書きなので“無事帰る”)、たくさんの目で守っている、という意味が込められているということです。
アッキガイ科の貝はカキなどの貝を食べる肉食の貝です。パープル腺の成分は相手をマヒさせ、また卵に注入することによって敵から守るためだといわれています。この写真のつぶつぶしたものがイボニシの卵ですが一部紫外線があたったところが紫色に変わっています。イボニシは千葉ポートパークという身近なところにもいます。遠くフェニキア、マヤ文明、そして吉野ヶ里とさまざまな高貴な身分の方が見につけてきた貝紫。かつてこの紫にふれただけで命を失った方もいたそうですが材料になった貝は案外身近な貝です。わたしたちはすべての色を自由に使える幸せな時代に生きています。深い深い紫のおはなしでした。

どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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エゾオオカミ物語

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「エゾオオカミ物語」
あべ弘士
講談社 本体1500円



 講談社が出版の仕事をはじめて100年がたとうとしていて、この絵本もその記念出版とのことです。
100年というと、この絵本の主人公エゾオオカミが絶滅したのも100年前でした。フクロウがモモンガの子どもたちに語りだします。昔、北海道ではエゾオオカミがすんでいました。北のこの大地にはアイヌの人たちもいて共存していました。ところがある日、大寒波に見舞われシカがたくさん死んでしまいました。エゾオオカミは飢え、牧場にあらわれはじめます。内地から開拓で移住してきた人たちはエゾオオカミを銃で殺してしまいます。一頭のこらず!フクロウは語ります。エゾオオカミが絶滅してしまうということは人間と動物たちや草や樹々、すべての自然のサイクルが崩れてしまいます。
 画家のこの絵本は、フクロウがモモンガの子どもたちに語るという形をかりて、いまもあちらこちらで問題になっている獣害のこと、この自然はひとつだけのものではないことを訴えています。シカもサルもイノシシもクマもいろいろな生き物に共通した問題です。人間も生き物のひとつでしかない、画家の絵は広大な北海道の森のなかで繰り広げられた100年の歴史を力強く描いています。


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海からのおたより-2008年12月ーその2

 貝紫のはなしーその2

 いまから10数年ほど前、貝紫を再現した「帝王紫」が話題になったことがありました。わたしは着物の展示会で初めて貝紫染めを目にしました。紫色に感動するというよりもきものの豪華さに圧倒されました。以来貝紫はあこがれを通り越して手の届かないもののように思えました。
 つい最近のことです。たまたまスーパーで売られていた「にし貝のおさしみ」の切り身の端が紫になっていることに気づきました。巻貝のアッキガイ科の貝は内臓にパープル腺というものを持っていることを思い出しました。身近な貝でも貝紫染めができそうです。というわけで今年の夏休みに息子たちと挑戦してみました。

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アカニシのバーブル腺でそめているところ

 とにかくアッキガイ科の貝がほしかったので富津の漁港に貝を拾いに行きました。ここでは網にかかった貝がよく捨てられています。運良くアッキガイ科の生きた貝を得ることができました。メキシコでは貝の口にパープル腺からの分泌液を塗りつけて糸を染めていました。そこで持ってきた毛糸をイボニシ、レイシガイに塗ってみました。イボニシは岩からはがして17個ほど糸にこすりつけました。レイシガイも1つでしたが同じように糸につけ、しばらく日にさらしましたが色は変わりませんでした。アカニシは持ち帰って家で染めてみることにしました。持ち帰ったアカニシはイボニシ、レイシガイよりやや大きかったので少し期待していました。粘液が口についていたので毛糸を押し付けてみましたがそれでも毛糸が染まるようすがありませんでした。仕方なく貝を割ってパープル腺を取り出して染めることにしました。貝の背をハンマーで割り(相当な力がいりました)蛍光色をしたパープル腺に毛糸を直接塗りつけました。すると黄色から緑に糸は変わっていきました。いままでにおいを嗅いできた貝の内臓とはちがう刺激臭がありました。一晩ベランダに出してさらすと深みのある紫色に染まっていました。空気に触れ、また紫外線を浴びることによって色が変わってゆくのです。その後、軽く水洗いして乾かしましたが紫色はあせることがありませんでした。染める際に指についた紫は1月たっても消えることがありませんでした。


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 アカニシで染めた毛糸

(明日につづく)
 どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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えほんのこども

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「えほんのこども」
荒井良二
講談社 本体1500円



講談社100周年記念のトップバッターにふさわしく、その名も「えほんのこども」。
 大きなえほんがあくびをしたら、えほんのこどもがとびだした、えほんでんしゃにのって。”よんで、よんで!”山の上でも、海のなかでも、宇宙にも、えほんのこどもはでかけていきます。
画家の絵本はいつもとかわらず、カラフルで、小さな楽しみがたくさん描き込まれていて、たんねんに絵を見る楽しみがいっぱいあります。幼い子どもが描いたような絵と、夢の中にいるような色は、おとなにとっても幼かった時のおもいでのようななつかしさがキラキラとあふれています。この画家の絵本がいろいろな年齢の人に好かれるのはそんな理由からかもしれません。

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ひらけ!なんきんまめ

9784338192163


「ひらけ!なんきんまめ」
竹下文子・作
田中六大・絵
小峰書店 本体1100円



 おかあさんから犬の散歩とおつかいをたのまれたたくは、あすかちゃんとけんかしてクサクサしていたので、気分がのらないままぶすっとして家をでました。帰り道ジャムを買ったおまけのおつりで、街かどのおばあさんからなんきんまめを買いました。ところが不思議なところに出てしまいどうも迷子?道は行き止まりです。知らない所でおもわず”ひらけ、なんきんまめ”と唱えると、なんと前の塀が開いて道があらわれました。ビックリしておもわず犬のたずなを放してしまい、ころすけは道の奥へ走って行ってしまいました。あわてて追いかけたけれどころすけは見つかりません。とおりかかったおじいさんに道を聞くと、おじいさんはなんきんまめをくれれば教えてあげるといいます。
 お話の内容は特別ハラハラする冒険話ではありませんが、ちょっと不思議な世界がひろがり、物語の読み始めの子どもにとって、とても工夫されています。まず、絵がいっぱい。見開きの片面いっぱいに絵が描かれているので、読物の体裁は物語本ですが絵本といっても良いくらいです。55ページの厚さ、読物らしく読み易い縦組、絵は親しみやすく描かれていて、絵のなかにはユーモアがあります。たとえば、本屋が描かれているのですが、店の名前は「こみねしょてん」と「みけねこしょてん」パン屋には「おなかパン」と看板が、まいごねこも時々顔をだします。見返しにはこの物語に描かれているものたちが並べて描かれています。
 絵本も良いけれど、一人読みのできる幼年童話の良いものがなかなかありません。子どもが手を出し易い工夫が必要だとあらためて思いました。出版社の人たちと機会をみて話してみようと思います。

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海からのおたより-2008年12月

 貝紫のはなし

11月25日文化女子大学秋期特別公開講座「貝紫の神秘―海の天然染料をめぐる壮大なロマン―」で堀尾真紀子先生のお話を聞いてきました。
 紫は古代フェニキアの時代から非常に高貴な色でした。旧約聖書やギリシャ神話にも記述が見られ、ローマ時代にはシーザーが見にまとい、クレオパトラの船が帆を紫に染めたという話が残っています。染色がご専門の先生のお話だったので貝屋のわたしとしてはとても興味がありました。

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 中でもメキシコ・オアハカ州に残る貝紫のおはなしがすてきなので紹介します。先生が貝で染めた織物が見事だったのでゆずってほしい、といったところ「これはどうしてもゆずれない」と断られたそうです。
 ドン・ルイス村というインディオの末裔ミステカ族の男たちは農閑期の10〜4月に海に向かいます。数人のグループでキャンプをし、荒い波が打ち寄せる岩場でいとしい彼女のつむいだ糸を命がけで染めるのです。彼らは貝を採る前に祈ります。ヒメサラレイシというちいさな貝を岩からはがし、ふっと貝の口に息を吹きかけます。すると貝はカルピスウォーターのような白い体液を出すのですかさず糸にこすりつけます。糸はみるみるうちに紫色に染まっていきます。「神様ありがとう」といって染色に使った貝は海に戻します。それをくりかえして1束の糸を染めるのに1000個もの貝が使われるそうです。満月の夜、月にさらして仕上げをします。そして数ヶ月かかって染めた糸を手に彼女にプロポーズするそうです。求婚された女性はその糸で30センチほどの幅の織物を織り花嫁衣裳のスカートにします。
とてもロマンチックなおはなしです。近年リゾート開発がすすんで海岸の岩場が減りヒメザラレイシガイも少なくなってしまったので村人だけが採れる許可制になってしまったそうです。
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 紫の部分は貝紫、あざやかな赤は合成染料、地味な赤はコチニールと�いうウチワサボテンにつくカイガラムシで染めた織物だそうです。貝紫にはサソリよけの効果もあるとのことでした。
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どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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