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2008年1月31日 (木)

「テラビシアにかける橋」本と映画

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「テラビシアにかける橋」
キャサリン・パターソン作
岡本浜江・訳
偕成社文庫 本体700円
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この本はかなり昔に読んだ。作者が来日したおりに話を聞きに行ったこともある。その時の印象はきちんと言うべき事を持ったおとな、媚びる事なく、おもねる事もなく、それでいて今に生きている子どもたちをちゃんと受け止めていっしょに歩いていこうとするおとなの人だと思った。パターソンの作品はどれも家族のことを描いているように思う。ベトナム戦争以後、ちょうどいまの日本がそうなように、人間関係が再編成されるなか、一体、親子って家族(国家)ってなんだろうと問いかけている。。いままでの家族、血のつながりがあって、父親が一家を養い、母親は子どもの成育をにない、貧しくとも助け合い、国家に信頼をおいて・・・親は子どもの成長になにができるのだろう。
 ジェスの家は農家兼、父親は食べていくためにそのほかにも雇われている。4人の姉妹のなかのたった一人の息子、親から見ればたよりにしたいが、あまりたよりにならない11才。父親に反抗はするものの、一方では家の貧しさも親の期待も充分わかっているやさしい子どもだ。ジェスは絵を描くことで学校や家庭からのがれようとする。一方、となりに引っ越してきたレスリーの家庭は対照的だ。一人っ子、両親共知識人で本を書いている。男女は平等で、進歩的な自分たちの思想がすべてだとおもっていて、自分たちのことにいそがしくレスリーの孤独を想う事がない。
ふたりは当然仲良くなり、2人だけの王国テレビシアを森の奥につくる。けれどもその王国は一人で行くには危険な橋を渡らなければ成らない。誰もが一度は渡ろうとする橋、ジェスはレスリーに助けられて渡たり、しスリー亡き後は妹メイベルに手をかそうとする。
 担任の厳しい教師と若くて子どもたちに人気のある音楽教師、貧しくていっけん厳しくレスリーを叱ってばかりいる余裕のない親、子どもに理解があると思い込んでいる親、この二組の、善きおとななのだがレスリーの死に絶望しているジェスの気持ちに真に寄り添うのは。担任の教師とジェスの両親の描き方は作者が言いたかった事だと思う。
 ジェスは作者の息子で映画の脚本を手がけたデヴィット・パターソンがモデルだとのこと、映画のジェスやレスリーは適役で思春期の子どもたちの悩みも憧れも良く描かれている。背景の自然も魅力的、それだけに最後のテレビシア王国の映像はいかにもアメリカ映画らしく、丘の上の宮殿、王国の巨人や妖精たちは底が浅く類型的でつまらない。良く出来た娯楽映画になってしまった。まあ、映画はそれでもいいのだけれども。心の想像の世界を映像にするのはなかなか難しい。

 

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2008年1月30日 (水)

昔話絵本「かえるをのんだととさん」

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「かえるをのんだととさん」
ー日本の昔話ー
日野十成 再話
斎藤隆夫 絵
福音館書店 本体800円



本を開くと、ととさんとかかさんが団子を食べています。ちよっとぎょうぎの悪い食べ方ですがおいしそうです。でも、食べ過ぎでしょうか、ととさんは腹痛をおこします。かかさんにどうしたらよいか聞くと「おてらのおしょうさんにきいてみなさると いい」。それでおしょうさんに聞くと「はらのなかにむしがいるから、そのむしたいじにかえるをのむ」ことをすすめられて飲んでみますが、こんどはかえるがあばれて腹痛はなおりません。それでかえるをたいじするためにへびを、へびをたいじするためにとりを、どんどんすすんで最後には鬼まで腹にすまわせてしまいます。とうとう鬼退治におしょうさんはまめをひとつかみつかんで、ととさんの口をあけ「おにはそと!」鬼はでてしまい、ふたりは山盛りの飯を食べています。この夫婦は仲が良いと文にはありますが、かかさんはあわてるでもなく、いつもいうことは「おしょうさんに聞いてみたら」なんとつめたい態度。ととさんはひとりであわてふためいています。でも、最後のめしを食べている2人はおいしそうだけでなく、とてもしあわせそうです。
 豆まき、節分に関係があるお話です。ユーモラスで庶民のエネルギーあふれたお話にぴったりの絵、私たちもイライラとした腹の虫をこの際たいじしませんか。”鬼は外”さっさと出て行かないと豆といっしょにぽりぽりと食べてしまうよ。(しょうもない政治家とお役人へ。)


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2008年1月29日 (火)

伝えることの難しさ「彼岸花はきつねのかんざし」

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「彼岸花はきつねのかんざし」
朽木祥・作
ささめやゆき・絵
学習研究社 本体1200円




 前作「かはたれ」と「たそかれ」(共に福音館書店刊)の著者、原爆2世で次の作品はそのことを含んだものになるとのことで、期待していた作品だった。
 原爆が落とされた年の春から夏のおわりまで、当時4年生だった也子(かのこ)と子ぎつねのはなしが9章までつづられている。そして、10章はピカドン、11章は子ぎつねの家族のこと、終章は也子の哀しみで終わっている。9章までに語られるのは、広島の少し在に住んでいた也子一家、祖父はすでになく、父親は戦地、祖母と母と也子、使用人の年取った男衆コウさん、ねいや。戦争中は食料難だけれど半農の也子の家は果物の成る木や畑があり、着物を売れば米などが手に入る、なんとか生活をしていける家だ。当然近所にいるのは年寄りと子ども、後は病人ばかりだ。貧しいけれど共同体が生きていた頃だ。
 作者の文体は前作と同様詩を読んでいるようだ。(読むだけでなく、耳で聞くと良くわかる。)特に風景描写は風の音や光まで、「也子のつくったおしろいばな」「きつねのよめいり」「ピカドンが落ちる前の晩の満天の夜空」いまでは人のイメージにしかみられないであろう描写はただ、ただ美しい。けれど、それは情緒的な絵のように読まれてしまう弱さにもなってしまう。
 なんでもない日常生活、ピカドンや戦争がなければ也子は普通におとなになって、祖母や母のようにきつねに選ばれた賢く、やさしいおとなになっているにちがいない。「化かされたい」という也子のその後をあらためて知りたいと思う。

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2008年1月27日 (日)

海からのおたより-2008年1月つづき

 祖父の思い出

 貝の入っている箱を引越し前に点検しようと思ったのでひさしぶりに開けてみました。
この貝とともに入っているのが母方の祖父の形見の貝です。
南アメリカのアワビのなかまのクジャクアワビ(メキシコガイ)です。

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 祖父は当時人気のあったかざりものの貝をいくつか持っていました。
日本橋三越がお気に入りでときどき出かけて行ってはいろいろなものを買ってくるのでした。
いつも孫にそれらを自慢して見せてくれるのです。
祖父はすこし痴ほうがはじまっていましたがあるときわたしにくれました。
祖母が「気の変わらないうちに早くしまっちゃいなさい」といって高価なのにありがたくもらってきました。
その後祖母が先に亡くなり、祖父もそのあとを追うように亡くなりました。
残ったほかの貝がどうなったのかはわかりません。
貝好きのDNAは受け継いだようです。
 どんぐり変集長

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2008年1月26日 (土)

海からのおたより 2008年2月

アラフラ海の大きな貝

わたしの手元にはいくつかの大きな貝があります。少々我が家に飾るのには大きすぎるのでふだんは大切にしまってあるのですが、この場をお借りしてご紹介いたします。
8年ほど前、わたしたち一家は館山市に住んでいました。そのころのおはなしです。
その1
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 駅前のおみやげ屋さんの店先で大きな貝を見つけました。世界最大の巻貝「アラフラオオニシ(大螺=オオニシというのは大きな巻貝という意味です。)」という貝でした。博物館でしか見たことがない貝でしたのでいなかのおみやげ屋さんの店先においてあって(それも2つも)とてもびっくりしました。なんと売り物で値段がついています。わたしはすぐにほしくなってしまいました。しかしその貝の大きいこと。(ものさしは40センチあります。こんなに大きいのですよ)。とても持ち帰れる大きさではありません。しばらく悩んだあとおとうさんに頼んで車で休みの日に貝を買いに行くことにしました。値札についていた名前は「アラフラ大西」。ちょっとあやしいけれど買える値段です。子どもの頃からのいわばあこがれの貝が手に入るのです!冬の房州は強い西風が吹きます。その風を南房総では「大西」と呼んでいました。その西風が吹く中、買ってきました。帰ってからよく見たら値札の名前は「アラホラ大西」になっていることに気がつきました。
いまだに法螺を吹かれたのかどうかわかりません。
その2
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 館山の自動車教習所でひょんなことから知り合ったおじさんにいただいたのがこの貝です。おじさんは「親父の代からあるんだけれど貝は好きな人が持っているほうがいい」とくださいました。戦前、房州からオーストラリアのアラフラ海に南洋真珠を採るために和歌山や南房総からたくさんの漁師(潜水夫)が海を渡ったそうです。つらい出稼ぎの仕事でした。そのころアラフラ海から帰ってきた知り合いからもらった、というのがこの貝だそうです。ヤシガイといいます。
 昨年夏の館山市図書館の講座ではこの貝たちが“里帰り”しました。たくさんのこどもたちがこの貝を見たりさわったりしました。
 どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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2008年1月23日 (水)

風邪をひいていませんか

『インフルエンザワクチンは打たないで!』
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 この母里啓子の、そのものズバリの書名の本(双葉社刊)は、考えさせられる本です。様々な情報の中で、何が正しい情報で、何が間違った情報かは、私たちが自分で判断するしかありません。著者は、国立公衆衛生院にいたウイルス学の専門家です。著者の言ってることが正しいかどうか、私は断言はできません。
 ただ読んだ限りにおいては、正しいように思えます。それは、小中学校での集団接種と、廃止のいきさつを体験しているからです。当初から、インフルエンザワクチンは効かないと言う説はありました。でも大流行を防ぐには、国民の何割かに接種して、食い止めなくてはなりません。戦前なら、軍隊に集団接種できたでしょう。でもワクチンは戦後のものです。自衛隊員等では人数が不足なら、小中学生に接種しようとなりました。これは疫学の考え方です。
 疫学では、効かないケースも想定内です。副作用も想定内です。多少のロスや害があっても、全体として疫病を阻止できれば良いという考えかたです。
 問題はこれが、学校現場に説明されてなかったことです。特に養護教諭にはショックでした。「流行を阻止する」とは、「他人にうつさない」ことです。でも養護教諭は、「その子に、うつらないように」接種を勧めていたのです。副作用は考えてませんでした。まして「他人にうつさないためには、副作用の犠牲者はしょうがない」とは考えてません。ですから副作用が出た時、学校もマスコミも大騒ぎになりました。養護教諭には苦い経験です。
『結局、インフルエンザワクチンで流行は阻止できないことがわかり、厚生省は1994年に集団接種をやめました。流行を阻止できないということは、すなわち、他人にうつしてしまうことは避けられないということです』。「家族や他人にうつさないためにワクチンを」は嘘なのです。
 いま養護教諭は、保育所・幼稚園・学校での「フッ素洗口」に反対し、署名運動をしています。フッ化ナトリウムの洗口液は、劇物です。インフルエンザワクチンも劇薬であり、生物由来製品(死んだウイルス)という異物です。フッ素でもワクチンでも、異物を体に入れないに越したことはありません。ですから明瞭な効果がなく、しかも安全という証明がないなら、強制すべきではないでしょう。 養護教諭は、集団接種の苦い経験に学んでいるのに、厚生労働省は学んでないのです。
 私の子供には最初、予防接種はさせてませんでした。でもある年、インフルエンザにかかり、子供2人が一晩中苦しんでいたのに懲りて、翌年から家族で接種しています。副作用も少なくなり、流行型の予測も当たるようになったと効いたからです。でもこの本には、予測も当たらないし、副作用もあると書いています。理由も説明しています。また、ワクチンが効かない理由を説明した上で、本物のインフルエンザにかかってできる免疫は、流行型が変わっても免疫が効き、しかも5年、10年と持続すると書いています。ですから高齢者は、もともと免疫はある程度持っているので、予防接種はしない方がいいと書いています。つまり私の子供も「予防接種をしたから、かからない」のではなく「インフルエンザにかかったことがあるから、かかりにくい」のです。
 著者は、乳幼児へのインフルエンザワクチンにも反対しています。インフルエンザが心配な乳幼児のお母さんは、この本を読んでから判断すべきでしょう。私は予防接種はやめました。
  (高橋峰夫)

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2008年1月22日 (火)

寒い冬の日に

 いつまでも暖かいといわれながらも、やはりすっかり寒い日が続くようになりました。先日は音もなく、朝おきたら、うっすらと雪が降ったようすには驚きました。でも、ほんとにあっという間に消えてしまいました。それで、鳥たちのえさをやり始めました。
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 真っ先に来たのはメジロとスズメ。窓ガラス越しの写真なのであまりきれいに撮れていませんが、メジロがりんごやみかんを食べています。メジロは2羽で来る事が多く、1羽はここには見えない上のほうのミカンのところにいます。カゴの左側にスズメのしっぽのところが見えます。カゴの中に体を突っ込んでえさを食べています。ボサボサ頭のやんちゃな子どもを想像してしまうヒヨドリはりんごが大好き、次から次へと訪れて(1羽で来る事が多く、2羽できても1羽が食べ終わるまで側で待っています)
見る間に全部平らげてしまいます。

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 台所の窓のところに11月頃からお茶につかうためにミントをビンにさして置いておきました。12月になって小さな黒いフンが落ちていて気がつきました。ミントにアオムシがいて元気に葉を食べていて大きくなったのです。ひと月で倍くらいの大きさになり、しばらく新しい葉をいれて見ることにしましたが、はたと気がついたのは蝶になったらどうしようかということです。こんな冬にムシを飼った事はありません。蝶も捕まえても飼育したことはありません。外へ放したら寒いし、さて、どうしたものかと。しばらく様子を見る事にしますが、調べてみなければと思っています。
 ちょっと一息、冬のわが家のひとときです。

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2008年1月21日 (月)

絵本「たまがわ」

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「日本の川 たまがわ」
村松昭さく
偕成社 本体1400円



 奥多摩からはじまり東京を流れ、なにかと関係のある「たまがわ」のことが鳥瞰図で描かれている絵本です。「たまがわ」は時々マスコミの話題にものります。昨今はほとんど鮎がかえってきたとか、環境問題からですが。川のことを描いた絵本には「かわ」(加古里子作 福音館書店)という良く知られている絵本があり、これは2冊使ってひとすじの川にして読む事ができますが、この絵本ははじめから終わりまで長い川をみるためにひとつの視点、先導役を登場させています。山のかみさまとおつかいの男の子が雲に乗って案内してくれます。読者も一緒に雲に乗ればよいのです。見開きいっぱいをつかって雲の上から見た川の流れ、自然はどんな様子か、住んでいる生き物は、もちろん人間のことも川といっしょに描かれています。左右の角には小さな囲みで現在地の地図がはいっているのも、ページをめくるたびに変わってくるので、長い「たまがわ」の流れを理解するのに役立ちます。それだけでなく、言葉の意味などにもふれて、工夫がされています。たとえば「武蔵御嶽神社とオオカミ」の神話、「羽村の取水堰と玉川上水」「多摩川のじゃり」とか簡単な解説がついています。もうひとつおもしろいのは、現在の「たまがわ」のはじめから、海にそそぐまでを描いているだけでなく、歴史も描かれていることです。こんなに盛りだくさん、これ一冊で多角的に「たまがわ」のことが良く解ります。いまは、残念ながら寒いので、暖かくなったらいつか実際に「たまがわ」をずっと訪れてみたくなりました。
 私のすんでいる千葉は「たまがわ」というより、これもまた、いろいろの意味で東京など首都圏を支えている利根川があります。やはり、千葉に住んでいる者としては、次は「とねがわ」をぜひ描いて欲しいと願います。どうでしょうか!

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2008年1月20日 (日)

「バージャック」の物語

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「バージャック」
メソポタミアンブルーの影
SFサード
金原瑞人・相山夏奏 訳
偕成社 本体1500円




バージャックは由緒正しいメソボタミアン・ブルー一族のはずれもの。なんといっても目が緑でない。この名門一族は伯爵夫人の庇護のもと、お屋敷から一歩もでることなく暮らしてきた。怠惰な毎日のなかでバージャックだけは外の世界に好奇心と憧れをもっていた。伯爵夫人の姿が見えなくなり、謎の男が二匹の黒猫をつれてあらわれた。変だ!と思ったのはバージャックと一族の偉大な祖先ジャラールの話をしてくれる年老いたエルダー・ポーだけだ。真相を探り男と黒猫との対決のため、バージャックとエルダー・ポーが考えた事は犬の助けを借りる事だった。そして、エルダー・ポーはバーシャックがジャラールの技を身につけ、一族に伝えていくように話すのだった。
 ちょっと見た目は落ちこぼれの猫が勇気と粘り強さで敵と戦う、よくある話だ。そして、困難を乗り越え強くなり、リーダーになっていく。智恵をしぼり、良き協力者を得て、事件を解決していく。猫の世界ではなく当然人間の世界のことでもある。
 少しドキドキする冒険を味わいながら、満足のいく物語の最後、児童文学の定型の本、活字も大きく小学3年生位から充分に楽しめる。

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2008年1月19日 (土)

ネズミの父さん大ピンチ

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「ネズミの父さん大ピンチ」
ジェフリー・ガイ作
勝田伸一 絵
徳間書店 本体1400円




 前に「番ねずみのヤカちゃん」という愉快なお話を紹介しましたが、今年の干支から「ねずみ」の本を探したらずいぶんありました。良くも悪くも人間とそれだけ関係が深い動物なのでしょう。そして、おもしろいのはネズミは勇敢で、頭が良いことです。もっともこの本にでてくるネズミには馬鹿なネズミもいることは確かです。主人公の父さんネズミは家族想いで、生きていく為にいろいろな事を考えます。この本はそんな勇気ある父さんネズミと家族の物語が2話入っています。
 この家族はハツカネズミで人間の家の壁の中に住んでいます。ネコがいなくて良いと思っていたら、子ネズミの3号が人間にみられてしまい、ネズミ退治が始まります。壁の穴がふさがれたり、毒入り麦が置いてあったり(子ネズミ2号は食べて死んでしまう)、ネズミ取りがあったり、そして、とうとうネコがきた、父さんネズミはドブネズミをつかってネコを追い出す作戦を考えます。 
 2つ目のお話はネコのハンニバルと組んで犬をやつける話です。父さんネズミに注意するようにいわれたのに、自分の方が偉いとうぬぼれていたネズミのキノミカジリの話もあって、それはなんとキノミカジリは同族なのに、父さんネズミをうらぎり窮地におとしいれます。でも子ネズミのヨコットビが大活躍、父さんネズミの家族はネコのハンニバルと奇妙な友情関係?でめでたし、めでたし。
 ネズミとネコとイヌと食うか食われるか、ドキドキする冒険の話ですが、それだけでなく、なかなかこの関係はシリアスでおもしろい描かれかたがしてあります。痛快でカラッとしている、これがこの物語の魅力です。

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2008年1月18日 (金)

壮大な物語「神なるオオカミ」

 今年の新年の休みに一気に読んだ本だ。その壮大な物語にしばらくボーっとしてしまった。読んだ動機はオオカミに興味があることと、訳者が以前1時間半もお話を聞く事ができた唐さんだったので、広告をみてすぐに予約して、新年の時間に読む事ができた。唐亜明さんは「貝の子プチキュー」(茨木のり子作・山内ふじ江 画・福音館書店)が出版された時に原画の話をしてくださった編集者だった。そのほかにも「絵本 西遊記」(偕成社版)の文を書いていらっしゃるのと、昔、読んだ「ビートルズを知らなかった紅衛兵」(岩波書店)の著者でもある。

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「神なるオオカミ上・下」
姜戎 著
唐亜明・関野喜久子 訳
講談社 本体各1900円


 主人公は中国文化大革命の時、北京の知識青年として内モンゴルのオロン草原に下放された陳陣、ボリグ牧場の古老ビリグのもとで羊飼いをはじめる。同級生にはやはり羊飼いになった揚克、馬飼いになっ張継原、牛飼いになった高建中がいる。天の教えを守り、草原のなかで生きている遊牧民にひかれ、過酷な生活を送るうちに遊牧民の最大の敵オオカミを知り、遊牧民が敵としながらも崇拝していることの意味を知るために、自分の手でオオカミの子を捕え飼ってみようとする。ビリグをはじめ皆が反対するが、時の政府が馬を守るオオカミの血をもつ優秀な犬をつくれないかとのおもわくもあり、陳陣はオオカミの子を捕まえ飼い始める。オオカミの子は小狼と名ずけられ大きくなり、やっと少し心の交流が芽生えるが、草原に押し寄せた近代化と農耕文化への変化は小狼を死なせてしまう。小狼は最後まで狼としての尊厳を失う事なく人間に抵抗していく。
 この物語のあらすじだけ読むと一種の動物物語かともおもうが、背景になる遊牧民たちの生活と考え、その延長上のオオカミと神話、農耕民族と遊牧民の歴史と近代化をめざした中国の歴史など下巻の解説を含めて、たくさんのものを示唆している小説になっている。小説というより著者の自伝的小説と書かれているとおり、むしろノンフィクションにちかいかもしれない。そして、この連続した35編のオオカミの物語は人類の地球の未来の物語でもある。
 血一滴もむだにしない獣の殺し方、そのことも含めて男と同じように働き、それでいて女としてもとても魅力的なビリグの息子の妻バヤル、天葬のことなど心に残るシーンだ。
 下巻の最後5章からなるー知的探索< オオカミ・トーテムについての講座と対話1〜5>は、30年後ある大学の研究所で国情や体制改革の研究をしている陳陣と北京で弁護士事務所をひらいている揚克がやっとオロン草原を訪れ、陳陣が揚克にファイルにまとめた論文、遊牧民族がいかに中華文明を救ってきたかについて語る形式になっている。中華民族の歴史が語られ、中国を知るためにはとても良い。(年表がついているとなお良かったが)
 日本は魚を捕る民族、農耕民族でなく狩猟民族と書かれているのは、私にとってはとても興味深い。日本オオカミは絶滅したといわれている。田や畑をあらす獣をたいじしてくれたオオカミ、日本でもオオカミは神であったことを思い出した。
 食べる=生きるということの思いを深めた本でもある。
 

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2008年1月16日 (水)

アフリカ版「あかずきん」

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「かわいいサルマ」
アフリカのあかずきんちゃん
ニキ・ダリー作
さくまゆみこ訳
光村教育図書 本体1500円

 副題に「アフリカの赤ずきんちゃん」とかかれているように、グリムの「赤ずきん」とお話が良く似ています。赤ずきんちゃんはこの絵本では、サルマという女の子、オオカミは犬です。おばあちゃんにたのまれて市場へ買い物にいきます。約束は道草はいけないことと、知らない人とやたらとおしゃべりをしないこと。でも元気なサルマはおばあちゃんとの約束をわすれ、犬に出会って素敵な身につけているものをみんなとられてしまいます。やっと逃げ出して、おじいちゃんの助けをうけて、おばあちゃんがあぶない!と急いで帰りますが、あやうくおばあちゃんは先回りした犬に食べられそうになっています。さぁ、ぶじ助け出されるでしょうか?
 お話もとても愉快なのですが、なんといっても絵がユニークです。アフリカの民族的な構図と色のつかい方、サルマや犬だけでなく、みんなとても表情豊かで、あやしい人たちが出て来る街かどなどの雰囲気が良くでています。そして、アフリカの民話によく登場する<アナンシ>こんなイメージなんだと知りました。とても楽しい絵がたくさん描かれています。歌がでてきますが、太鼓の音まで聞こえてきそうです。


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2008年1月15日 (火)

映画「アース」を見て

 宇宙の視点から見た『アース』
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 記録映画『アース』を見てきました。「地球」の自然と動物を撮影したドキュメンタリーです。北極の白クマに始まり、ツンドラ、タイガ、熱帯、ヒマラヤの鳥たち、サバンナの象、南極のペンギン、そして海のクジラまで出てくる本当にきれいな映画です。こういう画面を見ていると、どうやって撮ったのか気になります。フィクションやCGならどんな画面でも作れるでしょうが、実際の映像となるとカメラマンの視点(立ち位置)がいります。どの動物ひとつをとっても、それぞれの映画を作れるくらいの大変な手間ひまが掛かっているのでしょう。それの総出演ですから、テレビの総集編のような感じです。貴重な映像もたくさんあります。ただし初見ではありません。どこかで見た場面が結構あります。と思ったら、やはりBBCの制作でした。考えてみれば、映画1本を作るためだけに、これだけのフィルムを撮り溜めるのは不可能です。その都度テレビ番組として放送できたから、手間を掛けられたのでしょう。ですからこの映画の観客は、大型テレビを持っている世代、つまり定年後の人達が(しかも夫婦で来てるのが)多いようでした。
 さて、その都度の放送や、シリーズ放送なら、1回ごとのテーマやメッセージを出せますが、この(総集編)映画では、どんなメッセージが出せるでしょうか。地球を“大切に”というメッセージは出ていますが(我々は神か!?)
 この映画の象徴となった(氷が早く溶けたため)海を泳いでいる白クマの映像には「地球温暖化がこのまま進めば白クマは早晩、絶滅する」という渡辺謙のナレーションがかぶさります。しかし気候の変動は過去に何度もありました。しかも今は氷河期(間氷期ですが)ですから、恐竜の時代よりずっと寒冷です。間氷期の中でさえ、縄文時代は今より数度暖かく、縄文海進で日本沿岸は水没してました。もちろん縄文海進であれ、その後の海退であれ、当時の人間や動物には甚大な被害があったでしょう。しかし(人間への被害はおいといて)それが即動物の絶滅につながったとは限りません。それは環境適応力の問題です。白クマでいえば、絶滅以前に、すでに絶対数が減りすぎてます。ですから温暖化の影響をもろに受けるのです。
 といっても元に戻らないのであれば、白クマを助けるには、温暖化を止めるしかないのも事実でしょう。ただ私は、温暖化の影響は、人間と動物では区別する必要があると思います。この映画の魅力はなんといっても、動物の生態であり、自然の美しさです。監督が、この映画が地球温暖化を考える第一歩になれば、と願うのはわかりますが、観客がそこまで行くでしょうか。なんでも温暖化が悪いで解決するのでしょうか。観客がもう一歩進むには、もっと詳しいメッセージと、情報収集の観客の努力が必要でしょう。(テレビ番組では、やってるのでしょうが)
 とにかく、観客が神の視座から降り、我が身に引きつけて考える、その一歩にすべきだと(自戒を込めて)私も思います。(高橋峰夫)

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2008年1月14日 (月)

探偵小説がおもしろい

 ファンタジーという本がたくさん出版されましたが、そろそろブームも下火でしょうか。いや、ブームになったのはファンタジーもどき、おんなじようでおもしろくありません。そのわりには次から次へ出版され、内容もホラー小説といって良いよう、だいいち、倒すべき悪は何?どこに?といささかうんざりしてきました。一方、すこしなりをひそめていた探偵小説の作品が多くなってきました。
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「ベイカー少年探偵団」
1 消えた名探偵
2 さらわれた千里眼
アンソニー・リード
池 央耿・訳
評論社 本体各800円




 ベイカー少年探偵団、シャーロック・ホームズの本を読んだ人なら「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」と呼んでいた浮浪児たちの集団のことを知っていると思いますが、その集団をふくらませ「ベイカー少年探偵団」として書かれたのが、この本のシリーズです。ホームズの連作をもとにBBC放送のテレビドラマになったのですが、それを作者が台本から物語化したものです。 
 ホームズの作品と同様に、この作品の読みどころはコナン・ドイルの作品に登場する人物とアンソニー・リードの作品の少年達がからみあって物語が進んでいく、重層的になっていることです。しかも、その物語の背景のヴィクトリア朝末期のロンドンの様子、産業革命が発展して、活気があるロンドンの底辺で生きている浮浪者のこどもたちはいきいきと描かれていて、霧と風と匂いまでが感じられます。劇場やオペラ劇場がたくさんあり、大衆芸能も盛んでした。ロンドンだけではありません、2巻ではアメリカやカナダのゴールドラッシュのことまでが描かれています。しかも、「野生の呼び声」の作者で有名なジャック・ロンドンらしき人まで登場、ホームズはもちろん、ワトソン、レストレイド警部やモリアーティ教授も登場、「シャーロック・ホームズの作品」、「宝島」などの作品もところどころに顔を出しています。
 1巻目は「アイルランド共和同盟がイギリス女王の命を狙い」2巻目は「ゴールドラッシュで大富豪になった財産を狙う」話、貧乏だけれど、自由で自立しているこどもたちが、霧の街ロンドンで自分たちの力と団結で事件を解決していく全6話が楽しみです。


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2008年1月13日 (日)

ブルーノ・ムナーリ展

 「ブルーノ・ムナーリ展」へ行ってきました。会場の板橋区立美術館はご案内を良くいただくので、行ったのは初めてではありません。と、いうのは、この美術館は絵本関係の展覧会があるからです。
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あまり大きくないのですが、とても良い美術館です。ただ、私がつかう駅からは遠い、しかも、歩いていくのにすごく長い歩道橋、高速道路の壁、新しいけれど小さな同じような家が並んでいて、面白みのない道です。今日も行き交う人があまりないので、”寒いからかなぁ”などと思いながらついてみると、たくさんの人がいるので驚きました。明日で終わりです。来ていた人も子どもから、いかにも美術に関係のある人から、私みたいなおばさんも、老若男女さまざまでした。それはこの展覧会の副題が「あの手 この手」つまり、ムナーリの活動が多岐にわたっているからでしょう。デザィナーの人たちの展覧会は作品がイメージの世界がラインのよう並んでいるようで、絵画や写真展は物語的だといつも思います。こうして、ムナーリの作品をみると、あらためて、日本の絵本作家に与えた影響が大きいのを感じました。
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この美術館の隣の公園はたくさんの梅の木があります。それに大きな柳の木があって、新芽が出る頃には柔らかなきみどりいろの枝が風に揺れるととてもきれいです。千葉では梅がちらほら咲き始めているので期待していったのですが、まだ、春は見つけられませんでした。でも、ムナーリのたくさんのあの手この手を見る事ができて、でかけて良かったと思いました。

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2008年1月12日 (土)

今日の「冬のおはなし会」

 今日は会留府の「冬のおはなし会」の日でした。いつもは1月の第1土曜日なのですが、今年はつごうで2週目の土曜日、今日になりました。残念ながら朝から冷たい雨が降り、ちょっと心配でしたが、元気なこどもたちに出会う事ができました。
 おはなしが「12の月のものがたり」と「ねずみのすもう」絵本が「じょせつしゃけいてい」と「くまのビーディーくん」そして、みんなで手遊び「べんけいさん」、ほんとのおまけ「金のうで」、全部で45分位、すっかりみんなで楽しみました。今日のおはなしなどの本の紹介とおはなしのろうそくを消して、ちょっとしたおみやげをもらって解散です。小学校低学年位のこどもが多かったのですが、おとなもいっしょに聞くので、ぜんぶで30人位、会留府の店の大きさからして、ちょうどいい人数でした。
 今年は高橋さん(このブログで月に一度映画や一般書のことを書いています。)の「ねずみのすもう」がとてもおもしろかった。絵本にもなっている日本の昔話です。絵本だとあまり起伏がないおはなしなので、ねずみがすもうをとる場面がいまひとつのところがあるのだけれど、語りで聞くとかけ声もろともおもしろく、高橋さんが男の人ということもあって元気なお話になりました。みんなうれしそうな顔をして今日の「冬のおはなし会」は終わりです。

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2008年1月10日 (木)

さかさまのふしぎな世界

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「そのまたまえには」
アラン・アルバーグ作
ブルース・イングマン絵
福本友美子 訳
小学館 本体1500円




 女の子が家に帰ってきた、森の中を走って、よその家から飛び出して、見開き全ページにこのことが描かれている。当然ページは右にながれていくので、次のぺーじをめくると三びきのくまが帰ってきて、左隅には女の子が家から飛び出しているのがみえる。この絵本はお話が過去にさかのぼっているのだ。それも昔話、最初のはなしは「三びきのくま」、次は「ジャツクとマメの木」の物語というふうに。そんなバカなと思いながらも以外とおもしろい。ページのなかにもいろいろ描かれている。ジャツクも見開き全ページに5人、さまざまなジャツクがいる。なんとも不思議な楽しい絵本だ。そして、むかし、むかしはみんなあかちゃんで、家やいすの材木は・・・くらいもりのなかの木、「太陽がかがやき、あめがふって、そらはどこまでもつづいて」むかし、むかしははじまりだったのだ。

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2008年1月 9日 (水)

友情のありか

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「リバウンド」
E・ウォルターズ作
小梨直・訳
深川直美・画
福音館書店 本体1600円



 カナダのシニア・パブリック・スクールの8年生、日本では中学2年生の男の子2人の友情物語、そのうちの一人は交通事故で車いすの生活、こう書くとそれだけで良くある小説のように思うかもしれません。しかも、その少年デーヴィッドは伝説のヒーロー、バスケットボール選手とあらば、なんか物語もあまり読みたい意欲がわかないのが正直な気持ちでした。それはこの種の物語、かわいそうな少年が本人の努力とまわりの励ましで、たちなおっていくというような物語があまりにも多いからです。けれど読み始めたら、それは私の思い違いだことがわかり、グイグイと引き込まれてしまいました。その点この物語は障害をおってしまったデーヴィットを中心におくのでなく、もう一方の少年ショーンを中心に物語がすすんでいくので、お涙ちょうだい式の物語にはなりません。ショーンはバスケットボールが大好きでレギュラーになりたいとおもっているのですが、自分に自信がない。いじめにあったり、悪ぶって問題ばかりおこしているのも、それだって先生とうまくいかなく、したがって成績も良くないというキャラクターを中心にすえています。デーヴィットのつっぱり、落ち込んだり、元気良くしているかとおもうと、自分を哀れんでいるのではないかと感ずると、凶暴と言って良い暴れ方をするようすを見、ショーンはその気持ちに添おうとします。
 車いすに乗ってみると、他がどう見えるか、それによって自分の気持ちが、考えがどうかわっていくのか、ダンスをする場面、買い物に行く場面、ただ動けないだけでなく、例えばトイレに対しての体の機能が働かない為に尿を漏らしてしまう場面など、かなりくわしく描かれています。
 それでいて悲しくなったり、暗く不愉快になったりしないのは、2人の少年とガールフレンドや家族や教師のそれぞれを丁寧に描いているからだと思います。それがこの作品をとても魅力的なものにしているいちばんの理由です。

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2008年1月 8日 (火)

母と父の物語「エセルとアーネスト」

 作者はクリスマスに活躍した「さむがりやのサンタ」や「スノーマン」を描いた人です。エセルは母、アーネストは父、この2人の生涯を描いています。
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「エセルとアーネスト」
ほんとうの物語
レイモンド・ブリッグス作
さくまゆみこ訳
小学館 本体2200円




物語は1928年からはじまります。エセルはその頃メードをしていました。アーネストは牛乳配達が職業でした。2人は結婚して、ローンを組んで家を買い、ささやかな生活がはじまりました。すこしづつ家具をそろえていきます。やがてレイモンドが生まれましたが、エセルは高年齢だったので、子どもはレイモンドひとりでした。そして、戦争、疎開、イギリスも戦火にみまわれます。レイモンドは奨学生試験にうかりますが、教育熱心なエセルやアーネストの期待を裏切って進学校をやめて美術学校へ、徴兵と、時代はどんどん変わっていきます。
 コマ割りをつかって1971年に亡くなるまで、この二人の庶民の生活を描いています。時にはユーモアいっぱいに、ときには、社会批判も。一人息子のレイモンドを慈しみ育てた夫婦を描きながら背景のイギリスの歴史もひもとかれていきます。やはりこの本のようにコマ割りで描いている「風が吹くとき」では、核がおとされた時にも国家を最後まで信じて、シェルターの中で命絶える夫婦はたくさんのエセルとアーネストにちがいないと、この本を読みながらあらためて思いました。表題どおり、エセルとアーネストのほんとうの物語です。
 

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2008年1月 7日 (月)

海からのおたより-2008年1月

 あけましておめでとうございます。
今年も「海からのおたより」をよろしくおねがいいたします。

暮れに近くのショッピングセンターでお供え餅に飾る橙と裏白を買おうと思ったら売っていませんでした。そのお店には昔からの松飾りに変わって水引と注連縄をリースにしたおしゃれな飾りがたくさんならんでいました。どれもきれいでしたがお飾りについていたのはプラスチックでできた橙と黒い紙でできた昆布でした。最近は暖房がきいているのでなまものはいたんでしまうのかもしれませんが味気ないように思いました。そういうわけで今年の我が家の鏡餅にはみかんがのっています。
お正月の街を歩きながら気にしてみると昔ながらのお飾りをつけている家やお店は少なくなりました。これは実家の近く(浦和駅のそば)の飲食店のお飾りです。「玉飾り」とよばれる玄関のお飾りでかなり豪華なものです。黒いひげのようなものは海藻のホンダワラです。
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 ホンダワラには小さな卵型の気胞がついているのでそれを米俵に見立てて名づけられたようです。子宝の象徴になっていて地方によっては結婚披露宴の汁物の具にも用いられているということです。古くは神馬尾(なのりそ)、神尾藻とよばれ万葉集のころから利用されてきた海藻です。海面を漂う「流れ藻」とよばれるものもこのなかまです。海岸を歩いているとよくうち上がっていてホンダワラの気胞を踏むとぷちぷちと音をたててつぶれます。
ホンダワラがお正月のお飾りになるのか不思議に思って調べてみました。石川県七尾市では商売繁盛の縁起物として親しまれてきたそうです。「藻を刈る=儲かる」なるほど!どうしてお飾りにホンダワラをつけるのかやっとわかったような気がしました。

2008年がみなさまにとってすばらしい年でありますように。
 どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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2008年1月 6日 (日)

元気な「番ねずみのヤカちゃん」

 「ぐりとぐら」と同じように子どもたちからおとなまで、すすめると気に入ってもらう本があります。でも、もしかしたら会留府だけかもしれません。福音館書店の人がちょっと不思議がっていましたから。会留府のスタッフはそのことの方が不思議です。それくらいみんなに人気のある本です。
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「番ねずみのヤカちゃん」
リチャード・ウィルバー作
松岡享子・訳
大杜玲子・絵
福音館書店 本体1300円


「番ねずみ」って?家を守る犬を番犬といいます。このお話は犬でなくヤカちゃんというねずみのお話です。ねずみだから「番ねずみ」勇気のあるねずみのお話です。ヤカちゃんはものすごく大きな声の持主、猫に知られてしまうからもっと小さな声をだすようにといつもおかあさんにしかられます。わかったよ‼すこしもわかっていません。でもその元気な大声が泥棒をたいじしてしまいます。ともかくおもしろい。じつは以前、訳者の松岡享子さんのストーリーテリングを聞いてすごく楽しい経験をしました。訳者だからもちろん言葉がこなれているのですが、力があって、まるでヤカちゃんそのものからお話を聞いているような気持ちになりました。松岡さん以外にもこのお話を語る人がいますが、おはなしそのものがおもしろいので、30分ちかくあきずに聞くことができます。子どもは目を輝かせて、やっぱりヤカちゃんになったように、ヤカちゃんのセリフを言うような表情をします。わかったよ‼
 私はいやなことがあると、家に帰ってヤカちゃんのように言ってみます。わかったよ‼って。
 行間があいているし、絵がたっぷりとはいっているので、2年生位からひとりでも読むことができますが、でも、この本は読んでもらったほうが何倍にも楽しい本です。

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2008年1月 5日 (土)

なんといっても「ぐりとぐら」

 今年の干支はねずみ、絵本はなんといっても「ぐりとぐら」、かれらは野ねずみです。
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 「ぐりとぐら」をはじめて見たのはいつだったのか私は覚えていません。いつのまにかすんなりと読んで蔵書の一冊になっていました。「もりのなか」や「てぶくろ」「どろんこハリー」を初めて見た時すでにおとなになっていて、それまで絵本を読んでこなかった私はとてもショックでした。幼い子ども用としてこんな絵本があることも驚きでした。「もりのなか」があの戦争中に出版されていた事、そんな遠いアメリカという国に憧れました。やがて、「ぐりとぐら」は憧れを現実のものにしてくれました。
 明るくて、楽しくて、なんといってもおいしそうなカステラ、(いまでもカステラはごちそうです。ふんわり甘くて、特別の時しか食べられなかった)この絵本を読む時はいつでも幼い子どもになります。ちょっと行動的な「ぐり」と慎重な「ぐら」は1人の子どもです。子どもは「ぐり」になったり、時には「ぐら」になったりして大きくなっていきます。自分で考えて焼いたカステラは黄色く輝いています。誰でもこの場面が一番好きだといいます。読みながら子どもたちの顔をみると、みんなよだれを垂らしそうにしています。(この飽食の時代でも)次にみんなが好きな場面はみんなで食べているところです。大きな動物から小さな動物までみんな一緒です。この作者の他の本を知っている子どもは、「やまのこぐ」も「かえるのエルタ」もすぐとなりにいるように思っています。
 「ぐりとぐら」を読んできた子どもが親になって来店するようになりました。楽しかった思い出のある絵本を、また、子どもに読んでやる、こういうことが文化ということなのだと思います。
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「ぐりとぐら」シリーズ
福音館書店

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2008年1月 2日 (水)

静かな新年を迎えました

 ⁂あけましておめでとうございます⁂
 静かな新年を迎えました。家のまわりも電車のなかもあまり人がいなくて静かでした。千葉も東京もあまり風も吹かず、冬としては暖かい穏やかな一日でした。帰りの空は星が輝いて、あいかわらず、空を見上げて歩いてきました。(冬はどうしても樹や空を見るので上ばかり見上げて歩いてしまいます。)

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 暮れにうまく撮れなかった工事のイルミネーションがきれいだったので、再挑戦してみました。店は5日からなので、こもって本を読もうと思っています。たくさん本が読めることが願いです。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

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