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2008年5月31日 (土)

海からのおたよりー5月号

海からのおたより 2008年5月
ゴミ0の日〜クリーンアップキャンペーンに参加してみました〜
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 5月30日はゴミゼロの日。知人が主催する「かもめのクリーン隊」から千葉ポートパークの海岸清掃に参加しませんか、というお誘いがきました。今回の催しはただゴミを拾うだけでなくJEANという国際海岸クリーンアップキャンペーン(ICC)の日本での窓口になっているNPOにゴミを細かく分類し、ゴミの内容を報告することを目的にしています。海のゴミにはとても興味があったので参加してきました。
まずミーティングで今回の趣旨、目的を聞いた後、それぞれ燃えるゴミ、燃えないゴミ、に分けて30分間拾いました。それらのゴミを集めてJEANの分類ごとにゴミの数を数えていきます。たばこのフィルター、花火、ガラス片、お菓子のパッケージ、プラスチック片・・・・・こまかく分類することでその海岸の特徴が浮かび上がってきます。
ポートパークは千葉市で唯一の干潟(人工ですが)で市民のいこいの場になっています。
潮干狩りする人、犬の散歩をする人、凧揚げをする人、観光客、港関係の方、こどもからお年を召した方まで狭い割にはこの海岸は利用する人がとても多いのです。ゴミを見ていても遠くから流れてきたものよりもここで捨てられたものが多いことに気がつきます。たくさんの方たちとゴミを拾ってみると以前わたしがこの場所でゴミを拾ったときと違ったものが見えてきました。釣り好きの方からゴミとなった釣具の説明を聞いたりしてとても勉強になりました。
「美しい海をこどもたちへ」JEANのHPのトップに掲げてあるフレーズです。

6月5日~10日まできぼーる1Fで「かもめのクリーン隊」の活動紹介のパネル展示があります。

どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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2008年5月30日 (金)

ホーミニ・リッジ学校の奇跡

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「ホーミニ・リッジ学校の奇跡!」
リチャード・ペック
斎藤倫子・訳
東京創元社 本体1800円



 それは8月の輝けるある日、独身であまり好きになれなかった教師マート・アーバクル先生が突然死を迎えた。これで学校から解放されるとうれしかった。学校の勉強にはすこしも身に入らなかったし早く仕事をして一人前になりたかった。ところが学校はなくならない。ある日代理教師がやってきたが、驚いたのなんの、その教師は学校大嫌いの俺の姉さんだった。教育熱心なタンジーは俺たちを常に勉強させた。そのタフな精神はどこからきているのか。しかも、タンジーは正式な教員養成教育をうけていたわけではなく、彼女の考えた独創的なやり方で、どんどん俺たちに勉強させた。もちろん、弟だからといって手心をくわえない、それはきびしい。
 ホーミニ・リッジはインディアナ州のなかのもっとも田舎にある。教室がひとつきりで、そのなかでごちゃ混ぜの年齢の子どもたちが学ぶ。俺は15歳だけれど、8年生の卒業試験に受かっていなかった。
 良き時代のアメリカ、まだ、自動車もなく、脱穀車もない時代のおおらかな型破りな自然相手の毎日。生活力はあるけれど、勉強ぎらいな少年達と教師をめざす姉さんとの攻防戦をおもしろおかしく語っている。いつのまにか私たちはラッセルの話、アメリカらしい愉快な物語にどんどん引き込まれてしまう。
 前作「シカゴよりこわい町」「シカゴより好きな町」についで痛快なエネルギーにみちた物語です。


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2008年5月28日 (水)

アイヌの神話

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「トーキナ・ト」
アイヌの神話
ふくろうのかみの いもうとのおはなし
津島佑子=文
宇梶静江=刺繍
杉浦康平=構成
福音館書店 本体1600円

 刺繍と布絵によるアイヌのお話も3作目です。この絵本もアイヌのカムイ・ユカラ(神謡)で、人間の世界を守っているふくろうのかみさま、兄と妹の話です。かみさまのほんとうの姿はにんげんと同じ。ある日妹がひょろひょろぼうずにさらわれ、船に乗せられ魔物の世界、洞穴へ運ばれて行ってしまいます。魔王のところへつれてこられたのですが、あぁうれしい、アイヌラックルが助けにきてくれました。アイヌラックルは半分人間で半分神さま、おにいさまの嘆きと助けの声を聞いて来てくれたのです。そして、お祝いの宴、おにいさまの願いでわたしはアイヌラックルと結婚しました。
 大型の画面いっぱいに描かれた布絵にほどこされた刺繍は立体的なので迫力があります。そして、言葉、神謡なのできっと舞いながら謡われるものでしょう。「トーキナ・ト」の言葉の意味はないとのこと、リズムと一種の呪術的な唱えごとなのでしょうか。ぜひ、いつかもとの布絵と実際の言葉を聞いてみたいとおもいます。文を書いている作者津島さんの小説に心魅かれるところがあって、ほとんど全部読んでいるファンのひとりとして、この絵本も読む事ができ、私にはこれも嬉しいことでした。

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2008年5月27日 (火)

クロニクル 千古の闇 4巻

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「追放されしもの」
クロニクル 千古の闇 4巻
ミシェル・ペイヴァー=作
さくまゆみこ=訳
酒井駒子=画
評論社 本体1800円



このシリーズも4巻目を迎えた。トラクは胸に<魂食らい>のしるしを刻まれ隠していたが、とうとうみつけられ追放される。氏族の掟で、ハズシにして追放する、ハズシというのは死者として扱われ忌みきらわれることだ。死者なのでなにもかも取り上げられ追放され、トラクの魂は彷徨いあるく。寄り添うのはオオカミのウルフだけ。フィン=ケディンすらトラクをかばうことはゆるされない。けれど、レンもベイルもトラクを救うべく、トラクを探すが、見つけた時はトラクはクサリヘビ族の魔導師セシュルの魔力に従ってしまっていた。
 この巻ではトラクを救うべく、レン、ベイル、そしてウルフと視点をかえて物語がすすんでいく。そして、トラクやレンのもっている謎がそのなかで少しずつ明らかになっていく。物語の中にでてくるのはいまから6000年前と設定された世界、生き延びて行く為の力と智恵、そして、呪術の満ちていた世界、人と動物が同じ所で生きていた時代。いまの私たちからは考えられないような世界かもしれないが、同じように子どもを育て、愛を育み、敬愛と友情、そして、死者をおくり、明日を祈る。この丁寧に描かれた物語は読者がトラクになり、レンやベイル、時には嫉妬からトラクを殺そうとするイノシシ族の少年アキになってみる。
 トラクは最後に洪水から皆を救い、セシュルの魔力を封じ込めることができたのだが、父親が<魂食らい>にそむいてまで、自分の死と交換に<魂食らい>の力のよりどころになっていたファイアオパールの謎とはなにか?母親の邪悪な企みから解放されたレン、オオカミの仲間でなくトラクと暮らす事を選んだウルフたちに待ち構えているのはなにか?1年に1冊という発行がまちどうしい。

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2008年5月26日 (月)

かぞえうた「いっちゃんいちにち」

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「1ちゃんいちにち」
へんてこかぞえうた
高木あきこ うた
さいとうしのぶ え
リーブル 本体1000円

ここ近年ことばあそびの本、絵本の出版が多くなりました。この絵本もことばあそびの絵本です。サブタイトルにあるようにことばあそびのなかのかぞえうた絵本の1冊です。表紙の絵でも描かれているように1〜10の数字たちが元気に遊びまわっています。まず、〜「1ちゃん」はなしは3じゅうさんこのあめをなめて歯がいたくなり、おまけにとんできた10人の歯医者さんにしかられた〜。ページどおりにここに書いてしまうとちょっといけないので、こんな書き方になりましたが、ページの実際はリズムにのったことばあそびです。2、3・・・とすすんでいくにしたがって文はすくなくなり〜「10ちゃん」ジュージューじゅうにんぶん〜となっていき、最後は〜みんなでわになっておどろう〜。
もうひとつのこの絵本のおもしろいところは絵にもとてもリズムが生かされている事です。1から10まで、数字に顔があり、そのかおが表情豊かで絵をみながら声をだして読んでいると、読み手の声もうきうき、リズムにのってきます。
 最後の裏の見返しにはおまけ、数のいろいろなかぞえかたがでています。

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2008年5月25日 (日)

「バルサ」の人気は

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「流れ行く者」
守り人短編集
上橋菜穂子=作
二木真希子=絵
偕成社 本体1500円



守り人シリーズが終わりとおもったら連作短編集がでた。このシリーズの一番最初の部分にあたるこのなかに4編の物語がはいっている。父を王に殺された少女バルサは父の親友ジグロに助け出されて、呪術師トロガイのもとに身をかくしている。いつ王に殺されるかわからない。ひとところに住む事はできず、バルサとジグロは流れ者として時々用心棒として雇われて暮らしている。そして、なによりも父親の敵をうつために、槍や刀を使い、危険な毎日の中をくぐりぬけている。その流れ者の生き方、ある時は賭博場の用心棒、ある時は蜜と偽って金を運び儲けようとする隊商の用心棒、それは過酷な生き方だ。もはやジグロもバルサが女だいうことを隠しはしないが、というよりすでに隠せない年齢になってきている。そして、ジグロの病気、バルサをもう連れて歩く事はできない、するべきでないとトロイガのもとに帰ることでこの4編の物語は終わっている。
 各々の物語の中にもうひとつ物語が隠されている。どれもが、貧しさと暴力の中に生きている人、愚かというのはやさしいが、そのなかから這い出せない名も無き人たち、一方ジグロのように義のために自分の人生を賭けている者、これだけの力と智恵があるのだから、もう少し楽な生き方ができないのだろうか?いや、それは生きていくことにならない、と、いうだろう。
 守り人シリーズのおもしろさは作者の巧みな物語の構成力、専門の文化人類学から発想されたことがふんだんに具体的につかわれ描かれている。そして、その物語に登場する人びとの喜びと哀しみが読者の心をゆさぶってはなさない。
 それにしても、人はなぜ生きているのだろう。日常のささやかな喜びがその力になるということを作者は描いてみせる。もし、その喜びが感じられない世界になったら、人は滅びるしかないのだろうか。

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2008年5月23日 (金)

家族のカタチ「メジルシ」

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「メジルシ」
草野たき
講談社 本体1200円



双葉は中学3年生、卒業すると全寮制の高校に行く事が決まっている。それと同時に両親は離婚、けれどそれは修羅場があったわけでもなく、母親美樹の一方的に近い話からはじまったことだ。父親の健一はなかなか同意しない、というよりどうして離婚しなければならないかわからないのだ。私立高校の事務職の彼は安定した地位と家庭的な夫で、栄養士として働いている美樹が大学院へ行って勉強したいから離婚したいと言い出したことが到底理解できない。けれど、健一は美樹を愛する故に同意することにした。双葉はその両親のなかで、浮遊感があり、それにいつかは向き合わなければならないと思ってもなかなかできない。そして、健一の発案で家族最後の北海道旅行にでかけることにする。
 この家族は善意の塊のような父親、いつも不愉快そうな母親(泣いた事も心から笑う事もない)不安になると自分の手の火傷のあとを触る事によって心を落ちつかせようとする双葉をとおして、壊れそうになった家族の再生を描いている。双葉の火傷、それは母親の不注意とされているが、双葉はその理由を母親自身に語らせようとする。母親だけでなく双葉自身もそこからいつも目を避けようとしてきた。いつかは真実を自分で納得しない限り、次への出発はありえない。
 この家族はお互いに自分を曝け出す事ができない。できないことで不幸をうんでしまった家族を私は知っている。それを知っていたのになにも出来なかった自分を認めざるえない。そんな苦い経験を思い出しながらこの本を読んだ。
 双葉にとって意味の有る旅行になった。ハッピーエンドの旅行ではなかったが、新しい一歩を踏み出すのには、とても有効な旅行になったと、最後に作者は双葉に言わせている。嫌なことは変に目をつぶったり、目をそらしたりしないで真摯に向き合わなければならないことがあること、双葉の新しい一歩だ。

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2008年5月21日 (水)

幼年童話の楽しさ

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「ネコのドクター小麦島の冒険」
南部和也 さく
さとうあや え
福音館書店 本体1500円



小学校3,4年生になると読む物語もだんだんリアルになったり、成長していくためにどこか心に残るような物語を読むようになる。けれど、読んでいくうえで、正直疲れてきたり気持ちが重くなってくるものもあり、この物語のような本にいきあうと楽しく心が軽くなる。
 「エルマーのぼうけん」のような長い冒険小説を喜んで聞いている年齢の子どもたちに勧める本のひとつに、比較的新しく出版された本「ネコのタクシー」という幼年童話がある。世界一足の速いネコで、ひょんなことからタクシードライバーになったネコのトムの冒険物語だ。(トムの車は動力がない。トムが足で動かすのだ)2巻目は父親のジョンに会いにサルの王さまの招待状をもって、アフリカにいく話、この3巻目は父親ジョンの若いときの体験と冒険が中心になっている。
 ジョンは人類学者ポート博士のところで助手として働いている。街ではこの頃原因不明の「ゆっくり症」と言おうか、「ねむい病」が蔓延し始めた。どうも街一番おいしいパンやさんのパンを食べた人が、この「ゆっくり症」に罹るようだ。元気なジョンはパンを食べないから大丈夫とのことで、原因を突き止めるよう調査をたのまれる。成功の暁には科学アカデミーで正式なドクターになことができるというので、ジョンはひきうける。パンを焼く小麦粉に原因しているのではないかとおもったジョンは世話係のパコと小麦粉の作られるフラワー島にでかけ、原因になるキノコをみつける。キノコおじさん、発明家で医者の父親とくらしている女の子レンなどと知り合い、とうとう原因を突き止めるが、まちがってキノコを食べてしまう。
 なんともにぎやかなおかしな人たちのお話、こういう本を読むと気持ちが明るくなってくる。子どもの本は、特に幼年童話はだから好きだ。冒険の物語で、ナンセンスな物語なので笑いながら読んだ。この本は著者は日本人なので趣はちがうが「ドリトル先生」の本を読んでいるような錯覚をおこしてしまった。
 ネコの好きな人はもちろん、嫌いな人にもおすすめ、もちろんこういう本は読書コンクールの本にはしないように。笑い転げながら、のびのびと読めないのはもったいないから。

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2008年5月20日 (火)

アルマジロの晴れ着

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「アルマジロの晴れ着」
ボリビヤ・アンデスの昔話」
ぶん かわだあゆこ
え  よねもとくみこ
アスラン書房 本体1300円



むかし、アンデスのティティカカ湖のほとりでは一年一度にぎわうお祭りがありました。そのお祭りを楽しみにして、動物たちは準備をします。アルマジロもいつもは地味な格好をしているので、はなやかなマントを着る事にしました。ようやく半分くらい織るときつねがやってきて、お祭りは明日だといいます。さあ、焦ったのはアルマジロ、しかたがないのでちょっとぞんざいになりましたがおおいそぎで完成、でも、見上げた空のお月様は丸くありません。お祭りは満月の夜なのです。きつねにだまされ、からかわれた事を知って、これから織っても間に合わないので、ふち飾りをつけて工夫してみることにしました。
最後の場面、おめかしをしたアルマジロに誘いをかけているのはあのきつねです。でも楽しそうに踊っています。
 どこからかアンデスの音楽が聞こえてきそうな絵本、でも、アンデスの伝統いっぱいに描かれた絵は私にはやはり日本の伝統的な絵になっているように思います。でも、それはそれで良いとおもいました。それはこの物語が私たちのまわりのお話になっても不思議にはおもわれないからです。(もっともアルマジロは身じかにいる動物ではありませんが)民族的な柄を額縁のようにつかって、絵を引き立たせ、お話を引き立たせています。

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2008年5月19日 (月)

「スター・ガール」ふたたび

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「スター・ガール」
「ラブ、スター・ガール」
ジェリー・スピネッリ
千葉茂樹=訳
理論社 本体各1500円

 マイカ高校にウクレレをもち、ペットのクマネズミのシナモンをポケットにさっそうと現れたスターガール、名前からして奇抜だけれど、その積極的な生き方も含めて、みんなの人気者になった女の子がいた。けれどいつのまにかみんなから浮いた存在になってしまった。その時スターガールを支えたのはレオ。レオとスターガールの街のはずれで会う最後の場面を覚えているだろうか。
 そのスターガールの一年後の物語がこの本だ。この物語のなかのスターガールはレオと別れた辛さで、驚くほど落ち込んでいる。この物語はレオにあてた日記=手紙?の形式で一年間が語られている。物語に登場する人たちはみんななにかしら心に傷をもち、なかなかその中から一歩踏み出す事の出来ない人たちだ。スターガールは学校に行かないで、自分で勉強をしている。虚無化と瞑想の心の洗濯のためにピーマス公園にいる時小さな女の子ドゥーツィに出会う。天真爛漫な女の子といえばかっこいいけれど、ある意味では奇想天外で困ったこどもだ。貧困家庭で育ったこれもまた、反社会的な男の子ペリーと床掃除や店の下働きの仕事をしている乱暴な女の子アルビナと弟のトーマス、アルビアにドーナツを配達してもらうだけ、一歩も外にでられないベティー・ルー、死んだ妻のお墓の前に一日中いる老人チャーリー、心にささった小さな傷を抱え込んでしまった人たちがいる。
 冬至にひとつの儀式を考えているスターガール、最後その儀式のためににみんなが集まってパーティーをする頃、また、どこかできっとレオと自然に愛し合えることができると、それぞれの場所で自分らしく生きていこうと思うのです。
 ちょっとたくさんの人たちが登場するので、物語は込み入ってしまいますが、前作のように詩的な、内省的な物語は静かな感動をよび、とくに、Y・Aの年代の人たちの心に響きあうと思います。
 

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2008年5月18日 (日)

天使のえんぴつ

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「天使のえんぴつ」
クェンティン・ブレイク作
柳瀬尚紀 訳
評論社 本体1300円




 シド・バンキンは路上芸術家、つまり路上絵かきです。つまり売れない絵かきです。コンクールに応募しても入賞したことがありません。路上絵かきだからです。ある日二人の女の子クルッピーとウカレッピーに出会ったのが幸運のはじまりでした。クルッピーとウカレッピーにもらった特別のえんぴつで絵を描くと、なんと絵は動き出し、空に浮かび、宙に浮いて行きます。クルッピーとウカレッピーは天使なのです。
 クェンティン・ブレイクの絵はいっけん子どものいたずら書きのようです。ナンセンスな内容が多いので、楽しくノビノビとしています。
 この絵本の路上絵かきシド・バンキンはあまりお金持ちになりません。なぜかというと絵はみんな飛んでいってしまってお金にならないからです。でも、このうれしそうな表情。人生の幸せはこんなところにあるのかもしれません。

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2008年5月17日 (土)

お話で「なめとこ山のくま」

   ストーリーテリングの魅力〜『なめとこ山のくま』
                      
 好きなおはなしだが、なぜ好きか、その理由がわからないものがあります。かこさとしの『どろぼうがっこう』(偕成社)もそうです。絵本でも、おはなしでもやります。(宮沢賢治の『狼森と笊森、盗森』と関係ある、と聞いたことはあります)
 宮沢賢治の『なめとこ山のくま』もそうです。おはなしの表現の、参考になるかと、なぜ好きなのか考えてみました。作品は6つの話(段落)からなっています。第2の話と第5・6の(ひと続きの)話は、冬のシーンです。私は雪国育ちなので、寒いのは嫌いですが、凍った世界はとても魅力的です。冬のシーンがあるから、おはなしでやるのです。くまが口をきいても気にしません。賢治独特の表現も魅力です。でもそれだけでもないようです。賢治の童話を「法華童話」とも言うそうです。この作品は、殺生がテーマなのでしょう。猟師の現実や、考え方はもっと違うものでしょう。それを透き通った、くまと小十郎の世界に昇華するために、第3話で、くまの皮を町に売りに行く、小十郎の説明をしています。
 第1話の構文は複雑です。なめとこ山の描写を3回たたみかけています。「なめとこ山は大きな山だ。と次の文」「なめとこ山は一年のうちたいていの日は、と淵沢川」「中山街道から大空滝までの描写」と、映画のカメラを後ろへ引いていくように、同じ山を3回描写しています。それに、くまの文を付け、小十郎を付け、「くまは小十郎をすきなのだ」と付け、犬を付け、小十郎のむすこ夫婦の死を説明するというように、先の文が、次の説明に自動的につながるような構文になっています。
 このように、小十郎の状況証拠を積み重ねるような、描写を見ると(どういう形で発表されたか分かりませんが)はたして完成稿なのか疑問が出ます。私は岩波版の童話集Åッ『風の又三郎』所収で覚えました。
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 (岩波少年文庫「銀河鉄道の夜」)
天沢退二郎さんに聞いたら、この岩波版の底本はわからないそうです。ただこの未整理(?)の『なめとこ山』は逆に魅力的なので、他本との異同を調べる気はありません。たとえば、母くまを「おっかさん」とよんだ次には「おかあさま」と出てきます。どちらかに統一して、はなしたこともありますが、しっくりきません。賢治でも統一に至らなかったのでしょう。
 第5話の、糸を紡ぐばあさまと、うまやもそうです。第3話で「布にするようなものはなんにもできなかったのだ」と断ってますし、「まるで少しの畑」なら農耕馬はいりません。ただ、この短い第5話は、6話で小十郎が死んで残された者を、暗示する大事な部分です。聞き手は、瑣末な事は気にしないでしょう。
 このように意余って未整理な文章、あれもこれもと入れて、未完成な作品、そのあふれるものが、『なめとこ山』の魅力なのです。私も端から端まで好きなわけではありません。聞いてほしい部分があるから、おはなしでやるのです。話すときに、いらない所はさらりと流します。おはなしではそれが出来るのです。昔話だって、話し手によってまちまち、矛盾だらけの文章です。でもそれを越えた所に昔話の楽しさがあるのです。
 というわけで『なめとこ山』は、おはなしに向く作品です。覚えられなければ、声に出して読んであげて下さい。
  (高橋峰夫)

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2008年5月15日 (木)

しずかに!・・・

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「しずかに!ここはどうぶつのとしょかんです」
ドン・フリーマン作
なかがわちひろ 訳
BL出版 本体1400円


 カリーナはいつも土曜日に図書館に行きます。図書館が大好きなのです。本を読むのも好きだけれど動物も好きで、その日は動物のたくさんでてくる本を読んでいました。そして、”もしかしたら動物も本が読みたいかもしれない”とおもいました。「今日はどうぶつたちの図書館です」。カリーナがカウンターにすわっていると、カナリアが来ました。次にはライオンです。”ライオンさんここはとしょかんなのでほえてはいけませんよ。”次はくま、ぞう、くじゃく、かめ、きりんにやまあらし、さる、うまもうしも、みんなしずかに本を読んでいます。ところがねずみが入ってきてちょろちょろしたのでビックリして皆大騒ぎになってしまいました。おもわず”しずかに!””え!だれもうるさくしていないよ”
 カリーナの愉快な想像におもわず笑ってしまいます。こんな思い違いは楽しい。ちょっとの間動物たちの図書館の人になったカリーナは、家でもう一度ゆっくり読むためこの本を借りていくことにしました。
ドン・フリーマンの初期の作品との事、「くまのコールテンくん」や「ターちゃんとペリカン」などと同じように地味ですが、穏やかな心が暖かくなる作風は子どもたちに人気があります。

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2008年5月14日 (水)

インドのむかしばなし絵本

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「にげろ!にげろ?」
インドのむかしばなし
ジャン・ソーンヒル再話・絵
青山南 訳
光村教育図書 本体1500円

この絵本のお話はインドのジャータカ物語から再話されています。ジャータカ物語ではお釈迦様が動物の姿になっていろいろの徳を説いています。
 ある日一ぴきの気の小さい心配症のノウサギがマンゴーが落ちた音に驚いて、世界が壊れ始めたと思い、パニックになって走ります。別のノウサギも聞いて確かめずに走ります。うわさは広がり確かめもせず、1000匹もののウサギが走り、イノシシが走り、ヌマジカが走り、ベンガルトラ、インドサイと何千匹の動物たちがパニック状態です。でも、インドライオンが大きな声で吠えたので、みんなブレーキをかけて止まりました。ライオンに”誰が言ったのか?”と聞かれ、最初のウサギの震えた小さな声、ライオンはこのウサギを背中に乗せて確かめにいきました。真相がわかってみんな解散、帰路につきました。
 良くある話です。特に社会が不安定な時は流言飛語が飛び交い、それがまた、不安をかき立て不幸なことをうむことは、歴史上たくさんあり、現に今でもあります。ネット社会は特に大きな問題をうみます。それに、それを悪く利用する者もいます。ライオンのように冷静になれるのは誰でしようか。
 たくさん描き込まれた動物たちの動き、それに各々の動物たちのパニック状態になったときの表情、ライオンに聞きただされて答えられずに困った動物たちの動作、ライオンの威厳のある落ちついた表情など、良く描かれています。作者はカナダ人なのですが、インドの雰囲気も良くでています。

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2008年5月13日 (火)

中村哲さんの講演会

講演会「アフガンの地から平和憲法を考える」
ペシャワール会現地代表 中村哲さん
6月1日(日)13時30分〜
千葉県教育会館大ホール
参加資料代1000円
 (高校生以下無料)
主催 中村哲さんと平和憲法を考える千葉市実行委員会
連絡先 043-227-6363
 
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この本の外にもたくさんの著作のある中村哲さんは本業は医者、それとアフガン難民のための支援事業で病院の建設をはじめ、井戸掘り、用水路作りで活躍されている。
私がこのペシャワール会に関心をもったはじめはもちろんイラク戦争、アフガン戦争その他の戦争での難民、特に子どもたちの様子だった。アフガニスタンで20年も医療活動と命の水の確保のために井戸掘りと用水路を拓いているのがお医者さんというのに興味をもった。そして、真の難民活動はその国の人たちの自立なくしては成り立たない事を思った。それも援助物資だけにたよるのではなく、現地で作れるもの、使えるものを中心にすえて行動して行く考え方に深く共感した。
アフガニスタンはかっては緑豊かなところ、交易の場でもあったところだという。用水路を造るにあたって使った方法が千葉と関係の深い「上総井戸掘り」だったこともとても興味深いことだった。そこで暮らしている人がそこにあるものを出来るだけ使って事業をおこす、必要なのは兵器や兵士ではなく、あの豊かな大地を自分たちの力で取り戻していく、その考え方に共感をもちます。
 

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2008年5月12日 (月)

文化は継いでいくもの

 国際児童文学館の存続を
 作家であり評論家のひこ・田中さんから毎日のようにメールがはいっています。メディアからのニュース配信でご存知の方も多いと思いますが、「大阪国際児童文学館」の存続が危うくなっています。今回は2度目で前回もおおあわてで署名をしたことを覚えています。近年の効率主義のなかで財政難ということで眼に見えて効果のあがらないものは切り捨てていくということが多くなりました。これを機会にわたしたち自身も考えてみましょう。私たちは子どもたちになにを伝えようとするのか!
 ひこ・田中さんのメールを掲載します。

 もはや、オオカミ少年状態ですが、署名用紙の提出予定日が延びましたのでお知らせいたします。
提出が19日以降となりましたので、十七日をめどに送ってくださっても大丈夫です。日本書籍協会(出版社の団体です)は、五月一日に、副知事に面談し要望書を提出し、意見を述べました。以下、その内容をお知らせいたします。
 児童文学館がどのようにして維持され、発展てきたかがわかります。
 ブログなどで紹介していただければ嬉しいです。(ひこ・田中)

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2008年5月1日

 国際児童文学館の存続について                社団法人 日本書籍出版協会

● 日本書籍出版協会(書協)について
・日本を代表する出版社団体。1957年3月創立。現在会員472社。
・出版事業の健全な発達、文化の向上と社会の進展に寄与することを目的とする。
● 書協と国際児童文学館との関係
 協会所属の出版各社は、国際児童文学館の趣旨に賛同し、開館以来24年間、発行図書の寄贈などの支援を行い、その発展に尽力してきました。
会員出版社 約250社が 図書・雑誌 約8,000点(年間)を寄贈
【参考】年間収集資料点数 約15,000点うち寄贈 約9,000点(約2,100万円相当、出版社・個人・機関)
<寄贈について>
・出版社がこのような形で寄贈しているのは、全国で国際児童文学館だけです。
・図書館には、寄贈していません。
・存続されるならば、引き続き、協会を挙げて支援させていただきます。
 <理由>
国際児童文学館は、図書館と大きく異なる機能と役割を持っている。
・資料は、児童文化財として、発行したままの姿で保存、次代に引き継がれる。
・資料を元にした研究は、出版社にとっても参考になる。
・寄贈した資料は、子どもの読書活動推進に活かされている。それは、全国のモデルとなる。
● 大阪府に望むこと
 行政の継続性、公の責任を考えていただきたい。
協会所属の出版各社は、設立主旨と役割に大きな期待を寄せ、大阪府と同館の要請に応えて本の寄贈の支援をしてきました—子どもたちの読書環境の整備に向けて、大阪府の計画においても、国際児童文学館は重要な役割・機能を担うことが明記されています—
 国際児童文学館は「官民協働」の仕組みを構築している先行事例です。 同館の実質的な事業費約3億円(企業の協賛事業費等を含む)のうち、3分の1は民間等によるものであり、人的、知的な協働作業など支援・協力によって運営されています—
 5年後、10年後を考えていただきたい。
「大阪の未来をつくる」中に、子どもの未来に特段の配慮をいただきたい。一度失ったものは、二度と戻ってきません—
 国内、国際的な観点から国際児童文学館の意義を考えていただきたい。 府民、国民の貴重な財産です—
わが国の児童文学研究、読書推進活動の中核施設である大阪府立国際児童文学館および財団法人大阪国際児童文学館の存続と充実を強く要望します。


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2008年5月11日 (日)

絵本のおもしろさ「みつばちみつひめ」

 前作ですっかりファンになった秋山あゆ子の新作が出版されました。
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「みつばちみつひめ」
てんやわんやおてつだいの巻
秋山あゆ子
ブロンズ新社 本体1300円

今日はひどく寒い日曜日になりました。暖かければ外を少し歩こうと思っていたのに、これでは外に行く気になりません。しかたなく、たまった仕事に手をつけたのですが、すぐに嫌になって本に手をだしてしまいました。そして、この絵本がおもしろくてしばらくページをめくりました。おはなしもおもしろい、おてんばな何も知らない蜂のお姫様が外にでかけたのはいいけれどお腹がすいてフラフラと、親切なおだんごやさんに助けられおだんごを食べさせてもらったお礼にお手伝い、でも、失敗続きというお話ですが、本の隅々を楽しむことのできるのがこの絵本のおもしろさです。この作者は昆虫が好きなのでしょうか。今回はミツバチが主人公です。この前はクモでした。


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「くものすおやぶんとりものちょう」(福音館書店 刊)を見た時にクモを主人公にした時代物=捕物帳のお話がおもしろかつたのですが、それ以上に絵にひかれました。それはこの絵本でも同じなのですが、絵が江戸時代の装束と建物をしっかり描いているからです。それだけでなく道具もきちんと描かれているので、おはなしが解りやすいだけでなく引き立ちます。着物もお姫様の着る振りそでをはじめとして、お局さん、腰元や家来、そして職人の着ているものなどしっかり描き分けられています。最後のお風呂の場面も碁打ちまである大浴場、蜂ならずも楽しそうで入りたくなります。作者は昆虫と古い民家が好きとのことで、なるほどと納得しました。年齢を越えて楽しめる絵本です。

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2008年5月10日 (土)

「素数ゼミの謎」のコメントsenさんへ

 お便りありがとうございます。『素数ゼミの謎』面白いですよね。分子生物学じゃなく、生態学の分野で、数学が使えるとは知りませんでした。そういえば、数学は科学ではなく、論理学だと聞いたことがあります。
 高畑勲のアニメ『おもひでぽろぽろ』で、主人公が「分数の割り算て、どういう意味?どうしてひっくり返して掛けるの?」とつぶやく場面がありました。ひっくり返して掛けるのは授業で教わるのですが、分数の割り算の意味は難しい。なかなかうまい説明がありません。
 いちばんわかりやすかったのは、数学史の先生の説明でした。「分数の割り算に意味はない。=(イコール)の左右で、加減乗除が成り立てばいい」つまり=が成り立てば、虚数のような現実にない数でもOK、これじゃ科学でなく、スポーツのルールですね。1÷0=1なら1×0=1、1÷0=0なら0×0=1で、成り立ちません。小学の時の先生の「だから0で割らないこと」の説明に、「インチキじゃないか」と子供心に思いました。
 宇宙物理学はなぜ簡単な数式に収斂できるのか?それは=(つじつま)が合わなければ、宇宙はとっくに衝突して、なくなってるからです。数学は科学ではないが、科学はつじつまが合わなくてはならない。だから数学が援用できる。素数と生態学の出会いです。
 「分数の割り算に意味はない」は釈迦の悟りに通じるものがあると思いますが、それは次の機会に。またお便りください。      
 (高橋峰夫)

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2008年5月 8日 (木)

詩集「くさはらだより」

Kusahara


「くさはらだより」
飯塚須磨子 詩
こいでやすこ 絵
リーブル 本体952円

わたしたちの仲間、児書連のメンバーであるグリムの飯塚さんがとてもかわいい詩集をだしました。のはらの小さな生き物たち(これは風のようなものもふくめて)の言葉を詩集にしたものには「のはらうた」(くどうなおこ作)があるけれど、この詩集は小さな生き物の言葉というより、語っているのは作者そのものです。作者が小さな生き物たちと心をかよわせて私たち読者に伝えている。だから、時には小さな生き物たちでなく、子どもたちがお母さんに話している詩が載っています。自然を描いている挿絵もやさしく、柔らかく、この詩集をひきたてています。
 作者は以前船橋市で子どもの本の専門店を開いていて、いまは居を館山に移して、ログハウスで原画展をひらいたり、トークを催したりしていて、最近ではティールームを新設して活躍しています。
小さな館グリム機会があったらぜひ寄って、この小さな生き物たちとお茶をどうぞ。

 

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チャペック童話「郵便屋さんの話」

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「郵便屋さんの話」
作=カレル・チャペック
訳=関沢明子
画=藤本将
フェリシモ出版 本体1333円



 私はこのお話の作者カレル・チャペックの作品も兄のヨセフ・チャペックの作品もひと頃良く読んだ。いまでも、「園芸家12ヶ月」は時々パラパラと読むことがある。うむ、うむ!と。
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 この作品は児童書としては岩波少年文庫にはいっている「長い長いお医者さんの話」が有名で、そのなかに「郵便屋さんの話」がある。私がはじめて読んだのはいつなのか良く覚えていない。訳は中野好夫、そして、挿絵は兄のヨセフ・チャペックだ。
 中野好夫訳とくらべると、やはり現代訳になっていて読みやすい。宛先の不明な迷子の手紙を郵便局に住んでいる妖精たちに読んでもらう。郵便配達の心やさしいコルババさんが一生懸命さがしてあるくその愛の手紙、無事に届いてめでたし、めでたし。その中の切手もはらず、宛名も書かないくせに返事がこないという悲しみの運転手にいう言葉”中野訳・バカだよ、アホウだよ、トンマだよ、ヌケサクだよ、オタンチンだよ、ほんとに、アッババババァだ。””関沢訳・ばかでまぬけであほなやつ、へたくそ、ぶきよう、うすのろで、どじでへまで、ぼんくらで、うっかりものの、わすれんぼだな。”また、妖精たちがトランプをするように手紙をもってどんな手紙か内容を読まずにあててしまうところなど、中野訳はていねいな文になっているのと比較すると、関沢訳はいくぶんテンポがはやい。ただ、そのゆったりとしたユーモアが絵で描かれているように思う。つまり、読むお話から絵本形式のお話になっている。
 ヨセフの挿絵はとても素朴でほのぼのとした絵だ。藤本画は挿絵というより紙の色から絵の占める割合から挿絵とはいえない。画風はこのお話に良くあっていると思う。(はじめ日本人が描いたと思わなかった)
 画本「郵便屋さんの話」というのがふさわしいのではないだろうか。
それにしても、こんなユーモアのあふれた楽しいお話をいつも、幾度も読む事のできる幸せをたいせつにしたい。

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2008年5月 6日 (火)

コミック「あぶな坂HOTEL」

 萩尾望都の新作コミック『あぶな坂HOTEL』
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やっぱり萩尾望都はうまい。構成がいい。昔からそうだった。竹宮恵子と始めたボーイズ・ラブ系には引いてしまうが、それでも読んでしまう。それほど構成がうまい。きっちり伏線を張り、無駄なシーンがなく、洒落た会話…さすがに『残酷な神が支配する』あたりから、ついていけなくなったが。
 ひさしぶりの新作『あぶな坂HOTEL』(集英社クイーンズコミックス)は持ち味を発揮している(多少デッサンが違ってるところはあるが)。萩尾望都の魅力の第一は時間の描写にある。そして悠久の時間を描写するために、家族(世代)を描く。これが第二の魅力となる。
 『あぶな坂』は、中島みゆきの曲から取ったらしい。生死の境をさまよう人が泊まるホテル。そこから帰る気があるのか、帰れるのか、死んでしまうのか。ホテルの中だけを舞台にした、一幕物の芝居を見てるようで、このままそっくり脚本にできる。 シリーズ4話で、時間のはなし、家族のはなしが入り、複雑な構成を助けるSF的な設定と(さすが設定や道具立ては、今風なのを取り入れてるが)なると、とにかくうまい。舌を巻く。
 そしてたぶん設定は日本。日本に設定をおいた名作では『小夜の縫うゆかた』『イグアナの娘』に続くものだろう。(ちなみにそれまでは外国の設定ばかりで、『小夜の縫うゆかた』を初めて読んだ時「エッ、日本のも描けるんだ」とびっくりした) おまけに入ってる短編『天使のはなし』もおもしろい。
   (高橋峰夫)

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2008年5月 5日 (月)

休日になった2

 お天気があまりよくありません。夕方からは雨も降り始めました。夜には風もでてきて、春の嵐です。朝少しゆっくりしてから、大原の天徳寺へいってきました。私の外にもうひとりだけ、あいかわらず別世界です。

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山つつじがみごとに咲いていました。大きな木が多いのですが、その下斜面一面に咲いています。今年は桜の盛りにくる事ができなかったのですが、そのかわりにつつじが咲きほこっていました。聞こえるのはうぐいすの声ばかり、曇り空に響きます。

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平地の樹木葬の木々の間の花にたくさんの蝶や蜂たちが元気に働いていました。つつじの花の中に蜂が蜜を求めてもぐりこんでいます。(クリックしてみてください)。今年はじめてクロアゲハをみました。しばらくあたりを歩いて本堂へまわると住職の読経の声が流れていました。
 店は明日も休みですが仕事がつかえているのでこれで春の休日は終わりです。

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休日になった

 「海からのおたより」をいつも書いてくださるどんぐり変集長からのメールで千葉県立中央博物館に行ってきました。時間があると時々行くのですが、今回は整理のお手伝いをした貝の展示があるとのことで見に行ってきました。フィリッピンの貝と房総の貝、大きな2ケースがあって、きれいに整理されていました。房総の貝は以前に教えてもらったものが多く、あらためて貝の不思議な形を感じました。奥では特別展示「浜辺の野鳥たち」があり、それものぞいてきました。
もうひとつ隣接の青葉の森公園の「ハンカチの木」のあたりからしばらくブラブラと歩き回ってきました。
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もう散り始めていて、去年にくらべて花も小さく、お天気も悪いのでこの写真では良くわからないかもしれません。(画像をクリックしてみてください。)公園の中をしばらく歩きまわりました。

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近くの空き地にはホピーが群れて咲いていて、そういえば今年はタンポポがたくさん咲きました。野生のものは年によって咲き方がちがいます。
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少し自然の中をブラブラすると頭の中がカラになって元気がでます。

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2008年5月 3日 (土)

小さな動物物語

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「森のすみか」
 モモンガ クルルの物語
 さくらいともか
 福音館書店 本体1700円



アナグマが森の中を歩いています。もう少しがんばって歩けば、聞いた場所、おいしいものがいっぱいある所へたどりつくにちがいありません。川の揺れる橋を渡ると目の前の空を横切った者がいます。それがアナグマのズーイとモモンガのクルルの最初の出会いでした。クルルは母親と別れて新しい自分の居場所を探していました。
 この物語はそのクルルを中心にアナグマのズーイ、ヒメネズミのチイなど、冒険しながら成長していく森の小さな動物たちのおはなしです。フクロウに捕まって危なく食べられそうになって、読んでいるとちょっとドキドキする場面があったり、でも、モモンガの長老コバヤンやカモシカのヒヅメばあさんがクルルにいろいろと教えてくれます。やがて、森に冬が来る頃、クルルも大きくなりました。そして、ケガをした長老コバヤンと歳をとったカモシカのヒヅメはクルルにあとを託して旅立っていきます。
 作者は現代美術で活躍しているので、作品中の挿絵(カラーです)もすべて描いています。動物物語が好きな10歳位からの子どもたちにお薦めできる作品です。

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2008年5月 1日 (木)

千葉市文庫連絡協議会30周年記念講演会

 千葉市文庫連絡協議会が30年を迎えます。会留府が稲毛区に店をだして31年になりますが、その頃の千葉はたくさんの人たちが子どもを連れて移ってきて、人口が急に増えました。引越してきたものの、なにもなく、欲しい本も手に入らず、親たちは自分たちの手で子供会や地域・家庭文庫を次々と開きました。自分たちで本を持ち寄ったり、バザーをしてその代金で本を買ったりしましたがとても追いつきません。それで文庫連絡協議会をつくって行政にいろいろ働きかけていきました。本のことだけではありません。「おはなし」などの勉強会をしたり、おすすめのリストをつくったり、情報交換など、各文庫がいっしょになっていろいろのことを計画していきました。参加する人たちはなんといっても本がすき、こどもたちと本を読みあうのが大好きな人たちです。それは千葉市だけでなく船橋や佐倉なども同じで、ここ近年つぎつぎと30周年を迎えます。
30周年を記念して、心をあらたにこれからも活動を続けていくために、下記のように講演会をもちます。たくさんの方たちの参加をおまちします。
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「まゆとおに」富安陽子/文 降矢なな/絵
 福音館書店

千葉市文庫連絡協議会30周年記念講演会
「物語がうまれる時ー不思議への入り口ー」
講師 富安陽子さん(作家)
2008年6月28日(土)2時から4時
千葉市生涯学習センターホール(千葉市中央図書館となり)
参加費500円(当日券はありません) 定員250名
(託児あり・事前申し込み制・10名)
お問い合わせとお申し込み
 *TEL・FAX 043-252-7041石渡(とどろき文庫)
        043-424-4042中山(おひさまはらっぱ文庫)
主催 千葉市文庫連絡協議会 後援 千葉市教育委員会

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