« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月29日 (月)

学校での読み聞かせについて

 月刊H誌をまだ読んでないことをあわてて思い出して手にしたのが、おおよそ2週間前、それからこのことについて書こうか書くまいかしばらく考えていた。書こうと思った動機はやはりこういう記事、発言にたいしてなるべく意見を言いあいたいと思ったこと、書かないでおこうかと思ったのは個人的な攻撃のようになると嫌だと思ったからだ。なにがそんなに気にかかったとかというと、月刊H誌のなかの特集「学校で本を読み聞かせるということ」の中にボランティアから見た対談があり、ボランティア3名と児童文学者1名の座談会記事のことだ。そのなかの児童文学者Sさんの、学校における先生が子どもたちに本を読んでやることが、どんなに大切かということからの続けての発言、〜前略<先生は、それほど大きな影響を子どもたちに与えていく職業をお選びになったのだから、自分に本の知識がないのであれば、とにかく心を開いて、私はばかである、たすけてくれと、近くの公共図書館員に協力を求めて欲しい。>後略〜の記事だ。児童文学者なのにずいぶん言葉が乱暴、まあ、それはさておいても、たしかに教師を職業とする者にとって知らないからと済まされることではない。これは別に読書に限らないと思う。でも、知らないことは<ばか>ではない。けれど、知らないから公共図書館員に<自分は知らない、ばかだから教えて欲しい>ということではない。まず、どの学校にも本の好きな先生はいる。その先生たちに教えを請うこと、(これは数少ない学校司書の存在も含めて)、自分たちで勉強していくように勧めること、そのために公共図書館員の力をかりること(もっとも、公共図書館員といったって?!という人がたくさんいるし、制度的にもその人たちは司書でない場合が多くなっている)。それこそ経験豊かなこの児童文学者、編集者に聞くことも良い(但し、その人は編集者、児童文学者としてだが)但し、をつけたのは子どもたちの読書について考える時に、読書は本とそれを読む子どもの関係があることを忘れてはならないからだ。だからこそ、それを仲立ちするおとなが必要になるのだと思う。
 残念ながらこの発言からは、子どもたちの実態や学校での教師の現状を知らないのでは、だから、こんな暴論を書くのだろうと思った。私は先生たちの忙しさに同情しようとは思わない。同情ならいくらでもできるからだ。そのなかで一生懸命に子どもたちと日々暮らしていっている教師を知っているからだ。あらゆる現場のなかで、自分たちの手と足と頭を使って生きている人を大切にしたい。学校もそうだと思うし、その中の読書教育もそれではじめて成り立つ。おとな、教師、子どもたちの信頼関係があってはじめて成り立つのでないか。現実はある子どもにとってナルニア物語かもしれないし、ある子どもにとってゾロリかもしれないのだ。けれど、それは固定されたものでなく、流動的なものだ。だから子どもたちには橋渡しをする信頼するおとながどうしても必要なのだと思う。学校においては教師と学校図書館司書、そして、ボランティアの順だと私は思っている。
 「本を読む子は良い子」「本を読まない子はしょうがない子」と思っていないだろうか?「自分たちは良いことをしている」と思ってはいないだろうか。3人のボランティアの人たちの発言の確かさのなかで、児童文学者の発言には変な良書主義がチラチラと見えたのは私だけだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月28日 (日)

ぼくがラーメンたべてるとき

Htbookcoverimage


「ぼくがラーメンたべてるとき」
長谷川義史
教育画劇 本体1300円




この画家の絵はいつも楽しい。私は「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」(BL出版)以来のファンだ。流れるような絵とあふれるエネルギーがあって、なんかちまちましたうそくさい癒しブームのなかで、生きることを肯定している、信頼できる画家のひとりだと思う。はなしはいつものように、良くあるように展開する。僕がラーメンを食べているとき、となりではねこのミケがあくびをして、その時となりのみっちゃんがテレビのチャンネルをかえた、そして、だんだんとおくの人の行動が続いて描かれている。そして、最後近く、おっ!と驚く画面がある。いや、驚くことではない。みんな知っていることだ。知りたくない、関係ないと思っているだけだ。ここまでは絵も動いていたのに、黒い塊が、動かない塊が描かれている。でも風は吹いている。ラーメンを食べているきみの上にも、ミケが見ているまどの外にも。
 「やられた!」と思った。静かに子どもたちと読みたい本だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月27日 (土)

たまごかけごはん

Htbookcoverimage


「ぼくのひよこ」
高部晴市 さく・え
農文協 本体1333円




今日は台風で外は荒れていますが、今週は秋晴れのよいお天気が続きました。空が高くなり澄んで鰯雲、夜の月もきれいです。今年の夏の暑さの疲れでしょうか、風邪が流行っています。栄養をつけて、風邪なんかおいはらってしまいましょう。栄養といえば昔から卵が一番。実りの秋です。お米も新米がでてきました。暖かいご飯にはどんなものでもにあいますし、美味しい。その暖かいごはんの真ん中に穴をあけ、卵を割って、お醤油をちょっとたらして、「たまごかけごはん」はとっても簡単で、美味しいものです。卵は私の子どもの頃はごちそうでした。病人のお見舞いにもよくつかわれました。いまは、パックに入ってスーパーで安売りの目玉商品に使われますが、そんな卵は残念ながら「たまごかけごはん」にしません。養鶏場でゲージで大量に飼われている鶏をみてから、食べる気がしなくなってしまいました。昔、ワラで作られた筒に入って売っていた記憶、庭で放し飼いにしていた記憶があり、生卵は条件つきで食べるようになりました。食べ物にはその人の歴史があります。
この食べ物お話えほんの卵、夜店で買ったひよこが大きくなって、やっと「たまごかけごはん」を食べられると思ったのに・・・。こんどこそ、ねこも、こんどこそってねらっています。「たまごかけごはん」はおいしいんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月25日 (木)

ロビンソン一家のゆかいな一日

9784751525043


「ロビンソン一家のゆかいな一日」
ウィリアム・ジョイス 作
宮坂宏美 訳
あすなろ書房 本体1600円



ぼくの親友ウィルバー・ロビンソンの家へ遊びに行った話だよ。ロビンソン一家ってめちゃおもしろいんだ。おじいちゃん、おばあちゃん、両親、おじさんにおばさん、ねえさんとにいさん、それにちょっとわからない同居人、たくさんの人がいるのだけれどみんな変わっている。宇宙人というか未来人みたい、みんな不思議なもので何かしている。発明したのかって?それもあるけれどただいま実験中もいっぱいあるみたいだ。表紙の絵をみてごらんよ。なにやら未来ぽいマシンがたくさんあるけれど、恐竜はパチンコで遊んでいる。戸を開けているタコはお手伝いさんなのだ。ぼくは親友のウィルバーと行方不明のおじいちゃんと、おじいちゃんの入れ歯を探すことになった。となりの部屋へ、上の階へ、庭へ、地下へ行ってみると、みんなおもしろそうなことに夢中だ。おじいちゃんは見つかったかって?ウィルバーが思い出した。金曜日は研究室で<ウキウキ・カエル・バンド>の指揮をする日。おじいちゃんはともだちのエリントンやアームストロングといっしょだった。入れ歯は?それはきみが絵本のなかから探してよ。
と、いう具合にとてもユニークな絵がいっぱいの絵本です。でも、読んでもらったときは、あまりおもしろしとはおもわなかったのに、自分でゆっくり絵をみていったらすごくおもしろくて、時々大笑い。
とても絵本らしい絵本です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

わたしの絵本、わたしの人生

Htbookcoverimage


「ジョン・バーニンガム
わたしの絵本、わたしの人生」
灰島かり・訳
ほるぷ出版 本体2800円




バーニンガムといえば、こどもたちが大好きな絵本「ガンピーさんのふなあそび」や「ねえ、どれがいい?」そして、あれこれとたくさんの絵本が浮かぶ作家です。子どもだけでなく「おじいちゃん」や「くものこどもたち」を心に残っている絵本として語るおとなの人を私は何人も知っています。イギリスの作家、そして、彼の妻であるオクセンバリーも絵本を描いている夫婦共に現役の作家です。
この本はバーニンガムの自伝にあたるものです。絵本を読む子どもにとって、それを描いた作家がどんな人かは関係なく、ただ、純粋に絵本そのものを楽しみます。けれど、おとなにとってその作品がどんな人によって、いつ頃描かれたものかを知ることは、その作品を何倍にも楽しくしてくれます。 
 バーニンガムの最初の作品である「ボルガ はねなしガチョウのぼうけん」(日本版 ほるぷ出版刊)は1963年に描かれたものです。その年はやはり子どもたちに人気の「かいじゅうたちのいるところ」(モーリス・センダック 作 冨山房刊)がアメリカで描かれた時代でもあり、グラフィック・アートの新しい時代だったということなどは、この本の最初にセンダックが<親愛なるジョンへ>とよせている文のなかに描かれています。時代がこの人たちを呼んだのです。バーニンガムは文も絵もひとりで描いている数少ない画家ですが、ポスターを描いたこともあり、動物と人間のきずなを描いた作品が多く、シンプルな文の力など、バーニンガムの作品の魅力を語っていて、彼の生き方でもあり、それが表現された背景をみながら物語を読むように楽しむことができます。
 写真や絵もふんだんに入っていて、それなのに定価が安いのもうれしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月23日 (火)

絵本 もうひとつの日本の歴史

昨日のブログで取り上げた「多賀城の焼けた瓦の謎」、あれは日本の歴史の中の限られた地域の中の歴史を取り上げていました。それがじつは限られた地域でなく、はるか遠くの場所と繋がっていることが書かれていました。この本はその中で生きている、ある人々の歴史が古代から現代にかけて描かれています。
Htbookcoverimage_2


「絵本 もうひとつの日本の歴史」
中尾健次・文
西村繁男・絵
解放出版社 本体2500円




 表紙を広げてみるといろいろなことをしている人々がえがかれています。私の年代では知識としては知っていても見たことがないことをしている画もあります。刀鍛冶も皮をなめしている人も鍛冶屋も鎧をつくっている人も見たことがありません。筵に頭巾をかぶっている人など、なにをしているか想像もつきません。けれど、本を読み進めるうちに、それらの人たちの仕事や、その仕事故に社会の中で置かれていた立場がわかってきました。そして、人が生きていくために、社会が成り立っていくために、どんなにたくさんの人の力が必要かということが描かれていることに気がつきます。( だいいち、いま、今日だって、一日どう過ごしてきたかと思い浮かべてみるとわかります。そう、一日生きてくることができた、支えてくれるかげの力、かげの人がいるのです。)
 その人たちは差別を受け、決しておもてにたつことはありませんでした。なぜなのでしょう?
 この本の画家、西村繁男さんには日本の通史にあたる「絵本 日本の歴史」(福音館書店)という本がありますが、この本はそのかげの「日本の歴史」にあたります。同じように非常に細かく、しっかり描かれた絵とその絵の細かいわかりやすい解説も載っています。あわせて、読むことをすすめます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

多賀城 焼けた瓦の謎

Htbookcoverimage


「多賀城 焼けた瓦の謎」
石森愛彦・絵
工藤雅樹・監修
文藝春秋 本体1429円




 送られてくるメルマガでとても興味がそそられる本の紹介があり読んでみました。それがこの本です。一般書の扱いなので、児童書ではなかなか目にしません。本の帯に〜小学生から大人まで〜となっています。内容は小学生高学年で読むことができます。たくさんの写真とイラストが入っていて、とても読みやすい装丁になっています。宮城県多賀城、35年程前の発掘調査でたくさんの瓦がでてきました。しかもそれは白っぽく変色していて、明らかに高熱にさらされたものでした。その模様から1300年ほど前に作られたものだということでした。
 この本は担当編集者の子どもが小学5年生の夏休み自由研究のため、祖父と一緒に訪れた多賀城の話がもとになっているので、内容もつながりが順序だてて書かれていて、ひとつの物語を読むような構成になっています。多賀城の瓦は何をいみするのか?それは遠く離れた地の「大化の改新」「奈良の大仏の金箔」「桓武天皇」「律令国家」「蛦夷討伐」「坂上田村麻呂」から、現代流行の「怨霊や霊」まで、古代から現代までのつながりとして描かれています。また、蛦夷はなぜ敗れたのでしょうか?それは蛦夷は言葉は持っていたけれど、文字を持たなかったからとしています。文字は国家をつくり、国家をささえたのです。時代は変わってもこのことは現代にも生きています。
こんなふうに歴史を学ぶことができたら、現代の選挙の投票率の低さも解決できるのではないかと、ふと思ってみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

新しくなった「ムジナ探偵局」

9784494014309
9784494014316
9784494014323
9784494014330
9784494014347
9784494014354_2













「ムジナ探偵局」富安陽子/おかべりか/画 (童心社 本体各850円)6巻目「榎稲荷の幽霊」が出版されたのを機会に全巻ペーパー版になりました。6巻目は榎神社に願をかけたおかげで宝くじに当たった人がいる、お礼に絵馬堂を新築しようとしたら幽霊がでる、おまけに、裏薮から骨が。3人から依頼をうけた、へんてこ横丁の古本屋ムジナ堂の店主ムジナ探偵の活躍です。もちろんおなじみ源太がいっしょにちょろちょろとおしかけ助手よろしくお手伝い?をします。この本の魅力は幽霊がでたり、怪事件がおこっても、きをてらう描写がなく、物語が安定していて、わかりやすく、読者は源太と等身大になって楽しむことができるからだとおもいます。
そして、うれしいことにペーパー版になってとても魅力的になりました。表紙が明るい、なかの活字が大きく読みやすい、定価が安い。このことはこどもたちからは大歓迎です。本全部がペーパー版になれば良いとは思いませんが、こどもたちがもっと気軽に読むことができるように、出版社は工夫するべきだとおもいます。(ただし、図書館はちゃんとハード版も揃えてください。というのは、図書館には保存をする役割があるからです。残念ながら本の定価はあがっているのに、本代=資料費はすくなくなるばかりです。)
ところで「6巻目の推理クイズの絵をみながら、この本のすこしも手抜きをしていない挿絵のうまさにあらためて感心しました。これもこの本の魅力です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月20日 (土)

お金もうけは悪いこと?

Htbookcoverimage


「お金もうけは悪いこと?」
アンドリュー・クレメンツ/作
田中奈津子/訳
講談社 本体1200円



誰もがお金が欲しいと思いますし、お金がなければ困ると思っています。それなのにおおぴらにお金!お金!と言うのはなぜかためらわれます。でも、この本の主人公の一人グレッグはお金が大好き、いつもお金のことを考えて、なんとか儲けたいとばかりおもっています。グレッグは考えるだけでなく、行動力があり、一日の大半を過ごす学校でお金儲けをしようと思います。モーラはクレッグの幼なじみ、でもなぜか喧嘩ばかりしています。今回もお金儲けの邪魔ばかり、しかも、クレッグが制作して、売り出したミニ・コミックスと同じようなミニ絵本を売り出しはじめました。グレッグはモーラの才能を認めざるえません。はじめクレッグはモーラに抗議しましたが、むしろ協力しあった方が儲かることに気がつき、共同で制作して売ることにします。けれど、学校ではものを売ることを禁止します。ここでもクレッグとモーラは協力して、教育委員会の人たちを説得します。
 この本ではクレッグのお金についての哲学も、対するモーラの主張もしっかりと数字を使って描かれています。それはとっても具体的で、説得力があり、それらがこの物語をおもしろくしてくれます。けれど、この物語は具体性はあるものの、お金儲けの本ではなく、クレッグとモーラの友情物語です。それが楽しい。
 もうひとつ驚くのは学校における教師と生徒の関係が自由で開放的なこと、意義があったり提案があるときは教育委員会でどうどうと自分の意見をいうことのできる権利が生徒にあることです。ちゃんと自分の意見をいう、そのために親も教師もちゃんと手を貸し、建設的に解決しようとします。
作者はこれまでにも友情をからめた、子どもたちが生活のなかから知る経済や社会の問題が中心に描かれている本を出しています。アルバイトであろうとも積極的に働く子どもがでてくるのも、もっと私たちは考えるべきことかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月18日 (木)

ルイジアナの青い空

Htbookcoverimage


「ルイジアナの青い空」
キンバリー・ウィリス・ホルト
河野万里子・訳
白水社 本体2000円




12歳といったら中学生になる頃、いまはだいぶ早熟になっているけれど、少し昔ではそろそろ体も変化してくる頃です。体だけでなく、中学生はおとなへの入り口に差し掛かる頃なので、思春期独特の多感な年齢です。主人公タイガーは12歳、野球の大好きな利発な少女です。舞台は1957年アメリカ、ルイジアナ州の田舎、両親と祖母とで暮らしています。ただ、タイガーの家庭が他のうちと少し違うのは両親共が知的障害者だということ、当然タイガーを育てたのも、家庭の細々したことを維持しているのもおばあちゃんです。タイガーには母親の妹にあたるドリー・ケイおばさんがいて、州都で秘書の仕事をしているキャリア・ウーマンですが、母親であるおばあちゃんとなにかあって、あまりスムースな関係ではありません。タイガーはおばさんの生き方をみて、田舎ではなく都会で存分に働きたいと思う気持ちが強くなってきます。しかし、タイガーがいなかったらどう暮らしていくかわからない幼い子どものような無垢な母親、言われたことを実直に確実にゆっくりと仕事をしていくだけの父親、タイガーを育て家庭の要になってきたおばあちゃんの死で、タイガーの気持ちは揺れ動きます。後半タイガーの母親の知的障害の原因があかされ、また、都会に行ってみて、タイガーは両親のもと田舎で暮らして行くことを選択します。この両親の純粋な愛に心動かされますが、もうひとり、おばあちゃんが亡き後に家庭の面倒をみるために来た家政婦の黒人のマグノリア、社会では黒人差別をうけながらも、タイガー家族をしっかり支え続ける姿勢がとても印象的です。そして、最後のハリケーンにおそわれ、家族で立ち向かう姿は感動的です。
 その頃から社会はもっと複雑になり、あいもかわらず差別は手をかえしなをかえ無くなっていません。そして、一番小さな単位の個人、家族の本質もまたかわらず、自分自身で考えていかなければならないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月17日 (水)

「カラマーゾフの兄弟」を読む

Htbookcoverimage


「カラマーゾフの兄弟」1
古典新訳文庫
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー
亀山郁夫・訳
光文社 本体724円



 10月の「Y・Aの本を読む会」で取り上げた。あまりにも有名(古典としても話題性としても)なので、取り上げてみようということになった。ストーリーはここではあえて書かないが、7名全員が以前読んだことがある、もしくは挑戦したことがある本だった。この新訳は忙しくて読めなかった1人と、読む気がしない(こういう本は好きでない)1人をのぞいて、おもしろかった、こんなにおもしろい本だと思わなかったという全体の感想だった。とりあえず1巻が課題だったのだが、全巻再度読みあうことにした。確かに新訳はわかりやすい。それでいて平坦になってもいない。(登場人物が立体的に描かれている、それは訳の力だけでなく原作そのものが持っている力なのだろうが。)大学で強制的に読まさせられたというYさんはしっかり読んだようだけれど、TさんもSさんもかって読んだというだけであまりちゃんと読めていないと言う。わたしは高校生になったばかりの時、ともかく長い小説に挑戦してと、なんといっても長いロシア文学に片っ端から手をだしたが、読めていない。だから正直あまり心に残っていなかった。
ところで みんなの感想
*おもしろかった。人物がいきいきと動く。
*栞の登場人物のコメントが書かれているのは、本を読む助けになった。グッドアイディアだ。
*人物をいきいきとさせているのは、時代の背景などがしっかり描かれているので、つかみやすい。
*宗教的なところはわかりにくい。
*高校生や大学生の若い人にすすめたい。
*5巻がすごくおもしろい、必読!
そして、メンバーのなかの一番若いKさんが<文学には感ずる文学と考える文学があるのではないかと思う。この小説は考える文学だ。>という感想が私は印象的だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月16日 (火)

ジュリーの秘密

Htbookcoverimage


「ジュリーの秘密」
コーラ・テイラー/作
さくまゆみこ・訳
小学館 本体1500円




「 ジュリー」の続編です。ジュリーは予知能力があり、それを夢のように見ることができます。前編では父親がトラクターの下敷きになり、あやうく命を落とすところでしたが、ジュリーの力で助けにかけつけることができました。しばらく入院していましたが父親は家に帰ってくることができました。ジュリーの家は農家ですから、働き手の父親が思うように仕事ができないのは一家にとって経済的に大変です。この本は予知能力を持ったばかりに苦しい思いをしなければならないジュリーの気持ちが縦糸なら、家族が助けあって困難な状況を乗り越えていこうとするおもいが横糸になって描かれています。
 私たち普通の人間にとって、未来が予測できたらどんなに便利だろうと考えてしまいます。だから未来が予測できないといわれている現代、超能力をもった人の活躍がのべられている本、テレビ、ゲーム、そんなものが大いばりでたくさん登場しています。それらはどこかうさんくさいものだとは思いながら、一瞬の娯楽に耽ってはまり込んでしまいます。でも、良く考えてみるとそんなことはありえないし、もし、あったとしたら人生はずいぶんとつまらないものになってしまうことも良くわかります。ジュリーにとってのその能力は苦しみでしかありません。その能力を理解してくれる両親、特に父親の気持ち、ジュリーがどんなに他とちがっていても、娘を思う父親の愛情が読者の胸を打ちます。ゴードン先生とジョンソン先生の持っている秘密しかり、誰にでも秘密はある、でもその秘密を分かち合える人がいること、たったひとりでその秘密を抱え込んで孤独な生涯を送らなくて良いことの喜び、殺されそうになりなんとか逃げ出すことに成功したビリーの活躍など、ドキドキハラハラしながら読み進みながら、信頼しあうことのすばらしさ、ジュリーはまたひとつ成長し大きな安心感で物語は終わります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月15日 (月)

秋の収穫

Htbookcoverimage


「くるくるくるみ」
松岡達英 さく・え
そうえん社 1200円




秋はうれしい。食いしん坊の私は秋が好き。春は草木と太陽の光でうれしくなるけれど、短い秋のみのりに心豊かに思う。柿にりんごにぶどうに、みかんは冬の果物(こたつに入って食べたから?)、いろいろのきのこ、そして、ラッカセイに、栗に、ギンナン。そのギンナンに今年はあまり出会わなかった。いつも茶碗蒸し用に、お正月の煮もの用にと、ちょっと拾うところの樹が不作というのでなく、落ち葉の後始末を嫌われて、収穫がないままに早く枝を下ろされてしまったからだ。イチョウの葉は腐らないし、歩道でぬれておちていたりすると滑ってあぶない。そして、ギンナンは人や車に踏まれてつぶれていたりすると確かに臭い。でも、やっぱりむざんな樹をみるとちょっとあんまりだなぁと思ったりする。
 この本はくるみの絵本、ゆうかちゃんとおじいちゃんおばあちゃんの家にあるくるみの木の一年が描かれている。
植物としてのくるみだけでなく、食べ物としてのくるみ、料理のことも描かれている。作者は自然にかかわる本をたくさん描いていて、どれもとてもわかりやすい。どちらかというと、自然でも生物の絵本が多く、だからこの絵本にもリスやネズミが登場、うしろの見返しに描かれている「くるみクッキー」と「くるみどうふ」をつくっているのはリス。
 私も今度の休みに作ってみようかな。「天高く・・・肥える秋」

| | コメント (0)

2007年10月14日 (日)

ことばあそび絵本

Htbookcoverimage


「かさぶたってどんなぶた」
絵本 かがやけ詩 あそぶことば
小池昌代編 スズキコージ画
あかね書房 1800円




表紙の絵、スズキコージ独特のぶた、というか動物たちがハチャメチャに騒いでいる。中は18篇のこれもまた、ハチャメチャのにぎやかな言葉遊びの詩が入っている。 個人の詩集や言葉遊びの絵本はずいぶんと多くなった。けれどこの本のようにたくさんの言葉遊びの詩ばかりの絵本はまだ少ない。この場合絵が難しくなる。絵本じたてなので絵のもつインパクトが強くなり、全編の詩にあうかどうかわからないからだ。(この絵本は成功しているけれど)。全体的にはスズキコージ独特の色とコラージュをつかった画だけれど、川崎洋の「たんぽぽ」、藤井貞和の「あけがたには」のスッキリしている画、空に吸い込まれていくような、ちょっと切ない詩と画が印象深い。
 以後5巻までテーマに添ってのアンソロジーが出版されるとのことで注目したい。( ところでもう少し定価が安くならないかなぁ。)

| | コメント (0)

2007年10月13日 (土)

海からのおたより2007年10月

南の島の写真・・・・
ではなくて、これは千葉県の館山湾の「沖ノ島」の写真です。
2007910_022
 写真は小さいのですがよく見てください。島をめぐるコンクリート製の歩道も一部くずれています。また、潮風につよいはずの海岸植物も根元に水がかかったようで枯れてきています。台風の大波を受けた影響でしょうか。
地球温暖化で海水面が上昇してツバル共和国が水没しそうだという報道があります。しかし、海水面が上がっているのは遠い南の島だけではありません。もっと身近な千葉の海でもおこっているのです。千葉ポートパークでも以前より砂浜が減ってきているのを感じます。
写真を撮った沖ノ島も館山に住んでいたときよりも海はだんだんと歩道に迫ってきています。この木が枯れるのは時間の問題でしょう。わたしにはなにもできませんがこの話を書くことでみなさんにも知っていただきたいのです。
沖ノ島は自然体験学習などでたくさんの人が訪れるようになりました。ネットで調べてやってくる観光客も増えているところです。初めて来た人にはわからないかもしれませんが目に見えて変化してきています。同じようなことがどこの海岸でもおこっているはずです。海岸の浸食はダムや護岸工事のせいだけではありません。
島の中ほどではいまを盛りに彼岸花が咲いていました。
2007910_024
 どんぐりつうしん変集長 谷口優子


| | コメント (5)

2007年10月11日 (木)

カタツムリと鯨

Htbookcoverimage


「カタツムリと鯨」
ジュリア・ドナルドソン文
アクセル・シェフラー絵
柳瀬尚紀 訳
評論社 本体1300円



絵本は絵の描き方で著者がわかる。この絵本もすぐ想像がつくのは、描かれている動物たちの目が特徴的だ。<やぶにらみ>というか上目遣いで見る、そうそうわが家にはむかしこんな表情をする犬がいたっけ。その表情だけで愉快な物語なのだとわかる。
 カタツムリは小さい、足がのろい。でも世界を旅してみたいと思う。ある晩やって来た鯨をみて、これに乗って行けばいいのだと気がつく。それで、ちゃっかり家のカタツムリは鯨に乗るというか掴まってというか、世界の旅にでる。ところが嵐の夜、鯨は海岸に打ち上げられてしまう。あわてたのはカタツムリ、このままだと旅に出かけられないだけでなく、鯨が死んでしまう。必死で学校へでかけ自分の白いネバネバで<たすけてください!>と字を書いて子どもたちに知らせる。さあ、総出で鯨を助ける、皆で助ける。それからみんなの所へ無事帰ることができたカタツムリ、こんどは仲間皆で出発。おはなしはざっとこんな風なのだが、文体が韻をふんでいる。日本語には英語のように文の最後に韻をふむことがほとんどない。しかも絵本の中の文が全部韻をふんでいるのはほとんどない、皆無にちかいと思う。韻をふんでいるということは、この絵本は声をだして読むことが前提になっているということだ。一部分ちょっと無理をしていると感ずる所があるのだけれ、コミカルでリズムカルな訳文はおもしろく絵をうまく表現しているとおもう。

| | コメント (0)

2007年10月 9日 (火)

ジェイミー・オルークとなぞのプーカ

Jamie2


「ジェイミー・オルークとなぞのプーカ」
アイルランドのむかしばなし
トミー・デ・パオラ再話/絵
福本友美子/訳
光村教育図書 本体1400円




 なまけものだけれど憎めないジェイミー・オルークのアイルランドの昔話2册目です。おかみさんが留守になったあいだ、友だちと毎晩呑んだくれてかたずけもなにもしない。でも、毎晩プーカが来てきれいにしてくれます。プーカというのはあとがきによると、一人暮らしをしている動物の妖精だということです。この絵本ではこの世の時ではなまけものだったので、あの世では罰として動物にされ、この世に戻って働かねばならない、そんなプーカに同情して、最後の晩に寒いというプーカにジェイミーは自分のコートをわけてやります。なんと、プーカは親切な人が自分の仕事を認めてほうびをくれると、もう働かなくて良いと、何もしないで帰ってしまいます。最後になってジェイミーのおもわくは外れてしまいます。もちろん、帰って来たおかみさんにはしっかりしかられてしまいました。ここで反省!<こんなことになるならいそいで親切をするのではなかった>最後のページではいつものねこもいぬもいっしょに顔をしかめてこんなことをいっています。
 ユーモアのある暖かいパオラの絵、おもわず笑ってしまいます。昔話をつかってのおおらかな絵本です。

| | コメント (0)

2007年10月 8日 (月)

おんがくかいのよる

Htbookcoverimage


「おんがくかいのよる」
たしろ ちさと さく
ほるぷ出版 本体1400円




 秋は「読書の秋!」といわれているけれど、「音楽の秋」でもいいなぁ。月がでていても、暗闇でもどちらでも良い。そして、ひとり静かに音を聞くのも良いけれど、音楽会に出かけて行くのも楽しい。ドイツへ行っていた友人が、夕食もそこそこに夫婦で家族で音楽会に行く話をしていた。
 この絵本は5匹のねずみがかえるの音楽会に行って、入場をことわられ(なんと心の狭いかえるたち)、それならと自分たちで音楽会をひらくお話です。最後はお客にまぎれてきたかえるたちにもいっしょにとすすめます。(なんと心の広いねずみたち)。いちばんいいなぁと思った場面は、思い思いの楽器を手にして、演奏する場面。しっかりのって、自己陶酔しているねずみたち。楽しそう。はじめの見返しには所在なさそうに遊んでいる五匹のねずみ、うしろの見返しは音楽会のあと、すっかり疲れて、でも満足そうに眠っている5匹のねずみたち。
 くたびれたなんて言っていないで私も音楽会に行こうかな。

| | コメント (0)

2007年10月 7日 (日)

韓国のこもりうた

9784494010967


「ことりは ことりは 木でねんね」
韓国のこもりうた
チョン・スニ作
松谷みよ子・訳
童心社 本体1400円



 私は母に抱かれたという記憶がない。ただ「五木の子守り唄」をうたっていた母の声は耳の奥に残っている。
 この絵本の子守唄は韓国でひろくうたわれているものだけれど、京慶道大邱地方のものをもとにしているとのこと。柔らかい色、子どもを寝かしつける母親の表情、人だけでなく鳥も、動物もまどろんでいる夢の世界、母親の胸に抱かれてすこしづつ眠りの世界に入っていく、最後にちいさなあくびをする子どもの表情、とてもやさしい気持ちが満ちている絵本だ。言葉というか子守唄もゆっくりとしたリズムでとても絵にあっている。そして、なによりも良いのは絵も文もおしつけがましくないこと。強過ぎる愛情の描き方は心が豊かにならない。ゆっくり子どもと一緒に読みたい、うたいたい絵本だ。
 それにしても最近の韓国の絵本は秀作が多い。

| | コメント (0)

2007年10月 4日 (木)

ピーター・ラビットの本の背景には

Friend_title
 あまりにも有名なピーターラビット、もちろん、昔はじめてこの絵本を見たときちょっとビックリした。まず、おかあさんウサギがピーターに「おまえのおとうさんは捕まってパイにされた」という。なんのおもい入れもなく、たんたんと言ってのける。絵は水彩でもあり柔らかい画風、その落差にちょっととまどった。何のことはない自然界の食うか食われるかの話なのだ。穴ウサギのピーターを取り巻くいろいろな小動物たちの冒険物語といってもよい。そのことでなのか、以外と男の子に人気がある。また、ポターの伝記を読んで思ったことは彼女は農家の出身でもなければ、むしろ都会の大邸宅のなかで暮らしていて、一部は避暑地で自然に接してはいたが、自然は生活の基盤ではなかったことだ。どちらかというと研究者、きのこの本などみごとに描かれている。今の時代だったら力のある研究者になっていたのではないかと思われる。
 イギリスの金持ちの娘で育ったため、家の枷に反抗した(弟もそうだけれど)。女は学校へいかない、おかかえの家庭教師がいる、もちろん生活のために働くなどはありえない。きのこの研究で学位論文を出していても、大学は女にはひらかれていない。家がつり合わない人と結婚はゆるされない。生活に困るわけではないので、働くことはありえない。時代の壁としても、ポターは自分で自立を望んだ女だったのではないか。後年いっさい絵本を描かないで、羊育業者として成功をおさめる。なかなかの商売上手な人、村の人々は彼女がピーターの一連の本を描いた人とは誰もつゆ知らなかったという。
 あの都会的に洗練されたピーターうさぎたち、遠い日本の今のこどもたち、おとなたちに読み続けられている秘密はこんなところにあるのではないかとおもう。

| | コメント (0)

2007年10月 3日 (水)

映画「ピーター・ラビットの作者」

10533


「ビアトリクス・ポター
描き、語り、田園をいつくしんだ人」
ジュディ・ティラー著 吉田新一・訳
福音館書店






おとぎ話としての映画『ミス・ポター』
 (1)
 絵本『ピーターラビット』の作者ビアトリクス・ポターの伝記映画ができました。ファン待望の映画と言えるでしょう。ポターの絵本が好きな、大人の観客が大勢いました(子供はほとんどいませんでしたが)。そして期待を裏切らない、絵本の雰囲気どおりの、楽しい映画に仕上がっていました。と、こういった口調で書きましたが、マーガレット・レインの、『ビアトリクス・ポターの生涯』(福音館・品切れ)を読んだ方なら、肯いてくれると思います。といっても、別に嘘の映画ではありません。
 ポターの人生の、いちばん前半の部分を描いた映画です。
自費出版の本を出版社へ売り込み、成功し、やがて担当編集者と婚約しますが、その1か月後に婚約者は死んでしまいます。2人はともに40歳前でした。悲劇のヒロインにぴったりのストーリーですが、残念ながら事実です。白血病だったと言われています。
 映画の構成は、多少事実と違っています。プロポーズのシーンは感動的に描かれていますが、実際は、手紙でのプロポーズだったそうです。婚約に反対され、両親と言い争うシーンは、ポター家の出自を説明するのに必要な台詞だったようです。「声を荒らげて争ったり、対決したりすることは問題外だった」(『ビアトリクス・ポターの生涯』)。映画のような言い争いは、彼女の2度目の婚約・結婚の時、46歳になってからのようです。でも映画はその前で終わっています。映画では、婚約者との死別後、ポターはソーリー村でひとりで暮らしますが、実際はムリだったようです。実際に両親と離れて暮らすのは、彼女の結婚後でした。
 とにかく美しい自然、絵本の主人公が動きだすシーン(ディズニーが『メリー・ポピンズ』でやった手法ですね)、ビアトリクスと弟の子供時代のシーン、当時の印刷技法や、汽車旅行、彼女の性格描写、見どころ満載です。つまりこの映画は彼女が、絵本作家として成功していくサクセス・ストーリーであり、失恋を乗り越え成長していく映画なのです。主役を『ブリジット・ジョーンズの日記』のレニー・ゼルウイガーがやっているのも納得です。
(2)
 映画がポターの前半生で終わったのは正解です。完結性があります。というのは彼女の後半は、全く違った人生だったのです。結婚後は絵本を捨て、ソーリー村の農場経営者、かなりつっけんどんな農婦として生きます。面会や伝記を拒否し、グレアム・グリーンの批評を非難します。
 ポターの素晴らしい作品は、かなり特殊な環境から生まれたのでしょう。彼女の父は弁護士で、絵画と写真と釣りを愛好していました。弟は画家を志しますが結局、姉と同じ後半生を生きます。いや、姉が弟の人生をうらやんだのです。姉の結婚のために両親を説得しに、スコットランドから出てきた弟は、この時はじめて、自分は農場に引っ込んで、田舎の娘と11年前から結婚していることを、打ち明けたのです。姉弟は上流家庭に縛られ、絵を描くことしかできなかったのです。その中からポターの絵本が生まれました。そのために彼女は、どれ程の犠牲を払ったことでしょう。しかし絵本の報酬として(はじめはお金の形をしていても)、田舎の生活が手に入ると知って、どんなに喜んだことでしょう。これこそが彼女が望んでやまなかった人生なのです。絵本は代償行為にすぎなかったのです。彼女の晩年の写真には、いきいきとした老婆が写っています。ソーリー村の「湖水地方の人々はさからえば危険であるが、愛するならごく安全な人物として彼女を尊敬するようになっていたのです」
 晩年のナショナル・トラスト運動を含めて、痛快な生き方をしています。私にはミス・ポターよりも、このヒーリス婦人の生き方のほうが魅力的です。でも映画になっても、客は入らないでしょうネ。                      
       高橋峰夫

| | コメント (0)

2007年10月 2日 (火)

秋の日

03762


「秋の日」 里山の一日
今森光彦
アリス館 本体1400円




 «秋は、終わりではなく、春への準備がはじまる季節»と詩う著者、雪国生まれの私にはそうとばかりはいえない。過酷な冬に向い、つかの間の狂乱の月日、たがらあんなに自然は染まり輝くのだ。
 ページをめくるたびに懐かしい風景が蘇って来る。稲の干しかた、いまはは乾燥機をつかうので見られなくなってきたけれど、立木に竿を渡して干す、ハゼに干すという。コスモスが日本の花でなく、元は中南米からの帰化植物とか、その花々も散って果実が鳥たちを夢中にさせる。柿が鰯雲の空に映える。その渋柿の皮をむいて南側の軒下に吊るすと(干し柿は父の大好物だった)秋も深まって来る。
 もう一カ月もすると冷たい雨は霙にかわり、長い冬がはじまる。最後の最後まで鳥たちや動物たちの命を繋ぐ秋は静かに暮れていく。


| | コメント (0)

2007年10月 1日 (月)

サンタクロースや〜い!

Tira_5




 10月近くなったとたんに寒くなって、一挙に秋がきた。朝からある文庫主催の定例の読書会に出かけた。いつもは店に寄っていくのだけれど、思い立って千葉寺の方をまわってバスに乗ることにした。と、いうのは今日の読書会のテーマ本はさねとうあきら著「地べたっこさま」ちょうど彼岸花の盛りだと思い出したからだ。ともかくなんとなく気分。気分はあたって彼岸花がたくさん咲いていた。
彼岸花も狛犬もあまり読書には関係ないけれど、クリスマスは大関係がある。プレゼントなどで店は一年で一番にぎやかで華やかになる。その準備がはじまる。10月の声を聞くとまず団体のプレゼントの準備からはじまる。団体のプレゼントというのは、たとえば、父母の会などが子どもたちに本をプレゼントする、篤志団体が子どもの施設に本をプレゼントすることもある。サンタクロースがあっちこっちで出没するのだ。ある保育園ではその地域のお年寄りがサンタさんになる。もちろんサンタさんのスポンサーは父母の会。グッズなどを選ぶところもあるけれど、現代の子どもたちはグッズは比較的簡単に買ってもらえる。おもちゃもずいぶんと高いものをプレゼントにもらう。ところが残念ながら本をもらうことは少ない。手づくりのものをもらうことはなお少ない。本を読むどころか1年間に1冊も本を買ってもらわない子どもがかなりいるという現実。いくら親を説得してもそれは難しい家庭がある現実。お金がないのでなく、生活のなかに本がない。
 サンタさん出番ですよ。クリスマスのプレゼントには本を。会留府では選書のお手伝いをします。子どもたちの顔を思い浮かべながらあれこれと選ぶ。団体はきっちりとした予算の枠があるので大変だけれど、やっぱり楽しい。あなたもサンタクロースになりませんか!

| | コメント (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »