2017年10月17日 (火)

もしきみが月だったら

Photo
「もし きみが 月だったら」
ローラ・パーディ・サラス文
ジェイミー・キム 絵
木坂涼 訳
光村教育図書 本体1400円


 女の子はベットにはいっています。もう眠る時間です。でも、なかなか眠れません。窓の外の月、今夜はまんまるです。”お月さま こんばんは。もう眠る時間なのだけれど私は昼間あんまりいろんなことで忙しくてすっかり疲れてしまったの。だからなかなか眠れなくて。ねえ!お月さまはいいなぁ、なんにもしないでお空にのんびりと浮かんでいればいいのだから!”女の子がお月さまにそう話しかけるとお月さまがいいました。
 この絵本は女の子の疑問に次々とお月さまが答えてくれるという構成になっている月にまつわる科学の絵本です。<わたしは何にもしてないと思うかい?もし、きみが月だったら休まずまわっているのだよ>月はいつできて、なにからできているか、ほんとうの答えはまだわかりません。<地球は一日に一回自分でまわっていて、このことは自転という、ただ地球がちゃんと回ることができるのに月の力をかりているのだよ>月の引力を借りているのです。こんなふうに月は女の子の問いかけに答えてくれます。月は1ヶ月かけて1回自転して、地球のまわりを一周するのも1ヶ月かかり、その速さは同じです。次は<クレーター><新月><月の満ち欠け><潮の満ち引き><夜の動物と月><月と海><音楽と文学と月><宇宙船アポロ11号と宇宙飛行士><生活と月>など女の子の10の質問に月が答えています。見開き1ページに描かれている月のユニークな表情と脇役に描かれているたくさんの生き物たちが女の子をとおして読んでいる子どもたちを楽しませてくれます。
 今月のお月見、十五夜にはお月さまを見ましたか。私はちょっと雲の晴れ間があってきれいな満月を見ることができました。見ることができなかった人、次の満月は11月4日です。晴れるといいですね。
もちろん私はお月見だんごも大好きです。

 ミニ講演会「もし、きみが 月だつたら」の絵本について
 おはなし  光村教育図書 編集吉崎さん
 10月20日 夜7時から9時 お茶を飲みながら
 主催 えるふ絵本の会 (会員外1000円お茶つき)どなたでもどうぞ
  

2017年10月16日 (月)

チャールズ・ダーウィン、世界をめぐる

Thumb150xauto8216
「チャールズ・ダーウィン、世界をめぐる」
シェニファー・サームズ作
まつむらゆりこ 訳
あかつき 本体1800円


チャールズ・ダーウィンの名前は「進化論」とともに、学校で学んだという人が多いと思います。ダーウィンは1809年2月12日イギリスに生まれました。「マウント」とよばれる大きなお屋敷で生まれ、父親は医者でした。当然医者になるように期待されて育ちましたが、血をみるのはだめ、次に牧師になるように勉強しましたがやはりチャールズにはむいていません。チャールズは小さな時から生物に興味があり、また、ものを集めたり種類別に分けたりするのが大好きでした。その頃は生物学とか博物学の概念がありませんでした。どちらかというと落ちこぼれ、大学卒業の後に植物学の教授がビーグル号という海軍の調査船にのれるように推薦してくれました。南アメリカの地図をつくるための測量船でした。この絵本にはそのビーグル号の航海の軌道が画面一杯の絵とともに描かれています。1831年12月27日出発、西回りの地球一周の旅です。イギリスからはじまって南アメリカ 東海岸で出会った生き物、地形や岩から古い時代の動物の骨などを発掘したり、チリでは地震にも出会います。調査をおわって帰りに立ち寄ったのが南アメリカです。たくさんの島々これがガラパゴス諸島です。そして、この航海がダーウィンによってまとめられて「進化論」として発表されました。進化論とは地球がどんなふうに形作られてきたか、動物たちが生きていくため、どんなふうに変わってきたかという考え方です。この進化論は以後の世界に大きな道しるべになりました。
 この絵本はビーグル号の航海のなかでダーウィンがどんなことをして、どんな発見をしていったのかが地図をふくめてたくさんのイラストで描かれています。絵が平坦でちょっとものたりなく思うところもありますが、これほどたくさんの情報をとてもわかりやすく描かれているので、伝記を読むように生物学の絵本?を読んでいくことができます。もっとくわしく知りたい人のための本の紹介や手がかりもたくさん紹介されています。
 いままた、地球温暖化のように生き物にとってこの困難な中を生きていくにはどうしたらよいのか、そんな解決の方法も先人たちの生き方の中に学べることがあるのではないかと思います。

2017年10月14日 (土)

あかちゃんの絵本 まる・さんかく・しかく/みつけた

014353_01_2
「まる みつけた」
「さんかくみつけた」
「しかくみつけた」
大塚いちお さく
福音館書店 本体各900円


あかちゃんの絵本を選ぶのはなかなかたいへん!と、いうのはあかちゃんのときの記憶がないからだ。体験的に読んでやったら笑ったとか、じっと見ていたとか。でもそれらの行動がどういう意味があるのかは良くわからない。まして、ものの絵本といってもはたしてものがちゃんと認知されているのかもわからない。たとえば1歳にもみたないあかちゃんが「くだもの」を読んでもらってよだれをたらしたとか。”不思議です”と聞かれたことがあった。さくらんぼなどはおいしいものだとわからない。たしかに絵はまるでほんもののようだし、少し大きくなっていれば体験としておいしいものだとわかるかもしれない。私はそのおかあさんに”きっとおかあさんがおいしそうに読んでくれたからよ”と答えた。人間は母親のお腹にいた時から、たとえば心臓の規則正しい音を聞いているので、言葉がリズムにのっている絵本があかちゃんは大好きだ。
 この絵本を見た時に一番最初に感じたのは色のすばらしさと造形的な美しさだった。そして、声をだして読んでみると、擬音がつかわれているからリズムもいい。やっぱりあかちゃんの絵本はこの3拍子がそろっているのがすばらしい。とかくあかちゃんのものの本は写真のように、しかも均等にきれいに描かれているのがよいように思われるけれど、写真では表現できないものがある。たとえば触った時の感触(特にほ乳類などの柔らかさと暖かさ、)匂いもそうだ。抱いてくれている人の温かい匂い、そういう安心感に包まれてあかちゃんは大きくなっていく。そんなことを考えるとやはりあかちゃんには人の声で読んでやることが大切なのだ。あぁ!いい絵本がでた、とうれしくなった。

2017年10月11日 (水)

もう少しお休み

 みなさまこんばんは。いつもブログを読んでいただいてありがとうございます。
ただいま決算作業でなかなか本を読んでまとめることができません。週末までブログをお休みにいたします。
 福島での原発訴訟裁判で国の責任をみとめました。千葉では敗訴だったのでうれしい。
 

2017年10月 5日 (木)

地球を旅する水のはなし

Photo
「地球を旅する水のはなし」
大西健夫・瀧澤彩 文
曽我市太郎 絵
福音館書店 本体1400円


前回水の旅の本を紹介しました。ただ私たちが日常接している水、上水道と下水道のことが中心でした。この絵本はもう少し広く水のことを書いています。水は旅をしている、しかも形をかえて世界をめぐり、世界をつないでいる。それは時間と同じように思う。形もかわり、水そのものは捕まえることができない。時もそのものではつかむことも見ることもできない。形をつくってやる。水と同じように旅をしている。私は今ここの時間を私のからだと記憶のなかにとじこめて使う。水も外から形をつくってやらないと掴むこができない。(たとえば三陸の大災害、津波は海にすべてをさらっていった。残念ながら水に(津波に)さらわれた命は戻ってこない。海流にのって一年半かけて地球をまわり、一部は戻ってくるとまことしやかにつぶやかれた。まっている人がいる。後ろの解説にかいてあるように「水はどこからきて、どこにいくのか」「その水を動かす重力の話」「水はエネルギーの運び屋さん」「太陽からのエネルギーをもたらすのに一役かっている」「水ってなにからできているか」などとても解りやすく描かれている。
<水のドラマー大気中の水は風に運ばれながら、透明な気体としての水蒸気、目に見える液体としての雲や雨、個体ととしての雪や氷というように三つの姿に絶えず入れ替わってことによって様々なドラマを演じています。ー「風と光と水の言葉、倉嶋厚・文 細川剛・写真より」ー

2017年10月 3日 (火)

すいどう

Photo
「すいどう」
かがくのとも11月号
百木一朗さく
福音館書店 本体389円
私たちは水道の蛇口をひねれば自然に水がでてくるものと思っている。水道つまり上水道と下水道がつながっていることなど、ほとんど意識して毎日をおくっているわけではない。ただいわゆる3.11のころから時々水を心配するようになった。私は子どもの頃地方にいたけれど、もう水道は家庭にも配管されていた。
けれどかなりの部分は井戸水を使っていた。なんといってもおいしかったし、おふろなども水が細かく感じられて肌がきれいになるよう?に思っていて井戸水をポンブであげて使っていた。下水道はあまり整備されていなかった。汚水は下水に流していた。ただ目に見えたせいか下水は良く掃除されていた。(みえないところはわからない。汚水はどうなるのかあまり考えたこともなかった。)水を意識したのはまず東京にでてきてまずいと思ったのと、それだから水を買うのもなんとなく納得した。そして、千葉に越してきてともかくもっとまずくて水道の水は飲めないと感じた。井戸水はなかには畑にまく農薬の影響がないくらい深く掘らなければならないことを知った。あまりお腹がじょうぶでなかったこともあって、別に健康をそこねたわけでもないけれど、生水は(もちろん水道水でも)絶対飲まない。それはいまでも。(でも水を買う気にはなれない)
 今月の「かがくのとも」は水道というか水がどんなふうに私たちのところにくるのか、雨が降ったり地下水から飲み水になることなどしっかり描かれている。おまけをひろげてみると、水の旅行が一目でわかる。もっとおまけでそれは迷路を遊ぶようにつくられていておもしろい。
 水が少し冷たく感じられると秋になる。


2017年10月 2日 (月)

ルラルさんのだいくしごと

Photo
「ルラルさんのだいくしごと」
いとうひろし 
ポプラ社 本体1200円


ルラルさんの絵本も8冊目になった。驚くほとかわらない。紙とか印刷は科学がすすんで鮮明になった。わたしが変わらないというのは登場人物、この絵本ではルラルさん、そして動物たち。本のトーンもおだやかでちょっと困ったことなんかがあるけれど、困った困ったと騒ぎ立てるでもなく、落ちつくとこにうまく解決してしまう。オビに「なにがあっても、だいじょうぶ。ほら、ルラルさんみたいにね!」となっているように困ったことも最後には解決してしまう。ことさら努力を強いられるわけでもなく、この絵本でもまさに梯子をはずされてしまったルラルさんは、屋根の上で流れる雲をながめている。そのうちに動物たちが楽しく遊んで帰ってくる。
 いつもこのトーンで描き続ける画家の力に私はすっかり感心してしまう。俗人の私は時々手が届くわけでもないとわかっていても、わけのわからない政治家たちにこぶしを振り上げて、あげくのはてはがっかりして腹をたてたり、少しだけれど落ち込んだりしてしまう。毎日の生活だって、不思議なくらいのお客がきたり、子どもと話ができてうれしくなったり、なかなかルラルさんみたいにはいかない平静でいられない。
 さとりがたりないのでしょうか。ルラルさん!いつも思うのはルラルさんってやっぱり子ども、すっかり子どもの心をなくしてしまった私、やっぱりつまらないなぁ!

2017年10月 1日 (日)

10月だ!

 あいかわらず暑い、厳しいと言っている間に10月になった。10月は9月以上にいろいろと厳しい。なんといっても店は8月決算なのでそれから2ヶ月の間に申告をして、当然税金を払わなければならない。今期は大幅な赤字なのはもうわかっていることなのだけれど、感覚でなくいったいどこがどうなのかきちんと数字をみないといけない。一方気持ちのうえでは数字がでてもどうしょうもないという気分になっていることも確かだ。お金の工面と気持ちをたてなおさなければ次にすすめない。
 そんな意味でもほんとうは今日聞きたい講演会があったのだけれど、やっぱり店を休んでまで行く気持ちにはなれなかった。しかたがないなぁと!12月にはもう一回聞きたい講演会があるので、やっぱりいそがしいけれどなんとしても行くぞ!皆様もぜひどうぞ! 
 「きのこは見るのも、採るのも、もちろん食べるのもすき」
Photo
(このイベントは千葉県立中央博物館で)  

2017年9月30日 (土)

ぼく、ちきゅうかんさつたい

Photo
「ぼく、ちきゅうかんさつたい」
松本聰美・作
ひがしちから・絵
出版ワークス 本体1400円


ぼくはおじいちゃんと地球観察隊をつくった。何をするのだって?まわりのものをしっかり観察する。正義の味方だよ。隊員はいまのところ隊長のおじいちゃんとぼく。ぼくは隊員1号、2号は犬のらんまる。3号もいるんだよ。僕の家のなかにいるクモだ。おじいちゃんはもうたくさん歳をとっているのでベットにいることが多い。ところで僕は困っていることがある。クラスのだいちゃんが乱暴するのだ。嫌いなやつなのでやつけちゃうとおじいちゃんにいったら、まてまて!もう少し観察しようといった。それから、夏にはひまわりのタネを撒いて観察しよう。やがておじいちゃんは病院に入院してしまう。「かんさつして はっけんしたことを、このノートにかいてくれたまえ。たいちょうより」(オビから)!!
 小さな身の回りのことをしっかり観察するときっと良いことがある、新しい発見がある。急がなくともいい、そうおじいちゃんが僕に語ります。この物語のなかでは観察、発見することがあたらしい世界の第一歩になることをエピソード風の物語として書かれています。いろいろ発見したことをおじいちゃんに報告するかたちでお説教でなく書かれています。おじいちゃんの死も書かれています。子どものことだけではありません。たとえば狂騒ではじまっている選挙だって、もっとしっかり観察して投票しましょうということに当てはまります。
 本のなかの折り込みに上遠恵子さんが、センス・オブ・ワンダーを、中村桂子さんが人間も生きものなのでひとりひとりちがう、ちいさな生きものを観察することはどのように人間として生きていくことなのかということに繋がっていることを書いています。


2017年9月28日 (木)

こどもってね・・・・・・

Photo
「こどもってね・・・・・・」
ベアトリーチェ・アレマーニャ
みやがわえりこ 訳
きじとら出版 本体1600円


大判の本いっぱいに描かれている子どもたち、人種的にいろんな子どもでもなく、年齢的にでもなく、数えてみると34人のいろいろな表情の子どもたちが表紙(裏もふくめて)に描かれている。たぶん小学生位だろうか、あまり幼い子どもはいない。そのいろいろな子どもたちはかってのあなたであり、私なのだ。だから幼い子どもには良くわからないかもしれない。むしろ少し大きくなっている子どもたちは”うん!うん”と感じてくれる。最初のページに書かれているように、子どもの時ってとっても短い、おともなくおとなになってしまう。思春期はだから子どもとはいわないのかもしれない。だって身体が日一日と変わっていくし、ある日突然もう自分は子どもではないのだと気がついてしまう。
 ”こどもってね、みんな いつかおとなになる ちいさなひと”子どもの時早くおとなになりたかった。自由に時間も物もできるようになると思っていた。ただ私はそう思っていたけれど、違う気持ちの人もいるということを知ったのはずっとおとなになってからだった。子どもでいたい、おとなになりたくないといった人、いまはどうしているだろうか。
 かって子どもだった、あの時、そうだよなぁ!とこの絵本を見ながら思った。母が生きていたらいっしょに読みたかった絵本だ。
 

2017年9月27日 (水)

ふたばからのおたより  -9月―

       

              ゆっくり読む

 秋になると、図書館や小学校でおはなし会が花盛り、日頃はなかなか協力できないので、さすがにこの季節には毎年何回か、おはなしボランティア活動に参加している。
 先日も、ある小学校の低学年クラスでおはなし会をさせていただいた。私の担当は「ダチョウのくびはなぜながい?」というアフリカの昔話絵本だった。実は、その日のプログラム、大型絵本も入れてあったが、どれも短めの話で、手遊びを入れても、その後の素話を入れても、あまりに時間が余ってしまう。いやあ、困った。斜め後ろの教室の時計を横目で盗み見しながら、とにかく、ゆっくりゆっくり読んで時間を稼ごうと考えた。
 ゆっくりゆっくりページを繰る。ゆっくりゆっくりお話が進む。すると、なんだろう。空気がしーんと乾いてきた。アフリカの風だ、ふいに思う。子ども達が息を飲み、お話の中に入りこんでくるのを皮膚のどこかがジリジリと感じてる。それでも、私は横目で時計をちらりと見る。ゆっくり、ゆっくり・・・。
 今までに何度か子どもたちの前で読んだことがある絵本だったが、特に好きなわけでも面白みを感じていたわけでもなかった。読んだ。はい、おしまい。ただそれだけのはずだったのに、何が起こったのだろう。聞く子どもたちと読む私と、絵本の周りに異国の風が吹き、私たちどちらも魅了されていた・・。この秋の不思議な収穫だった。
 いつだったか、数学者だった父のお弟子さんから聞いたことがあった。「昔ね、先生に、その頃流行っていた学説の本を読んでおいた方がいいかと伺ったことがあったんです。先生は、ウンとは言われなかった。僕が先生から教わったのは、一年をかけて6ページ読むような、そんな本の読み方でした。」父が死んだのは、もう四半世紀も前の晩秋だったが、何だかそんなお弟子さんの言葉を思い出したりもした。

 10月は里親月間です。
Img_02102_3

今年もそれに合わせて、10月17日から23日まで、きぼーるアトリウムにて里親制度啓発のパネル展示を行います。また、直後の29日(日)の午後には、同じきぼーる3階子ども交流館にてシンポジウムを開催します。今回は児童養護施設出身の元プロボクサーの方と里親家庭出身の若者たちに語っていただきます。多くの皆さまのご来場をお待ちしております。(画像をクリックすると大きくなります。)                (の)


2017年9月22日 (金)

まっくらやみのまっくろ

Photo
「まっくらやみのまっくろ」
ミロコマチコ
小学館 本体1400円


いつ生まれたのか、どこから生まれたのかしらない。気がついたらまわりはまっくら。どれくらいねむっていたのだろうか。まっくろは何者かわからない、ここはどこだろう。まわりもまっくらでわからない。ただこのままではいられない。だれかが自分を呼ぶ、どんどんと胸をたたくものがある。まっくろのなかでてっぺんからつのがはえた。そうかサイだったのか。けれどそれはどんどんふくらんで身体はぶつぶつがわいてきた。サイではない!そうか自分はホロホロチョウだったのか!こんなふうに自分はどんどん変わっていく。それは誇らしい気持ち、力がわいてくる。もうまっくらのなかのまっくろではない。たっぷりと水を飲んで力が弾けとんだ。どんどん華やかな、力みなぎるものになる。やがて静かに太陽は沈む。そうか!まっくろは太陽のなかにいたのか。静かに静かにまっくろはねむる。やがてまっくらのなかにできた無数のまっくろ。
 画家のエネルギーがまっくろのなかで迷っている無数のまっくらに呼びかける。自分は何者かわからず、闇の中をはいまわっているきみに贈りたい。

2017年9月21日 (木)

わたしがいどんだ戦い1939年

Photo
「わたしがいどんだ戦い1939年」
キンバリー・ブルベイカーブラッドリー作
大作道子 訳
評論社 本体1600円


1939年第2次世界大戦がはじまった。主人公のエイダは母親と弟ジェイミーと暮らしています。エイダは生まれつき足が悪くて、10歳までアパートに閉じ込められて一歩も外にでることを許されませんでした。いうことをきかないと台所の下の戸棚に閉じ込められます。ゴキブリがはいまわっている不潔なところに押し込まれます。これはいまでいう幼児虐待なのですが、母親はもちろんそんなことを思ってはいません。父親は事故で死亡、母親ひとりで子どものめんどうをみなければならないとか理由はつけられますが、ジェイミーの出生届ももちろんエイダの学校へいくことも、母親はそのことがどんなに重要なことだとは思っていません。エイダの不自由な足は足首のさきから内側に曲がっている内反足というので生まれた時に手当をすれば歩けるようになるのですが母親は無知と思い込みで適当な処置をしなかったためエイダは歩くことができない状態になっていました。都市は爆撃されるおそれがあるために子どもたちの疎開がはじまりました。当然母親は疎開など少しも考えていません。
 エイダは自分の足で歩けるように血のにじむ努力をします。それはこの物語の背景にながれているナチに対しての市民の抵抗と自分を離さない母親への抵抗とエイダ自身の自由になりたいという要求に対してあきらめてしまおうとする自分自身の戦いです。弟をつれて家を出たエイダたちは運良く?疎開の子どもたちにまぎれ、行き着いたところはケント州イギリス海峡に面した村です。そこでこれも行き違いだったのですが親友を亡くして生きる希望を失っているスーザンに引き取られます。ヨーロッパ大陸が目の前にひろがっている安全といわれた所は、今では空中戦の舞台になりつつあります。ヒットラーひきいるドイツ軍の侵攻はもうすぐそこでした。この物語にはもうひとつイギリスらしい馬に関してのことがエイダの生き方に重要な意味をもつことがらがあります。エイダは歩けるように訓練を自分でしとげますが、どうしても長距離には無理、そこで馬に乗ることを思いつきます。馬がきっかけでエイダと違う裕福な名家の娘だけれども、これもまた、家にしばられそこから自由になりたいと思っているマギーという親友ができます。これらの物語の背景にエイダとジェイミーをはじめはしかたなしにうけいれたスーザン、そして、エイダたちにきちんと生きていかれるように手を貸す村の個性豊かな人たちが描かれていて物語に厚みをもたせています。最後にスーザンの愛と母親の愛にしっかりむきあって、本当の意味で自立をしていくエイダの成長で物語は終わります。(続編があるとのこと、翻訳されることをねがいます。)
 私たちというか私は何でもある程度かもしれませんがそろえてもらった子ども時代のなかに生きてきました。そして、それがあたりまえのようにおもっている。もうそういう生活はゆるされなくなっているにもかかわらず、なんとかなりそうな錯覚をもっている。いそがしいとか、ひとりではできないとか、いろいろと言い訳しながら生きている。子どもたちというより、おとなが自分がなにを願っているのかしっかりと考えなければならないと思います。

2017年9月18日 (月)

キジムナーkids

Kids
「キジムナーkids」
上原正三 
現代書館 本体1700円




読むのにひどくつらい本だった。どう紹介したらよいのか迷いに迷ったけれどやっぱり書こうとおもったのは昨日のニュースだった。10代の少年がガマに入って乱暴した、遺骨まで。「心霊スポット」などと言っているとのこと、新聞を通してなのでほんとうのことはわからないけれど、新聞を読んだ時はおもわず絶句した。少年達は働いている。どんな育てられ方をしたのかな?2000年前後に生まれた子どもたちだ。
 この本は作者の自伝的小説とされている。1937年沖縄生まれ、シナリオライター。ウルトラマンのシナリオを手がけている。物語は熊本に疎開していた少年が家族で沖縄中城村の久場崎沖にきてDDTの洗礼を受けることからはじまる。小学5年生ハブジロー・ポーポー・ベーグァ・そしてぼくハナー・もうひとりサンデーがいる。サンデーはなにもしゃべらない。学校にもいっていないし、年もわからない、家がどこにあるかもわからない、ポケットにはいつもアメリカのタバコをしのばせている。少年たちはいつもおなかをへらしていて、栄養失調。飲み水はボウフラがわいているため水、だからマラリアが蔓延している。もちろんシラミやノミがいるのはあたりまえ、一番手っ取り早く物を手に入れる方法はアメリカ兵にたかることだ。これは沖縄でなくともいわゆる本土で当たり前にみられた光景だ。そして、沖縄と同じように広島も長崎も空襲で家族をなくした子どもたちのあらゆるところで見られた光景だ。これでもかこれでもかとその子どもたちの描写が続く。けれど決して悲惨と絶望ではない。どうしてちがうのか?一番大きなことは沖縄の人たちは負けない、あきらめないということかもしれない。少年たちは両親や兄弟たちが殺されるのをみている。けれど命がけで自分を助けてくれた人がいたことも知っている。
 この物語が私の胸をうつのはうそがないから、いいえ、うそがあるから。生きて行く為にうそをつく、ごまかすし、盗みは当然、でも自分には正直に生きていこうとする。それはなかなかできないことだ。裸になってしまわなければ生きていけなかったのた。少年たちは裸になれるギリギリの年齢だったからかもしれない。
 作者は「戦争が終わってほっとするまもなく戦後の混乱に巻き込まれた。だけど動じることはなかった。それはおそらく透視能力を身につけていたからだとおもう。その魔法の目で、一人ひとりがはるか彼方に色とりどりの光を見つけ、その光をつかむために走り出していた。ーあとがきからー」
 でも、いま心霊スポットなどという禍々しい物をつかむためにガマに入って狼藉をする少年がでてきた。なにをどう考えたら良いのか、もう一度この本を読んでみたいとおもう。
 

«じゅう じゅう じゅう

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

10月の営業とお休み

  • 10月のお休み
    *お休み 2日(月)・9日(月)・16日(月)23日(月)30日(月) *営業時間 10:30〜6:00 日曜日は1:30〜6:00

お仲間にどうぞ

  • ー元気になる集まりいろいろー
    *よいこ連盟(保育士・なろう とする人)13日(金)7:00〜  「絵本をみる」        *Y・Aの会 読書会(どなたで も)12日7:00〜 「とりあげ る本 赤川次郎の本を読む」   *絵本の会 「絵本づくりの現場から」講師光村教育図書編集・吉崎さん 20日7:00〜(誰でも)           *グループ放課後 読書会「蜜蜂と遠雷」(公共図書館司書・その他)18日(水)7:00〜                  *ボランティア講座 非公開 16日(月)10:00〜       *憲法カフェ26日(火)「教育と憲法2」講師千葉県若手弁護士の会・中島弁護士 9月31日(火)7:00〜         *羊毛チクチクの会ハロウィーンのカボチャをつくる 19日(木)10:30〜                                                                                                                         

これからの会

  • 子どもと本これからの会
    読書は知識や楽しみも含めて心の栄養を与えてくれます。そして考える力になります。 被災地の子どもたちに本を届けたい、身の回りの子どもたちの環境を考えていこうという、二本の柱をたててボランティア活動をすることで出発しました。 いろいろの方たちの希望と力を持ち寄って、すばやく、やわらかく、活動を続けていきたいと思います。参加される方は参加登録してください。 世話人 坂上・宮田・大山