ちば海辺の環境講座

 この4回講座も最後になりました。
「ポートパーク海岸クリーンアップ&自然観察」
 ー貝類と海辺の生き物の観察
11月30日(月)10時〜12時半
講師 日本貝類学会 谷口優子
申し込み 千葉市生涯学習センター企画研修係 
     担当 手塚・龍ヶ崎
     電話043-207-5820
*「海からのおたより」をいつも読んでくださっている方たちはおわかりでしょうが、この講座の講師は
どんぐり変集長です。秋の千葉の港の海をクリーンアップしながら観察してみましょう。

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海からのおたより 2009年11月

  大型クラゲ千葉に現る!

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九十九里浜に行ってきました。浜を歩いていると何かが打ちあがっていました。近寄ってみると最近話題になっている大きなエチゼンクラゲでした。かさは直径1メートルほどあってまだ生きています。かさは意外とざらざらしていて丈夫そうでかたさはナタデココのようでした。太いあしは寒天のようでちぎれやすく、かさよりも水っぽい印象です。クラゲは浜のあちらこちらに打ちあがっていて小さいものはかさが直径30センチほどのものもありました。
 エチゼンクラゲは1921年に福井県の定置網にかかったものを東京帝国大学の岸上博士に送って新種と確認されました。ビゼンクラゲ(備前水母)に似ていたことから採集地の越前にちなんでエチゼンクラゲNenopilema Nomurai(KISHINOUYE)と名づけられ、学名は当時の福井県水産試験所長の野村氏に献名されました。日本海側の漁業に大きな被害を出していることから福井県では「越前」のイメージが悪いので「大型クラゲ」と呼ぶように呼びかけていますが定着はしていません。
 中国・渤海あたりで発生したクラゲは海流に乗って北上し、津軽海峡をまわって太平洋を南下して今年は遠州灘あたりまで押し寄せているようですが、その数は280万匹ともいわれています。こんなに大きなクラゲですが浮遊生物なのでプランクトンのなかまになります。

   どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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傷はぜったい消毒するなーその2

ー前からの続き
 さてようやく前置きが終わりました。やっと一番面白い「生物進化の過程から、皮膚の力を見直す」著者の仮説を紹介できます。本の11章だけでもぜひ読んでください。
 単細胞生物から多細胞への進化の過程で、なぜ細菌は多細胞生物になれなかったか?同じ理由が細菌に、多細胞生物の表面にくっつく道を選ばせ、逆に多細胞生物は、表面にくっつく細菌で病原菌を排斥します。つまり「皮膚」常在菌は進化の最初に登場した。そして多細胞生物の皮膚は、外界の刺激の知覚器官となり、神経ができ、そして「脳は皮膚から作られた」という著者の仮説が、詳しく検証されます。面白かった。さらに「皮膚から見た進化」では、陸に上がった生物のハンデ・「裸のサル」のハンデを、皮膚がいかにクリアしたか!まで触れてます。
 この本には、ビアトリクス・ポターが登場します。当時、生物学会(リンネ協会)は、細菌と植物は敵対するものという考えでした。これに対してシュベンデナーは地衣類の研究から、細菌と藻類の「共生関係」を唱えますが、学会から激しく反発されます。
 ポターはシュベンデナーの説を証明する、地衣類の図版入り論文をリンネ協会に提出しますが、女性という理由で拒絶されます。結果、地衣類のスケッチは日の目を見ることなく、ポターは絵本の世界やナショナル・トラストに進みます。もしリンネ協会が彼女を受け入れてれば、ポターは生物学者になり、ピーター・ラビットも生まれてなかったかも。私も、ポターの論文提出は知っていましたが、その学術的意味までは知りませんでした。著者はポターの気持が、よくわかるのでしょう。
 ちなみにリンネ協会が、ポターの不当な処遇を、公式に謝罪したのは、論文提出から 100年後のことだったそうです。                  
           (高橋峰夫)

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傷はぜったい消毒するなーその1

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「傷はぜったい消毒するな」
ー生態系としての皮膚の科学ー
夏井睦・著
光文社 本体840円



 形成外科医である著者は既に、『痛くない!早く治る!キズ・ヤケドは消毒してはいけない「うるおい治療」のすすめ』という分かりやすい実用書を、主婦の友社から出しているが、今回の新書は、副題に「生態系としての皮膚の科学」とあり、その理論書です。
 従来の「消毒して傷を乾かす」治療は、傷が治るのを妨害するだけだ。「消毒しない、乾燥させない」だけで傷が速やかに治ってしまう。著者はそれを「うるおい(湿潤)治療」と呼んでいます。
 消毒薬は、病原菌やウイルスを殺す前に人体細胞を殺し、皮膚常在菌まで殺してしまう。また乾燥させると細菌の増殖は止まるが、それ以前に皮膚の細胞(真皮や肉芽)が乾燥で死んでしまう。それがカサブタです。ですから傷口の浸出液を乾燥させないようにすれば「食品ラップ」で覆っただけでも治るそうです。そもそも傷口に細菌がいただけでは化膿しない。(細菌はどこにでもいるのだから)それが増殖できる場(体液が溜まって澱んでいる血腫や膿やカサブタ)がなければ化膿しない。そういう場は血管との交通がないから、免疫細胞も抗生物質も届かない。消毒薬は血腫のタンパク質と結合して細菌に届かない。つまり血腫や膿を取り除き、傷口を乾燥させなければ、消毒も抗生物質も不要で、カサブタも出来ずに治ってしまう。この治療法は、傷にもヤケドにもアトピーや床ずれにも効くそうです。
 ではこの実証された治療法がなぜ普及しないのか?まず皮膚科は、皮膚内科医であって、皮膚外科医でないと指摘します。それなのに皮膚外傷(擦り傷やヤケド)を分担させられてる。こういった首をかしげる現状を導入部に、消毒して乾燥させる間違いが、なぜ起こったか、医学史をさかのぼっていきます。
 つぎに、傷薬(クリーム)に含まれる界面活性剤が、人体の細胞膜を破壊すると指摘します。皮膚科の教科書にも「クリーム基剤の軟膏は健常な皮膚にのみ使用する」と書かれている。それなのにヤケド治療用のクリーム基剤の軟膏が作られてる。むしろ薬剤(主剤)なしの油脂性基剤(白色ワセリン)を塗るほうがいい。白色ワセリンは炭化水素の分子量が小さいために抗原性(アレルギーを起こす性質)を持たず、常温での反応性が乏しく、生体との反応もほとんどなく、皮膚の乾燥を防ぐのに最適だそうです。
 一方、界面活性剤は皮膚常在菌の細胞膜を破壊します。つまり洗剤による過度な手洗いは常在菌を殺し、バリアーのなくなった皮膚は、病原菌に直接さらされます。ーつづくー
         (高橋峰夫)

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かしこいモリー

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「かしこいモリー」
ウォルター・デ・ラ・メア再話
エロール・ル・カイン絵
中川千尋 訳
ほるぷ出版 本体1300円

 このお話はイギリスの昔話を再話しています。と、いうのは再話者によってかなり感じが違います。それを絵本にする、イメージはしっかり見えるかたちで本になります。
 このお話を語る人は私のまわりには何人かがいます。ジェイコブスの再話をもとにしている人ばかりなので、モリーはもっと元気が良く、たくましい女の子のなります。だから、大おとこのひとの良いちょっと間抜けな考えなしのおかみさんが、モリーにだまされて袋の中にはいり、殴り殺されてもあっらかんとした場面にしかなりません。
 この絵本の再話者はデ・ラ・メア、詩人であり「三びきの高貴な猿」の作者、ちょっと幻想的な物語を書いています。その意味ではル・カインの絵があっています。細密に華麗で、神秘的な絵です。シンガポール生まれで、インドや中国、日本を転々として、十代にロンドンへ行かれてアニメーションをつくる会社にいた、それらの影響が色濃く残っています。ポリーの髪は短くちょっと東洋的、そして、小さな女の子というより、もっと成熟した頭の良い若い女の人に描かれています。印刷が鮮明になって細密な画が物語を良く表現しています。

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すてきなルーちゃん

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「すてきなルーちゃん」
たかどのほうこ作・絵
偕成社 本体1200円



 ルーちゃんというのはママの妹です。つまり私にとってはおばさん、時々居候?に来ます。ママは”ほんとに!”といいますがまんざらでもありません。だってルーちゃんはママのお手伝いをして、かわりに食料?をもって帰ります。なんといってもルーちゃんは楽しい話をしてくれます。ルーちゃんは絵描きさんです。ちょっと不思議な絵を描きます。とってもきれいな色で私は大好きです。そのルーちゃんがやってきました。そして、ルーちゃんは絵を描きながら毎日話してくれました。
 ルーちゃんのお話が6つ、たとえば月曜日はソーラという名前の女の子の話です。ソーラは毎日青いハンカチをかぶって学校に来ました。不思議におもって三人の友だちがソーラの家に行ってのぞいてみると、ハンケチは手の中で揺れて、青いアゲハチョウになってソーラと遊びはじめました。
 こんなふうに火曜日はスー、水曜日はスーキー、木曜日はポリー、金曜日はアンリ、そして、土曜日はキムとお話はすすみます。ちょっと不思議で明るいお話ばかり、そういえば作者の物語は女の子、それも元気な女の子を主人公としたお話がほとんどです。ある意味ではこんな女の子は現実にはいないかもしれない、あこがれの(誰にとって?)女の子かもしれません。それも人気の秘密です。
 この作品は1993年に出版されたものを一部修正、絵は全部描き直したものとのこと、一枚だけ「たけだみほ」の画が入っています。
 

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でんしゃがおうちレイルちゃん

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「でんしゃがおうちレイルちゃん」
作・おおたにみねこ
絵・100%ORANGE
理論社 本体1300円



 お父さんは山で遭難、おばあちゃんもいなくなり、大切な犬のワンまでがどこかにいってしまって、レイルちゃんはお母さんと2人きりになってしまいました。レイルちゃんは悲しくて自分の部屋の机の下でただ泣いていました。お母さんはスイスの超特急列車の運転手です。それで、レイルちゃんを自分の仕事場に連れて行くことにしました。だんだんレイルちゃんは元気になりましたが、学校にいきません。とりあえず、列車にのってヨーロッパ中を旅する、でも、いつか学校にいくことになるでしよう!と、お母さんは思っています。
 表紙の赤い列車、本を開くとかわいいヨーロッパの地図が挟み込んであります。今日のレイルちゃんはイタリアのミラノまでチザルピーノで、そこで乗り換えてローマへ、そして北に、ウィーンまで行くことにします。列車に乗るだけでなく、あちこちでおいしいものを食べよう、こんな調子で物語は軽やかにはじまります。おまけに行き会う人たちがみんな愉快な人たち、そして、レイルちゃんと列車の中で知り合ったピピという男の子は、なんと変装の名人怪盗シンシン(ヨーロッパいちの有名な大どろぼう)の子どもとのこと、怪盗シンシンは殺し屋マゾッホに命をねらわれています。と、いうふうにナンセンスなお話はドタバタとにぎやかにすすみます。なんといってもレインちゃんの乗ったスーパーエクスプレスは速いのです。”勇気ある人の夢の旅”ゴーゴー!と進みます。その速さにのって楽しく読んでしまいました。

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落ち葉

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「落ち葉」
たくさんのふしぎ傑作集
平山和子 文・絵/
平山英三 構成・写真
福音館書店 本体1300円


 昨夜は十三夜の月、きれいな夜空でした。今日は風が少しありましたが朝はよいお天気で、店にいく途中樹々を眺めたり、あいかわらずきょろきょろとしながら歩いていきました。里もそろそろ紅葉です。銀杏はまだまだですが、千葉高校の大欅は紅葉が始まりました。途中で柿の葉を拾いました。まだ、柿の木に葉はしっかり残っていますが、秋が深くなると葉は落ちて、実が陽に輝いてとてもきれいです。空も深くなって鳥の鳴き声が高く響きます。
 「落ち葉」、この本は黒姫山の山麓からのおたよりです。だから千葉あたりの街中の樹々の紅葉、落ち葉とは少し違いますが、そんなにめずらしい葉ではなく見慣れたものなのは、私が雪国で育ったからかもしれません。
 明日から11月、冬は駆け足でやってきます。いましばらく、自然の装いに心をまかせたいと思います。

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めっちゃくちゃのおおさわぎ

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「めっちゃくちゃのおおさわぎ」
K.チュコフスキー・作
F.ヤールブソヴァ絵
田中潔 訳
偕成社 本体1400円


 なんといってもチュコフスキーの文、訳が良いこともありますが、リズムが良く声を出して読んでみました。絵も私の好きな「きりのなかのはりねずみ」を描いたヤールブソヴァの作品です。こういう絵本に出会うと幼い子どもといっしょに読みたくなります。こねこたちが「ニャーニャーなくのはあきちゃった!コブタみたいになきたいよ!」と言い出すことからはじまります。いろいろな動物たちの鳴き声がとりかえっこ、その鳴き声のくりかえしがおかしくて、私もおもわずいっしょに鳴いてみます。めがねをかけたニワトリや本を読むうさぎ、かえるが魚釣りをしていたり、ワニの消防士は大活躍、絵は写実的で動物らしいけれど、愉快で楽しいのもこの絵本の良いところです。暖かみのある土臭い絵、動きのある動物たちの絵はロシアらしい趣があります。こんど保育所の子どもたちに持っていこう!小学校1・2年生を受け持っている先生たちにも薦めてみよう!

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おじいちゃんとテオのすてきな庭

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「おじいちゃんとテオのすてきな庭」
アンドリュー・ラースン文
アイリーン・ルックスバーカー絵
みはらいずみ訳
あすなろ書房 本体1400円


 おじいちゃんとテオは大の仲良しです。おじいちゃんは庭のある家に住んでいましたがお引っ越しをしました。こんどのアパートには庭がありません。”お花を植えようか””風が強いからだめだよ”テオは考えました。つくりもののお花ならどうだろうと。2人は庭をつくることにします。つくりものの庭というのがくせものです。どんなことをするのだろうと思いながら頁をめくっていきます。しかも、おじいちゃんは出かけて留守の間、テオは一人でつくってしまいます。”うん!きれいきれい!”でもなにかがたりない、テオはそれもつくってしまいます。
 現実と願いが同じ次元で描かれる少し不思議な絵本です。絵を描くということをうまくつかって。
おじいちゃんが喜ぶものを作っていく、一体テオはなにをしたのでしょうか。
 作者紹介のところにこんなことがかかれています。ラースンはトロントに住んでいて、物語のよく育つ一軒家に、ルックスバーカーは同じトロント、居心地のいい芸術あふれるアパートに住んでいるとのことです。おもわず、うん!うん!とうなずいてしまいました。

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マルベリーボーイズ

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「マルベリーボーイズ」
ドナ・ジョー・ナポリ
相山夏奏=訳
偕成社 本体1600円


 本の扉を開くとこの物語の舞台、1890年代のニューヨーク・マンハッタンの地図がのっています。本の表紙には下町の裏道の建物のところで並んでいる少年たちの写真がつかわれていて、そのなかには主人公のペニアミーノがいるかもしれません。もっともそこではペニアミーノでなくドムという名前です。ペニアミーノはナポリ生まれのユダヤ人で父親は知りません。母親の家族10人もが一緒に暮らしています。貧しく近所の繕い物をしたり、現業についたりしていますが、毎日の食事も充分でありません。でも、母親はなんとか事務の仕事をしたいと思いますが難しく、祖母の怒りをかっています。ある日、母親はぺニアミーノに新しい靴を買い密かに家を出て、ペニアミーノをアメリカ行きの船に乗せようとします。でも、だまされていたことに気がついた母親はペニアミーノだけを船に乗せます。「なによりも生きのびること、まわりをよく見て、そこでうまくやっていくためには頭をつかいなさい。あなたは特別の子ども、できるだけ早く学校にいって、自分の商売をはじめなさい」そういわれわけもわからず、たった一人で、何度か命を救うもとになる新しい靴をはいてアメリカに渡ります。その時のペニアミーノは9歳でした。はじめはなんとかナポリに帰ろうとしますが、イタリア移民がたくさん暮らす、ニューヨーク最大のスラム街の一角マルベリーストリートで生きていくしか方法がないと決心します。ペニアミーノはドムとして生きていきます。
 この物語は作者の家族の物語を題材にしている、(直接話を聞いたわけではない)母方父方の祖父たちがこの物語の人々だったことがあとがきに書かれています。さまざまな人種、人々の歴史があるアメリカ、困難なそのなかで、未来を自ら切り開き生きてきた人々、たくさんの名も無いドムがいまのアメリカを築いてきたのでしょう。けれど、この物語は自分の証明書さえもたない貧乏なイタリア系ユダヤ人の少年の成功物語だけではありません。私たちの前に生きてきた人たちの歴史、その上にいまがあるということが書かれているように思います。それが、日本からは遠い国のことでも。
 人々の生活が綿密に書かれていて、物語の間から街の匂いまでが立ちのぼってきます。ドムと仲間の少年たち、イタリアからの移民たちを誘い込んで働かせてお金を巻き上げる、そのためには暴力も殺人もいとわないパドローネとの戦い、一方少年たちの自立に手を貸す青果店の主人や、はじめは強欲のようだけれど部屋を貸してくれる女の人の意外な面など、脇役の人物描写も確かで、読後心にしっかり残る物語でした。YA向きの小説で今年のNO3にはいるおすすめの本です。

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父さんと、キャッチボール

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「父さんと、キャッチボール」
もう、ジョーイったら!2
ジャック・ギャントス作
前沢明枝 訳
徳間書店 本体1500円


 前作ではジョーイは自分をコントロールできなくて問題児になっていました。やがて、自分でコントロールをするようになるまでが描かれていました。その方法の一つは貼り薬を使うこと、でもなんといってもまわりの人たちがジョーイに手を貸すことです。その理解が落ちついて考えたり行動したりできるようなジョーイにするのです。この2巻目を読むとそのことがよくわかります。
 ジョーイはもうすぐ5年生になります。夏休みはもうずっと会っていない父さんとおばあちゃんが暮らしている所に、チワワのパブロをつれて出かけ、しばらく一緒に過ごすことになります。父さんは少年野球のコーチもしていて、ジョーイも参加でき、うまく過ごせるかとも思うのですが、母さんたちが心配していたことが起こってしまいます。その心配とは父さんがジョーイと同じく、それ以上に問題がある人だということです。そして、とうとう父さんはこんなことを言います。「じぁ、ちょっと考えてみろ、おれがなんでこういう人間なのか。原因のひとつは、こうだ。おれは理想が高すぎるんだ。いつだって、理想的な人生ばかり考えちまう。でも、現実の世界では、なんでもかんでも理想どおりにできるわけがない」P221から。そして、自分はできないけれど、ジョーイならその夢をかなえてくれるといいます。ジョーイの貼り薬も必要ないと捨ててしまいます。いよいよ、野球の決戦試合、一応勝ったのですが、貼り薬もない状況にパニック状態になり、ともかく母さんに迎えにきてもらおうと思いますが、何かあったら連絡するようにと持たせてくれたお金はおばあちゃんのタバコ代になってしまっていました。
 子どもが成長していくのに、どんなに大人の力が必要か、それは決して自分の夢や考えを押し付けていくことでなく、手助けが必要なのだと思います。もし、親がそれができない時は、誰かがそれに気がついて手を差し伸べないといけない、いま、親の期待をしょい過ぎてしまっている子どもたちをたくさん見るにつけ、この物語は単なる特別の外国の子どもの物語と思えません。また、ジョーイは父親から逃げ出すわけですし、おばあちゃんの描き方なども気持ちの良い終わり方をしていませんが、決して暗い物語ではありません。それは、ジョーイが何が自分に必要かを認識できるようになった成長の物語だからと思います。

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