2009年7月 2日 (木)

神去なあなあ日常

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「神去なあなあ日常」
三浦しをん
徳間書店 本体1500円



 私は林業のことはまるっきりといってもいいほど知りません。この物語の主人公平野勇気も特別希望したわけでもなかったのですが、この神去村で働くことになります。高校を卒業してからも、取りあえずなんとなく生きていこうと思っていた勇気は学校と親の思惑のまま、神去村に来てしまいました。
 特にひどく逆らおうと思っていたわけでもないのですが、”まあまあ”この神去村でいうと”なあなあ”で、とまどい、ブツブツいい、とうとうとてもやってられないと思い逃げ出してしまおうとします。そんな横浜生まれ、育ちの現代の若者の一年の物語です。
 木を切る、植林、育てる、林業に代々たずさわってきた人たちと暮らしがとても豊かに書かれています。一本の木を切る、どうやって、どういうように切ったら木にも人にも良いか、それだけでなく神さまにも良いか、計り知れない自然の力と共存していく知恵と経験と言葉(なあなあはいろんな意味があります)、神隠しやオオヤマヅミさんの祭り、山火事などハラハラ、ドキドキとします。ちょっぴり恋がからみ、結婚、老人、古いしきたり、かなりエンターテイメント小説としてもおもしろく、ヤングアダルト向きの骨太な小説です。それは著者の綿密な資料の裏付けがあるからでしょう。
 そういえば、昔から国を支え、生活を支えてきた職業を舞台にした若い人向けの小説があまりみられません。この本を読んでいて、日本の基盤産業、そして物づくりのなかで働いている人たちの現代の物語がほとんどないに等しいのに気がつきました。個性豊かな人たちがいる、いたはずです。
 この小説がきっかけになって出版されると良いのにと望みます。

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2009年7月 1日 (水)

太陽はどこだ

 今日から7月、あっという間に1年の半分が終わってしまいました。休日のぐわいから夏休みがはやくなりました。まだ、梅雨のさかりですが、近くの学校のプールからはにぎやかな声が聞こえてきます。例年の行事で夏休みの最初の日18日には「夏のおはなし会」があります。夏は夜の7時から、お話を聞いた後は(やっぱりちょっと怖いお話をします)これもいつものようにジュースを飲みながら花火で遊びます。今年はみんなが持って遊べるでしょうか?花火といっても大きな音がするものや、高く上がるものはしないのですが、線香花火も怖くて持つことができない子どもがいたり、でも大きい人たちに交じって終わり頃はOKです。店の方に15日位までにお申し込みください。
 7月7日は七夕なので、時々本を聞かれますが残念ながらあまりおすすめする本がありません。行事に関係した本があまりないのは、本というより何かすることの方が多いからかもしれません。しかも新暦なので、なんとも感じがでません。沖縄の方は梅雨があけたようですが、日本列島ほとんどまだあけない、もしかしたら末期でひどい降りになったり、「夏のおはなし会」も花火ができるかハラハラします。ちなみに旧暦の七夕さまは8月26日とのこと、その頃だったら天の川も見ることができるでしょう。
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 今年はガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡で空をみた1609年から400年たち、「世界天文年2009」としていろいろのイベントがあります。
 しかも、7月22日には「皆既日食」インド・ネパール・ブータン・中国・ミクロネシア・そして、日本の小笠原諸島では99%近くの日食がみられるそうですが、私はやはりいくことができないので、できるだけ近くで見たいと思っています。次は生きていそうもありませんから。世界天文年2009や千葉市では「さきどり!日食体験」や観察会を千葉市科学館で案内しています。

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「おれは歌だ おれはここを歩く」
 アメリカン・インディアンの詩
金関寿夫 訳
秋野亥左牟 絵
福音館書店



 太陽や月、空や星、風や土のことをうたう、この本は私の愛読書の一冊です。読んでいると光や風にのって、いろいろのものが私を訪れてきます。太陽が突然かくれたら、昔の人はどんなに驚いたことでしょう。理由を知ってあまり驚かなくなった現代人ですが、でもやっぱり不思議におもわれます。

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2009年6月30日 (火)

「ベラスノアとキックオフ!」って?

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「ベラスノアとキックオフ!」
片平直樹 作
平澤朋子・画
福音館書店 本体1200円

 表紙の絵はワニとサッカーをしている男の子、これだけでも魅力的です。けれど、子どもたちが何を期待して手にとるかわかりませんが、じつはサッカーの本ではないのです。
 最初に書かれているようにー古くからサッカーがさかんなある国の、ある町でー主人公のぼくは母親と二人きりで住んでいます。サッカーが大好きな10歳11ヶ月の少年はこの町のプロサッカーチーム<ロケッティー>の下部組織の<ロケッティー・ジュニア>の入団テストを受けようとしています。このことは母親にはないしょ、というのも、少年の良く知らない父親が、かってはロケッティーのキャプテンをしていて、11年前なぜか八百長事件にかかわったとかの疑惑で町を離れ、それ以後ロケッティーも二部に転落、それから何かにつけていろいろのことを言われて来たからです。少年も母親もそのことや悪口も聞こえない、言わないという生活をしてきました。
 突然、その父親があらわれます。ワニになって。(もっとも少年にはまわりのサッカーがらみのおとなたちは動物にみえています。)父親、ベラスノアは臭くてオナラやゲップをして、ぼくと母親の間に割り込んでくるし、ゆるせないと嫌います。
 そうです、これはサッカーの物語でなく父と子の物語、10歳頃からの男の子はこんな感じで成長していくのかもしれません。だから、もしサッカーでなく音楽でも同じようにいえます。男の子は中学生になり、夏休みが終わった頃から急におとなになります。体つきだけでなく、いうことからすることまで、おとなをからかうようなものの言い方までします。
 決められた滞在の日が終わり、父親は町を出て行きます。追いかけて行きながら主人公ははじめて”おとうさん”と言います。実際はこんなふうに劇的には終わらないと思います。父親が社会でどういう役割をしているかということを知り、感じながらゆるやかに自立していくのだとはおもいますが、そうならない父子もいる、何が分かれ目なのか、少年の目から語っているこの物語のなかには、それも描かれているように思います。
 

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2009年6月29日 (月)

おいで、フクマル

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「おいで、フクマル」
くどうなおこ・さく
ほてはまたかし・え
小峰書店 本体1400円




 いまから20年以上も前、一通の手紙が店に届きました。この絵本の絵を描いている保手浜さんからで、くどうなおこさんの「のはらうた」に版画をつけて、「のはらうたカレンダー」をつくったので店で扱ってもらえないかとのお話でした。それから、毎年のおつきあいがあり、11月頃にはお客様へお届けします。保手浜さんは版画家とばかり思っていたら、しばらくして個展の案内があり、油絵なのでびっくりしました。版画とは全然感じがちがいました。
 この絵本でほてはまさん=保手浜さんは油絵でフクマルという犬を描いています。犬を飼ったことがある人はわかると思いますが、犬は呼ぶとこのフクマルのようにちょっと首を傾げて、ん?!という表情をします。目をひらいてなに?!というのです。でもこれは人の子、あかちゃんもそうです。
 見開きにはフクマルだけ、バックの様々な書き込みはほとんどありません。そして、くどうさんのみじかい言葉。余計なことはいらないのです。フクマルはみんなに呼ばれてここにきたのです。フクマルはこの絵本を読んでいるあなたでもあるのですから。

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2009年6月28日 (日)

とりとわたし

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「とりとわたし」
ケビン・ヘンクス作
ローラ・ドロンゼック絵
風木一人/ひびのさほ訳
あすなろ書房 本体1400円


 表紙にも裏表紙にも樹々に集まった3羽の鳥たちが歌を歌い、何か話をしているようです。大きな鳥も小さな鳥も、様々な色の鳥たちが自由に歌い、空を飛びまわっています。飛翔できない人間はつまらない?!飛ぶことに関しては個人的にいうと私は高所恐怖症的なところがあるので、鳥のように飛びたいとは思わないのですが、不思議なことに雲になりたいとは思います。雲に乗って空を飛ぶのではなく、雲になってゆっくりと空に漂うのは魅力的です。
 今は朝の4時も過ぎると鳥の声が聞こえてきます。すると夜明けで朝になります。あぁ、今日も始まると思います。もし、朝が来ても鳥の鳴き声がしなかったら、不安、考えるのも嫌です。鳥の鳴き声は希望のしるしですから、聞こえなかったら恐怖です。
 この本は物語の絵本でもないし、詩の絵本でもない、ちょっと不思議な絵本です。
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 同じくケビン・ヘンクス作・絵の「まんまるおつきさまをおいかけて」(福音館書店刊)も私は好きで、子ネコがミルクを飲もうとすると、空にもミルクの入ったお皿がある?月をかんちがいして追いかけるという話です。色は灰色と白のトーンですが、子ネコの表情がおもしろい絵本です。
 この絵本では最後のページで鳥が女の子と楽しそうに(笑っているように?)うたっているのが同じ作者らしい描きかたです。ローラ・ドロンゼックの絵はとてもきれいな鮮やかな色がつかわれています。夕日が沈む空、鳥が眠る月夜の空、冬に春に、鳥の鳴き声も風の音も聞こえてきそうです。

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2009年6月27日 (土)

エンザロ村のかまど

   ー人と人を繋ぐものー
 この本は月刊誌「たくさんのふしぎ」で2004年出版されたもののハードカバー判です。これがキッカケで新しい力が生まれました。
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「エンザロ村のかまど」
ーたくさんのふしぎ傑作集ー
さくまゆみこ 文
さわだとしき 絵
福音館書店 本体1300円

 エンザロ村はアフリカのケニアにあります。著者がエンザロ村を訪れて、エンザロ村を紹介している本です。絵本の形なのでイラストがたくさん入っていて絵を丹念に読んでいくと、はるか遠くのアフリカの人々の生活が、特に子どもたちの様子がよくわかります。目をひくのは、日本の子どもたちとちがって、どんな場にも子どもたちがいて働いていることです。私たちはアフリカというと動物王国のようなところ(これはテレビの影響が強い)とか、戦争、内乱、飢餓のイメージが強く、普通の生活がどんなか良く解らないことが多いのですが、この絵本には食事のことから、ちょっとびっくりするようなことが描かれていました。それは「かまど」です。日本でも昭和20年代までは「かまど」や「七輪」をつかって料理をするのが普通でした。いまはほとんど見られないし、使われていないので子どもたちも若い人たちも知らないと思います。この「かまど」がある日本人によって伝えられたもので、それだけでなく日本の「草履」=「パティパティ」も伝えられ役立っている、その様子が描かれています。岸田さんという日本人を介して、アフリカと遠野のおばあちゃんたちが繋がったのです。
 そして、この絵本の出版を機会にNGOアフリカ子どもの本プロジェクトが発足して、児童図書館をはじめとして、いろいろな交流活動がおこなわれています。
 以前、著者のさくまゆみこさんに来ていただいて、みんなでこのはなしを聞く機会がありました。また、その時千葉の学童保育所の先生の教え子がケニアの児童図書館のボランティアに行っていたことがわかり、こんなふうに人と人が繋がり、それが少しでもお互いの理解を助け深めていくことなのだと思いました。
 

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2009年6月25日 (木)

海からのおたより2009年6月

      ー 持ち込まれた貝ー

 梅雨の晴れ間、千葉ポートパークを歩いてきました。潮が満ちてきた波打ち際をなにかおもしろいものはないかと歩いていると見慣れない貝を見つけました。殻かな、と思っていたら生きているコタマガイでした。
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コタマガイはアサリに似ていますが平べったく、表面がアサリよりつるつるしています。本来は九十九里浜のような外海の砂浜にいる貝でポートパークのような内湾の干潟にはいない貝です。だれかが海に返してあげようとほかから持ちこんだに違いありません。ここにいてはいけない貝なので持ち帰ってきました。

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 先日は館山の海岸で外来種のホンビノスガイの生きた貝を2度ほど同じ場所で見つけました。その貝も館山にはいない貝なので持ち帰ってきました。もしかしたらこちらは小さい貝だったので売り物にならない貝を海に捨てたのかもしれません。(近くの店をのぞいてみたらホンビノスガイが売られていました。)館山湾でももしかしたらホンビノスガイはすでにすみついているのかもしれません。実際東京湾の奥の三番瀬で繁殖したホンビノスガイは東京湾の外側に向かってどんどん生息域をひろげています。
 コタマガイもホンビノスガイも貝自身は悪くはありません。「かわいそうだから海に逃がす」、のはいきものにやさしいようですが間違った行為なのです。食べないのなら持ち帰らずにそのいきものがいた場所にすぐに返してやりましょう。人の手でその場所に本来いない生物を移動させることは生態系を乱すのです。ささいなことですが「おうちにかえしてあげる」のはたいせつなことです。

   どんぐりつうしん変集長 谷口優子

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2009年6月24日 (水)

この世界の片隅に

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「この世界の片隅に」上・中・下
 ACTION COMICS
こうの史代
双葉社 本体各648円

 北朝鮮をめぐってまた、核の問題が連日ニュースで伝えられています。けれど、ほんとにちょっとでしかとりあげられていません。そして、あっちこっちの戦いもおわりそうもありません。核実験をする、なんのために、だれが、どこで、いつ・・・一方私はわずかばかりに入ってくるニュースを聞き流している、もっと緊張して、そしてともかく否!といわなければなりません。言い訳なしです。特例なしです。ともかく言い続けなければいけません。
 「夕凪の街 桜の園」で世代を超えて原爆の悲劇を現代につなげて静かに描いた作者の、漫画アクションに連載していた作品が3巻にまとめられ出版されました。(4月に下巻がでました。)
 広島で育ったすずが呉に嫁ぎ、爆撃で片腕を無くしてしまう、穏やかで楽天的なすずと家族、まわりの人たちの戦争下の生活の物語です。物語は嫁ぐ前のすず、絵を描くのが好きで天真爛漫な少女が夫になる周作と出会うところからはじまります。そして、昭和18年12月周作が結婚の申し込みにくるところから昭和20年9月原爆の落ちた広島に家族を捜しに行ったものの、父は死んで母は6日にでかけたまま帰ってこない、妹は原爆症でねている、周作と浮浪児の女の子をつれて呉で暮らしはじめるところまで描かれています。表題どおり「世界の片隅に」営まれる家族の物語です。
 作者はあとがきにこんなことを書いています。「私は死んだことがないので、死が最悪の不幸かわからない。他者になったこともないので、すべての命の尊さや素晴らしさも厳密にはわからないままかもしれない」それで「この作品では、戦時の生活がだらだら続くように書きました」「そこにいつも転がっていたはずの誰かの生の悲しみやきらめきを知ろうとしました」最後にたくさんの資料が載っています。この物語の中には戦争と背中あわせの庶民の日常の生活がとても細かく描かれています。
 作者はこの物語を描き続けられたのは奇跡といいます。でも、いま、ここにこうしていられる私たちの生も奇跡なのではないかと時々思います。
 

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2009年6月23日 (火)

ピアノは夢をみる

 朝からとても蒸し暑い日でした。一日パソコンに向かって、学校図書館へ納品のための書誌データーを入力していました。時々外をみて伸びをしたり、ちょっとお茶を飲んだり、でもさすがに夕方になったら目も頭もボンヤリしてきました。そして、ボンヤリと夢をみるようにこの本を開きました。

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「ピアノは夢をみる」
工藤直子 詩
あべ弘士 絵
偕成社 本体1200円




 ラジオからもピアノの曲が流れています。この絵本を開いていると、ちょうどラジオからの曲がこの絵本の主人公のピアノからの言葉のように聞こえました。ラジオから流れているのは、今日は沖縄の慰霊の日でそこでのコンサートの曲です。
 ある日、いろいろのいきさつがあったということなのですが、燭台つきの古風な一台のアップライトピアノがドイツから詩人のところにきました。その「ノイマンじいさん」がうたった物語を詩人が詩にして、画家が絵にしたのがこの絵本です。
 森の中、「ノイマンじいさん」が語ります。それは少年、少女の話だったり、森や風、海の話だったり、クジラやフクロウ、ちょっとさびしかった時の自分のことだったり。その「ノイマンじいさん」の夢を画家が絵にしました。みんなが「ノイマンじいさん」の夢をきいています。
 

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2009年6月22日 (月)

山からきたふたご スマントリとスコスロノ

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「山からきたふたご スマントリとスコスロノ」
影絵芝居 ワヤンの物語より
乾千恵・再話
早川純子・絵
松本亮・監修
福音館書店 本体1700円

 インドネシアのジャワ島でおこなわれる影絵芝居・ワヤンからお話は採られています。ジャティサロノにはスマントリとスコスロノのふたごの兄弟がいました。兄のスマントリは美しい若者で、幼いうちから大切に育てられましたが、弟のスコスロノはとてもみにくかったので、生まれるとすぐに森に捨てられましたが、自力で生き延びふしぎな力を身につけました。二人は密かに時々会って仲の良い兄弟でした。いよいよ父親の意向で兄のスマントリは天界から降り立った神、いまは人間になり暮らしている王と王女のもとを訪ねて行くことになります。
 この物語は一種の嫁取り、婿取りのお話で、そのために難題に挑戦し悪しきものと戦う、この場合醜い弟のスコスロノが兄に手助けし、首尾よく戦いに勝ったのですが、王妃が醜いスコスロノをきらうため弟を殺すということがあり、最後にはスマントリにも死が訪れます。その時スマントリの魂を天界に導いたのは弟のスコスロノでした。
 以前ワヤンを一度みたことがあります。とても幻想的、歌や踊りにのって演じられる世界は不思議な雰囲気が満ちていました。夜演じられるからかもしれません。
 この絵本はどちらかというとダイナミックで、確かに登場する兄弟や魔物たちは異国風ですが、版画ということもあり日本的な絵本になっています。ある場面では風神、雷神の戦いのようにも思えました。そのため日本の古代の神々が活躍する絵巻物を見ているようです。少しお話が長いので10代の人たち向きとはいえ、人工的なゲームとちがった冒険の世界がしっかり描かれている絵本で、ドキドキとしながら楽しむことができます。

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2009年6月20日 (土)

風にのっていったダニーナ

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「風にのっていったダニーナ」
ジェイン・ヨーレン文
エド・ヤング絵
もりおかみち訳
冨山房インターナショナル
 本体1600円



 ダニーナの父親は娘から世の苦しみや悲しみを遠ざけようとします。父親は裕福な商人だったので、広い屋敷に壁を築きダニーナを外に出さないようにしました。なにも知らないダニーナはそれなりに幸せでしたが、ある日塀を越えて風の歌が聞こえてきました。風は世界のいろいろな歌を歌いました。心ひかれてダニーナは父親に風の歌の意味を聞きました。もちろん父親は驚き、ダニーナの心を惑わす者がいるにちがいないとダニーナに問いただしますが、風の歌との答えにすっかり不安になり、たった1時間の海べの散歩だけ許すことにします。ますますダニーナは風の歌に心ひかれ、自分でみたいと思います。ある日海辺を散歩していると、風の歌が聞こえてきます。必死にくい止めようとする父親の叫びも届かず、ダニーナは風に乗って海の沖遠くへ消えていってしまいます。
 ヨーレンの文は散文詩のようで、ヤングのペルシャ風の絵はダニーナの哀しみと、自由への憧れを表現しています。コラージュと水彩画で描かれていて、人物や庭の樹々、建物などが細密に描かれているのですが、風、空、浪などは色を変え流れるように描かれています。表紙の黒い浪から逃れるようにスカーフに乗って空に飛び立っていくダニーナ、空のいろはダニーナの心を表しているのでしょうか、朱に近い赤色です。風の歌と一緒に、読んでいる私の心までが自由を求めて空に飛び立っていこうとします。父親の愛も止めることはできません。自由が何かも知らないのですが、なにかが変わることを求めて、私があなたがいます。

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2009年6月18日 (木)

グリーンフィンガー

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「グリーンフィンガー」
 約束の庭
ポール・メイ作
シャーン・ベイリー絵
横山和江・訳
さ・え・ら書房 本体1700円


 物語は冬からはじまります。ケイトたち一家は新しく住もうとしている家に来ています。そこは荒れはてた庭のある古い家でした。荒れはてているのはその家だけでなく、ケイトや家族みんなの心、でもほんとうは荒れはてているのではなく、このままでいたら荒れはててしまう寸前といったら良いかもしれません。主人公のケイトはいわゆる学習障害児で、困難な問題をかかえているだけでなく、これまでの教師やまわりの人たちに理解を得られにくい子どもです。知能に問題はないのに文字を読むこと書くことがとても不得意、だからトラブルをうまく落ちつかせ対処することができません。そのために転校しなければならないような状況に見舞われます。母親は仕事をもっていてどちらかというと現実派、父親はこれを機会につとめをやめて自分なりに仕事をしていきたい、それで庭を欲しいと思っている妻のためにこの不便な荒れはてた家を買って、自分のおもいこみ?のアットホームをつくろうとします。離婚寸前という状態、しかもケイトが行くことになった学校の教師たちは、以前の学校の教師のようにケイトの状況をきちんと考えようともともせず、ケイトはだめな生徒と決めつけます。やるきがなく、気持ちもすさんできているケイトの前に現れたのは、この家に以前住んでいた老人ウォルターと、その孫娘でケイトの同級生のルイーズでした。ケイトは離婚しそうな両親、特に母親に戻って来て欲しいために、庭を再生させようと思います。
 ケイトはたしかに困難な問題を抱えてはいますが、ウォルターと同じようにグリーンフィンガー「みどりのゆび」を持っていました。母親がいなくなってしまったので、幼い妹に本を読んでやるため、そして、庭の再生、植物や樹々のことを知るために、コンピューターを使って文字を読むことが出来るように工夫するところ、ウォルターのように記録していたノートがその努力を証明させ、両親や教師やまわりのひとたちの偏見をかえていくところは、心理描写もふくめてとても丁寧に書かれています。
 優等生のルイーズがケイトとちがうかたちで自分らしくあろうとする姿、妻を亡くし老いを迎え無気力な老人になっていくウォルターが、ケイトやルイーズの力で老いを受け入れて死を迎える最後の場面、きばるけれど現実的に家の修理をする力がない父親を助ける素朴な隣人マーティー、両親と姉のケイトの間で、本を読むことで現実から逃れてはいるけれどとても繊細でやさしい弟マイク、仕事を捨てて家庭の主婦だけになりたくないと、自分の生き方に悩んでいる母親など脇役の描写も確かで、この物語に厚みをつけています。ケイトやルイーズ、ケイトの両親とルイーズの両親、ウォルターの老いの生き方、そして教育のあり方など、いろいろの年代と視点から読むことができる本です。
 そして、シャーン・ベイリーのイラストがとても美しい、きれいな本です。


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