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2008年2月28日 (木)

幻の絵本の復刊

 え!こんな絵本があったの!ほとんどの人がびっくりされる。直販会社で出されたものなので、一般の本屋にならばなかった、しかも、その出版した会社もまもなく倒産してしまったとのこと、知られないのも無理ない。その絵本が「復刊ドットコム」で活躍している「ブッキング」から1月・2月・3月と出版がはじまった。どれも文と絵の2人の著者のコンビで4タイトル3冊づつだ。
中川李枝子・文 山脇百合子・絵
1「いちくん にいくん さんちゃん」
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2「うさぎのにんじん」
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3「みかん」
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松谷みよ子・文 渡辺三郎・絵
1「ともだち」
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2「あおいぼうしののんちゃん」
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3「まいごのくじら」
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香山彬子・文 東君平・絵
1「こりすのふかふかまくら」
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2「みどりいろのすず」
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3「みどりのようせい」
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寺村輝夫・文 多田ヒロシ
1「らいおんのがお」
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2「ひよこのぴー」
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3「おはようひまわりくん」
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 どの絵本もいまとくらべると文も絵も驚くほど素朴だ。きをてらうわけでもなく淡々とお話がすすむ。山脇百合子の絵は初期の「ぐりとぐら」をおもわせ、渡辺三郎の絵は画家の力を感じさせ、東君平の絵は白黒でなく明るいカラーの絵、そして、多田ヒロシはいかにも漫画家らしい。幼稚園や保育園から持ち帰って親に読んでもらっているうれしそうな子どもたちの顔がおもいうかぶ。
 今はいろいろの事情で読者の手にはいらなくなってしまった本をもう一度世に送り出す
ブッキングの活動に嬉しく思う。

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2008年2月27日 (水)

物語の愉しみ

 エイキンの新刊をほんとに久しぶりに読みました。そして、久しぶりン物語の愉しさを堪能しました。
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「ダイドーと父ちゃん」
ジョーン・エイキン作
こだまともこ訳
富山房 本体1819円




「ウィロビー・チェースのおおかみ」からはじまる一連の物語といっても知らない人も多いくらい、本が品切れ状態になって長い時間があった。今度新刊が出て、この続編も前のものも出版されるとのこととても嬉しい。前の本の大まかな内容は「そもそものお話は・・・」とまえがきのように書かれているし、これを機会に読んでもらう事にして、とりあえずこの本の紹介をしたいとおう。
 舞台はイギリス1832年良き王ジェームス゛三世が即位した。イギリスのドーバーとフランスのカレーをむすぶ英仏海峡トンネルが完成・・・えっ?ちょっとちがうのではない!そう、エイキンにすっかりだまされてしまう。ほんものの歴史ではちがう、これは、この一連の物語のひとつの特徴だ。架空の時代の架空の物語なのだが、読み手はそんなことはどうでも良く、あたかも史実のように思ってしまう、それくらい物語はリアルだ。はらをすかせたオオカミがぞくぞくとヨーロッパ本土を渡って来る。それはけもののオオカミとオオカミのような人間とにかけているのだけれど、ダイドーとサイモン(バターシー公爵になっている)ふごの妹ソフィー、あたらしく登場のイスという少女、そして、たくさんの孤児や浮浪児たちが力をあわせて戦う、ドキドキハラハラの物語だ。対する悪人辺境王アイゼングリム、孤児たちを慈善事業のようでじつは孤児から収奪しているアヘン中毒の女ブラッドヴェセル、音楽家としては天才なのに悪人に加担して、しかも自分だけでなく娘のダイドーを利用しようとする父親トワイト氏、とても魅力的な人たちが丁々発止とやりあうさまは、読み手はいつしかエイキンの物語にはまりこんでしまう。
 そのわけはこの物語の背景の事柄や場所がほんとうに目の前に実在するかのように書かれている事にある。人だけでなくオオカミがぞくぞくとふえてくるところや、氷ったテムズ川を渡るところ、子どもたちが広場や街角で、歌い遊ぶわらべ歌や、トワイト氏の音楽まで、すぐ側に聞こえてきそうだ。それは、ファンタジーの王国でもあり、デッケンズをうみだしたリアリズム小説の王国でもあるイギリスの文学と、ヨーロッパやカナダに暮らし、詩人の両親の資質をもったエイキンの才能に裏付けられている。
 ダイドーやサイモンたちの活躍でこんどもハノーバー党の王殺害の悪巧みは失敗に終わった。続きが待ちどうしい。
 エイキンはこの本のような長編のほかに少し不思議な世界を物語にした短編集「しずくの首飾り」「海の王国」(共に岩波書店刊)など多数あります。

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2008年2月26日 (火)

和菓子のほん

 日本の美
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「和菓子のほん」
中山圭子 文
阿部真由美 絵
福音館書店 本体1300円




この本は2004年「たくさんのふしぎ」で出版された本をハード版にしたものです。あえて一般書籍の分類にしたのは「たくさんのふしぎ」が小学校中級からの読者を対象にしているのですが、私の店ではほとんどおとなの人たちが愛読しているからです。内容はとても充実していて、扱う分野も広く人気があります。
ハード版になって前より色が良くでています。紙のちがいもあるとおもいますが、淡い色が澄んできれいです。つくづく日本の美を感じます。色に関して日本人はたいへんたくさんの色をもっているといわれています。それは、やはり日本の自然の美しさ、多様さにあるとおもいます。(そのわりに、街の景観というか、色は統一されていなくて、あまりきれいでないのは不思議ですが)日常に食べるお菓子のなかに日本の美が残っているのはとても興味深いことです。この本にはお菓子のことだけではなく、着物、染め付けや器、絵巻なども関係深く描かれています。
 春一番がふいて、気のせいか樹々も春めいてきました。梅の花が満開で通りかかると春の匂いがします。もう一月もすれば桜の季節、桜餅やうぐいす餅をめでる時になります。ちょっとした一時、お茶といっしょに穏やかな気持ちで過ごせそうです。

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2008年2月23日 (土)

春いちばん・絵本「まゆとりゅう」

 今日は春いちばんがふいたそうです。朝はお天気続きでいくぶん暖かな日がはじまり、空気は乾燥していました。バードテーブルにえさをおいていると、久しぶりに知人にあって、近況などを話ました。
 午後、取次ぎからの荷物が入ってチェックをしていると、空模様があやしくなってきました。靄がかかったようになり、強風が吹き荒れました。靄ではなく春の黄色い砂が舞い上がってきたのです。ラジオでは春いちばんのお知らせです。夕方になっても、いまも、風はやみそうにはありません。漁船と自衛艦がぶつかった(いままでの報道では自衛艦にぶつけられたようです)、漁船の親子はまだ見つからないとの事、海は強風で大荒れをしているのにちがいないと、胸がいたくなります。
 やまんばのむすめ、まゆのところにも春いちばんのお客様がありました。

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「まゆとりゅう」
やまんばむすめ まゆのおはなし
富安陽子 文
降矢なな 絵
福音館書店 本体800円




まゆの絵本も2作目になりました。春になってきたのでしょうか、やまにりゅうがあらわれます。やまんばかあさんとまゆはりゅうをむかえる準備をします。でっかいたるにヤマモモのおさけ、空は暗くなってりゅうがあらわれ、おさけを飲むと、おや、もう一ぴきちいさなりゅうがあらわれて、もちろんまゆと仲良しになりました。さあ、たっぷり春の雨を降らせて、山の上の空は春の色になりました。
文と絵がぴったりあった絵本です。まゆたちがりゅうに乗って雨を降らせる場面は、スピード感があって、まゆの赤い毛とりゅうの赤いひげが印象的です。そして、最後の場面の虹がとてもきれいです。りゅうからの贈りものような虹があらわれました。
 地上でも春はもうひといき、この風が凪ぎいたら、春が訪れます。

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2008年2月21日 (木)

海からのおたよりー2008年2月

早春の海
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 南房総に花の季節がやってきました。海が見える千倉・白間津地区のお花畑にはポピーやストック、キンセンカが咲き、お花摘みをたのしむ観光客がたくさんやってきます。
お花が咲いているので暖かい、と思う方が多いのですが、案外館山の朝は冷え込みます。
今年は雪も降り、お花が凍ったという話を聞きました。
海では打ち上げられた海藻を拾う人をちらほら見かけるようになりました。春先は寒さに耐え切れなくなった南方系の貝が拾えるのでこの季節はちょっと楽しみです。
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 潮がひいた岩場で子どもたちが呼ぶ声がします。何か見つけたようです。「ハナデンシャがいる!」。ハナデンシャはウミウシの一種でめずらしい生きものです。花電車のようにはでで刺激すると光るそうです。花電車といってもわたしも高校生のときに都電荒川線の花電車を見たきりなので子どもたちは「?」ディズニーのパレードの車のようなものだといっておきました。子どもたちは「またまたへんないきもの」という本を見て知っていたようです。さわるとぷにぷにしてクラゲよりも少しかたい印象です。生態はまだよくわかっていない生きものです。
 この日のお宝はこれ。ぴかぴかのタカラガイ類です。
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どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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2008年2月20日 (水)

リリー・モラハンのうそ

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「リリー・モラハンのうそ」
パトリシア・ライリー・ギフ=作
もりうちすみこ=訳
吉川聡子=画
さ・え・ら書房 本体1600円




 1944年ニューヨーク州セントオールバンズから物語は始まります。リリーは母親が死んでしまって、祖母と父親の3人家族です。元気で泳ぎが得意、それだけではありません。読書も大好き、小説を書きたいとおもっています。夏休みになり、本、書きためた小説、水着、母の形見の銀の鏡、生まれたとき母親が天井に貼付けてくれた金の星をひとつとって、なんとピアノもいっしょに祖母の別荘地へ向います。待っていた親友のマーガレットは父親がデトロイトの工場で働く為に、家を留守にすることになりがっかりしますが、隣のオーバンさんがひきとった男の子アルバートと出会います。リリーの父親も戦地へいくことになり、ちょっとしたことに意地をはって見送りに行かず、後悔と父親へのおもいをつのらせ、毎日手紙をまちます。戦時の秘密で父親はどこに配属されているのかわかりません。そこへ、マーガレットの兄が戦場で行方不明になったという知らせ。リリーはどこにいるかわからない父親を思い不安をつのらせます。手掛かりは手紙だけ、(あとで父親が手紙の中に読む事を薦めている本と関係があることがわかります)それなのに祖母はいろんなことをうるさくリリーに言い、リリーは孤独感をつのらせ、アルバートにボートを漕いで沖の軍艦に乗って父親に会いに行くとうそをつきます。アルバートはナチスから逃げてきたハンガリーの少年でした。両親は反ナチの活動をして、逃がされる途中、言葉の行き違いから妹と離れてしまい、パリに妹を捜しにいきたいと熱望していました。リリーのうそ、それは希望だったのですが、アルバートは信じ込み、泳ぎをおぼえ、ボートで海にのりだしていきます。
 作者は前作「ノリー・ライアンの歌」で19世紀半ばのアイルランドのジャガイモの飢饉のなかで、まわりにまどわされず家族を守る少女を、「ホリス・ウッズの絵」で生後すぐに捨てられてしまい、里親の間を転々とした絵の才能がある少女が、自分の生きていくところを見つける物語等、家族と人の絆を求めて成長していく個性豊な少女の物語を書いています。そして、物語のなかにはその少女を見守る複数のおとながかならずでてきますが、そのおとなは決してりっぱで英雄ではない、どこにでもいる人なのだけれども、子どもたちとちゃんと向き合い手を差し伸べる、素朴だけれどたっぷりとした愛情があるおとなです。
 ところで、この作者のちょっとちがった作品「ポークストリート小学校のなかまたち 全5巻 さ・え・ら書房」が店では人気があります。このシリーズは低学年の子どもたちが楽しんで読んでいます。ここにも等身大の子どもたちが描かれていて、それが子どもたちに読まれる理由です。

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2008年2月19日 (火)

あかいはなさいた

この絵本も韓国の絵本です。13種のあかい花が描かれています。

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「あかいはなさいた」
タク へジョン 文・絵
かみやにじ 訳
岩波書店 本体1400円

とても立体的というか絵に厚みが感じられるので、写真でなく手書きということがわかります。どの花も身じかな花、表紙の「まつばぼたん」は別として、いま花屋にある花ばかりです。ただ、いまの日本では淡い色合いが好まれるので、この絵本の花のように、強烈な色の花の絵がこんなに並んでいるのはめずらしいように思います。最初の赤い椿には”まんげつの よる かんつばき おつきさまに すましがお”と言葉が添えられていて、春の空気が感じられます。椿は花が散らないでぽたんと落ちるため、士族の家では首が落ちるといって縁起をかついで植えないのだよ”といっていた祖母をおもいだしました。この絵本のあかい花々は強く元気です。

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昨日街へ出かけたとき、花屋でおもわずこの絵本のような「チューリップ」を買ってきました。赤い色が部屋いっぱいにひろがり、明るく春らしくなりました。

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2008年2月18日 (月)

おやすみなさいの絵本

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「ぐーぐーぐー」
みんなおやすみ
イルソン・ナ作
小島希里・訳
光村教育図書 本体1400円



 みんな眠っているのに、みみずくだけはおきています。あたりを見まわすと「こあら」も「ぞう」も、みんなねむっています。良く観察してみると、音を出して眠っているもの、たったままねむっているもの、あれっ!目を開けたまま眠っているものもいます。どのページにも眠っているさまざまの動物たちの様子が描かれていて、みみずくがそれを見てあるいています。(みみずくは良く絵を見ないとどこにいるかわからないかもしれませんが。)
 最近韓国からの絵本をたくさん見る機会があります。昔話絵本のように伝統的な手法をつかって描かれているかとおもうと、なかなかデザイン的に斬新な表現がされている絵本もあります。この作者はソウル生まれですが、ロンドンの美術学校でアニメやイラストレーションを学んだとのこと、すこしばかり不思議な描かれ方のされた絵です。みみずくはちょっと妖しく人間臭いと感ずるのは私だけでしょうか。おやすみなさいの絵本ですが、なかなかねむれないあなたに、おとなの絵本かもしれません。


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2008年2月17日 (日)

バーニンガム原画展

 ジョン・バーニンガムの原画展へ行ってきました。やらなければいけない仕事もつっかえているし、東京駅のあの人ごみにもまれるのも嫌だしと思いながらも、やっぱり絵を見たくて、えい!やぁ!と大丸・東京店の会場まで行ってきた。行って良かった。絵はとてもきれいだった。会場もゆったりとしていて、いろいろのものがごちゃごちゃなくて、絵がきちんと並べられていて見やすかった。
 以前「ガンピーさんのふなあそび」の原画はちょっと見た事がある。それに昨年の夏には「わたしの絵本、わたしの人生」が出版されている。

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「ジョン・バーニンガム
わたしの絵本、わたしの人生」
灰島かり・訳
ほるぷ出版 本体2800円」




この本はとてもお買い得だ。バーニンガムの絵本のこと、これまでのバーニンガムの人生のことが全部書かれている。最初にセンダックの文が書かれているが、私はその文で1963年にバーニンガムの最初の作品「ボルカ はねなしガチョウのぼうけん」とセンダックの「かいじゅうたちのいるところ」が出版されたことをあらためて知った。センダックはこう書いている”2冊ともまぎれもなく、あのめまぐるしくて、がむしゃらで、いきいきした絵本の時代の申し子だ”
 子どもたちが大好きな「ガンピーさんのふなあそび」「ねえ、どれがいい?」今頃、小学6年生や中学生に読むのに良くつかう絵本は「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」。何度読んでも「いつもちこくのおとこのこ」が先生を見限って一人で歩いて行く最後のページに私の心はきゅっとなる。
 大好きな「はる なつ あき ふゆ」の色はとてもきれいだった。がんばって行ってほんとに良かった。

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ガッチャ!

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{ガッチャ!」
ジョーダン・ソーネンブリック
池内恵・訳
主婦の友社 本体1400円



「ガッチャ!」の意味は「やったね!」、この本で「ガッチャ!」と言うのは老人ホームにはいっているおじいさんのほうだ。主人公アレックスは家を出た父親に抗議するつもりで(父親はかってのアレックスの担任だった人と暮らしている。)車を運転して事故をおこす。アレクッスは高校生、成績はまあ一般なみ、なんだかんだと理論武装をして、切り抜けようとするがあまり成功したためしがない。今回もなんとかちゃらんぽらんとして切り抜けようとするが、根はあまり器用でなく、その分ドジな愛すべき存在だ。もう一方の主人公である老人ソルもまた、一風かわっていて、憎まれ口ばかりたたく。けれど実際は情にもろく、暗い過去をひきずっている。でも、それを見せたくなく、気難しい偏屈老人だ。
アレックがおこした事故に対しての刑罰は奉仕、アレックはソルの担当世話をしたり話し相手になるために老人ホームに通うことになる。当然アレックは不満、逐次そのことを裁判所の担当判事に手紙を送るかたちで物語はすすんでいく。その手紙の文体がとても小気味よく、抵抗するソルが昔は有名なミュージシャンであり、がんこで口が悪く、ソルの過去が明かされていくうちに、読者はアレックスとソルの丁々発止のなりゆきに、いっしょに”イェーイ!と叫んでしまう。その他にもこの物語のなかには、いつのまにかよりが戻ってしまうトボケた両親、ガールフレンドのローリー、どこかおかしな友だちブライアンなど個性的なキャラクターがいっぱい登場するので、最後にはソルは死んでしまうのだが元気をもらえる物語になっている。人生の大切なものは自分の意志で選んだものばかりではないが、愛は自分の力でつくれるものであると作者は語っている。

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2008年2月14日 (木)

ぼくらが大人になる日まで

 ”ぼくたちは、この国の大人を、信じていいですか?”
そう聞かれたらあなたはどう答えますか
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「ぼくらが大人になる日まで」
岡田依世子
講談社 本体1300円




 <中学受験専門 えいしん塾>に通っている6人の小学6年生。塾は私鉄の駅から歩いて7分、商店街のど真ん中にある。英二郎の家はコンビニで彼は店の手伝いが好きだ。私立中学受験は英二郎の方から言い出した。太って動作がにぶい英二郎は学校でいじめの対象になっていた。だから彼らと一緒の地元の公立中学に行きたくない、でも、成績は合格からとおい。大介は野球がしたかった。野球のために中学受験をする、家族はもろ手をあげて大賛成だ。けれど、ずっと一緒に野球をしてきた晃は家庭の事情から公立中学へ行くことになり、受験のために一時野球チームをやめた大介は、晃との距離がどんどん開いていってしまうように感じている。紀雄の妹は重い喘息で、父親が転勤になりそうで一家で行くことの話がでている。紀雄の家では妹が中心に動いている。父親はいつも仕事ばかりで紀雄の気持ち等少しも考えていない。ロボコンに出る事を目標にして受験しようとしていた紀雄は、とうとう妹に”おまえなんかいなければよかった”と言ってしまう。修一は優等生だ。父親が経営していた会社がつぶれた。引っ越しをしてなんとか生活もすべりだしたかに見えたが、母親が鬱病からアルコール依存症になり、入院してしまう。母親が元気になるために修一は国立大学の附属中を受けてほしいと父親に懇願される。烈子の母親はシングルマーザーだ。烈子は父親の顔を知らない。学歴こそ自立していく条件だと思っている母親の期待を一心にうけて、ともかく勉強している。美優が受験する中学は母と祖母の母校だ。お嬢様学校といわれている学校が、ほんとに自分の行きたい学校なのか、美優は良く解らない。そして、修一のメルトモ、チハルは不登校のひきこもり、修一は一度も会った事がない。この物語にでてくる子ども、どの子もしっかり親や大人の期待をしょっている子どもたちだ。
 <えいしん塾>の教師、東大をでているのに、社会と折り合いがつけるのがへたな通称里ちゃんは、一生懸命子どもたちに寄り添おうする。もう一人の教師の真理ちゃんの考えは違う。いま、大切なこと、受験に勝ち抜く事が未来につながるのだいう。6人と里ちゃんは元気をだすためにとガスぬきに開校記念日をつかつて、国会議事堂を見学しようと計画をたてる。真理ちゃんは親に話してやめさせようとする。里ちゃんはその責任をとって先生をやめるという。けれど、禁止されても自分たちだけで行くことに決心、大臣に会って意見と質問をしようと決める。当然相手にされないが、一人だけ議員が聞いてきた。「ね?ぼくたちは、なに?」「本当に知りたいことは、なに?」修一は答える。ーそれは、ぼくたちが受け継ぐこの国の、本当の姿・・・「ぼくたちは、この国の大人を、信じていいですか?」と。作者は各々の子どもたちの状況と心のゆれをていねいに、いつも前を向いて描いている。
 まいにちニュースは告げる。政府はアメとムチで米軍の施設をひきうけよ、と、いう。沖縄では少女の暴行事件がおき、中毒の内容を調べて欲しいという市民の訴えを聞かない役所があって、あたりまえに暮らしていく仕事と賃金がほしいと若者がいう。
 千葉では県立高校の特色化(特色科でなく特色化)の合格発表があった。クラスの半分が決まっているなかで月末に一般入試がおこなわれる。
 表紙の走っている子どもたち。その先には何があるのかわからないけれど、<ぼくらが大人になる日まで>は難しいが、走るに値する未来をつくろうとしなければならないと思う。決して、物語のなかの議員のように絶句して、ごまかしてはならない。
 

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2008年2月13日 (水)

エチオピアの昔話「山の上の火」

優れた昔話の重層性−『山の上の火』

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「山の上の火」
ハロルド・クーランダー
ウルフ・レスロー
渡辺茂男・訳
土方久功・絵
岩波書店 本体1800円
       

 岩波書店では、グリムをはじめ各国の昔話を出していましたが、その1冊に、クーランダー、レスローの『山の上の火』があります。訳は渡辺茂男、絵は土方久功です。アフリカのエチオピアの昔話集ですが、どれもストーリー・テリングに向く昔話です。「グラの木こり」や「アディ・ニハァスの英雄」などは、各国の同類のはなしの中でも、ず抜けた、とぼけた話です。この本を読むと、エチオピアの昔話は他の国とは違った雰囲気があります。おおらかで知的でユーモアがあります。
 解説によると、エチオピアは紀元前11世紀から10世紀にかけて、エジプトから独立した古い歴史をもつ王国で、エチオピアの昔話の中には、はじめからエチオピアのものもあれば、インドやアラビア、スーダンやコンゴーなどから伝わったものもあるそうです。
 つまり口承説話でも、イラクのアラビアン・ナイト並みの蓄積があるわけです。この本では、子ども向きのを選んだのでしょうが、そもそも昔話は大人のもの、いや大人も子どもも楽しめるものですから、この本のはなしも凝っています。
 そんなことを思ったのは表題の「山の上の火」の、おはなしの練習を始めてからです。召使をしている若者が、金持ちに「山の上でひと晩、はだかで立ってて死ななければ、土地をやる」と言われて、賭けに勝ったのに、約束は守られなかった。それを知恵者の手助けで解決する話です。昔話ですからオチまで言うと、落語の「鰻のにおいの代金を、お金の音で支払う」テクの逆手です。子どもの好きな話なので、おはなしする人はたくさんいます。
 「むかしアルハという若者がいました」と始まりますが、主役はアルハではありません。金持ちのハプトムです。ハプトムが、知恵者のハイルに、こらしめられる話です。
 あるいはアルハが主役の話と、ハイルが主役の話をつなげたものかも知れませんが、ハプトムを意識しないとつながらなくなります。
 前半では、聞き手はアルハの気持ちになって聞きます。スルタ山での寒さの描写、山の上の火の意味、と迫力ある感動的な話です。 賭けのほうびは、家と牛とヤギと40ヘクタールの畑ですからたいへんです。昔話の大袈裟かもしれませんが、40ヘクタールといえば広大です。難癖をつけてでも、賭けを認めたくない広さです。
 ハプトムの賭けの条件は、はなしの進行上必要なもの、とだけ思うと、気になりませんが、考えてみればひどい条件です。「きものもきないで、つったったまんま、それでも死なずにおることができるもんかな」とあります。話の最初では、ハプトムは「お金でやれることならなんでもやってしまったので、ときどき、たいくつでたまらなくなりました」と説明してあります。この因業さが、話の後半につながるのです。しかも裁判官までハプトムの味方をします。しかし、もの知りじいさんが「町の裁判官なんかよりも、山の人間のほうがずっとかしこいもんだ」と言って、ハイルに相談をもちかけます。ここから後半が始まります。
 ハイルは、ハプトムや裁判官や町の人達を、ごちそうに招待します。このごちそうの描写も魅力的ですし、「ごちそうのにおいは、お客たちのすきっぱらをぐうぐういわせました」。でも、においだけで、ごちそうは「夕方になっても」出てきません。ハイルのねらいは「鰻のにおい」ですから、ことばですぐに、やり込めてもいいのです。でも、全員を夕方までじらしたからこそ、説得力が出たのです。「裁判官は間違いにすぐ気がついたし、ハプトムはすっかり恥ずかしくなってしまいました。ハプトムは、ハイルにこのいましめのお礼をいって、アルハに土地と家と牛とヤギを与えることを、みんなの前で約束しました」。子供たちは、この結末で一安心ですが、はたしてハプトムは反省したのでしょうか。
 子供たちは、すなおに喜んで聞き、しかも大人たちは、深読みして楽しめる。大人も子どもも一緒に楽しめる。それが昔話の魅力でしょう。ぜひ覚えて、話してやってください。
 なお前半に、じいさんが「あしたのばんになったら、その岩の上で火をもやしてやろう」と言う箇所がありますが、あしたは「きょうの」間違いです。賭けに間に合わなくなりますので「ばんになったら、」でいいでしょう。     
   (高橋峰夫)

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2008年2月12日 (火)

むしをたべるくさ

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「むしをたべるくさ」
渡邊弘晴 写真
伊地知英信 ぶん
ポプラ社 本体1200円



まず、表紙の写真を見て驚く。これはなんだ?このシリーズはどの本も写真がきれい、それだけにリアルでインパクトが強い。
 植物というものの印象は動物に較べてどことなく弱い?やさしい?とんでもない、タンパク質をちゃんと取っているものがいる。タンパク質はおもに虫たち、だから条件の悪い湿地帯などにはえていても平気、ちゃんと生きていける。もちろん虫を捕まえやすいものをもっている。落ちたら逃げ出す事のできない筒をもっていたり、飛び立てないようにネバネバを持っていたり、どうしてこんなかたちをしているのか不思議。虫を捕まえやすいように工夫されていて、こんなかたちになっているのだろうが、妖しく美しい。一本だけだったらちょっときれいかもしれないけれど、これが群生していたら、虫ならずもちょっとこわい。やっぱり見れば見るほど不思議な「くさ」です。

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2008年2月11日 (月)

こそこそこそっ、かくれよう!

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「こそこそこそっ、かくれよう!」
マグリーリさんと さむがりウサギ
カンダス・フレミングぶん
G・ブライアン・カラスえ
いしづちひろ やく
BL出版 本体1300円



 いよいよ冬がやってきます。マグリーリさんは冬支度がしっかりできて、ソファーでゆっくり読書、そこへさむがりウサギが3匹、”入れてください”。前回で畑の野菜をやるはめになったマグリーリさん、こんどは”だめ!”でも、さむがりウサギはいつのまにか家の中に。マグリーリさんは郵便いれのくちをふさぎます。でも、さむがりウサギ、こそこそこそっと、かくれて入ります。煙突も入り口も、どこもここもふさいでしまったマグリーリさん、さむがりウサギに勝ったものの、あーぁ!残念でした。やっぱりこんどもマグリーリさんの負けです。
 とぼけた話はリズミカルな訳文と絵でとても楽しい絵本になりました。子どものようなマグリーリさんといたずらウサギの表情がちょっぴりウキウキした気持ちにさせてくれます。色もきれいです。


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2008年2月10日 (日)

ホネのはなし

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「ホネホネたんけんたい」
監修・解説 西澤真樹子
しゃしん大西成明
ぶん松田素子
アリス館 本体1500円




 真っ黒な色にホネが描いてあって、こうして並べられているとちょっとユーモラス、わぁ!とびっくりさせられてしまいます。ガイコツの本はいままでにも出版されていましたが、この本はホネの本です。まず、ヘビのホネとシッポの関係。ホネだけになってしまうと、どこまでがホネなのだろうか?うん、わかったよ!カメのこうらの中のホネ、ウサギやリスのホネ、動物たちの得意な動作はホネにも特徴がある。魚、鳥、そして、見開きいっぱいの15頭の頭蓋骨、たしかにこうしっかり載せられていると、いろんな表情があって、ホネになっても個性があることが良くわかります。(でも、ちょっとぎょっとするなぁ)わたしのホネはどんな表情をしているのだろうか。正面から撮った写真なので、目と口のところが表情豊かで、いろいろなことを想像してしまいます。
 最後に「マキコホネ研究所」からの解説がついています。こんな質問も書いてありました。”ぼくのおちんちんにはホネがありません。とてもしんぱいです。”おちんちんのボネは「陰茎骨」というのですが人にはないのですって。でも、サルにあってなぜ人にないのか、まだわからないそうです。
ホネのことがもっとくわしく知りたい人には、たくさんの参考文献が載っています。


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天平九年の物語「氷石」

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「氷石」
久保田香里
飯野和好・画
くもん出版 本体1500円



 天平九年(737年)平城京の東市でひとりの少年が霊験あらたな丸い小石を売っていた。この時、都では天然痘が大流行、たくさんの人々が死んでいった。少年は千広といい、母が亡くなったあと、本家の援助を拒否して、一人で暮らしていた。父は平城京につとめる役人だったが、唐で学問を学びたいと遣唐使の船に乗り唐へ行ったきりで、短期で戻るはずがいまだに帰ってこなかった。元気でいるのか、いつ帰るのか、ようとして不明、その間母はもがり(天然痘)にかかり亡くなってしまった。そのまま叔父の離れにいたが、自分で生きていかなければならない。時々いとこの八尋が叔母の好意のものをもって来るが、その気持ちを素直に受け入れる事ができない。すさんだ気持ちでいる時に下女の少女宿奈や施薬院で病人のせわをしている伊真に出会う。小石はインチキなものだと知られてしまい売る事ができなくなり、千広は替わりに、木を削ってご利益のあるまじない札というふれこみで売ろうとする。ほんものらしく、施薬院の入り口にかかっているおふだの文句を書く事にする。偶然だろうか、それは千広が父と繋がる新しい生き方を選ぶ事になる。
 物語は騒然とした時代のなかで必死に生きていく少年と少女、それを支え励ましていくおとな達、日本を律令国家としていく、ひとつの時代の転換期に生きていく人々の苦悩と、希望を描いている歴史小説だ。この分野の小説は数少なく(昔のことばかりでなく、少し前の時代でも)、作者はあとがきでこんなことを書いている。”物語を見つけるのは発掘に似ている気がします。お話は土の中に埋まっているのです。”そして、平城京を駆けていく千広、宿奈、千広を慕う安都、小さな石と施薬院、呪符木簡がぴたっと合わさって物語がうまれたとのこと。この物語のずっと先に私たちの生命がある。そして、続きの物語を綴るのは読者の私たちなのだ。若い人たちに読んでほしい。それと同時に次の作品が期待される。

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2008年2月 7日 (木)

生きのびるために

 1938年「戦争のうわさ」から物語ははじまる。ジャック・マンデルバウムはポーランドのバルト海沿岸のグディニアに両親と姉、弟と住んでいた。父親は魚の缶詰工場のオーナーで裕福だった。母親はおしゃれで美しく、姉のヤジャは音楽が好き、弟のヤーコプもかわいい男の子だった。ユダヤ人が経済的に裕福だったり、団結が強く、イディッシュ語を使い自分たちの文化に固守していることに反感を持っている人もいて、両親は不安を感じていたが、まだヒトラーのことを子どもたちには知られないようにしていた。

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「ヒトラーのはじめたゲーム」
アンドレア・ウォーレン作
林田康一/訳
あすなろ書房 本体1300円



ジャックの回想を挟みながら物語はすすんでいく。8月半ば父親は妻と子どもたちを祖父のところへ預ける。2,3週間後には合流するからと言って。1939年9月1日ナチスドイツはポーランドへ侵攻し、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告、第二次世界大戦がはじまる。一週間もしないうちにドイツ軍はポーランド軍を壊滅、待っていても父親は来ない。そして、10月半ばの父親からの手紙にはシュトットホフの強制収容所にいるとのことだった。やがて母親や姉弟と離れ、ジャックたちも収容所送りになる。ひとりぽっちになり、ジャックは強制収容所を転々として、過酷な生活を送る事になる。
 この物語は10代のうち3年間強制収容所で過ごしたジャックの体験と歴史上の事実で構成されたものだという。(作者あとがきによる)作者がその事を知った、話してくれたサム・サンダーはジャックと同じように強制収容所,ホロコーストからの数少ない生還者のひとりとのことだ。
 先日映画「ヒトラーの贋札」を観た。(監・脚本ステファン・ツォヴィッキー)
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 この主人公は贋札づくりのうで?を見込まれて、強制収容所のなかでのナチスの秘密作戦に従事する。それはポンド紙幣の贋札をつくり、イギリスの経済を混乱におとしいれるというものだ。ユダヤ人のサリーはこのプロジェクトの中心になる。他の囚人よりは待遇がよいが、秘密の仕事はちがう面で過酷な要求があり、したがわなければ命にかかわる。しかもチームを組んでいるので、遅れたもの、能力のないもの、体力、精神力が続かなければ、その人だけでなくチーム全部が殺されてしまう。贋札をつくるという行為はナチスに加担した事になるが、つくらなければ殺される、なんとかそのゲームに勝たなければならない。「ヒトラーのはじめたゲーム」のなかでもジャックは決心する。”ゲームの規則がどのようなものであっても、わたしはその規則に従ってプレーしようと心に決めたのです。”すこしでもナチより長く生きるためにはうまくゲームをする、それはゲームなのだから決して人間の尊厳をなくしてしまうことではない。でも、人間の尊厳とはなんだろうか。すでに生きていくために人間らしい生活は失ったも同然なのだ。生きぬいていくのに運もあったかもしれない。しかし、この生きていこうする強烈な意志に、私たちはすくなくとも彼らの歴史を知らねばならないとあらためて思った。

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2008年2月 6日 (水)

ヒキガエルとんだ大冒険シリーズ完結

 小学校入学頃の年齢の子どもたちに「エルマーシリーズ」についで人気のあるシリーズものに、この「ヒキガエルとんだ大冒険」があります。しばらく1巻から4巻まででていて、やっと続きがでました。ところがなにか事情があったのか5巻目がとんで6巻、7巻。この5巻がやっとでて、これで全部そろいました。幼い子どもは律儀?なところがあってシリーズものは1冊読んで(または、読んでもらって)おもしろいと全部に手をだします。しかも順番通りに、1冊づつ別べつのおはなしだから続けて読まなくてもいいのだと言ってもなかなか納得しない子どもがいます。

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「ウォートンとモリネズミの取引屋」
ヒキガエルとんだ大冒険5
ラッセル・E・エリクソン作
ローレンス・ディ・フィオリ絵
佐藤凉子・訳
評論社 本体1300円



 この巻はヒキガエルのウォートンの大活躍です。モートンの作ったおいしそうな料理をトゥーリアおばさんのところへ持って行く事にしました。日が暮れて枯れた木の根元をみつけて食事をしてやすんでいるとぞっとする声が響き渡り、小さな動物が逃げる音がします。ウォートンのところへ逃げてきたのは沼地に住む2匹のモリネズミ、ヤマネコに追われてきたのでした。ミリネズミはおもしろいことに、なんでも取り替えっこ、取引をするのです。ところでおばさんは留守、そして、ヤマネコがおそってきます。逃げる事はできたのですが、やっと出会ったおばさんは足を痛めた子鹿の手当をしていました。子鹿の食べ物を見つけなければなりません。ウォートンは取引屋のモリネズミに手伝ってもらうことにしました。かわりの取引はヤマネコを沼に誘い出し追い出す事。さぁ!うまくいくでしょうか。小さな動物たちが協力する様子、しかも、なかなかユーモアのある方法です。
 このシリーズはどの巻も食べられそうになってドキドキします。食うか食われるかの世界が、(もちろん智恵をしぼってのがれられるのですが)展開されます。それに、ちょっとドジなご愛嬌のある動物がでてくるのも楽しいことです。
 装丁がこの巻から変わってしまい、おとなはちょっととまどっていますが、子どもたちはじきになれるとおもいます。前の巻も変わっていくようです。

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2008年2月 4日 (月)

ペチカは、ぼうぼう猫はまんまる

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「ペチカは、ぼうぼう猫はまんまる」
作・やえがしなおこ
絵・篠崎三朗
ポプラ社 本体1200円



ロシアの昔話風の内容とこれもまた、お話にぴったりのイラスト、ちいさなかわいい本です。ロシア昔話風は”ペチカはぼうぼう 猫はまんまる おなべの豆は、ぱちんとはじけた”という唱えごとからはじまるからにもよります。お話は5話、どれも北の大地に伝わっているようなお話です。作者はチェルノブイリ原発事故で汚染されたベラルーシの村を舞台に作られた映画「アレクセイと泉」をみて、泉の物語を書こうと思い、第一話「猫と犬と馬が泉をさがす旅に出た話」ができたとあとがきに書かれています。そして、それをキッカケとして大好きなロシアの昔話風の連作を書いたとのこと、どの物語の主人公もなにかを求め、喜びや幸せをさがしている、人は希望なしでは生きてはいけないのです。そんな祈りを込めての連作です。
 昨日は千葉にも少し雪が積もりました。雪が降る時は音がしません。昨日は静かに本を読んで過ごしました。私が幼い時聞いた祖母の話の終わりは”えちゃぽん”でした。幸せな幼い頃のひとときでした。

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2008年2月 3日 (日)

ロシアの絵本「小さなお城」

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「小さなお城」
サムイル・マルシャーク文
ユーリー・ワスネツォフ絵
片岡みい子・訳
平凡社 本体1600円




ロシアの子どもの文化のなかには芝居や音楽劇のような分野がさかんです。当然戯曲も、それにつながりのある脚本が本になっていたり、そのうちで日本で有名なのはなんといっても「森は生きている」でしょうか。もとのお話のロシア民話「12の月」のほうも良く知られています。「12の月」はクリスマスのおはなし会で話される事も多く、会留府の今年の冬のおはなし会でも語られました。ロシア民話はとても色彩的で、お話を聞いていると自然の様子が色もろともワァー目の前にとひろがります。
 この絵本もロシア民話をもとに、子ども向けに書かれた戯曲がもとになっているとのこと、セリフが入った物語になっています。作者は「森は生きている」のマルシャークです。一方画家のワスネツォフは「三びきのくま」(福音館書店)の絵でこれもまたすっかりおなじみです。「三びきのくま」も好きですが、私は「ぬすまれたおひさま」(福音館書店)の水彩の柔らかい自然の光の描きかたも大好きです。丹念に描かれた動物や豊かな自然、見ていると気持ちが明るくなります。
 野原にある小さなお城、カエルのケロロとネズミのチュッチュ、金色とさかのオンドリ、灰色ネズミが来て、みんなで居心地の良いお城にします。そこへやってきたのはオオカミとキツネとクマ、お城に入り込んでみんなを食べようとします。でも大丈夫でした。小さな動物たちが働いている様子、歌ったり、踊ったり、アコーディオンをひくオンドリの愉快な姿、ユーモアいっばいのとても楽しい絵本です。家族などでセリフを言いあったり、歌ってみたり、ミニミュージカルでもどうでしょうか!
 

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絵で読む「ユゴーの不思議な発明」

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「ユゴーの不思議な発明」
ブライアン・セルズニック
金原瑞人・訳
アスペクト 本体2800円




 以前この作者の「ウォーターハウス・ホーキンズの恐竜」(光村教育図書)というとても印象深い本を読んだことがある。その本は絵本の形態をしていたので、画面いっぱいの絵に圧倒されながらもその事自身にはあまり違和感をもたず読む事ができた。この本をまず手にして、542ページの大変な厚さに驚いた。しかも黒一色、従来の本からは考える事ができない。”えっ!こんなに厚い本”と言いながらページをめくってまた、驚いた。文字のない、見開きいっぱいの絵だけですすんでいく。表紙の男の子の眼差しは読む者の心に語る。あるページでは見開きいっぱいの瞳、あるページでは駅の雑踏、そして、機械じかけのからくり人形、不思議な少女、時計。物語はそれらの絵をページをめくりながら読むだけで充分わかる。文字がなく絵だけで、ことがらだけでなく心理的なことまでわかることができる絵本には「アンジュール」のような絵本もある。ただ、この本の物語は12章からなりたっている長編で、ところどころに見開きいっぱいに文が記されている。(でも、全体からみればやはり文はほんの一部分である。)
 舞台は1930年代のパリ、パリ駅に秘密の部屋をもって一人っきりで暮らしている12才の少年ユゴー、父親の残したからくり人形の秘密を探している。そして、不思議な少女イザベルと出会い、いっしょに秘密を探っていく。ユゴーが苦心して部品を集め完成したからくり人形に、盗み出したカギをはめる。動きだしたからくり人形が描いた秘密の絵。
 不思議な雰囲気に興奮しながら読み進んでハタと気がついたこと。それは、この本はまるで映画を見ているよう、興奮しながらこの本にであって良かったと思った。
 今年は驚くような本に出会う事が多いような、うれしい予感がする。

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