2008年7月 5日 (土)

どうするどうする あなのなか

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「どうするどうする あなのなか」
きむらゆういち・文
高畠純・絵
福音館書店 本体1300円

絵本は横版とは限らない。話によっては縦版に使った方が良いこともある。この絵本は穴の中へ落ちたねずみとヤマネコの夫婦がどうやったら穴からでられるか話し合う?というふうになっている。だから絵本は穴の深さだけ縦につかわれていて、下から上にページを開くようになっている。しかけ絵本を多くてがけている作者らしい展開の仕方だ。そして、このばかばかしい話にふさわしく、ヤマネコの夫婦も3匹のきようだいねずみもあほらしく、コミカルな表情いっぱいで、おもわず笑ってしまう。つまり物語は”えぇーバカバカしいおはなしを一席”という落語のような話だからだ。しのごの言っているうちに雨が降ってとうに穴から出られたのに、まだ、どうやったら穴から出られるかと言いあっている。
 でも、これって現実にもありうる。このばかばかしさ高じて戦争になったりして・・・。
高畠純の絵はいつもはちょっとアニメーション的でかわいいのだけれど、この絵本の絵はあほらしさが良く描かれている。中学生位に感想を聞いてみたい。

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2008年7月 3日 (木)

かにこちゃん

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「かにこちゃん」
きしだえりこ・さく
ほりうちせいいち・え
くもん出版 本体800円

幼い子どものすぐれた絵本としての条件をあげるなら、絵の色の美しさと造形のシンプルさ、そして、言葉のリズムをあげたいと思う。ブルーナーの絵本がなぜ好ましいかを書いたけれど、この絵本もその条件のどれも兼ね備えている。絵を描いている堀内誠一は本職がグラフィックデザィナーだったので、(絵本はそれに関係はないかもしれないが)とても色がきれいだ。特に赤色のつかい方がいい。この絵本の主人公のシオマネキという片方のつめが大きい、それを振り上げたクリクリ目玉のほっぺにまるがかいてある、ちいさなカニの子<かにこちゃん>はとてもかわいい。それと、夕日が沈む赤い海。赤い色の本としてだされたとのことで、見返しからシンプルなシャベルや長靴、バケツが赤く並んで描かれている。岸田衿子の文もリズムがあって”すこ すこ すこ すこ”なんて楽しい。色の本なんて出版されたのはお勉強ぽくきゅうくつでつまらない。
 1967年に世界出版社(現在なし)でだされた絵本とのこと、手に包んで子どもに読んで欲しい。

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2008年7月 2日 (水)

「うさこちゃん」の新刊

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「うさこちゃんとたれみみくん」
ディック・ブルーナぶん・え
松岡享子・訳
福音館書店 本体600円



「うさこちゃん」といえばブルーナのあのうさこちゃんの代名詞、このことについては以前図書館の人と話したことがある。「うさこちゃんの本ありますか」と聞かれるとき、この人は石井桃子さんのうさこちゃんを読んだ事があるのだな、「ミッフィの本ありますか」といわれたとき、この人はテレビ世代のひとだな、と思う、と。この違いはテレビでミッフィと名ずけられてからの現象だからだ。
 そのうさこちゃんの本が久しぶりに出版された。だんだん大きくなってきたうさこちゃん。一体いくつくらいになったのかと想像するのも楽しい。「たれみみくん」と仲良しになるうさこちゃん、あいかわらずうさこちゃんもまわりのものたちもやさしい。子どもの手にのるちいさくてかわいい絵本、ブルーナの本は色といい、デザインといい、シンプルでモダン、都会の匂いがする。

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今回「うさこちゃんのてんと」と「うさこちゃんびじゅつかんへいく」の2冊も一緒に出版された。あれ!?と思った人がいるかもしれない。この2冊はすでに<かどのえいこ・やく 講談社>から出版されているからだ。もちろん「うさこちゃん」でなく「ミッフィー」。くらべてみると絵は福音館版の方が線がいくぶんほそくて「うさこちゃん」のふわふわ感が良くでている。字体も講談社判はゴシック体で太く大きい。訳は石井訳、松岡訳はいつもそうなのだけれど文章体になっている。『誰がどこでなにをした』だ。そして、「うさこちゃん」のイメージとして書いたように、絵から感じとれる都会のおりこうさん(でも、元気がよいけれど)のこどもが、読者の子どもに語りかけてくる。福音館と講談社の間で版権問題などどう折り合いがついたかは知らないが(子どもにとって関係ない)統一されるのは嬉しいことだ。「うさこちゃん」についての?!は
福音館書店のにんきものサイトをのぞいてみるとおもしろい。

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2008年7月 1日 (火)

小さなかわいい絵本

続けて小さなかわいい絵本が出版された。
まず、この絵本から。Htbookcoverimage


「3びきのこいぬ」
マーガレット・G・オットーさく
バーバラ・クーニーえ
あんどうのりこやく
長崎出版 本体1200円



 原題は「Three Little Dachshunds」だから茶色を基調の色にした、ちいさなかわいい絵本です。
3匹の子犬が散歩にでかけ、二人の子どもたちと仲良しになります。ある日、走りまわっているうちに森に入って迷子になってしまいます。でも、子どもたちが呼んでくれた声をたよりに家に帰ってきます。特別のお話があるわけでなく、子犬たちにつられてページをめくっていく、しかも、とっても地味な絵本です。子どもたちはお礼にプレゼントをもらいます。子犬もよろこんでいます。
 クーニーの絵も他の絵本とかわりません。嬉しい喜びがこれもまた、淡々と描かれています。原書はいつ描かれた本でしようか。(どうしたことかどんなに探してもいつかわかりません。)
幼い子どもを抱っこして読んでやりたい絵本です。

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2008年6月29日 (日)

短歌を読むこと

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「語りだすオブジェ」
いつも、そこに短歌
松村由利子・著
本阿弥書店 本体1700円



松村さんが2冊目の短歌エッセーを出版された。もちろん著者の短歌もはいっているけれど、前作同様、いろいろの短歌にたいしてのエッセー集だ。詩の本や短歌や俳句などに関した本は、物語の本を読むように始めから読まないで、その時の気分にまかせてひらいたところから読むことが多い。8章になっていてひとつひとつに扱うというか切り口がある。しかも家の中のようすだ。クローゼット、キッチン、居間、子ども部屋、水回り、戸棚、寝室、そして、玄関、家の中をひとまわりする。だからかもしれないが、男の人の短歌もたくさんとりあげられているのに、生活的な匂いがする。それはもしかしたら著者が新聞社を離れて、フリーになりそれなりに生活が落ちつかれたのかもしれないなどと思ってみる。著者の目をとおして、生活をいつもと違った目でみる。
著者のブログそらいろ短歌通信もどうぞ。
 5月の「YAの本を読む会」のとき、枡野浩一著の「ハッピーロンリーウォーリーソング」(角川文庫)を読みあってみた。

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この短歌は「ほぼ日刊イトイ新聞」に毎日1句づつ掲載したものを1冊にまとめたものとのことだ。本の装丁が”良いね”という話がでたが、なんか短歌というかつぶやきのよう、そういう意味でも若い人たちにおすすめだ。それと、私は時々仕事をしながらNHKラジオの「ケイタイ短歌を読む」という番組を聞くことが多い。若い人の投稿短歌が中心になって、歌人をかこみ若い人のトークがある番組でおもしろい。私にとって短歌は状況的だし、俳句は絵画、イメージ的だ。詩は思考的に読むことが多い。

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2008年6月28日 (土)

富安陽子さんの講演

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 朝いつもの時間に店に出かけていく途中、千葉高校の坂の林で2羽の鳥が騒いでいた。すぐに1羽は追い立てられて、残った一羽がチィチィと鳴いている。シジュウカラが大きなイモムシを捕えて、運ぼうとしていた。この間は見たからにまだ子ガラスが道の真ん中にいて、そのまわりをおとなのカラスが鳴きながらバタバタとしていた。見る間にかなりのカラスが集まって来て近くの電線や木や屋根の上、きっと巣立ちの途中でなにかトラブルがあったのだろう。見ているのがなにか悪くて、そそくさと離れてしまった。今日のシジュウカラはしばらく見ていたのだが、私の気配で飛んでいってしまい、10センチほどの丸々としたイモムシだけが残った。私がいなくなればもしかして、シジュウカラは餌に戻るかもしれないとそこを離れた。
 
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 今日は富安陽子さんの講演を聞きにいく日だ。もちろん本屋として本の注文を取る仕事もあるけれど、ファンの私は話を聞くのが楽しみだった。エッセイ集「さいでっか見聞録」(浅倉田美子・絵/偕成社刊)を作者に直接話してもらったような話だった。東京生まれで、大学も東京だけれど、富安さんはやっぱり大阪人だ。取り澄ましたところがない、肝をひやすことや困難なことがあってもへこたれず楽天的、でも、なかなかの繊細な心はしっかり子どもたちをみている。普通の子どもがちょっと日常とちがう世界をみて、大切にそれを持ち続けていく、そんな子どもが富安さんの作品にでてくるのが私は好きだ。児童文学の作家として、そのことを書き続けていくのはとても困難な時代になってしまったけれど、富安家にはおばあさん、おとうさん、おばさんと伝わってきたようだ。偉大な嘘つきの家系かな?会場の笑いのなかに富安さんの声が響く。「わたしにとっていつも、物語は遠い世界のできごとではない。物語はいつだって、にちじょうのなかから始まり、日常とともにある。いまでも、そしてたぶんこれからもー。」(さいでっか見聞録・あとがきより)そう、誰でも自分の物語をもっている。ときには、他の人の物語を聞いてみよう。そのなかから新しい道が発見できるかもしれない。その道はいつもすぐそこにあって、だれでも入っていけるものなのだ。

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2008年6月26日 (木)

チャンプ 風になって走れ!

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「チャンプ 風になって走れ!」
マーシャ・ソーントン・ジョーンズ作
もきかずこ訳
鴨下潤・絵
あかね書房 本体1400円



ラリーはどんなにがんばってもスポーツがにがてです。それなのにかってダベンポート高校の三年生の時、アメリカン・フットボールの選手で勝利のタッチダウンを決めた選手だった父親はラリーに期待、いえ期待以上のものを求めています。それに答えられないラリーは毎日が苦痛です。ある日今は亡くなっているが父親の親友の子どもケイトと練習をしていてボールをとりそこない、それをよけた車が事故をおこしてしまう。運転者はお金持ちでショードッグのために犬舎を持っている人で運んでいた犬はケガをして手術の結果3本足になってしまいます。そして、その運転者のラーナー夫人がもうショードッグとしてやくにたたないからと犬を処分すると知って、ラリーはおもわず自分がひきうけてしまいます。
 なにごとにも自信がなく、父親との確執が強いラリーがショードッグのチャンピオン犬「チャンプ」を引き取って暮らすなかで支えてくれる友だちや、はじめは理解できなかった隣人のダグラスさんとの交流を深めていく様子、そして、自分でラリーの必要なものをつくっていくなかで、途中でなげださない力をつちかっていく、父親ともちゃんと向き合っていく様子がたんねんに書かれています。
 もちろん、犬好きな子どもたちにもとても楽しい読物です。こういう本を読むと動物は話ができないけれど、人を成長させてくれるものだということが良くわかります。(おとな的にいうと子どもはおとなに生きていくことのエネルギーになる存在だということが良くわかります。)一番にならなくても良い、挑戦することに意味があるという、最後のアジリティー(障害物の競技大会)の様子にハラハラしますが、父親の格好良さに素直に拍手です。


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2008年6月25日 (水)

シチリアを征服したクマ王国の物語

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「シチリアを征服したクマ王国の物語」
ディーノ・ブッツァーティ作 
天沢退二郎/増山暁子 訳
福音館文庫 本体650円



 長い間品切れになっていた私の好きな本が復刊した。とはいえ、文庫というので絵がどうなるのか心配したが、まずまず良い形で復刊した。前の本は大判の絵本形式、もっとも文章も多いので絵物語といった方がよいかもしれない。20年も前に出された時、まず、その絵にひきつけられた。物語はクマの王国で王子の子グマをさらわれた王さまが、厳しい寒さと飢えに苦しめられていたこともあり、人間界に降りて行って暮らすことにする。残忍な大公と戦いやっと人間界と共存でき王子もみつかり、良き国になったはずが、いつの間にか王国内部に退廃がすすみ、王さまはウミヘビとの戦いのなかで裏切り者の侍従長に殺されてしまう。ウミヘビも退治できたが王さまは助からず、すべてを捨てて、山へ帰るとの遺言で人間と別れてクマたちは都を立ち去って行く。富みを得たけれど失ったもの、心の平和をとりもどすために。「山でぼくらの神さまがおよびだもの。夢が終わってしまったいまは、ぼくらのお話もおしまい。さようなら!」(本文P180ページから)
 なんといってもカラーと白黒でのたくさんの絵がとても魅力的だ。日本ではほとんど知られていないけれど、作者ブッツァーティはヨーロッパでは個展も開かれているほど画家としても有名とのこと、この本が品切れになった時とってもがっかりしたのだが、また、良い形で文庫版になった。やたらとアニメ化された挿絵が入っているお手軽な本ばかりが出版されているなかで、こういう内容豊かな本の復刊はとても嬉しい。

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2008年6月24日 (火)

ステフィとネッリの物語2

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「睡蓮の池」
ステフィとネッリの物語
アニカ・トール著
菱木晃子・訳
新宿書房 本体2000円



ナチスの迫害から両親と別れて、中立国スウェーデンの西岸の都市のイェーテボリに近い島の家族が二人をひきうけてくれました。姉のステフィは優秀な成績で中学に進学することになり、島を離れイェーテボリに暮らすことになります。両親から来る手紙では、アメリカに亡命するのにビザがなかなか手に入らず、まだウイーンにいて状況はあまり良くありません。ステフィはイェーテボリの新しい生活のなかで、下宿先の少年スヴェンを好きになりますが、スヴェンは自分と違う階層の恋人がいて、ステフィのことは妹のようにしか思っていないことがわかります。
 学校では奨学金をもらうことでしか勉学を続けられない現実のなかで、良い成績をあげることがステフィに課せられたことでした。学校では好意的な担任ビョルク先生と、ドイツ人の優位を誇りステフィのようなユダヤ人の生徒に厳しいクランツ先生、なんでも持っていて高級住宅地に住んでいるアリスや逆に貧しくたくさんの家族のなかでくらしているマイなど多様です。アリスのたくらみにカンニングの罪をきせられ、加えてスヴェンに失恋してしまったステフィは疲れ果て、絶望的になって学校を辞めて島に帰ろうとします。でも、ステフィに心から応援してくれる学友のマイ、島に残った親友ヴェーラがいました。そして、なによりもステフィの養父母になってくれた素朴で無口だけれど実直なヤンソン夫婦がいる島と海がありました。「睡蓮の池」はイェーテボリの街にあり、ステフィはここでスヴェンとのことを夢に見、別れを知り、少しづつ成長していきます。
 この巻の時代背景は1940年4月デンマークとノルウエー、5月はオランダ、ベルギーがドイツの手に落ち、6月にはフランスが降伏してしまいます。6月にはイタリアがイギリスとフランスに宣戦布告、9月には日独伊三国同盟が締結されます。そのなかでスウェーデンの中立はきびしいものがありましたが、レジスタンス運動をしている人もふくめ、たくさんの亡命者、ステフィ姉妹のような子どもがいました。
 この巻ではステフィの青春が物語の中心になっていますが、3、4巻ではこの姉妹と両親(=テレジン収容所へ)の運命が物語られているとのことです。史実をきちんとふまえられて丁寧に書かれていて考えることが多く、とても読み応えのある物語です。

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2008年6月22日 (日)

危機のドラゴン

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「危機のドラゴン」
レベッカ・ラップ
鏡哲生・訳
評論社 本体1400円




 一巻目でマヒタベルおばさんがもっている(ここには住んでいないが)孤島で三つ頭の竜に出会ったハナ、ザカリー、サラ・エミリーの三人きょうだいは春休みに、また、孤島に来る事ができた。竜ファフニエルは前と同じドレイクの丘の洞窟にいて、ハナ、ザカリー、サラ・エミリーと再び会えたことを喜びあった。マヒタベルおばさんにかわってこの島の管理をしているジョーンズ夫婦はもちろんのこと、部屋の中も風向計も前と同じ、けれど知らない人が浜辺にいて、島の様子をうかがいうろうろしている、三人は竜に気をつけるよう教えにいく。一体何者か?三人の子どもたちの冒険物語だがそれだけでなく、前作同様三つの頭をもつ竜が(一頭起きていて、後はねむっている)各々子どもたちに語る物語があり、四つの物語を読むことになる。
緑目の竜が語る物語はニコという羊飼いの少年が自分自身で真実をつかむ勇気、青目の竜が語る物語は騎士見習いのガウェンインがエレノアの助けをかりて、本当に価値ある戦いとはなにかを知る物語、銀目の竜の語る物語は奴隷の子サリーが両親とともに自由を求めて逃亡する話、この三つの物語は子どもたちが真実を自分たち自身の手で判断し行動することの大切さを、全体の冒険物語のなかに構成されて書かれている。歴史的な事柄が各々背景に書かれているので、それらを再確認しながら読むのもおもしろい。
 休みも終わり、最後に竜に会いにいったサラ・エミリーに「オ・ルボワール、愛しい子」フランス語で「また会う日まで」・・・物語はまだつづきますか?

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